白居易「長恨歌⑧情を含み睇を凝らして君王に謝す~」現代語訳・解説

今回は、いよいよ最後の場面です。
楊貴妃が道士に、天子との思い出の品を託します。そこに込められた意味とは?そしてタイトルにもなっている「恨」とは一体何だったのか?語句の意味を理解しながら、しっかりと読み取っていきましょう。
白文・書き下し文(読み仮名付き)・現代語訳・語句解説
101 含情凝睇謝君王
情を含み睇を凝らして君王に謝す
【訳】(楊貴妃は)思いを込め、(道士を)じっと見つめて、天子への感謝を述べた。
| 情 | 思い |
| 含み |
感情を内部に持つという意味から、ここでは「(思いを)込める」と訳
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| 睇を凝らして | じっと見つめて |
| 君王 | 天子のこと |
| 謝す |
感謝を述べる ※謝罪するという意味もあるが、ここでは「感謝」の意味
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これ以降が、楊貴妃が感謝として述べたセリフとなります。
102 一別音容両渺茫
一別 音容 両つながら渺茫
【訳】「(天子と)お別れしてから、(天子の)声も姿も、両方ともはるか遠いものになりました。
| 一別 |
ひとたび別れること。楊貴妃が亡くなった瞬間からということ。
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| 音容 | 声と姿 |
| 両つながら | 両方とも |
| 渺茫 | はるかに遠い様子 |
103 昭陽殿裏恩愛絶
昭陽殿裏 恩愛 絶え
【訳】昭陽殿で(天子から)いただいた深い愛情も途絶え、
| 昭陽殿 | 楊貴妃が生前住んでいた宮殿を指す。 |
| 裏 | 内部 |
| 恩愛 | 深い愛情 |
| 絶え | 途絶える |
104 蓬萊宮中日月長
蓬萊宮中 日月 長し
【訳】ここ蓬萊宮の中で、過ごす年月は長くなりました。
| 蓬萊宮 |
蓬萊山にある、仙人が住むと考えられた宮殿
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| 中 | ~の中(で過ごす) |
| 日月 | 年月 |
| 長し | 長い |

亡くなって仙女となってから、長い年月が経過したと言っています。

103と104は対句表現になっていますね。
105 迴頭下望人寰処
頭を迴らして 下 人寰の処を望めば
【訳】振り返って見て下界である、人間が住んでいる所を望遠く眺めると、
| 頭を迴らして | 振り返って見る |
| 下 |
下(人間が住む場所を「下界」としている)
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| 人寰の処 | 人間が住んでいる所 |
| を | 格助詞 |
| 望めば | 遠く眺める |
106 不見長安見塵霧
長安を見ずして 塵霧を見る
【訳】(かつて天子と過ごした)長安を見ないで、塵と霧を見るばかりです。」
| 長安 |
かつて天子と過ごした地。華清宮がある。
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| を | 格助詞 |
| 見ずして | 見ないで |
| 塵霧 | 塵と霧 |
| を | 格助詞 |
| 見る | 見る |

天子の声を聞いたり姿を見るどころか、かつて過ごした長安ですら見ることができないほど、天子と楊貴妃が遠く隔たっていることがわかりますね。

一旦ここで楊貴妃のセリフが終わります。
このあと楊貴妃はどのような行動をとったのか、見ていきましょう。
107 惟将旧物表深情
惟だ旧物を将つて 深情を表し
【訳】ただ昔(天子からいただいた)思い出の品によって、(自分の天子への)思いの深さを現わそうとし、
| 惟だ | 【限定】ただ~ |
| 旧物 |
昔からあるもの。ここでは、楊貴妃が生前に天子からもらった思い出の品を指す
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| を | 格助詞 |
| 将つて |
~をもって、~によって
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| 深情 | 深い思いやり、情の深さ |
| を | 格助詞 |
| 表し | 表そうとし |
108 鈿合金釵寄将去
鈿合 金釵 寄せ将ち去らしむ
【訳】螺鈿細工の小箱と、黄金細工の二股のかんざしを(道士に)預けて持って行かせた。
| 鈿合 |
螺鈿細工(真珠の光沢を持つ貝を使った装飾をほどこした)の小箱
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| 金釵 | 黄金細工の二股のかんざし |
| 寄せ | 預ける |
| 将ち去ら | 持っていく |
| しむ | 【使役】~させる |
109 釵留一股合一扇
釵は一股を留め 合は一扇
【訳】(二股の)かんざしは一方を(楊貴妃の手元に)残し、小箱は一方を残した。
| 釵 | かんざし。金釵を指す |
| は | 係助詞 |
| 一股 | かんざしの二股にわかれたうちの一方 |
| を | 格助詞 |
| 留め |
残す(楊貴妃の手元に残すことを意味する)
|
| 合 | 蓋のある箱。鈿合を指す。 |
| は | 係助詞 |
| 一扇 |
「扇」には「開け閉めする扉」という意味があることから、ここでは小箱の蓋と身のことを指し、どちらか一方のことを「一扇」としていると解釈。
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110 釵擘黄金合分鈿
釵は黄金を擘き 合は鈿を分かつ
【訳】かんざしは黄金が引き裂かれ、小箱は螺鈿の模様が半分になった。
| 釵 | かんざし。金釵を指す |
| は | 係助詞 |
| 黄金 | 黄金 |
| を | 格助詞 |
| 擘き | 引き裂く |
| 合 | 蓋のある箱。鈿合を指す。 |
| は | 係助詞 |
| 鈿 | 黄金の飾り |
| を | 格助詞 |
| 分かつ | 分ける |

