今回紹介する「岳陽楼に登る」は、杜甫が亡くなるわずか2年前に詠んだ、人生の集大成ともいえる作品です。
この詩の舞台となっている岳陽楼や洞庭湖は、現代では歴史的に有名で、観光地ともなっている場所です。
その絶景を前にして、杜甫は涙を流します。その涙に詰まっているのは、現代の私たちにも通じる「孤独」と「葛藤」。詩の裏側に隠された、杜甫の心の叫びを読み取っていきましょう。
この詩が読まれた背景を解説してから、実際に本文を読んでいきます。
内容(直訳)だけを知りたい方は、「白文・書き下し文(読み仮名付き)・現代語訳・語句解説」の項目からご覧ください。
杜甫「登岳陽楼(岳陽楼に登る)」現代語訳・解説

この詩が読まれた背景
この詩を深く理解するために、当時の状況を少し整理してみましょう。
安史の乱(安禄山の乱)による社会の混乱:
この詩が読まれたのは768年で、杜甫が57歳の時。当時の唐は、755年から763年に及ぶ安史の乱(安禄山の乱)により、反乱は終結したものの国はボロボロの状態でした。
杜甫は、安史の乱(安禄山の乱)のさなかに、杜甫は反乱軍によって、長安に軟禁されます。その時に詠んだ詩が「春望」でした。
杜甫の悲惨な現状
杜甫はエリート一家で、祖父は有名な詩人という恵まれた環境で育ちました。しかしなかなか役人になれず、やっとの思いでなれたと思ったら、反乱軍に捉えられてしまいます。
その後は役人を辞め、家族を連れて舟で放浪生活を送っていました。 詩を詠んだ時、杜甫は57歳。当時としてはかなりの高齢です。
では、これらを踏まえて本文を見ていきましょう。
白文・書き下し文(読み仮名付き)・現代語訳・語句解説
題名:登岳陽楼
岳陽楼に登る
| 岳陽楼 |
現在の湖南省岳陽市にある楼。楼とは高く作った建物のこと。見張り台としての役割もあったが、現在では歴史的建造物として、観光地となっている。
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【訳】岳陽楼に登る
① 昔聞洞庭水
昔聞く洞庭の水
| 昔聞く | 昔から評判を聞いている |
| 洞庭の水 |
洞庭湖。「水」には川や湖などの水辺という意味もある。洞庭湖は中国で2番目に大きな湖。多くの詩人は、岳陽楼から眺める洞庭湖の景色に、各々の思いを映し出してきた。
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【訳】昔から洞庭湖(は絶景であると)の評判を聞いている
② 今上岳陽楼
今上る岳陽楼
| 今 |
ここでは「上る」をふまえて「まさに今」と解釈
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| 上る |
上に移動する。ここでは、「上る」は「岳陽楼をのぼっている(高い所へ移動している)」という行為を表しており、「登る」は岳陽楼の高い所まで「登った」という達成や完了のニュアンスだと解釈して捉えた。
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| 岳陽楼 | 名詞 |
【訳】まさに今その岳陽楼をのぼっている

こうして噂に聞いていた岳陽楼を、美しい洞庭湖の景色を想像して上がっていく杜甫。さて実際に目にした景色は、どうだったのでしょうか?
③ 呉楚東南坼
呉楚東南に坼け
| 呉楚 | 呉の国と楚の国のこと。 |
| 東南 | 東と南 |
| 坼け |
裂ける。ここでは洞庭湖を挟んで東に呉があり南に楚がある様子を、「洞庭湖が呉と楚を引き裂いている」と表現している。
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【訳】呉と楚は、(洞庭湖によって)東南に引き裂かれ

この部分は「呉と楚の東南部分が裂けて、洞庭湖ができた」という解釈もあります。私は、杜甫が見た景色の壮大さを表現したとして「呉と楚は、(洞庭湖によって)東南に引き裂かれ」と訳しました。
④ 乾坤日夜浮
乾坤日夜浮かぶ
| 乾坤 | 天地。ここでは太陽と月を表す。 |
| 日夜 | 昼と夜 |
| 浮かぶ | 浮かべる |
【訳】太陽と月を昼と夜に(湖面に)浮かべる

この第3句と第4句は、どんなことを言っているのでしょうか?

