今回は『無名草子』の「清少納言と紫式部」の紫式部の部分について解説をしていきます。
成立: 鎌倉時代初期
作者: 未詳(藤原俊成女という説もある)
ジャンル: 評論(最古の文芸評論書)
内容:
①物語について(『源氏物語』など)
②和歌について(『伊勢物語』などの歌物語や、勅撰和歌集や歌合せについて)
③女性について(清少納言や紫式部など)
※八十三歳の老尼が女房たちの語りを記録するという、構造になっている
・あらすじ
・本文(読み仮名付き)
・現代語訳
・品詞分解
・ポイント
以上の内容を、順番にお話していきます。
無名草子「清少納言と紫式部②」現代語訳・品詞分解・解説
登場人物
今回の「紫式部」のお話に登場する人物を、登場順に並べると以下の通りです。
(語り手と聞き手)
八十三歳の老尼が、女房たちの語りを記録している。「語り手」は女房たち。
大斎院
選子内親王。村上天皇の皇女。加茂神社の斎院。斎院とは、加茂神社に奉仕した、未婚の内親王のことを言う。選子内親王は、円融天皇~後一条天皇という五代に渡って斎院を務めたことから「大斎院」と呼ばれた。
上東門院/皇太后宮
藤原彰子。道長の娘。一条天皇の中宮。紫式部が仕えた人物。出家後に院号を賜り、上東門院と名乗った。
※皇太后宮とは、先代の天皇の皇后であり、現在の天皇の生母を指す。
紫式部/その人
『源氏物語』の作者。歌人としても優秀だった。彰子の女房を務めた。
君
藤原道長のこと。
友達ども
上東門院(彰子)に仕えていた、女房仲間たちのこと。
どんなお話?
紫式部が『源氏物語』を作った経緯には二つの説があります。
一つは、大斎院が退屈しのぎになる物語を求め、上東門院を通して紫式部に命じたという説。もう一つは、宮仕え前に紫式部がすでに物語を書いており、その才能が知られて上東門院に召し出されたという説です。
紫式部が上東門院に仕え始めた頃、周りの女房たちは彼女を「立派で、近づきにくい人だろう」と思っていました。しかし実際には意外にもぼんやりとして、「一」という字さえ書かない様子だった(これは、紫式部が知識をひけらかさず、謙虚に振る舞うことを心がけていたことによる)ので、皆は「思っていたのとは違う」と感じていました。
また、紫式部は日記の中で、主君である道長の立派さを述べていますが、その気持ちを、少しも好色めいた書き方では表していません。また、上東門院をこの上なく素晴らしいと書き、上東門院が親しみやすく接してくれたこと、そして道長も親しみやすかったと書いています。それは紫式部の控えめな性格とは少し合わないようにも見えますが、それは上東門院と道長がそれほど素晴らしい人柄だったということなのでしょう。
読み仮名付き本文・現代語訳・品詞分解
無名草子:清少納言(すべて、余りになりぬる人の~)についてはコチラ
「繰り言のやうには侍れど、尽きもせずうらやましくめでたく侍るは、
「同じことを繰り返し言うようではございますが、尽きることなくうらやましくてすばらしゅうございますのは、
| 「繰り言 | 名詞(同じことを繰り返し言うこと) |
| の | 格助詞 |
| やうに | 比況の助動詞「やうなり」(~のようだ)連用形 |
| は | 係助詞 |
| 侍れ | ラ行変格活用動詞「侍り」已然形【丁寧】語り手→聞き手への敬意 |
| ど、 | 接続助詞 |
| 尽き | カ行上二段活用動詞「尽く」(尽きる)連用形 |
| も | 係助詞 |
| せ | サ行変格活用動詞「す」未然形 |
| ず | 打消の助動詞「ず」連用形 |
| 羨ましく | シク活用の形容詞「うらやまし」(うらやましい)連用形 |
| めでたく | ク活用の形容詞「めでたし」(すばらしい)連用形 |
| 侍る | ラ行変格活用動詞「侍り」已然形【丁寧】語り手→聞き手への敬意 |
| は、 | 係助詞 |

何を繰り返し言っているのですか?

