土佐日記「馬のはなむけ/門出」現代語訳・解説-情景を理解して味わう

古文

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今回は土佐日記より「馬のはなむけ」について読んでいきます。
または「門出」とも呼ばれるお話です。

このお話のタイトルである「馬のはなむけ」は、旅立つ人の安全を祈り、馬の鼻を旅立つ方向に向けるということから転じて、旅立つ人へ餞別を送ったり宴会を開くという送別会を指す言葉となっています。

土佐日記は「男もすなる日記というものを…」というフレーズで始まる有名な作品です。
作者である紀貫之が土佐での任期を終えて、京都に帰るまでの55日間について書かれています。
作者は男性でありながら女性として日記を書くという、独特のスタイルの日記文学です。

今回注目する内容は下記の通りです。

・当時の旅について
・「藤原のときざね」への紀貫之の愛あるいじり
・「この日記は大したものではないよ」のくだりについて
現代語訳をした後に、順番にお伝えしていきます。

土佐日記「馬のはなむけ」現代語訳・解説

それではまず最初に本文を訳していきます。
その後で先ほどのポイントについて、順に解説をしていきます。

本文・現代語訳・解説

男おとこもすなる日記にきといふウものを、女おんなもしてみむンとて、するなり。
【訳】男もする(書く)とか言う日記というものを、女の(私)もしてみようと思ってする(書く)のである。

男 名詞
も 係助詞
す
サ行変格活用動詞「す」(する)終止形
なる 伝聞の助動詞「なり」連体形
日記
名詞(当時、男性は漢文で公の記録となるものとして書いていた。それに対し、女性は仮名を用いて日々の出来事や感想を私的に書いた。紀貫之はこの状況を踏まえて、男性である自分が「女性」であることにして、自由に思ったことを書き綴れるようにした。
と 格助詞
いふ ハ行四段活用動詞「いふ」連体形
もの 名詞
を、 格助詞
女 名詞
も 係助詞
し
サ行変格活用動詞「す」(する)連用形
て 接続助詞
み マ行上一段活用動詞「みる」未然形
む 意志の助動詞「む」終止形
とて、 格助詞
する
サ行変格活用動詞「す」(する)終止形
なり。 断定の助動詞「なり」終止形

紀貫之って男性ですよね?

そうです。
この日記を漢字ではなく、仮名文字で書くために、女性のふりをしました。
詳しくは後で解説します。

 

それの年としの、十二月しわすの二十日はつかあまり一日ひとひの日ひの戌いぬの時ときに、門出かどです。
【訳】ある年の、12月21日の午後8時頃に、仮の旅立ちをする。

それ
代名詞(紀貫之が土佐での任期を終えたのは承平4年(934年)のことを指す)
の 格助詞
年 名詞(それの年…ある年)
の、 格助詞
十二月の二十日あまり一日 名詞(12月21日)
の 格助詞
日 名詞
の 格助詞
戌の時 名詞(午後8時頃)
に、 格助詞
門出 名詞(仮の旅立ち)
す。 サ行変格活用動詞「す」終止形

「門出」と聞くと、「いざ出発!!」という感じがします。
仮の旅立ちとはどういうことなのでしょうか?

こちらの後で詳しく説明しますが、当時は吉日・吉方を大事にしていました。
旅立ちに良い日、良い方角に進めるように仮の場所に移動するのです。

 

そのよし、いささかにものに書かきつく。
【訳】そのいきさつを、ほんの少し日記に書き留める。

そ 代名詞
の
格助詞 ※その…土佐から京都でまでの旅のこと
よし、 名詞(いきさつ、事情)
いささかに
ナリ活用の形容動詞「いささかなり」(ほんの少し、わずかである)連用形
もの
名詞(前後の関係から分かる形のある存在を明示しない表現 ※ここでは日記とする)
に 格助詞
書きつく。
カ行下二段活用動詞「書きつく」(書き記す、書き留める)終止形

ここの現代語訳が難しかったです。

それぞれの単語をどのように訳すのかがポイントですね。
ここでは「土佐から京都までの旅であったことを、ちょっと日記に書いておくね」という軽い前置きのように捉えるといいと思います。

 

 

ある人ひと、県あがたの四年よとせ五年いつとせ果はてて、例れいの事ことどもみなし終おへて、
【訳】ある人が、国司としての任期の4、5年を終えて、国司交代に関する様々な引継ぎ業務も全てし終えて、