実際に岳陽楼を上った杜甫が見た景色が、表現されています。「噂通りの壮大な景色だよ」ということです。洞庭湖は、国を引き裂いているように見え、また昼には太陽が、夜には月が天にのぼるのではなく湖面に浮かんでいるだけのように見えると言っています。

とにかくでっかくて、すごかったということは理解できました。

このあと話題が転換し、壮大な景色とは対照的な杜甫の状況が語られます。しっかりと読み取っていきましょう。
⑤ 親朋無一字
親朋一字無く
| 親朋 | 親戚や友人 |
| 一字 |
一文字。ここではほんの少しの短い言葉で書かれた手紙のことを言う。
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| 無く | なく |
【訳】親戚や友人からはたった一文字すらの手紙もなく
⑥ 老病有孤舟
老病孤舟有り
| 老病 | 老いて病気になること |
| 孤舟 | ぽつんと浮かぶ一艘の舟 |
| 有り | ある |
【訳】老いて病気になった私には、たった一艘の舟がある(だけだ)

さきほどまでの壮大な景色とは違って、ぽつんと孤独な感じがヒシヒシと伝わります。
⑦ 戎馬関山北
戎馬関山の北
| 戎馬 | 軍馬。ここでは戦争を指す。 |
| 関山 | 国境の山、関所の山 |
| 北 |
杜甫の故郷は洛陽の近くであり、そこではまだ戦争が続いていたことを表している
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【訳】戦争は関所の山の北(で今も続いている)
⑧ 憑軒涕泗流
軒に憑りて涕泗流る
| 軒 | 手すり |
| 憑りて | 寄りかかる |
| 涕泗 |
涙と鼻水のこと。激しく泣いている様子。
|
| 流る | 流れる |
【訳】(岳陽楼の)手すりに寄りかかっていると涙と鼻水が流れてくる

「涕泗流る」の理由については「作者の思い」の部分で、詳しくみていきましょう。
詩の形式・押韻
この詩の形式は、五言律詩です。


押韻は、偶数句末です。「楼」、「浮」、「舟」、「流」になります。
押韻については、音読みを見たら納得できるでしょう。しかし、今回は「浮」がしっくりきませんね。
日本の音読みは、中国の発音を元にしています。その発音は時代によって異なり、呉音・漢音・唐音、そしてそのいずれにもあてはまらない慣用音があります。今回の押韻について調べると、下記の通りです。
呉音:ル 漢音:ロウ 唐音:ラ
浮
呉音:フ 漢音:フウ
舟
呉音:シュ 漢音:シュウ(シウ)
流
呉音:ル 漢音:リュウ(リウ)
もしも押韻で「しっくりこないな、気になる…」と思ったら、その漢字の呉音・漢音・唐音について調べてみてください。
作者の思い
前半ではうわさに聞いていた、岳陽楼からの洞庭湖の絶景を詠いながらも、詩の後半では一気に杜甫の悲哀へと沈み込んでいきます。
圧倒的な孤独感
「親戚や友人からは、たった一文字の手紙さえ届かない」というフレーズからは、戦乱の中で連絡を取ることが難しかったという状況がわかります。誰からも便りが届かないという、寂しさや孤独が感じられます。
個人的な不幸を超えた「国や人々を憂う心」
杜甫は荒れていく国の様子や、人々の悲惨な生活についてても詩にしてきました。この詩においても、自分の生活が貧しく、身体的にも老いや病気で苦しい状況であるにもかかわらず、杜甫の意識は「関山の北」に向いています。自分の孤独を嘆きはしますが、戦争に苦しむ国や人々を思うと涙も鼻水も流れてしまうのです。ただ「かわいそう、大変だ」という思いだけではなく、「自分が現実の社会を変えたい」という強いがあったのです。ここに、彼が「詩聖」と呼ばれる理由があります。
まとめ
「岳陽楼に登る」は、自然の雄大さと、人間の小さく儚い存在を対比させた一首です。 美しい景色を見て「きれいだ」と言うのではなく、その大きさに圧倒されて自分の孤独を再確認し、それでもなお遠くの国の平和を祈る。
杜甫には強い思いがありながらも役人になれず、国を変える力はなかったかもしれません。しかし、こうして素晴らしい作品を残すことで、その後を生きる私たちに強いメッセージを伝えることができたのではないでしょうか。
杜甫の言葉を丁寧に辿っていくと、千年以上前の詩が、今の私たちの心にそっと寄り添ってくれるはずです。テスト対策だけでなく、ぜひ「一人の男の生き様」として味わってみてください。



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