『無名草子』では、何度も『源氏物語』を褒めたたえているのです。
そのことを踏まえて、「何度も同じことを言うようですが」と前置きしています。
大斎院から上東門院へ、『退屈な気分が晴れるのによい物語はございますか。』とお尋ねになったところ、
| 大斎院 | 名詞(村上天皇と中宮 安子の娘の選子内親王のことをさす。) |
| より | 格助詞 |
| 上東門院、 | 名詞(藤原道長の娘、彰子のこと。) |
| 『つれづれ | 名詞(退屈であること) |
| 慰み | マ行四段活用動詞「慰む」(気持ちが晴れる)連用形 |
| ぬ | 強意の助動詞「ぬ」終止形 |
| べき | 適当の助動詞「べし」連体形 |
| 物語 | 名詞 |
| や | 係助詞【係】 |
| 候ふ。』 | ハ行四段活用動詞「候ふ」(ございます)連体形【結】【丁寧】上東門院→大斎院への敬意 |
| と | 格助詞 |
| 尋ね | ナ行下二段活用動詞「尋ぬ」(尋ねる)連用形 |
| 参らせ | サ行下二段活用補助動詞「参らす」(お~申し上げる)連用形【謙譲】語り手→上東門院への敬意 |
| 給へ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形【尊敬】語り手→大斎院への敬意 |
| り | 完了の助動詞「り」連用形 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| に、 | 接続助詞 |

敬語が複雑ですね…
大斎院と上東門院では、どちらが上なのでしょうか?

二人は、違うジャンルのトップの女性だったと言えます。
大斎院は宗教界のトップ、上東門院は世間におけるトップといった感じです。

大斎院の行為を「参らせ」と謙譲表現にしていたので、語り手の中では上東門院が上なのかなと思いました。

過去の天皇の娘である大斎院よりは、現役天皇の中宮の方が上と語り手が考えたのかもしれませんね。
しかし、本来は同じ軸で上下をつける人たちではないということは知っておいてもいいかもしれません。
紫式部を召して、『何をか参らすべき。』仰せられければ、
紫式部をお呼びになって、『何を差し上げるのがよいだろうか。』と(上東門院が)おっしゃったので、
| 紫式部 | 名詞(人名。『源氏物語』の作者で、上東門院が中宮であったときの女房) |
| を | 格助詞 |
| 召し | サ行四段活用動詞「召す」(お呼びになる)連用形【尊敬】語り手→上東門院への敬意 |
| て、 | 接続助詞 |
| 『何 | 代名詞 |
| を | 格助詞 |
| か | 疑問の係助詞【係】 |
| 参らす | サ行下二段活用補助動詞「参らす」(差し上げる)終止形【謙譲】上東門院→大斎院への敬意 |
| べき。』 | 適当の助動詞「べし」連体形【結】 |
| と | 格助詞 |
| 仰せ | サ行下二段活用動詞「仰す」(おっしゃる)未然形【「言ふ」の尊敬】語り手→上東門院への敬意 |
| られ | 尊敬の助動詞「らる」連用形 語り手→上東門院への敬意 |
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
『めづらしきものは、何か侍るべき。新しく作りて参らせ給へかし。』と申しければ、
『目新しいものは、何かございますでしょうか。いや、ございません。新しく作って(大斎院様に)差し上げてくださいませ。』と(紫式部が)申し上げたところ、
| 『めづらしき | シク活用の形容詞「めづらし」(目新しい)連体形 |
| もの | 名詞 |
| は、 | 係助詞 |
| 何 | 代名詞 |
| か | 反語の係助詞【係】 |
| 侍る | ラ行変格活用動詞「侍り」連体形【丁寧】紫式部→上東門院への敬意 |
| べき。 | 推量の助動詞「べし」連体形【結】 |
| 新しく | シク活用の形容詞「新し」(新しい)連用形 |
| 作り | ラ行四段活用動詞「作る」連用形 |
| て | 接続助詞 |
| 参らせ | サ行下二段活用動詞「参らす」(差し上げる)【謙譲】紫式部→大斎院への敬意 |
| 給へ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」命令形【尊敬】紫式部→上東門院への敬意 |
| かし。』 | 終助詞(~ね) |
| と | 格助詞 |
| 申し | サ行四段活用動詞「申す」【「言う」の謙譲】語り手→上東門院への敬意 |
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
『作れ。』と仰せられけるを、承りて、『源氏』を作りたりけるこそ、いみじくめでたく侍れ。」
『作れ。』と(上東門院が)おっしゃったのを、(紫式部が)お引き受け申し上げて、『源氏物語』を作ったことが、大変すばらしいことでございます。」
| 『作れ。』 | ラ行四段活用動詞「作る」命令形 |
| と | 格助詞 |
| 仰せ | サ行下二段活用動詞「仰す」未然形【「言ふ」の尊敬】語り手→上東門院への敬意 |
| られ | 尊敬の助動詞「らる」連用形 語り手→上東門院への敬意 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| を、 | 格助詞 |
| 承り | ラ行四段活用動詞「承る」(お引き受け申し上げる)連用形【謙譲】語り手→上東門院への敬意 |
| て、 | 接続助詞 |
| 『源氏』 | 名詞(『源氏物語』のこと) |
| を、 | 格助詞 |
| 作り | ラ行四段活用動詞「作る」連用形 |
| たり | 完了の助動詞「たり」連用形 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| こそ、 | 係助詞【係】 |
| いみじく | シク活用の形容詞「いみじ」(はなはだしい ※ここでは「大変」と訳)連用形 |
| めでたく | ク活用の形容詞「めでたし」(すばらしい)連用形 |
| 侍れ。」 | ラ行変格活用動詞「侍り」已然形【結】 |
成立:平安時代中期
ジャンル:作り物語(長編恋愛小説と言っても過言ではないと思います)
内容:光源氏の恋愛遍歴と栄華、光源氏が亡くなった後の源氏の子(薫)とその親友(匂宮)の恋愛
と言ふ人侍れば、また、
と言う人がございますところ、一方で、
| と | 格助詞 |
| 言ふ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連体形 |
| 人 | 名詞 |
| 侍れ | ラ行変格活用動詞「侍り」已然形【丁寧】作者→読み手への敬意 |
| ば、 | 接続助詞 |
| また、 | 接続詞(一方では、あるいは) |

