大鏡より「三船の才」について解説をしていきます。
成立:平安時代後期
作者:不詳
ジャンル:歴史物語
内容: 藤原道長を中心とした藤原氏の栄華について書かれている。
二人の翁が語り手となり、若侍に語っている。
今回のお話は、大井川で舟遊びが催されたときのお話です。
「漢文の船」「和歌の船」「音楽を奏でる船」の三つの船が用意されました。
漢文・和歌・音楽のどれも得意な藤原公任が登場します。
彼が選んだ船は一体、何の船だったのでしょうか?
敬語表現にも注意しながら、読み取っていきましょう。
大鏡「道真の左遷」についてはInstagramでも解説しています。
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・本文(読み仮名付き)
・品詞分解と語句解説
・現代語訳
・本文の解説
以上の内容を順番にお話していきます。
大鏡「三船の才」品詞分解・現代語訳・解説
本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
一年、入道殿の大井川に逍遥せさせ給ひしに、
ある年、入道殿(藤原道長)が、大井川で舟遊びをされたときに、
語句 | 意味 |
一年、 | 名詞(ある年) |
入道殿 | 名詞(藤原道長を指す) |
の | 格助詞 |
大井川 | 名詞(大堰川。京都の嵐山近くの川) |
に | 格助詞 |
逍遥せ | サ行変格活用「逍遥す」(気の向くまま歩き回ること。ここでは船の上で詩歌や音楽を楽しんだりすることを言っている)未然形 |
させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形 作者→入道殿への敬意 |
給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】作者→入道殿への敬意 |
し | 過去の助動詞「き」連体形 |
に、 | 格助詞 |
作文の船、管弦の船、和歌の船と分かたせ給ひて、
漢詩を作る船・音楽を演奏する船・和歌を詠む船と三つの船にお分けになり、
語句 | 意味 |
作文 | 名詞(漢詩を作ること) |
の | 格助詞 |
船・ | 名詞 |
管弦 | 名詞(音楽を演奏すること) |
の | 格助詞 |
船・ | 名詞 |
和歌 | 名詞 |
の | 格助詞 |
船 | 名詞 |
と | 格助詞 |
分かた | タ行四段活動詞「分かつ」(分ける)未然形 |
せ | 尊敬の助動詞「す」連用形 作者→入道殿への敬意 |
給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】作者→入道殿への敬意 |
て、 | 接続助詞 |
その道にたへたる人々を乗せさせ給ひしに、この大納言殿の参り給へるを、
それぞれの芸道に優れている人々をお乗せになりましたところ、この大納言(藤原公任)が参られたので、
語句 | 意味 |
そ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
道 | 名詞 |
に | 格助詞 |
たへ | ハ行下二段活用動詞「たふ」(能力を持つ、優れている)連用形 |
たる | 存続の助動詞「たり」連体形 |
人々 | 名詞 |
を | 格助詞 |
乗せ | サ行下二段活用動詞「乗す」(乗せる)未然形 |
させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形 作者→入道殿への敬意 |
給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】作者→入道殿への敬意 |
し | 過去の助動詞「き」連体形 |
に、 | 格助詞 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
大納言殿 | 名詞(藤原公任を指す。和歌や漢詩にすぐれた人物であった。) |
の | 格助詞 |
参り | ラ行四段活用動詞「参る」連用形 【謙譲】作者→入道殿への敬意 |
給へ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 【尊敬】作者→大納言殿への敬意 |
る | 完了の助動詞「り」連体形 |
を、 | 格助詞 |
入道殿、「かの大納言、いづれの船にか乗らるべき。」とのたまはすれば、
入道殿(道長)は、「あの大納言は、どの船にお乗りになるのだろうか。」とおっしゃったので、
語句 | 意味 |
入道殿、 | 名詞 |
「か | 代名詞 |
の | 格助詞 |
大納言、 | 名詞 |
いづれ | 代名詞(どの) |
の | 格助詞 |
船 | 名詞 |
に | 格助詞 |
か | 【疑問】係助詞 ※結び:べき |
乗ら | ラ行四段活用動詞「乗る」未然形 |
る | 尊敬の助動詞「る」終止形 入道殿→大納言殿への敬意 |
べき。」 | 推量の助動詞「べし」連体形 【係り結び】 |
と | 格助詞 |
のたまはすれ | サ行下二段活用動詞「のたまはす」(おっしゃる※「のたまふ」より敬意が高い表現)已然形 【尊敬】作者→入道殿への敬意 |
ば、 | 接続助詞 |

道長は、どうしてこのような質問をしたのでしょうか?