ある 代名詞
人、
名詞(ある人…作者である紀貫之のこと)
県
名詞(国司として地方官を勤めること)
の 格助詞
四年五年 名詞(4、5年)
果て
タ行下二段活用動詞「果つ」(終える)連用形
て、 接続助詞
例
名詞(いつものこと ※ここでは国司交代に関する引継ぎ業務を指す)
の 格助詞
事ども
名詞「事」+複数を表す接尾語「ども」
みな 副詞(全て)
し終へ
【複合動詞】サ行変格活用動詞「す」連用形+ハ行下二段活用動詞「終ふ」連用形=し終える
て、 接続助詞

 

国司についても触れておきましょう。

国司こくし…国から派遣された県知事のようなもの

任期を終えると、後任者と引継ぎを行う。
引継ぎが完了すると「解由状」という引継ぎ完了を証明した文書が発行される。
その解由状を持って、京都へ帰る。
解由状を提出しないと、次の官職に就くことができなかった。

解由げゆなど取とりて、住すむ館たちより出いでて、船ふねに乗のるべき所ところへ渡わたる。
【訳】解由状などをしっかり持って、国司の住む官舎から出て、船に乗ることになっている所へ移動する。

解由
名詞(解由状。任期満了の際に引継ぎ完了を証明した文書)
など 副助詞
取り
ラ行四段活用動詞「取る」(手に入れる、しっかり持つ)連用形
て、 接続助詞
住む マ行四段活用動詞「住む」連体形
館
名詞(役人の住まい。ここでは国司の住む官舎のこと)
より 格助詞
出で
ダ行下二段活用動詞「出づ」(出る)連用形
て、 接続助詞
船 名詞
に 格助詞
乗る ラ行四段活用動詞「乗る」終止形
べき
予定の助動詞「べし」(~することになっている)連体形
所 名詞
へ 格助詞
渡る。
ラ行四段活用動詞「渡る」(移動する)終止形
助動詞「べし」の用法~当然と予定の違い~
・当然:~するはずだ、当然~するべきだ
・予定:~することになっている
予定とは日時などがあらかじめ決まっている状況を指す

 

かれこれ、知しる知しらぬ、送おくりす。
【訳】あの人やこの人、知っている人も知らない人も、見送りをする。

かれこれ、
代名詞(あれやこれや、あの人やこの人)
知る ラ行四段活用動詞「知る」連体形
知ら ラ行四段活用動詞「知る」未然形
ぬ 打消の助動詞「ず」連体形
(人)、 省略されている
送り 名詞(見送り)
す。 サ行変格活用動詞「す」終止形

よく知らない人まで、たくさんの人が見送りに来てくれたんですね。
紀貫之はみんなに慕われていた、いい国司だったのだと思いました。

 

年としごろよく比くらべつる人々ひとびとなむ、別わかれ難がたく思おもひて、
【訳】長年とても親しく付き合った人々は、別れがたいと思って、

年ごろ 名詞(長年)
よく
ク活用の形容詞「よし」(親しい、親密だ)連用形
比べ
バ行下二段活用動詞「比ぶ」(親しく付き合う)連用形
つる 完了の助動詞「つ」連体形
人々
名詞 ※よく比べつる人…親密に親しく付き合った人→とても親しく付き合った人
なむ、 係助詞 ※結び:流れている
別れ難く
ク活用の形容詞「別れ難し」(別れがたい)連用形
思ひ ハ行四段活用動詞「思ふ」連用形
て、 接続助詞

 

日ひしきりにとかくしつつ、ののしるうちに夜よ更ふけぬ。
【訳】一日中ずっとあれやこれやしながら、大騒ぎする間に夜が更けてしまった。

日 名詞(一日)
しきりに
副詞(繰り返し) ※日しきりに…一日中ずっと
とかく 副詞(あれやこれや)
し サ行変格活用動詞「す」連用形
つつ、 接続助詞(~しながら)
ののしる
ラ行四段活用動詞「ののしる」(大騒ぎする)連体形
うち 名詞(間)
に 格助詞
夜 名詞
更け カ行下二段活用動詞「更く」連用形
ぬ。 完了の助動詞「ぬ」終止形
とかくしつつ…別れに際してのあれやこれや