ここは、「 」もなく本当に地の文ですね。
それに従って敬意の方向を、作者から読み手としました。
「いまだ宮仕へもせで里に侍りける折、かかるもの作り出でたりけるによりて、召し出でられて、それゆゑ紫式部といふ名は付けたりと申すは、いづれかまことにて侍らむ。
「まだ宮仕えもせずに実家にいました時、このようなもの(=『源氏物語』)を作り出したことによって、(上東門院に宮仕えをするように)召し寄せられて、そのため(=『源氏物語』の登場人物である紫の上にちなんで)紫式部という名をつけたと言いますのは、どちらが真実なのでしょうか。
| いまだ | 副詞(まだ) |
| 宮仕へ | 名詞(宮中に仕えること) |
| も | 係助詞 |
| せ | サ行変格活用動詞「す」未然形 |
| で | 接続助詞 |
| 里 | 名詞(実家) |
| に | 格助詞 |
| 侍り | ラ行変格活用補助動詞「侍り」連用形【丁寧】語り手→聞き手への敬意 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| 折、 | 名詞(その時) |
| かかる | ラ行変格活用動詞「かかり」(このようだ)連体形 |
| もの | 名詞 ※「かかるもの」=『源氏物語』のこと |
| 作り出で | ダ行下二段活用動詞「作り出づ」(作り出す、制作する)連用形 |
| たり | 完了の助動詞「たり」連用形 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| に | 格助詞 |
| より | ラ行四段活用動詞「よる」(原因となる)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| 召し出で | ダ行下二段活用動詞「召し出づ」(お呼び寄せになる)未然形【尊敬】語り手→上東門院への敬意 |
| られ | 受身の助動詞「らる」連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| それゆゑ | 接続詞(そのため ※ここでは『源氏物語』の登場人物である紫の上にちなんだことを指す) |
| 紫式部 | 名詞 |
| と | 格助詞 |
| いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
| 名 | 名詞 |
| は | 係助詞 |
| 付け | カ行下二段活用動詞「付く」(つける)連用形 |
| たり | 完了の助動詞「たり」終止形 |
| と | 格助詞 |
| も | 係助詞 |
| 申す |
サ行四段活用動詞「申す」(言います)連体形【丁寧】語り手→聞き手への敬意
|
| は、 | 係助詞 |
| いづれ | 代名詞(どちら) |
| か | 疑問の係助詞【係】 |
| まこと | 名詞(真実) |
| に | 断定の助動詞「なり」連用形 |
| て | 接続助詞 |
| 侍ら | ラ行変格活用補助動詞「侍り」未然形【丁寧】語り手→聞き手への敬意 |
| む。 | 推量の助動詞「む」連体形【結】 |

