今回は枕草子の第百八十九段「野分のまたの日こそ」について解説していきます。
題名になっている「野分」とは「台風」のことを指します。
このお話は清少納言が宮仕えをする前に、女房として仕えていた家での出来事です。
台風が去った翌日の様子を、清少納言独自の視点を交えながら語っています。
・本文(読み仮名付き)
・品詞分解と語句解説
・現代語訳
・本文の解説
以上の内容を順番にお話していきます。
枕草子「野分のまたの日こそ」品詞分解・現代語訳・解説
本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。
野分 | 名詞(台風) |
の | 格助詞 |
またの日 | 名詞(翌日) |
こそ、 | 【強調】係助詞→結び:けれ |
いみじう | シク活用形容詞「いみじ」連用形「いみじく」のウ音便(とても、甚だしい※いい意味でも悪い意味でも) |
あはれに | ナリ活用形容動詞「あはれなり」連用形。(しみじみと思う、しみじみとした情趣がある。) |
をかしけれ。 | シク活用形容詞「をかし」の已然形【係り結び】(趣深い、趣がある、風情がある。) |
【訳】台風の翌日はたいそうしみじみと趣深い。
立蔀、透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。
立蔀、 | 名詞(格子の裏に板を張った板塀) |
透垣 | 名詞(間を透かして作った竹垣) |
など | 副助詞 |
の | 格助詞 |
乱れ | ラ行下二段活用動詞「乱る」連用形 |
たる | 存続の助動詞「たり」の連体形(~ている) |
に、 | 接続助詞 |
前栽 | 名詞(庭の植え込み) |
ども | 接尾語(複数を表す) |
いと | 副詞(とても、たいそう) |
心苦しげなり | ナリ活用の形容動詞「心苦しげなり」終止形(痛々しい) |
【訳】立蔀や透垣たちが乱れていて、庭の植え込みもたいそう痛々しい。
大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、
大きなる | ナリ活用形容動詞「大きなり」連体形 |
木 | 名詞 |
ども | 接尾語(複数を表す) |
も | 係助詞 |
倒れ、 | ラ行下二段活用動詞「倒る」連用形 |
枝 | 名詞 |
など | 副助詞 |
吹き折ら | ラ行四段活用動詞「吹き折る」未然形(風が吹いて折る) |
れ | 受身の助動詞「る」連用形 |
たる | 完了の助動詞「たり」連体形 |
が、 | 格助詞 |
【訳】大きな木々も倒れ、枝などの吹き折られたのが、
萩、女郎花などの上によころばひ伏せる、いと思はずなり。
萩、 | 名詞(しだれた枝にたくさん花が咲く、落葉小低木) |
女郎花 | 名詞(黄色の小花を咲かせる多年生植物。秋の七草の一つ) |
など | 副助詞 |
の | 格助詞 |
上 | 名詞 |
に | 格助詞 |
横ろばひ伏せ | サ行四段活用動詞「横ろばひ伏す」已然形(横になりかぶさっている) |
る | 存続の助動詞「り」連体形 |
いと | 副詞(たいそう) |
思わずなり。 | ナリ活用形容動詞「思はずなり」終止形(意外である) |
【訳】萩や女郎花たちの上に横になりかぶさっているのは、たいそう意外である。
横ろばひ伏す…横ろぶ(横になる)+伏す(うつぶせになる)という意味があるので、ここでは木が倒れて萩や女郎花の上に横になってかぶさっていると訳しました
格子の壺などに、木の葉をことさらにしたらむやうに、
格子の壺 | 名詞(格子の枠組みの一つ一つのこと) |
など | 副助詞 |
に、 | 格助詞 |
木の葉 | 名詞 |
を | 格助詞 |
ことさらに | ナリ活用の形容動詞「殊更なり」の連用形(事を改めてするさま、わざわざ) |
し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
たら | 完了の助動詞「たり」未然形 |
む | 婉曲の助動詞「む」連体形(~のような) |
やうに、 | 比況の助動詞(ナリ活用)「やうなり」連用形(まるで~である、~のようだ) |
【訳】格子の枠組みの一つ一つに、木の葉をまるでわざわざしたように、
こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風にしわざとはおぼえね。
こまごまと | 副詞( |
吹き入れ | ラ行下二段活用動詞「吹き入る」連用形 |
たる | 存続の助動詞「たり」連体形 |
こそ、 | 【強調】係助詞→結び:ね |
荒かり | ク活用形容詞「荒し」連用形(風などが強く激しい) |
つる | 完了の助動詞「つ」連体形 |
風 | 名詞 |
の | 格助詞 |
しわざ | 名詞 |
と | 格助詞 |
は | 係助詞 |
おぼえ | ヤ行下二段活用動詞「おぼゆ」未然形 |
ね。 | 打消しの助動詞「ず」已然形【係り結び】 |
【訳】細かく吹き入れてあるのは、荒々しかった風の仕業とは思われない。
いと濃き衣のうはぐもりたるに、黄朽葉の織物、薄物などの小袿着て、
いと | 副詞 |
濃き | ク活用形容詞「濃し」連体形(紫や紅が強い) |
衣 | 名詞 |
の | 【同格】格助詞(~で) |
うはぐもり | ラ行四段活用動詞「うはぐもる」連用形 |
たる | 存続の助動詞「たり」連体形 |
に、 | 格助詞 |
黄朽葉の織物、 | 名詞(経糸(たていと)を紅、緯糸(よこいと)を黄色で織った織物) |
薄物 | 名詞(夏用の薄手の織物や衣服) |
【訳】たいそう濃い色の着物でつやが薄れている着物に、黄朽葉の織物、薄物の小袿を着て、
「濃し」は単に色が濃いという意味だけではなく、紫色や紅色が濃いことを意味する場合もあります。
ここでは小袿の中に着る衣のことを言っています。
まことしう清げなる人の、夜は風の騒ぎに寝られざりければ、
まことしう | シク活用形容詞「まことし」連用形「まことしく」ウ音便(真面目だ、誠実だ) |
清げなる | ナリ活用の形容動詞「清げなり」の連体形(すっきりとして美しい) |
人 | 名詞 |
の、 | 格助詞 |
夜 | 名詞 |
は | 係助詞 |
風 | 名詞 |
の | 格助詞 |
騒ぎ | 騒々しさ、騒がしさ |
に | 格助詞 |
寝(ね) | ナ行下二段活用動詞「寝(ぬ)」未然形 |
られ | 可能の助動詞「らる」未然形 |
ざり | 打消の助動詞「ず」連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞【原因・理由】(~ので) |
【訳】真面目ですっきりとして美しい人が、夜は風の騒がしさで寝ることができなかったので、
久しう寝起きたるままに、母屋より少しゐざり出でたる、
久しう | シク活用形容詞「久し」連用形「久しく」ウ音便(長い時間) |
寝起き | カ行上二段活用動詞「寝起く」連用形(目覚めて起き上がる) |
たる | 完了の助動詞「たり」の連体形 |
ままに、 | 名詞「まま」+格助詞「に」(~するとすぐに) |
母屋 | 名詞(主人などが住む建物) |
より | 格助詞 |
少し | 副詞 |
ゐざり出で | ダ行下二段活用動詞「ゐざり出づ」連用形(座ったまま膝で進み出る) |
たる、 | 存続の助動詞「たり」連体形 |
【訳】長い時間寝て起きるとすぐに、母屋から少し膝をついたまま出ていて、
髪は風に吹きまよはされて、少しうちふくだみたるが、肩にかかれるほど、まことにめでたし。
髪 | 名詞 |
は | 係助詞 |
風 | 名詞 |
に | 格助詞 |
吹きまよはさ | サ行四段活用動詞「吹き迷はす」未然形(吹き乱す) |
れ | 受身の助動詞「る」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
少し | 副詞 |
うちふくだみ | 接頭語「うち」+マ行四段活用動詞「ふくだむ」連用形(ぼさぼさになる) |
たる | 存続の助動詞「たり」連体形 |
が、 | 格助詞 |
肩 | 名詞 |
に | 格助詞 |
かかれ | ラ行四段活用動詞「かかる」已然形(覆いかぶさること) |
る | 存続の助動詞「り」連体形 |
ほど | 名詞(状態、様子) |
まことに | 副詞(本当に) |
めでたし。 | ク活用の形容詞「めでたし」の終止形(すばらしい) |
【訳】髪は風に吹き乱されて、少しぼさぼさになっているのが、肩に覆いかぶさっている様子は、ほんとうにすばらしい。
風に吹かれて頭がぼさぼさになっているのを「すばらしい」とは、どういう意味なのでしょうか?
