大和物語より第百五十六段「姨捨」について解説をしていきます。
大和物語とは、歌物語の一つです。
歌物語とは、単に和歌が含まれた物語というわけではありません。
和歌が主役となっていて、その和歌を説明するための「詞書」が長くなったものというイメージなのです。
大和物語とは
【成立】平安時代中期
【ジャンル】歌物語
【構成】百七十三段から成る
前半
・宇多天皇を中心とした短い話
・伊勢物語の影響を強く受けている
後半
・長くストーリーが展開する
・説話文学
今回のお話は、後半に属する内容となっています。
章段の特徴を踏まえて、本文を読んでいきましょう。
この記事では
・品詞分解と語句解説
・現代語訳
・本文の解説
以上の内容を順番にお話していきます。
大和物語「姨捨」品詞分解・現代語訳・解説
本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
信濃国に更級といふ所に、男住みけり。
語句 | 意味 |
信濃国 | 名詞(地名。現在の長野県) |
に | 格助詞 |
更級 | 名詞(現在の長野県千曲市の一部の地域を指す) |
と | 格助詞 |
いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
所 | 名詞 |
に、 | 格助詞 |
男 | 名詞 |
住み | マ行四段活用動詞「住む」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】信濃の国の更級という所に、男が住んでいた。
若き時に親は死にければ、をばなむ親のごとくに、若くより添ひてあるに、
語句 | 意味 |
若き | ク活用の形容詞「若し」(若い、幼い)の連体形 |
時 | 名詞 |
に | 格助詞 |
親 | 名詞 |
は | 係助詞 |
死に | ナ行変格活用動詞「死ぬ」連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
をば | 名詞(親の姉や妹、伯母または叔母のこと) |
なむ | 係助詞 |
親 | 名詞 |
の | 格助詞 |
ごとくに、 | 比況の助動詞「ごとくなり」(~のようだ)連用形 |
若く | ク活用の形容詞「若し」連用形 |
より | 格助詞 |
添ひ | ハ行四段活用動詞「添ふ」(寄り添う)連用形 |
て | 接続助詞 |
ある | ラ行変格活用動詞「あり」連体形 ※結びの消滅(流れ) |
に、 | 接続助詞 |
【訳】幼い時に親が死んだので、おばが親のように幼いころから寄り添って(世話をして)いたが、
この妻の心、憂きこと多くて、この姑の老いかがまりてゐたるを常に憎みつつ、
語句 | 意味 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
妻 | 名詞 |
の | 格助詞 |
心、 | 名詞 |
憂き | ク活用の形容詞「憂し」(つらい、いやだ)連体形 |
こと | 名詞 |
多く | ク活用の形容詞「多し」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
姑 | 名詞 |
の | 格助詞 |
老いかがまり | ラ行四段活用動詞「老いかがまる」(年をとって腰が曲がる) |
て | 接続助詞 |
ゐ | ワ行上一段活用動詞「ゐる」(~いる)連用形 |
たる | 存続の助動詞「たり」連体形 |
を | 格助詞 |
常に | 副詞(いつも) |
憎み | マ行四段活用動詞「憎む」(嫌がる、嫌う) |
つつ、 | 接続助詞【継続】(~し続けて、ずっと~していて) |
【訳】この(男の)妻の心は、いやなところが多くて、この姑が年をとって腰が曲がっているのをいつも嫌がっていて、
「この妻の心、憂きこと多く」とは、どういうことでしょうか?