109と110も対句表現となっています。

思い出の品を半分にして、道士に預けるようですね。どのような意図があったのでしょうか?
111 但令心似金鈿堅
但だ心をして金鈿の堅きに似しめば
【訳】「もし私たちの心が、(この)黄金の飾りや螺鈿細工のように堅くさせたようであれば、
| 但だ | もし~ならば |
| 心 |
ここでは天子と楊貴妃の二人の心を指す
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| ~をして…しめば | 【仮定】~に…させたならば |
| 金鈿 | 黄金の飾りや螺鈿細工 |
| の | 格助詞 |
| 堅き | かたい、確かである |
| に | 格助詞 |
| 似 | 似ている、~のようだ |
112 天上人間会相見
天上人間 会ず相見えんと
【訳】天上界と人間界(と遠く隔たったところにいても)、互いに出会うでしょう」と。
| 天上人間 | 天上界と人間界のこと |
| 会ず | 必ず |
| 相見えんと | 互いに出会うだろうと |
113 臨別殷勤重寄詞
別れに臨みて 殷勤に重ねて詞を寄す
【訳】別れに際して、心を込めてもう一度言葉を送った。
| 別れに | 道士との別れを指す |
| 臨みて | 直面して、~に際して |
| 殷勤に | 心を込めて |
| 重ねて | もう一度、繰り返し |
| 詞 | 言葉 |
| を | 格助詞 |
| 寄す | 送る |
114 詞中有誓両心知
詞中誓ひ有り 両心のみ知る
【訳】(その楊貴妃の)言葉の中には、誓いの言葉があった。(それは)二人(=天子と楊貴妃)の心だけが知るものである。
| 詞中 | 言葉の中 |
| 誓ひ | 誓い、約束 |
| 有り | あった |
| 両心 | 二人(=天子と楊貴妃)の心 |
| のみ | ~だけ |
| 知る | 知る、わかる |
115 七月七日長生殿
七月七日 長生殿
【訳】「七月七日、長生殿で
| 七月七日 | 二人が誓いを立てた日 |
| 長生殿 |
天子と楊貴妃が過ごした華清宮にあった宮殿の名前
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116 夜半無人私語時
夜半人無く 私語の時
【訳】夜更けに他に人もおらず、二人が寝室で語らう時、
| 夜半 | 夜更け |
| 人無く | 他に人がいない |
| 私語の時 | 内緒話、男女が寝室で語らう時 |
117 在天願作比翼鳥
天に在りては 願はくは比翼の鳥と作り
【訳】『天上においては、比翼の鳥となり、
| 天 | 天上 |
| に | 格助詞 |
| 在りては | ~においては |
| 願はくは | 願うことならば |
| 比翼の鳥 | 比翼…翼を並べること。雌雄それぞれが目と翼が一つずつしかなく、合わせて一体となるという想像上の鳥のことを「比翼の鳥」と言う。 |
| と | 格助詞 |
| 作り | なり |
118 在地願為連理枝
地に在りては 願はくは連理の枝と 為らんと
【訳】地上においては、連理の枝になろう』と。
| 地 | 地上 |
| に | 格助詞 |
| 在りては | ~においては |
| 願はくは | 願うことならば |
| 連理の枝 |
連理…木の枝に別の枝がくっつくこと。並んで生えた二本の木の枝が一つになったもの
|
| と | 格助詞 |
| 為らん | 【意志】なろう、なりたい |
| と | 格助詞 |

これによって男女の仲が睦まじいことのたとえとして「比翼連理」という四字熟語ができました。

これが二人の誓いだったんですね。
119 天長地久有時尽
天長地久 時有りて尽くるも
【訳】天地は永遠(であると言われているが)、(しかし)時が来れば終わりますが、
| 天長地久 |
天地は永遠に変わらない。物事がいつまでも続くことを表す。
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| 時有りて | 時が来れば |
| 尽くるも | 尽きる、終わる |
120 此恨綿綿無絶期
此の恨みは綿綿として 絶ゆる期 無からん
【訳】この深い悲しみは、いつまでも長く続いて、絶えることはないでしょう。」
| 此の恨み |
深い悲しみ、後悔。相手への憎しみではない。
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| 綿綿として | いつまでも長く続く様子 |
| 絶ゆる | 絶える、途切れる |
| 期 | 時 |
| 無からん | ないだろう |

「恨」ついにタイトル回収となりました!

この「恨み」とは、相手を憎む「恨み」ではなく、愛し合いながらも隔たってしまったことによる深い悲しみや後悔を表しているのでした。また、相手に対する切ない愛情そのものも、表していると言えます。

どこにいても、どうなっても「二人はニコイチ」という永遠の愛をなのだと感じました。
しかし二人が「生」と「死」と状況が違う間は会うことができず、きっと満ち足りない思いであり「恨」という言葉で表現されているのだと思います。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
8回に分けて、白居易の「長恨歌」を解説してきました。
社会的には、国を破滅に導いた色ボケ天子と、その天子をたぶらかした美女というイメージの二人。
しかし作者である白居易は、二人を批判するのではなく、二人の艶っぽい愛と引き裂かれた悲恋を描き、そしてそこには確かな永遠の愛があったと言っているように感じました。
みなさんはこの作品を、どのようにとらえますか?
そんな色ボケ天子の恋愛を、美談にするな!!と感じますか?
ぜひ自由に感じとってみてほしいです。
作者である白居易(白楽天)の作品を読んでみたいという方は、ぜひビギナーズ・クラシックスから始めてみてください。


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