なるほど…、紫式部が『源氏物語』を書いたいきさつには、いくつか説があると言っているのですね。

ここでは、①大斎院の依頼を受けて、上東門院が紫式部に書かせた ②紫式部(と名付けられる前)が実家にいた時に『源氏物語』を書いたことで、それを知った上東門院に呼び寄せられた という、二つの説が語られています。
その人の日記といふもの侍りしにも、
その人の日記(=『紫式部日記』)というものがありましたが、
| そ | 代名詞 |
| の | 格助詞 |
| 人 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 日記 | 名詞(※その人の日記=『紫式部日記』のこと) |
| と | 格助詞 |
| いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
| もの | 格助詞 |
| 侍り | ラ行変格活用動詞「侍り」連用形【丁寧】語り手→聞き手への敬意 |
| し | 過去の助動詞「き」連体形 |
| に | 格助詞 |
| も、 | 係助詞 |

このあとからは、『紫式部日記』の内容となります。引用ではありませんが、『 』内の語り手は紫式部であるとして、敬意を考えてみてください。
『参りけるはじめばかり、恥づかしうも、心にくくも、また添ひ苦しうもあらむずらむと、おのおの思へりけるほどに、
『(上東門院様のもとに)お仕えしはじめの頃、(私=紫式部のことを)立派であり、付き合いにくくもあるだろうと、(それぞれの女房たちが)思っていたころに、
| 『参り | ラ行四段活用動詞「参る」連用形【謙譲】紫式部→上東門院への敬意 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| はじめ | 名詞(初め) |
| ばかり、 | 副助詞(時期などの範囲を表す語。ここでは、~の頃と訳) |
| 恥づかしう | シク活用の形容詞「恥づかし」(立派だ)連用形「恥づかしく」のウ音便 |
| も、 | 係助詞 |
| 心にくく | ク活用の形容詞「心にくし」(奥ゆかしい)連用形 |
| も、 | 係助詞 |
| また | 接続詞 |
| 添ひ苦しう | シク活用の形容詞「添ひ苦し」(「添ふ」は付き従う→付き合うと解釈、「苦し」は困難であるという意味がある→「添ひ苦し」は付き合いにくいと訳)連用形「添ひ苦しく」のウ音便 |
| も | 係助詞 |
| あら | ラ行変格活用動詞「あり」未然形 |
| むず | 推量の助動詞「むず」終止形 ※あらむずらむ…あるであろう |
| らむ | 現在推量の助動詞「らむ」終止形 |
| と、 | 格助詞 |
| おのおの | 名詞(それぞれ) |
| 思へ | ハ行四段活用動詞「思ふ」已然形 |
| り | 存続の助動詞「り」連用形 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| ほど | 名詞(ころ) |
| に、 | 格助詞 |
いと思はずにほけづき、かたほにて、一文字をだに引かぬさまりなりければ、かく思はずと友達ども思はる。』などこそ見て侍れ。
大変意外に(思われそうですが)ぼんやりして、未熟で、「一」という文字さえ書かない様子であったので、こうとは思わなかったと女房仲間たちはお思いになる。』などと読めます。
| いと | 副詞(大変) |
| 思はずに | ナリ活用の形容動詞「思はずなり」(意外だ)連用形 |
| ほけづき、 |
カ行四段活用動詞「ほけづく」(「惚く」はぼんやりするという意味 +「~付く」はそういう状態になることを指す)連用形
|
| かたほに | ナリ活用の形容動詞「かたほなり」(未熟だ)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| 一文字 | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| だに | 副助詞(~さえ) |
| 引か |
カ行四段活用動詞「引く」(線を書く ※ここでは「一」という文字を書くことを指す)未然形
|
| ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
| さま | 名詞(様子) |
| なり | 断定の助動詞「なり」連用形 |
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
| かく | 副詞(こう※ここではその前の文の「ほけづきかたほにて、一文字をだに引かぬ様さま」を指す) |
| 思は | ハ行四段活用動詞「思ふ」未然形 |
| ず | 打消の助動詞「ず」終止形 |
| と | 格助詞 |
| 友達ども | 名詞(仲間 ※ここでは女房仲間を指す) |
| 思は | ハ行四段活用動詞「思ふ」未然形 |
| る。』 | 尊敬の助動詞「る」終止形 紫式部→友達どもへの敬意 |
| など | 副助詞 |
| こそ | 係助詞【係】 |
| 見え | ヤ行上二段活用動詞「見ゆ」(見える ※ここでは『紫式部日記』で読むことができることを指す)連用形 |
| て | 接続助詞 |
| 侍れ。 |
ラ行変格活用動詞「侍り」已然形【結】【丁寧】語り手→聞き手への敬意
|
『紫式部日記』では、知識をひけらかすことはよくないというのを聞いて、人前で漢字の「一」すら書かなかったという描写がある。
紫式部は、弟が漢詩を習うのをそばで聞いているだけで、覚えてしまったくらいの人物。
『源氏物語』を書くことで、その知識と教養は気付かれてしまうが、本人はその知識や才能をひけらかすことなく、謙虚な態度を心がけた。