男の妻は「心が嫌なことが多い」=ここでは「意地の悪いところが多い」と、性格に難ありと言っているイメージですね。
地方で貧しい生活を送る妻にとっては、腰が曲がって働くこともできない年老いたおばは、厄介な存在に感じたのかもしれない。
男にも、このをばの御心のさがなく悪しきことを言ひ聞かせければ、
語句 | 意味 |
男 | 名詞 |
に | 格助詞 |
も、 | 係助詞 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
をば | 名詞 |
の | 格助詞 |
御心 | 名詞(お気持ち、お考え、お心) |
の | 格助詞 |
さがなく | ク活用の形容詞「さがなし」(意地悪だ、性格が悪い)連用形 |
悪しき | シク活用の形容詞「悪し」(悪い) |
こと | 名詞 |
を | 格助詞 |
言ひ聞かせ | サ行下二段活用動詞「言ひ聞かす」(言い聞かせる)連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 ※已然形+「ば」【原因・理由】 |
【訳】(妻は)男にも、このおばのお心が意地悪で悪いことを言い聞かせていたので、
「さがなく」「悪しき」という似た表現を重ねることによって、妻がおばの悪口を強調しているのが感じ取れます。
昔のごとくにもあらず、おろかなること多く、このをばのためになりゆきけり。
語句 | 意味 |
昔 | 名詞 |
の | 格助詞 |
ごとくに | 比況の助動詞「ごとくなり」連用形 |
も | 係助詞 |
あら | ラ行変格活用動詞「あり」未然形 |
ず、 | 打消の助動詞「ず」連用形 |
おろかなる | ナリ活用の形容動詞「おろかなり」(いいかげんだ、おろそかだ)連体形 |
こと | 名詞 |
多く、 | ク活用の形容詞「多し」連用形 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
をば | 名詞 |
の | 格助詞 |
ため | 名詞( |
に | 格助詞 |
なりゆき | カ行四段活用動詞「なりゆく」(なってゆく)連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】昔のようではなく、(おばを)おろそかにすることが多く、このおばに対して(そのように)なっていった。
「昔のごとくにはあらず」とは、昔のようにおばを大切に思う気持ちがなくなったということです。
妻におばの悪口をさんざん聞かされたことで、おばに対しておろそかにすることが増えて行ったんですね。
このをば、いといたう老いて、二重にてゐたり。
語句 | 意味 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
をば、 | 名詞 |
いと | 副詞(とても) |
いたう | ク活用の形容詞「いたし」の連用形「いたく」(程度がひどい)のウ音便 |
老い | ヤ行上二段活用動詞「老ゆ」(年をとる)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
二重 | 名詞(腰が折れ曲がっていること) |
に | 断定の助動詞「なり」連用形 |
て | 接続助詞 |
ゐ | ワ行上一段活用動詞「ゐる」連用形 |
たり。 | 存続の助動詞「たり」終止形 |
【訳】このおばは、たいそうひどく年をとり、(腰が折れ曲がって)二重になっていた。
「いたし」は良くも悪くも程度がひどいことを表します。
「いといたく(いといたう)」は「たいそうひどく」となります。
これをなほ、この嫁、所狭がりて、今まで死なぬことと思ひて、
語句 | 意味 |
これ | 代名詞 |
を | 格助詞 |
なほ、 | 副詞(やはり) |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
嫁、 | 名詞 |
所狭がり | ラ行四段活用動詞「所狭がる」(邪魔に思う、厄介に思う)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
今 | 名詞 |
まで | 副助詞 |
死な | ナ行変格活用動詞「死ぬ」未然形 |
ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
こと | 名詞 |
と | 格助詞 |
思ひ | ハ行四段活用動詞「思ふ」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
【訳】これをやはり、この嫁は、邪魔に思って、「今までよくもまあ死なないでいることだなあ」と思って、
怖っ!
鬼嫁ですね…
よからぬことを言ひつつ、「持ていまして、深き山に捨て給びてよ。」とのみ責めければ、
語句 | 意味 |
よから | ク活用の継承し「良し」(良い)未然形 |
ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
こと | 名詞 |
を | 格助詞 |
言ひ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連用形 |
つつ、 | 格助詞【動作の反復】 |
「持て | タ行四段活用動詞「持つ」連用形「持ち」+接続助詞「て」の省略された形 |
いまし | サ行変格活用動詞「います」(お出かけになる)連用形【尊敬】嫁→男への敬意 |
て、 | 接続助詞 |
深き | ク活用の形容詞「深し」連体形 |
山 | 名詞 |
に | 格助詞 |
捨て | タ行下二段活用動詞「捨つ」連用形 |
給び | バ行四段活用補助動詞「給ぶ」(お~になる)連用形 ※「給ひ」の変化した形【尊敬】嫁→男への敬意 |
てよ。」 | 完了の助動詞「つ」命令形 |
と | 格助詞 |
のみ | 副助詞【限定】(~ばかり) |
責め | マ行下二段活用動詞「責む」(せがむ、催促する)連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 ※已然形+ば…原因・理由 |
【訳】(男におばの)良くないことを何度も言っては、「(おばを)持ってお出かけになって、深い山にお捨てになってしまってくださいよ。」とばかりせがんだので、
「持って」とか「捨て」を、人間に対して使うとは…
男に対して敬語を使って柔らかい言い方を装ってはいますが、怖すぎですね。
責められわびて、さしてむと思ひなりぬ。
語句 | 意味 |
責め | マ行下二段活用動詞「責む」(せがむ、催促する)未然形 |
られ | 受身の助動詞「らる」連用形 |
わび | バ行上二段活用動詞「わぶ」(困る)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
さ | 副詞(そのように) |
し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
て | 強意の助動詞「つ」(ぜひとも~、~てしまおう)未然形 |
む | 意志の助動詞「む」終止形 |
と | 格助詞 |
思ひなり | ラ行四段活用動詞「思ひなる」(そう思うようになる)連用形 |
ぬ。 | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |
【訳】せがまれて困って、そのようにしてしまおうと思うようになった。
「さしてむ」とはどういうことでしょうか?
「そのようにしてしまおう」=「妻の言う通りに、おばを山に捨てて来よう」と言っているのです。
この後、続きが気になりますね。
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