「なんでもできる公任くんは、どの船に乗るんだい?」と聞いていますね。
このことから、道長は公任の才能を認めていたことが分かるのです。
「和歌の船に乗り侍らむ。」とのたまひて、詠み給へるぞかし。
「和歌の船に乗りましょう。」とおっしゃって、お詠みになった歌ですよ。
語句 | 意味 |
「和歌 | 名詞 |
の | 格助詞 |
船 | 名詞 |
に | 格助詞 |
乗り | ラ行四段活用動詞「乗る」連用形 |
侍ら | ラ行変格活用補助動詞「侍る」(~ます)未然形 【丁寧】大納言→入道への敬意 |
む。」 | 意志の助動詞「む」終止形 |
と | 格助詞 |
のたまひ | ハ行四段活用動詞「のたまふ」(おっしゃる)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
詠み | マ行四段活用動詞「詠む」連用形 |
給へ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 【尊敬】作者→大納言への敬意 |
る | 完了の助動詞「り」連体形 |
ぞ | 終助詞 |
かし。 | 終助詞 |
【和歌】小倉山 嵐の風の 寒ければ 紅葉の錦 着ぬ人ぞなき
小倉山と嵐山の風が寒いので、紅葉が散りかかり、紅葉の着物を着ていない人はいない。
語句 | 意味 |
小倉山 | 名詞(現在の京都市にある山。舟を浮かべている大井川から見える山。紅葉の名所で、川を挟んで嵐山と向かい合う山でもある) |
嵐 | 名詞 |
の | 格助詞 |
風 | 名詞 |
の | 格助詞 |
寒けれ | ク活用形容詞「寒し」(寒い)已然形 |
ば | 接続助詞 |
紅葉 | 名詞 |
の | 格助詞 |
錦 | 名詞(高級絹織物。金や銀などの糸で模様を織ったもの) |
着 | カ行上一段活用動詞「着る」未然形 |
ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
人 | 名詞 |
ぞ | 【強調】係助詞 ※結び:なき |
なき | ク活用形容詞「なし」連体形 【係り結び】 |

どういうことでしょうか?

まず「嵐」は「荒く激しい風」という意味と、「嵐山」の意味がかけられていることをおさえましょう。
「強風でたくさんの紅葉が舞い散り、船に乗っている人に飛んでかかってくる様子が、錦のような豪華な着物を着ているように見える」ということです。
申し受け給へるかひありて、あそばしたりな。
和歌の船を(自分で道長に)お願いしてお引き受けになっただけあって、(和歌を上手に)お詠みになったことだなぁ。
語句 | 意味 |
申し受け | カ行下二段活用動詞「申し受く」(願い出て引き受ける)連用形 |
給へ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 【尊敬】作者→大納言殿への敬意 |
る | 完了の助動詞「り」連体形 |
かひ | 名詞(したことの効果) |
あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
あそばし | サ行四段活用動詞「あそばす」(和歌をお詠みになる)連用形 【尊敬】作者→大納言殿への敬意 |
たり | 完了の助動詞「たり」終止形 |
な。 | 終助詞 |

この部分には、語り手の感想が述べられています。
御自らものたまふなるは、「作文のにぞ乗るべかりける。
(公任が)ご自身もおっしゃったそうだが、「漢詩の船に乗ればよかったなあ。
語句 | 意味 |
御自ら | 名詞(ご自身) |
も | 係助詞 |
のたまふ | ハ行四段活用「のたまふ」終止形 【尊敬】作者→大納言殿への敬意 |
なる | 伝聞の助動詞「なり」(~だそうだ)連体形 |
は、 | 係助詞 |
「作文 | 名詞 |
の | 格助詞 |
に | 格助詞 |
ぞ | 係助詞 ※結び:ける |
乗る | ラ行四段活用動詞「乗る」終止形 |
べかり | 適当の助動詞「べし」連用形 |
ける。 | 詠嘆の助動詞「けり」連体形 【係り結び】 |
さてかばかりの詩を作りたらましかば、名の上がらむこともまさりなまし。
そこでこれほどの(和歌のように優れた)漢詩を作っていたら、名声が上がることも(和歌を作るよりも)上であっただろうに。
語句 | 意味 |
さて | 接続詞(それで。そこで) |
かばかり | 副詞(これほど) |
の | 格助詞 |
詩 | 名詞 |
を | 格助詞 |
作り | ラ行四段活用動詞「作る」連用形 |
たら | 完了の助動詞「たり」未然形 |
ましか | 反実仮想「まし」未然形 |
ば、 | 接続助詞 |
名 | 名詞 |
の | 格助詞 |
上がら | ラ行四段活用動詞「上がる」未然形 |
む | 婉曲の助動詞「む」連体形 |
こと | 名詞 |
も | 係助詞 |
まさり | ラ行四段活用動詞「まさる」(まさる、上である)連用形 |
な | 強意の助動詞「ぬ?」未然形 |
まし。 | 反実仮想の助動詞「まし」終止形 |

これは意訳すると「これほど優れた漢詩を作ったならば、名声はより上がっただろうに。」ということです。

「ましかば~まし」の反実仮想もポイントですね!