『枕草子』で、「こんな風にほめられちゃったのよね」とか言っちゃう清少納言とは、対照的ですね。

だから紫式部は、清少納言の悪口を書き残しているのかもしれませんね。
君の御有様などをば、いみじくめでたく思ひ聞こえながら、つゆばかりもかけかけしく馴らし顔に聞こえ出でぬほども、いみじく。
主君(=道長)のご様子などを、たいそう素晴らしく思い申し上げるけれども、(その気持ちを)少しも好色めいて馴れ馴れしく書き申し上げないのも、素晴らしいことです。
| 君 | 名詞(主君。ここでは藤原道長のことを指す) |
| の | 格助詞 |
| 御有様 | 御+名詞(様子) |
| など | 副助詞 |
| を | 格助詞 |
| ば、 | 係助詞 |
| いみじく | シク活用の形容詞「いみじ」連用形 |
| めでたく | ク活用の形容詞「めでたし」(素晴らしい)連用形 |
| 思ひ | ハ行四段活用動詞「思ふ」連用形 |
| 聞こえ | ヤ行下二段活用補助動詞「聞こゆ」(~申し上げる)連用形【謙譲】語り手→君への敬意 |
| ながら、 | 接続助詞(~けれども) |
| つゆ | 副詞+打消(少しも~ない) |
| ばかり | 副助詞 |
| も | 係助詞 |
| かけかけしく | シク活用の形容詞「かけかけし」(好色めいている)連用形 |
| 馴らし顔に | ナリ活用の形容動詞「馴らし顔なり」(馴れ馴れしい態度である)連用形 |
| 聞こえ出で | ダ行下二段活用動詞「聞こえ出づ」(申し上げる ※ここでは『紫式部日記』に書き出すことを指す)未然形 【謙譲】語り手→君への敬意 |
| ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
| ほど | 名詞(様子) |
| も、 | 係助詞 |
| いみじく。 | シク活用の形容詞「いみじ」連用形 |
| (侍り など) | 省略されている |

『無名草子』の語り手は、紫式部が道長の愛人であると考えています。しかし、それにもかかわらず、『紫式部日記』においては恋愛感情を見せたり、馴れ馴れしい感じはなかったことが素晴らしいと言っているのです。

