杜甫「登高」現代語訳・解説|老いと孤独の中で見つめた、秋の絶景と「人生のやりきれなさ」

漢文

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皆さんは、学校の国語の授業で「漢詩」と聞くと、どんなイメージを持ちますか?「漢字ばかりで難しそう」「昔の人の堅苦しい趣味じゃないの?」と思うかもしれません。

でも、今回紹介する杜甫の「登高とうこう」は、そんな先入観を吹き飛ばすほど人間味に溢れた作品です。

作者:杜甫
712年生まれ-770年没。この「登高」は767年に作られたとされる。

描かれているのは、大自然の美しさと、それとは対照的な「ボロボロになった自分」。高い丘の上で風に吹かれながら、杜甫は自分の生涯を振り返り、いったい何を思ったのでしょうか。

この詩が読まれた背景を解説してから、実際に本文を読んでいきます。

内容(直訳)だけを知りたい方は、「白文・書き下し文(読み仮名付き)・現代語訳・語句解説」の項目からご覧ください。

杜甫「登高」現代語訳・解説

この詩が読まれた背景 

この詩が読まれたのは、767年です。どのような時代だったのか、また杜甫の当時の状況を確認しましょう。

時代の混乱: 767年時点、長く続いた「安史の乱」は終わっていた(763年)ものの、戦乱の影響は色濃く、国中が荒廃していました。チベット軍の侵入など、国は安心して生活できる状況ではありませんでした。この「安史の乱」が杜甫の詩にもたらした影響は、とても大きかったと言えます。

孤独な放浪: 杜甫は故郷に帰れず、家族を連れて各地を転々としていました。この詩を書いたときは、長江のほとりにある「夔州きしゅう」という場所に身を寄せていました。

重なる不幸: 当時、杜甫は56歳。この時には、耳が聞こえにくくなり、肺の病を患い、目が見寝にくいなどの状態がありました。白髪が増え、経済的にも困窮していました。

杜甫の人生を振り返ると…
① エリート一家に生まれながら自身はなかなか役人になれない
② やっと役人になれたと思ったら、反乱軍に捕らえられる
③ 心労などから病気がち(糖尿病により、肺の病など様々な症状が出ていたとされる)
④ 家族を連れて舟で放浪の身。経済的に困窮した生活。

この詩が詠まれたのは九月九日「重陽(ちょうよう)の節句」。本来なら家族や友人と高いところに登り、菊酒を飲んで長寿を祝う楽しい日です。そんな日に杜甫は、独りで自分の生涯を振り返り、どのようなことを考えたのかがこの詩に表現されています。

では、これらを踏まえて本文を見ていきましょう。

 

白文・書き下し文(読み仮名付き)・現代語訳・語句解説

題名:登高とうこう

登高
「高い所に登る」という意味。ここでは中国古来の風習である「重陽の節句」の様子を表している。旧暦の9月9日に、酒やつまみ、お茶や菓子などを持って、小高い丘などに登り、秋の収穫を喜び、厄除けや長寿を祈る。ぐみの実を髪に挿し、菊の花を浮かべた菊酒を飲んだりする。

【訳】高い所に登る(→重陽の節句)

 

① 風急天高猿嘯哀
風急かぜきゅうてんたかくして 猿嘯えんしょうかな

風急に 風が急に激しく吹き
天高くして
秋の空気が澄み、空が高く感じられる様子
猿嘯 猿の鳴き声
哀し
悲しい ※「哀しい」には、「哀れに思う気持ち」が含まれている

【訳】風が急に激しく吹き、空気が澄んで空は高く感じられ、猿の鳴き声が哀しげに聞こえる

漢詩において「猿の鳴き声」というのは、「もの悲しさ」を表すものとされています。

 

② 渚清沙白鳥飛廻
なぎさきよすなしろくして 鳥飛ちょうひめぐ

水辺。ここでは長江の岸辺を指す
清く 水が澄んでいて美しい
砂。ここでは長江河口域にある砂浜を指す。「砂浜」というと海辺のイメージだが、長江流域には砂浜がある。
白くして 白く
鳥飛 鳥が飛ぶこと
廻る 円を描くように回る

【訳】(長江の)水辺の水は澄んでいて美しく、砂浜の砂は白く、(そんな長江の上を)鳥が円を描くように飛んでいる

 