さすが清少納言、と言わんばかりの独自の感性ですね。
自然を受け入れてその場にいる女性を美しいと感じているということです。
ものあはれなる気色に見出だして、「むべ山風を」など言ひたるも心あらむと見ゆるに、
ものあはれなる | 接頭語「もの」(なんとなくなど漠然とした様子)+ナリ活用形容動詞「あはれなり」連体形(しみじみとした思いになる) |
気色 | 名詞(様子) |
に | 格助詞 |
見出だし | サ行四段活用動詞「見出す」連用形(外を見る) |
て、 | 接続助詞 |
「むべ | 副詞(なるほど) |
山嵐 | 名詞(山から吹き下ろす激しい風のこと) |
を」 | 格助詞 |
など | 副助詞 |
言ひ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連用形 |
たる | 存続の助動詞「たり」連体形 |
も | 係助詞 |
心あら | 名詞「心」+ラ行変格活用動詞「あり」未然形=風流心がある |
む | 婉曲の助動詞「む」 |
と | 格助詞 |
見ゆる | ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」連体形(思わせる) |
に、 | 格助詞 |
【訳】なんとなくしみじみとした思いで外を見て、「むべ山風を」などと言っているのも、風流心があるようだと思わせるが、
「むべ山嵐を」とはどういう意味ですか?
これは古今和歌集におさめられていた和歌の一部を口ずさんだということです。
そんな女性を「風流心がある」と言っているんですね。
原文:吹くからに 秋の草木のしをるれば むべ山嵐を あらしといふらむ
意味:吹くとすぐに 秋の草木が萎れてしまうので なるほど山嵐を嵐と言うのだろう
十七、八ばかりやあらむ、小さうはあらねど、わざと大人とは見えぬが、
十七、八 | 名詞 |
ばかり | 副詞(ほど、ぐらい) |
や | 係助詞【疑問】結び:む |
あら | ラ行変格活用動詞「あり」未然形 |
む、 | 推量の助動詞「む」連体形【係り結び】 |
小さう | ク活用形容詞「小さし」連用形「小さく」のウ音便(幼い) |
は | 係助詞 |
あら | ラ行変格活用動詞「あり」未然形 |
ね | 打消の助動詞「ず」已然形 |
ど、 | 接続助詞 |
わざと | 副詞(特別に) |
大人 | 名詞 |
と | 格助詞 |
は | 係助詞 |
見え | ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」(見える) |
ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
が、 | 格助詞 |
【訳】十七、八歳ほどであろうか、幼くはないけれど、特に大人とは見えない人が、
生絹の単衣のいみじうほころび絶え、花もかへり、濡れなどしたる、薄色の宿直物を着て、
生絹 | 名詞(主に夏の衣服に用いる、灰汁などで煮ていない絹糸で織った布) |
の | 格助詞 |
単衣 | 名詞(裏地のない平服) |
の | 格助詞 |
いみじう | シク活用の形容詞「いみじ」の連用形「いみじく」のウ音便化(程度がひどい、とても) |
ほころび絶え、 | ヤ行下二段活用動詞「ほころび絶ゆ」連用形(衣服の縫い目がすっかり切れる) |
花 | 名詞 |
も | 係助詞 |
かへり、 | ラ行四段動詞「かへる」連用形(色が褪せる) |
濡れ | ラ行下二段活用動詞「濡る」連用形 |
など | 副助詞 |
し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
たる、 | 存続の助動詞「たり」の連体形 |
薄色 | 名詞(薄い紅や紫色) |
の | 格助詞 |
宿直物 | 名詞(寝る時に着る衣服) |
を | 格助詞 |
着て、 | カ行上一段活用動詞「着る」連用形 |
【訳】生絹の単衣がひどく縫い目がすっかり切れ、花も色があせて濡れてなどしている(ような)、薄い紫色の夜着を着て、