・泣いて別れを惜しむ
・思い出を語る
・歌う
・お酒を飲む
などのことを指す。
そうして大騒ぎしている間に、夜が更けてしまったということ。

二十二日はつかあまりふつかに、和泉国いずみのくにまでと、平たいらかに願がん立たつ。
【訳】22日に、「和泉の国まで」と、(和泉の国までの道のりが)無事であるように神仏に願い祈る。

二十二日 名詞
に、 格助詞
和泉国
名詞(地名。現在の大阪市の南部を指す)
まで 副助詞
と、 格助詞
平らかに
ナリ活用の形容動詞「平らかなり」(無事に、平穏に)連用形
願
名詞(神仏に祈り願うこと、またその願い)
立つ。
タ行下二段活用動詞「立つ」(願いを立てる)終止形 ※願立つ…神仏に願い祈る

現代では高知から京都からの旅で、神様に安全祈願する人は少なそうですね。

当時の旅、特に船旅はとても危険なものだったのです。
またちょうどこの頃、瀬戸内海では「藤原純友の乱」が起きていました。
その影響か、海には海賊もいて、通行することがとても危険だったのです。
紀貫之一行は女性や子どもが多かったと言われており、慎重に出発しました。

 

まさに命がけの旅だったのですね…

藤原ふじわらのときざね、船路ふなじなれど馬むまのはなむけす。
【訳】藤原のときざねが、船旅であるが馬のはなむけをする。

藤原のときざね、 名詞(人名。
船路 名詞(船旅)
なれ 断定の助動詞「なり」已然形
ど 逆接の接続助詞
馬のはなむけ
名詞(旅立つ人の安全を祈り、馬の鼻を旅立つ方向に向けること。送別会のようなもの。)
す。 サ行変格活用動詞「す」終止形

上中下かみなかしも、酔えひ飽あきて、いとあやしく、潮海しおうみのほとりにてあざれ合あへり。
【訳】身分の高い人も中くらいの人も低い人も、ひどく酔って、とても不思議なことに、海のそばで互いにふざけあっている。

上中下、
名詞(身分の高い人、中くらいの人、低い人→身分を問わずみんな)
酔ひ飽き
カ行四段活用動詞「酔ひ飽く」(ひどく酔う)連用形
て、 接続助詞
いと 副詞
あやしく、
シク活用の形容詞「あやし」(不思議だ)連用形
潮海 名詞(海)
の 格助詞
ほとり 名詞(そば、かたわら)
にて 格助詞
あざれ合へ
ハ行四段活用動詞「あざれ合ふ」(互いにふざけ合う)已然形
り。 存続の助動詞「り」終止形

一体何が「あやし(不思議だ)」なのでしょうか?

この一文は紀貫之のシャレが効いた部分なんです。
あざるには「戯あざる」(ふざける)と「鯘あざる」(魚が腐る)という意味が掛かっているのです。
つまり「ひどく酔ってふざけ合っていて、海のそばだから腐るはずもないのに魚が腐ったように酔いつぶれているから不思議だなぁ~」と冗談を言っているのです。

本文の内容は以上になります。
続いて、土佐日記をより深く理解するために、土佐日記が書かれた平安時代の旅事情についてご紹介します。

 

平安時代の旅事情

では土佐日記が書かれた平安時代の旅についてみていきましょう。

色々な作品で京都へ向かう、任地へ向かうなどの旅についての記述があります。

それらに共通して言えるのは、現在では想像もつかないほど危険な旅だったということです。
観光旅行などではなく、命がけの旅だったのです。

当時の旅とは?
・陸は徒歩、船旅が基本
・山賊や海賊がおり、追いはぎにあう可能性がある
・宿泊や食事は宿場などもあるが、高額なため、保存食を準備し、民泊や野宿をすることが多かった。

このように危険な命がけの旅とあれば、神仏に安全を祈る気持ちも分かります。

なので当時は吉日・吉方にこだわっていました。

吉日・吉方とはここでは、出発に良い日、目的地への方位が良い方角であることを指しています。
風水などでも「〇月〇日は北への旅行が吉」というのを見たことはありませんか?

