白居易「長恨歌⑤帰り来たれば池苑皆旧に依る~」現代語訳・解説

今回は、楊貴妃を失い都へと戻ってきてからのお話です。
何も変わらない場所、年月の経過を感じさせる人々…それによって、楊貴妃を失った現実をひしひしと感じさせられ、眠れぬ長い孤独な夜を過ごす天子。
これらを白居易はどのように表現しているのか、語句の意味を理解しながら読み取っていきましょう。
白文・書き下し文(読み仮名付き)・現代語訳・語句解説
57 帰来池苑皆依旧
帰り来たれば 池苑 皆旧に依る
【訳】(都に)帰って来ると、池も庭もみな昔のままであり、
| 帰り来たれば | 帰ってくる |
| 池苑 | 池と庭 |
| 皆 | みな |
| 旧に依る | もとのまま、昔のままである |
58 太液芙蓉未央柳
太液の芙蓉 未央の柳
【訳】太液の蓮の花も、未央宮の柳の葉も(昔のままである)。
| 太液の芙蓉 |
太液(漢の武帝が作った宮中の池)のほとりにある蓮の花。美人の顔を表す表現。
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| 未央の柳 |
未央宮(漢の長安にあった宮殿)にある柳。美人の眉や美人そのものを表す。
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玄宗の話だと思って、当たり前のように読んでいました。でも「太液」「未央」という武帝ゆかりの場所の登場によって、「これは漢の武帝の話」という設定を再確認させられました。
59 芙蓉如面柳如眉
芙蓉は面のごとく 柳は眉のごとし
【訳】蓮の花は(楊貴妃の)顔のようであり、柳の葉は(楊貴妃の)眉のようである。
| 芙蓉は | 蓮の花は |
| 面 | 顔 ※ここでは楊貴妃の顔を指す |
| のごとく | 【比況】~のようであり |
| 柳は | 柳(の葉)は |
| 眉 | ※ここでは楊貴妃の眉を指している |
| のごとし | 【比況】~のようである |
60 対此如何不涙垂
此に対して 如何ぞ涙垂れざらん
【訳】これらに向かいあった時、どうして涙を流さないでいられようか、いやいられない。
| 此に対して |
「此」=「太液芙蓉」「未央柳」を指す。楊貴妃を思い出させるものということ。「対す」は、対面する、向かい合うという意味。
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| 如何ぞ~ん |
【反語】どうして~しないでいられようか。いや~いられない。
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| 涙垂れざら | 涙を流さない |

「此」は「太液芙蓉」と「未央柳」を指しています。

楊貴妃を思い出させるもの、ということですね。
景色は何も変わらないのに、ずっと一緒にいた楊貴妃がいない…その現実を突きつけられて悲しみに襲われている様子が伝わります。
61 春風桃李花開夜
春風 桃李 花開く夜
【訳】春の温かい風に桃やすももが花開く晩、
| 春風 | 春の温かい風 |
| 桃李 | 桃とすもも |
| 花開く | 花が開く |
| 夜 | 晩 |
62 秋雨梧桐葉落時
秋雨 梧桐 葉落つる時
【訳】秋の雨に(打たれて)あおぎりの葉が落ちる時(にも楊貴妃を思い出す)
| 秋雨 | 秋に降る雨 |
| 梧桐葉 | あおぎりの葉 |
| 落つる時 | 落ちる時 |

61と62は対句ですね。
ここでは情景だけを表現していますが、ここには天子の悲しみの感情が隠れています。
63 西宮南苑多秋草
西宮 南苑 秋草多く
【訳】西の宮殿も南の庭園も秋草が生い茂り、
| 西宮 | 西の宮殿 |
| 南苑 | 南の庭園 |
| 秋草多く | 秋草が生い茂る |
どちらも、都に戻った玄宗が住んだ場所。
最初は興慶宮(南内)に住んだものの、玄宗が退位後も民衆に人気があることを妬んだ粛宗(当時の天子:玄宗の息子の一人)の側近たちが、玄宗を古い皇居である西宮に追いやった。
64 宮葉満階紅不掃
宮葉 階に満つれども 紅掃はず
【訳】宮殿に落ち葉が階段にいっぱいになるけれども、(その)紅葉は(誰も)掃除しない。
| 宮葉 | 宮殿に落ちた葉 |
| 階 | きざはし、階段 |
| に | 格助詞 |
| 満つれども | いっぱいになるけれども |
| 紅 | 紅葉 |
| 掃はず | 掃かない、掃除しない |

63と64の対句では、玄宗の住まいは手入れされず、かわいそうな扱いを受けていたことを表しています。また、訪れる人がないために掃除の必要がなかったと考えると、玄宗の孤独も表現されていると言えます。
65 梨園弟子白髪新
梨園の弟子 白髪新たに
【訳】梨園の舞楽員の生徒(だった者)たちは、近頃白髪が目立ち、
| 梨園 |
舞楽員の養成所のことを言う ※玄宗が梨を植えた庭で音楽や演劇について教えていたことから、「梨園」と呼ばれた。
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| の | 格助詞 |
| 弟子 |
舞楽員の養成所の生徒たちを指している
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| 白髪新たに | 近頃白髪が目立つ |
66 椒房阿監青娥老
椒房の阿監 青娥老いたり
【訳】皇后の部屋にいる、若く美しい女性であった阿監も年老いた。
| 椒房 |
皇后の部屋 ※部屋の壁に山椒の実を塗り込んだ(邪気を払うため)ことに由来する
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| の | 格助詞 |
| 阿監 | 宮女を取り締まる女官 |
| 青娥 |
黒く美しく描かれた眉。若く美しい女性であることを表している
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| 老いたり | 年老いた |

