ある夜、ひっそりと宮中を抜け出す一人の天皇。
向かう先は、なんとお寺―。
『大鏡』の「花山天皇の出家/花山院の出家」は、
天皇が夜中に出家してしまうという衝撃のエピソードです。
政治と人の思惑、そして人間の弱さ。
まるで平安版の「政治サスペンス」のような物語です。
今回はそんな「花山天皇の出家/花山院の出家」の内容を、サクッと理解できるように解説しています。
こんな方にオススメです。
●本文を読んだけど、イマイチよくわからなかった方
●本文の内容以外にも、花山院天皇の出家に関する全体の流れをつかみたい方
大鏡「花山天皇の出家/花山院の出家」内容をサクッと理解!
それでは、さっそく登場人物を確認しましょう。
登場人物
語り手
直接の登場はないが、『大鏡』は大宅世継と夏山繁樹による語りの形式をとっていることは押さえておきたい。
花山院の天皇/帝
このお話の主人公。第65代 花山天皇(出家後に花山院となるが、当ブログの解説では「花山院天皇」と訳している。冷泉院と懐子の間に生まれた子。 寵愛していた弘徽殿の女御(藤原忯子)が懐妊中に亡くなった。その悲しみから、出家を考えるようになる。
冷泉院
第63代天皇。花山院天皇の父。 第62代 村上天皇の第二皇子。
※第64代天皇は、冷泉院の弟にあたる円融天皇
贈皇后宮 懐子
藤原懐子。冷泉院の女御として、花山院天皇を出産。亡くなったあとに皇后に立てられたため「贈皇后宮」という称号が与えられた。兼家の兄(伊尹)の娘。
粟田殿
このお話のキーマン。藤原道兼。藤原兼家の三男。蔵人として、花山院天皇の秘書のように仕えていた。
花山院天皇を早く退位させたかった。目的は、大臣/東三条殿(藤原道兼)の孫である春宮(第66代 一条天皇)を即位させて実権を握ること。粟田殿は花山院天皇の側近として忠実に仕えているふりをして、出家に追いやったと言える。
春宮の御方
円融院の皇子 懐仁親王。のちの一条天皇のこと。母は兼家の娘、藤原詮子。
※兼家は娘が入内したものの、冷遇されていた。詮子は正妻とされなかったため、親王が即位する可能性が低かった。しかしその後、懐仁親王は春宮(次期天皇)となる。
弘徽殿の女御…花山天皇が寵愛した女御。藤原忯子。藤原為光(兼家の異母弟)の娘。985年に懐妊中に亡くなっている。花山院天皇の出家の理由となった。
晴明…安倍晴明のこと。陰陽師として有名な人物。花山院天皇とは、親交があった。 しかし、花山院天皇の出家を止めようとしたなどという、記録は無いようだ。
大臣/東三条殿…道兼の父である、藤原兼家のこと。右大臣。 花山院天皇を早々に退位させ、自分の孫(春宮)を幼くして即位させることで、政治の実権を握ろうとしていた。
さるべきおとなしき人々/なにがしかがしといふいみじき源氏の武者たち
兼家が、道兼が出家させられないようにと手配した護衛の人たち。源氏姓を名乗る、立派な武者だったようである。
物語の背景
まずは、花山院天皇が出家に追いやられた背景を確認します。
そこには、兼家の政治的思惑がありました。
兼家の思惑
花山院天皇は、兄 伊尹の孫。このままでは、自分が摂政になるのはいつになることやら。
しかも、春宮が幼い時点で即位しなくては、摂政になることはできない。
自分の年齢を考えても、花山院天皇が退位するのをのんびり待ってもいられないのだった。
そんなときに花山院天皇が寵愛する弘徽殿の女御が亡くなり、失意から出家を考えるようになるというチャンスが訪れる。
※出家すると、自動的に退位したことになる

花山院天皇が寵愛した女御の死
花山院天皇は、最愛の女性・弘徽殿の女御(藤原忯子)を失い、悲しみのあまり心を閉ざしてしまう。
そのことがきっかけとなり、花山院天皇は出家を考えるようになった。
道兼による出家への誘導