そうです「反実仮想」とは、現実には起きていないことを仮に起きたとして結果を想像することです。
訳は「もし~だったら、~だったろうに」となります。
口惜しかりけるわざかな。
残念なことをしたよ。
語句 | 意味 |
口惜しかり | シク活用形容詞「口惜し」(残念だ、悔しい)連用形 |
ける | 詠嘆の助動詞「けり」連体形 |
わざ | 名詞(行い) |
かな。 | 終助詞 |

この表現から、大納言(公任)は、和歌よりも漢詩を重視していることが分かりますね。

当時は漢詩の方が和歌よりも、格が上のものと考えられていました。
公任は和歌でこれだけ褒められたのだから、漢詩でこの和歌レベルものが作れたら、もっと褒められただろうに…と言ったのです。

和歌も漢詩も自信があった公任ですから、より高い評価が得られる漢詩の船に乗ればよかったと後悔しているのですね。
さても、殿の、『いづれにかと思ふ。』とのたまはせしになむ、我ながら心おごりせられし。」とのたまふなる。
それにしても、入道殿が、『どの舟に(乗ろう)と思うか。』とおっしゃったのには、自分ながら得意にならずにはおられなかった。」とおっしゃったそうです。
語句 | 意味 |
さても、 | 接続詞(それにしても) |
殿 | 名詞(入道殿=藤原道長を指す) |
の | 格助詞 |
『いづれ | 代名詞 |
に | 格助詞 |
か | 係助詞 ※結び:思ふ |
(乗らむ) | 省略されている |
と | 格助詞 |
思ふ。』 | ハ行四段活用動詞「思ふ」連体形 【係り結び】 |
と | 格助詞 |
のたまはせ | サ行下二段活用動詞「のたまはす」(おっしゃる)連用形 【尊敬】作者→入道殿への敬意 |
し | 過去の助動詞「き」連体形 |
に | 格助詞 |
なむ、 | 係助詞 ※結び:し |
我ながら | 代名詞(自分ながら) |
心おごり | 名詞(得意になる、思い上がる) |
せ | サ行変格活用動詞「す」未然形 |
られ | 自発の助動詞「らる」連用形 |
し。」 | 過去の助動詞「き」連体形 【係り結び】 |
と | 格助詞 |
のたまふ | ハ行四段活用動詞「のたまふ」終止形 【尊敬】作者→大納言殿への敬意 |
なる。 | 伝聞の助動詞「なり」連体形 |

「心おごりせられし。」の所の訳がよくわかりません。

自発の「らる」は「自然と~れる」などと訳すのが普通ですね。
直訳すると「自然と得意になった」となります。
内容を踏まえて解釈すると、「公任は道長の言葉に、つい得意になってしまった」「得意にならずにはいられなかった」と自分の意図に反して自然とそうなってしまったという訳になります。

わかりました。
では、なぜ公任は得意気になったのでしょうか?

道長に「どの舟に乗るのか」と聞かれるということは、漢詩・音楽・和歌のどの船に乗ってもおかしくない実力があると考えているということになります。
道長に自分の才能を認められたことが、公任は嬉しかったのです。
一事のすぐるるだにあるに、かくいづれの道も抜け出で給ひけむは、いにしへも侍らぬことなり。
一つのことに優れているだけでも滅多にないのに、このようにどの道にも抜きん出ていらっしゃったそうなのは、昔にも例のないことです。
語句 | 意味 |
一事 | 名詞(一つのこと。ここでは一つの才能) |
の | 格助詞 |
すぐるる | ラ行下二段活用動詞「すぐる」(優れている)連体形 |
だに | 副助詞(~さえ) |
(ありがたく) | などが省略されている |
ある | ラ行変格活用動詞「あり」連体形 |
に、 | 格助詞 |
かく | 副詞(このように) |
いづれ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
道 | 名詞 |
も | 係助詞 |
抜け出で | ダ行下二段活用動詞「抜け出づ」(抜きん出る)連用形 |
給ひ | ハ行四段活用動詞「給ふ」連用形 【尊敬】作者→大納言殿への敬意 |
けむ | 過去伝聞の助動詞「けむ」連体形 |
は、 | 係助詞 |
いにしへ | 名詞(昔) |
も | 係助詞 |
侍ら | ラ行変格活用動詞「侍る」未然形 【丁寧】作者→読者への敬意 |
ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
こと | 名詞 |
なり。 | 断定の助動詞「なり」終止形 |

これはマルチな才能をもつ公任を、作者が褒めたたえている文章になります。
敬語について
入道殿と大納言殿に敬語が使われていましたが、差がついていたことに気が付きましたか?
入道殿(道長) | 大納言殿(公任) |
のたまはす | のたまふ |
せ給ふ させ給ふ |
給ふ |
入道殿(道長)の方が立場が上であることが、明確になっています。
また、通常は会話文以外の地の文については、作者(筆者)からの敬意となります。
しかし、大鏡は大宅世継・夏山繁樹いう語り手がいるという設定のため、語り手からの敬意と言えます。
学校によって「作者」であったり「語り手」とすることがありますので、それに倣ってください。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は大鏡より「三船の才」を解説しました。
藤原公任のマルチな才能を褒めたたえるという内容でした。
公任は「漢文の舟に乗ればよかった」と後悔していることから、当時は優れた和歌を詠むことより、優れた漢詩を詠めることの方が格が上であると考えられたいたことがわかりました。
しかし公任は後悔しながらも、道長に期待されたことを嬉しく思ってもいるのでした。
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