65と66は対句になっており、若かった人が年老いていることから、かなりの年月が経過していることがわかりますね。
67 夕殿蛍飛思悄然
夕殿 蛍飛びて思ひ悄然
【訳】夕方の宮殿には蛍が飛んで、(それを見ると天子の気持ちは)心さびしく物思いに沈み、
| 夕殿 | 夕方の宮殿 |
| 蛍 |
日本では蛍と言えば夏だが、漢詩においては夏の終わりから秋を表している。
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| 飛びて | 飛んで |
| 思ひ | (天子の)思い、気持ち |
| 悄然 | 心さびしく物思いに沈む様子 |
68 孤灯挑尽未成眠
孤灯 挑げ尽くして 未だ眠りを成さず
【訳】一つだけ寂しくともる灯火を掻き立て尽くしても、まだ眠りにつけない。
| 孤灯 | 一つだけ寂しくともる灯火 |
| 挑げ |
「掲ぐ」の意味。灯火を掻き立てる(=芯を出して灯火を持続させる)
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| 尽くして | ~し切る |
| 未だ~ず | 【再読文字】まだ~しない |
| 眠りを成さず | 眠りにつけない |

いつまでも天子の灯火だけがぽつんとついており、その灯火が尽きるほどの時間が経ってもまだ眠れていないということですね。
69 遅遅鐘鼓初長夜
遅遅たる鐘鼓 初めて長き夜
【訳】ゆったりとしている鐘や太鼓の音(を聞き)、初めて夜が長いと感じ、
| 遅遅たる | ゆったりとしている |
| 鐘鼓 | 宮中で時刻を知らせる鐘と太鼓の音 |
| 初めて | はじめて |
| 長き夜 | ここでは秋の夜長を指している |

楊貴妃と過ごしたときは、夜があっという間に終わって名残惜しい!って感じでしたもんね…
楊貴妃のいない夜は、ひたすらに寂しくて長く感じるものだということがわかります。
70 耿耿星河欲曙天
耿耿たる星河 曙けんと欲する天
【訳】キラキラ光る様子の天の川、(そしてそんな)夜が明けようとする
| 耿耿たる | 明るく輝く様子。キラキラ光る様子。 |
| 星河 | 天の川 |
| 曙け | 夜が明け始める |
| んと欲する | ~しようとする |
| 天 | 空 |

長い夜を過ごし、やがて朝を迎えている様子が描かれていますね。
71 鴛鴦瓦冷霜華重
鴛鴦の瓦 冷ややかにして 霜華重く
【訳】おしどりの形の瓦は冷たく、霜が厚く降りて、
| 鴛鴦の瓦 |
おしどりの形の瓦 ※日本でも「おしどり夫婦」という言葉があるが、夫婦円満や離れない愛情を象徴している
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| 冷ややかにして | 冷たく |
| 霜華 | 霜を花に例えた表現 |
| 重く | 重い、厚い |
72 翡翠衾寒誰与共
翡翠の衾 寒くして 誰と共にせん
【訳】カワセミの刺繍の掛け布団は冷たく、いったい誰と一緒に寝ようするのか、いや(楊貴妃以外)誰もいない。
| 翡翠の衾 | カワセミの模様を刺繡した掛布団 |
| 寒くして | 寒く、冷たく |
| 誰と | いったい誰と |
| 共にせん |
一緒に~しよう※ここでは反語表現として解釈する。
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最初の頃の楊貴妃とのラブラブムードの場面は、あたたかそうだったのに、秋も深まりと孤独が強調されて、寒々としている印象です。
73 悠悠生死別経年
悠悠たる生死 別れて 年を経たり
【訳】はるかに遠く隔てられた生(=天子自身)と死(=楊貴妃)、別れてから長い年月が過ぎたが、
| 悠悠たる | はるかに隔たっているようす |
| 生死別れて |
愛する人と死によって分かれてしまうことを表す
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| 年 | (長い)年月 |
| を | 格助詞 |
| 経たり | 過ぎた |
74 魂魄不曽来入夢
魂魄曽て来たりて 夢に入らず
【訳】楊貴妃の魂はやって来て、一度も(天子の)夢に出てくることはなかった。
| 魂魄 | 亡くなった人(ここでは楊貴妃)の魂 |
| 曽て~ず | 一度も~ない |
| 来たりて | やって来て |
| 夢に入らず | 夢に出てこない |

日本の古典作品においては、「夢に出てこない=相手が自分を思っていない」という解釈になります。漢文作品においても、夢は亡くなった人とをつなぐ場という考えがあったようです。
楊貴妃への思いは募るばかりで、天子の孤独が強調される場面でした。
季節は同じように巡っていくのに、自分の隣に当たり前のようにいた楊貴妃がいない…
楊貴妃に会いたくて仕方がない天子は、どのような行動に出るのか、続きを読んでいきましょう。
続き:臨邛の道士鴻都の客~


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