髪、色に、こまごまとうるはしう、末も尾花のやうにて丈ばかりなりければ、
髪、 | 名詞 |
色に、 | ナリ活用形容動詞「色なり」連用形(つややかである) |
こまごまと | 副詞(行き届いて) |
うるはしう、 | シク活用形容詞「うるはし」連用形「うるはしく」ウ音便化(きちんとしている) |
末 | 名詞(先端、末端→毛先) |
も | 係助詞 |
尾花 | 名詞(すすき) |
の | 格助詞 |
やうに、 | 比況の(ナリ活用型)助動詞「やうなり」連用形(まるで~のようだ) |
て | 接続助詞 |
丈 | 名詞(身のたけ、身長) |
ばかり | 副助詞(~ほど、~ぐらい) |
なり | 断定の助動詞「なり」連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞【原因・理由】(~ので) |
【訳】髪は、つややかで、行き届いてきちんとしていて、毛先もまるですすきようで、背丈ぐらい(の髪の長さ)だったので、
衣の裾に隠れて、袴のそばそばより見ゆるに、
衣 | 名詞(着物) |
の | 格助詞 |
裾 | 名詞 |
に | 格助詞 |
隠れ | ラ行下二段活用動詞「かくる」連用形(隠れる) |
て、 | 接続助詞 |
袴 | 名詞 |
の | 格助詞 |
そばそば | 名詞(ところどころ) |
より | 格助詞 |
見ゆる | ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」連体形 |
に、 | 接続助詞 |
【訳】着物の裾に隠れて、袴のところどころから(髪の毛が)見え、
童べ、若き人々の、根ごめに吹き折られたる、
童べ、 | 名詞(童女) |
若き | ク活用形容詞「若し」連体形 |
人々 | 名詞 |
の、 | 格助詞 |
根ごめ | 名詞(根ごと、根こそぎ) |
に | 格助詞 |
吹き折ら | ラ行四段活用動詞「吹き折る」未然形(風が吹いて折る) |
れ | 受身の助動詞「る」の連用形 |
たる、 | 完了の助動詞「たり」の連体形 |
【訳】童女や、若い人たちが、根こそぎ吹き折られてしまったのを、
少しわかりにくいですが、ここもまだその「髪、色に、」の女性の様子を語っています。
ここかしこに取り集め、起こし立てなどするを、
ここかしこ | 代名詞(あちらこちら) |
に | 格助詞 |
取り集め、 | マ行下二段活用動詞「取り集む」連用形(寄せ集める) |
起こし | サ行四段活用動詞「起こす」連用形 |
立て | タ行四段活用動詞「立つ」連用形(立たせる、立てる) |
など | 副助詞 |
する | サ行変格活用動詞「す」連体形 |
を、 | 格助詞 |
【訳】あちらこちらに寄せ集め、起こして立たせたりするのを、
うらやましげに押し張りて、簾に添ひたる後ろ手もをかし。
うらやまし | シク活用形容詞「うらやまし」の語幹 |
げ | 接尾語(~のように、~そうに) |
押し張り | ラ行四段活用動詞「押し張る」連用形(押し付ける) |
て、 | 接続助詞 |
簾 | 名詞(すだれ) |
添ひ | ハ行四段活用動詞「添ふ」連用形(寄り添う) |
たる | 存続の助動詞「たり」の連体形 |
後ろ手 | 名詞(後ろ姿) |
も | 係助詞 |
をかし。 | シク活用の形容詞「をかし」の終止形(趣深い) |
【訳】うらやましそうに(すだれを)押し付けて、簾に寄り添って(外を見て)いる後ろ姿も趣深い。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
今回は枕草子より「野分のまたの日こそ」について解説をしました。
台風の翌日に見た、いつもと違う朝。
荒れ果てた庭を見て嘆くのではなく、その様子を見ている若い女性について趣深く感じています。
そこに清少納言の視点のすばらしさがあります。
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