吉日・吉方は陰陽道の影響を受けています。
陰陽道とは、古代中国の陰陽五行説いんようごぎょうせつに基づいて、天文観測や暦を作成する学問から発展しました。
仏教などに並ぶ宗教として浸透していったと言われています。
年月日に吉凶や干支などが掛かれた「具注歴」という「吉凶手帳」のようなものを、国の機関が作っていた時代でもあります。

そこで「門出」という風習ができました。
先ほども述べたように、「門出」とは旅立ちの前に仮の場所へ移ることを言います。
仮の場所とは
・実際の旅立ちの日が吉日になるように調整する場所
・目的地への方角が吉方になるような場所
を指します。

 

藤原のときざねへの愛ある表現

本文中ではそんな「馬のはなむけ」をしてくれた、「藤原のときざね」という人物が登場します。

藤原のときざねとはどのような人物だったのでしょうか?

詳細は不明としる記述が多いのですが、在庁官人とも言われています。
国司である紀貫之の部下であったと考えられます。
「~とかいう人」でもなく、敬語表現もないので、そのように考えるのが妥当です。

 

紀貫之と藤原のときざねのやりとりを想像してみましょう。

紀貫之
紀貫之

藤原のときざねがさ~、「馬のはなむけ」っていう古い習慣やったのよ。
俺はこれから船旅だからさ、馬には乗らないんだよね。
しかもそいつってば、すっかり酔いつぶれちゃって。
海のそばで腐った魚みたいになっちゃってるの。
海で魚は腐らないのに、なんちゃって。

ときざね
ときざね

貫之さ~ん、恥ずかしいじゃないですか!
勘弁してくださいよ~!!

紀貫之
紀貫之

本人には言えないけど…
ときざねはいい奴だな。
こんな楽しい送別会を開いてくれてありがとうな。

※あずきの想像です※
このように、かわいい部下への愛ある表現であることを願います。

このような命がけの旅を描いた土佐日記ですが、そんな日記のことを紀貫之は「大したものではないよ」と言っている表現が目立ちます。

一体どういうことなのでしょうか?

「この日記は大したものではないよ」のくだりついて

「この日記は大したものではないよ」と言っている表現とは、どのような部分を指しているのでしょうか?

紀貫之は「土佐日記」の最後の一文で「とまれかうまれ、疾く破りてむ。」と言っています。
これは「とにもかくにも、早く破り去ってしまおう。」という意味です。
なぜそのような一文で結んだのでしょうか?

そこには、この「馬のはなむけ」でも語られている「この日記は大したものではないよ」というくだりにつながるのです。

「大したものではない」理由

「馬のはなむけ/門出」と最後の「帰京」で、紀貫之が「この日記は大したものではないよ」と言っている箇所をまとめると以下の通りです。

1.【馬のはなむけ】男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。

漢字を使用するのは男性、かな文字を使用するのが女性でした。
公的な記録的文書には漢字が使われます。
紀貫之は、この旅について記録的なものではなく、自分の感情を入れて自由に書きたかったのです。
そこで考えたのが「女ってことね」設定です。

紀貫之
紀貫之

女の私が思いつくままに書いた日記だから、後世まで残すような立派な記録的文書じゃないのよ。

紀貫之は古今和歌集の撰者ですし、感情や風情を文章にするのも上手だったんでしょうね。

そうだと思います。
だから「大したことない」と言いながら、たくさんの人に読ませる気満々だったのでしょう。

2.【馬のはなむけ】そのよし、いささかにものに書きつく。

紀貫之
紀貫之

しかもそれをね、思いついた時にちょっとメモしたようなものだから、ホントに大したものじゃないから~。

3.【帰京】とまれかうまれ、疾く破りてむ。

紀貫之
紀貫之

そんな風に書いてきたものだから、早く破って捨てちゃいましょ!!

まとめ

いかがでしたでしょうか?
作者である紀貫之が土佐での任期を終え、京に帰る旅が始まるまでのお話です。
短いお話でしたが、旅立つまでのやりとりが理解できましたね。

・「土佐日記」の設定
・当時の旅の危険性
なども押さえながら、紀貫之の思いを想像してみました。

平安時代にも、自分の表現の為に新しい試みをし、後世まで読まれる文章を残した人がいました。
「古文って意味わかんね~」と思われがちですが、登場人物の気持ちを想像したりしながら情景を思い浮かべて、現代作品のように楽しんでみてください。

この記事を書いた人
あずき

40代、一児の母
通信制高校の国語教員

生徒が「呪文にしか見えない」という古文・漢文に、少しでも興味を持ってもらえたらと作品についてとことん調べています。

自分の生徒には直接伝えられるけど、
聞きたくても聞けない…などと困っている方にも届けたくて、ブログを始めました。

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