「私と道長様は、特別な関係にあるのよ」とひけらかさないことを、評価しているのですね。
また皇太后宮の御事を、限りなくめでたく聞こゆるにつけても、愛敬づきなつかしく候ひけるほどのことも、君の御有様も、なつかしくいみじくおはしましし、など聞こえあらはしたるも、心に似ぬ体にてあ める。
また皇太后宮(=上東門院)のことを、この上なく素晴らしいと(紫式部が)申し上げるにつけても、(皇太后宮が)かわいらしく親しみやすく(してくださり、自分=紫式部が)お仕えしたころのことも、主君(=道長)のご様子も、親しみやすく素晴らしくいらっしゃった、などと書き表し申し上げているのも、(紫式部の控え目な)心とは一致しない様子であるようだ。
| また | 接続詞 |
| 皇太后宮 | 名詞(上東門院である藤原彰子のこと) |
| の | 格助詞 |
| 御事 | 名詞 |
| を、 | 格助詞 |
| 限りなく | ク活用の形容詞「限りなし」(この上ない)連用形 |
| めでたく | ク活用の形容詞「めでたし」(素晴らしい)連用形 |
| 聞こゆる | ヤ行下二段活用動詞「聞こゆ」(申し上げる)連体形【謙譲】語り手→皇太后宮(=上東門院)への敬意 |
| に | 格助詞 |
| つけ | カ行下二段活用動詞「つく」連用形 |
| て | 接続助詞 |
| も、 | 係助詞 |
| 愛敬づき | カ行四段活用動詞「愛敬づく」(かわいらしさがある)連用形 ※紫式部が彰子に仕え始めた時は12歳頃とされている。紫式部はその3~5歳年上であると考えられている) |
| なつかしく | シク活用の形容詞「なつかし」(親しみが持てる)連用形 |
| 候ひ | ハ行四段活用動詞「候ふ」(お仕えする)連用形 【謙譲】語り手→皇太后宮(=上東門院)への敬意 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| ほど | 名詞(ころ) |
| の | 格助詞 |
| こと | 名詞 |
| も、 | 係助詞 |
| 君 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 御有様 | 名詞(ご様子) |
| も、 | 係助詞 |
| なつかしく | シク活用の形容詞「なつかし」連用形 |
| いみじく | シク活用の形容詞「いみじ」(素晴らしい)連用形 |
| おはしまし |
サ行四段活用動詞「おはします」(いらっしゃる)連用形【尊敬】語り手→君への敬意
|
| し、 | 過去の助動詞「き」連体形 |
| など | 副助詞 |
| 聞こえあらはし |
サ行四段活用動詞「聞こえあらはす」(「聞こゆ」は~申し上げる+「あらはす」は書き表す)連用形【謙譲】語り手→皇太后宮(=上東門院)・君への敬意
|
| たる | 存続の助動詞「たり」連体形 |
| も、 | 係助詞 |
| 心 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| 似 | ナ行上一段活用動詞「似る」(一致する)未然形 |
| ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
| 体 | 名詞(様子) |
| に | 断定の助動詞「なり」連用形 |
| て | 接続助詞 |
| あ |
ラ行変格活用動詞「あり」連体形「ある」の撥音便「あん」の「ん」の無表記
|
| める。 | 推定の助動詞「めり」連体形 |

この部分は、かなり言葉を補って現代語訳をしました。

要するに何が言いたいのでしょうか?

語り手は、「謙虚で内気な紫式部が、『彰子様も道長様も、親しみやすい素晴らしい方たちなんですよ。』なんて自分の胸の内を書き表すのは、らしくないな~」と言っているのです。
かつはまた、御心柄なるべし。」
一方ではあるいは、(皇太后宮と君の)ご性格であるのでしょう。」
| かつ | 副詞(一方では) |
| は | 係助詞 |
| また、 | 接続詞(あるいは) |
| 御心柄 | 御+名詞(ご性格) |
| なる | 断定の助動詞「なり」連体形 |
| べし。」 | 推量の助動詞「べし」終止形 |

「そんな謙虚で内気な紫式部が、これだけ言いたくなるほどの素晴らしい人だったのだろう」ということです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
二回に分けて『無名草子』の「清少納言と紫式部」を解説しました。
わかりにくい文章ではあるものの、内容が理解できると紫式部への興味が湧くような内容だったのではないでしょうか。
『紫式部日記』にもぜひチャレンジしてみてください。
参考文献
『教科書ガイド 第一学習社版 高等学校 古典B 古文編 第Ⅱ章 完全準拠』文研出版
『新全訳古語辞典』大修館書店


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