今回は于武陵の「酒を勧む」を解説します。
井伏鱒二の「サヨナラだけが人生だ」という名訳でも知られる、漢文の超定番です。出会いには必ず別れが伴うという切ない真理を前に、作者はどんな思いで杯を差し出したのか。
別れの寂しさだけでなく、今という瞬間の尊さを考えながら、言葉の深みに触れてみましょう。
于武陵 「勧酒(酒を勧む)」現代語訳・解説

白文・書き下し文(読み仮名付き)・現代語訳・語句解説
勧君金屈卮
君に勧む金屈卮
| 君 | あなた |
| 勧む | 勧める |
| 金屈卮 |
金でできたとって付きの酒杯。豪華な贅沢品。
|
【訳】あなたに勧める金の酒杯
満酌不須辞
満酌辞するを須ゐず
| 満酌 | なみなみと注がれた酒 |
| 辞する | 断る |
| 須ゐず | ~してはいけない |
【訳】なみなみと注がれた酒を(あなたは)断ってはいけない
花発多風雨
花発きて風雨多く
| 花 |
ここでは桃などの、春の花と考えられる
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| 発き | 開く、咲く |
| 風雨 | 雨風、嵐 |
【訳】花が咲くと、雨風が多くなる
人生足別離
人生別離足る
| 別離 | 別れ |
| 足る |
満ち足りる ※ここでは「満ちている」と解釈し、訳をした
|
【訳】人生は別れに満ちている

あえて訳を直訳にしたので、この詩の意味がわかりにくかったと思います。詳しい内容の解説に入る前に、詩の形式を押さえていきましょう。
詩の形式・表現技法
この詩の形式は、五言絶句です。

押韻は、第二句末の「辞 zi」と第四句末「離 ri」になります。またこの詩では第一句末の「卮 si」も押韻となっています。
背景
では続いて、この詩が読まれた背景について説明します。
810年生まれ。中国の唐の時代の詩人。
25歳で官吏になったものの、その仕事をやめて放浪しながら生活をする。
ここでは、そんな于武陵のもとに友人が訪ねてきた時の様子が詠まれています。
于武陵は友人に、豪華な杯になみなみと注いだ酒を勧めています。「俺の酒を断るなんて許さないぜ!」と、強引に勧めます。
漢文や漢詩において、お酒を勧めるという場面は多く描かれています。杯になみなみと注がれた酒を、飲み干すことでおもてなしに応えるという礼儀があるのです。

現代の日本なら、「アルハラだ!」と訴えられるかもしれませんね…

しかし、第三句、四句を読んでいくと、どのようなことが詠まれていますか?

花が咲けば嵐になるし、人生には別れが多いと言っています。「生きていくのって大変なんだよ」ということを表現しているようです。

そう考えると、どうやら于武陵を訪ねてきた友人は、何かつらいことがあったのかもしれないと推測できます。
そんな友人に于武陵は酒を勧め、励まそうとしているように感じられませんか?

そうですね。
「人生には大変なことが多いけど、せめて今こうして一緒にいる間は酒を飲んで楽しく過ごそうよ!」と言っているように思えてきました。
ここで、井伏鱒二の意訳も見てみましょう。
時代を超えた名訳:井伏鱒二の『勧酒』
漢文の試験では正確な「直訳」が求められますが、この詩には日本中の多くの人を虜にした「名訳」が存在します。昭和の文豪・井伏鱒二が、この詩の心を独自の言葉で表現した一節を紹介します。
『厄除け詩集』より「勧酒」
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガセテクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
出典:井伏鱒二『厄除け詩集』講談社文芸文庫 より
訳文のポイント:なぜ「サヨナラ」だけが人生なのか?
原文にある「人生足別離(人生は別離足る)」という言葉を、井伏はあえてカタカナの「サヨナラ」と訳しました。
単に「別れが多い」と言っているのではなく、「人生の正体はサヨナラそのものなんだ。だからこそ、今こうして一緒に飲める時間を大切にしよう」という、温かくも切ない響きが加わっています。直訳と読み比べてみると、言葉の選び方ひとつで世界観がガラッと変わるのが分かりますよね。
もっと「言葉の魔法」に触れてみたい人へ
井伏鱒二のこの訳は、『厄除け詩集』という本に収録されています。
この本には、他にも難しい漢詩が「えっ、こんなに読みやすくてかっこいいの?」と驚くような日本語で訳されています。古文や漢文が「ただの暗記科目」から「心に刺さる文学」に変わる体験を、ぜひ一冊手に取って味わってみてください。
『厄除け詩集』(講談社文芸文庫) :今回紹介した詩の全文はもちろん、井伏鱒二の独特なリズムの名訳がたっぷり詰まった一冊です。
まとめ
今回は、于武陵の「酒を勧む」を解説しました。
「人生は別れに満ちている」という表現は、一見すると悲しいことかもしれません。しかし、いつか散ってしまう花だからこそ美しいように、終わりがあるからこそ「今、この瞬間の出会い」が何物にも代えがたい宝物になります。
漢文はただの暗記科目ではなく、1000年以上前の人々と心を繋ぐツールです。今回学んだ背景を、ぜひテストで活かすだけでなく、皆さんのこれからの出会いと別れを豊かにするヒントにしてみてくださいね。


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