そんな時粟田殿は、蔵人という天皇の秘書役割を担っていた。そこで、従順な家臣を演じる。日ごろから「あなた様が出家なさったら、私もあなたの弟子となってお仕えいたします!」と言っていた。
→ ついに花山天皇は出家を決意する
ここまで理解できたところで、今回の本文のあらすじを見ていきましょう。
あらすじ
1. 夜にこっそりと誰にも知られずに出発
人目につかないように、夜中にこっそりと花山寺を目指す。
2. 感情の人:花山院天皇と計算の人:粟田殿
①有明の月の明るさに、出家をやめようとする花山院天皇
→「そんなのは出家をやめる理由になりませんよ。もう三種の神器のうち、二つも春宮に渡してしまったんだから、今更やめられませんよ」と出家を急かす粟田殿。
②愛する弘徽殿の女御の手紙を忘れてきたから、取りに戻りたい花山院天皇
→「なんでそんなことを言うんですか…。今を逃したら、出家に支障がでますよ…」と嘘泣きをする粟田殿
3. 安倍晴明が花山院天皇の退位の気配を察知
陰陽師視点でも、花山院天皇の出家は避けられなかった
晴明の声を聞いて、花山院天皇は寂しく思ったが、もう出家するしかない状況
4. 花山院天皇の出家完了。粟田殿の裏切りの発覚
花山寺で、髪を剃り落とした花山院天皇。これで出家は完了し、正式に退位となった。
それを見届けた粟田殿は、「出家前の姿を父に見せてきて、一緒に出家することにしますって報告してきます。必ず戻ってきてお仕えします。」と言った。
→ 花山院天皇は「わたしをだましたな」と泣いた
5. 粟田殿の出家を阻止するための兼家の策
「もしかしたら、本当に花山院天皇と一緒に息子も出家してしまうかも…」と案じた道兼。
そこで、いざというときにいいようにしてくれる人を手配する。その人たちは源氏姓を名乗る、立派な武士であった。
最初は隠れていたが、鴨川の土手のあたりからは姿を現して粟田殿に付き添った。
もしもの時にはすぐに刀を抜けるように、途中まで刀を抜いた状態にして守っていた。
ということで、こうして花山院天皇は出家してしまったのでした。
その後、どうなったのかというと…
その後
道兼はすぐに都へ戻り、「花山院はもう出家しました!」と報告。
兼家が望んだ通り、一条天皇は7歳で即位。兼家は念願の摂政となる。それによって道兼もスピード出世を果たした。
この兼家の謀略による政変は、「寛和の変」と呼ばれた。
読みどころ・ポイント
1. 道兼のしたたかさ
「お供します」と言いながら、実はすべて計算づく。
表向きは忠臣、実はクールな策士です。
2. 花山院天皇の人間味
政治よりも感情で動くタイプ。
悲しみや迷いが素直に描かれていて、同情すら感じてしまいます。
3. 『大鏡』らしい語りの味わい
この話を語るのは、“昔話を語るおじいさんたち”です。
「あさましく候ひしことは」「あはれなることは」などと、語り手の思いが、ちょこちょこ出てきます。花山院天皇が粟田殿にだまされたことに気付いて泣いたところでは、「あはれに悲しきことなりな」と感想を述べてもいます。
それによって、読んでいる私たちも「そうだなあ」と共感しながら物語に入り込んでいくことができるのではないでしょうか。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
「花山天皇の出家/花山院の出家」は、 「感情の人」と「計算の人」の対比で読むとぐっと面白くなります。
本文を読むときは、 「誰が何を考えていたか」 「どこで人の心が動いたか」に注目してみましょう。
平安時代の人間ドラマが、 今にも通じるリアルさで浮かび上がってきます。



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