③ 無辺落木蕭蕭下
無辺むへん落木らくぼく蕭蕭しょうしょうとしてくだ

無辺の 果てしなく
落木 散っていく木の葉
蕭蕭と ざわざわと。「蕭」には、もの悲しいという意味がある。
下り 落ち

【訳】果てしなく散っていく木の葉はざわざわと落ち、

 

④不尽長江滾滾来
不尽ふじん長江ちょうこう 滾滾こんこんとしてたる

不尽の
尽きない。ここでは絶え間なく流れる様子を表す。
長江 揚子江とも呼ばれる、中国最大の川
滾滾として
ごうごうと。水が力強く流れる様子を表す。
来たる やって来る

【訳】尽きない長江(の水)は、ごうごうと力強く流れてくる

 

⑤万里悲秋常作客
万里ばんり悲秋ひしゅう つねかく

万里
非常に遠い距離、はるか遠い道のりを指す
悲秋 秋を悲しむ
常に いつも
旅人
作り ~である

【訳】(故郷から)はるか遠く離れて秋を悲しむ私は、いつも旅人だった

この「旅」は、杜甫の放浪の人生を指しています。本当ならば、役人になって都で生活をしたかったでしょう。しかし、役人になれず生活は困窮していきます。家族のために、安定した生活を求めて旅をしていたのです。

 

⑥百年多病独登台
百年ひゃくねん多病たびょう ひとだいのぼ

百年 人の一生、生涯
多病 病気がちである
独り
ひとり。人数としての「一人」ではなく、孤独な状況であることを表している
小高い丘、高台
登る のぼる

【訳】生涯病気がちだった私が、ひとり高台に登る

 

⑦艱難苦恨繁霜鬢
艱難かんなんはなはうらむ はんそうびん

艱難 ひどく辛い目に遭うこと
苦だ とても
恨む 恨めしく思う
繁霜の鬢
霜が一面におりたように真っ白になった髪の毛のこと

【訳】(これまで)ひどく辛い目に遭ってきて、霜が一面におりたように真っ白な髪の毛になったことがとても恨めしい。

 

⑧潦倒新停濁酒杯
潦倒ろうとうあらたにとどだくしゅはい

潦倒 落ちぶれて投げやりな様子
新たに
新しく ※ここでは、つい最近「停む」ようになったということ
停む 止める
濁酒の杯
濁り酒 ※重陽節では長寿のシンボルである菊を浮かべた菊酒を飲み、長寿や厄除けを願った。

【訳】落ちぶれて投げやりになった(私は)、(今日は菊酒を飲んで厄払いをして長寿を願う日なのに)つい最近(病気のために)濁り酒を飲むのを止めたのだ

 

長寿を願うお酒すらも飲めないほど、身体の状態が悪かったということですね…

詩の形式・押韻 

この詩の形式は、七言律詩です。

押韻は、第一句末と偶数句末です。「哀ai」、「廻kai」、「来rai」、「台dai」、「杯hai」になります。

 

作者の思い

「登高」は、「雄大な自然」と「たった独りの年老いた自分」を対比させている点がポイントとなります。

前半:自然描写

前半では、丘の上からの自然の様子が描かれています。風の音、猿の鳴き声、渚の白砂、そして果てしなく流れる長江。見える景色を表現するだけでなく音にも注目することで、より雄大な自然と、秋のもの悲しさが感じられます。

 

後半:作者の境遇

杜甫は自分のことを、「多病」「独」「繁霜鬢」「潦倒」と表現しています。厄払いをし、長寿を願うその日に、願いの酒すら飲むことができません。華やかな秋の景色の中で、たった独り取り残されたような寂しさ、これまでの不遇の人生にやり場のない悲しみが感じられます。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?
「登高」は、単なる景色を褒める詩ではありません。 「世界はこんなに美しく、力強いのに、どうして自分の人生はうまくいかないんだろう」という、誰もが一度は抱くような葛藤を、極限まで磨き上げられた言葉で表現したものです。

杜甫の人生は、聞いているこちらが切なくなるようなものかもしれません。本人も詩の中で、様々な表現で嘆いています。しかし、杜甫は自分の境遇を嘆くだけでなく、国の荒廃や人々の生活の苦難に心を痛め、ありのままを詩として表現してきました。これらのことからも、杜甫が「詩聖」と呼ばれる理由が、わかるのではないでしょうか。

この記事を書いた人
あずき

40代、一児の母
通信制高校の国語教員

生徒が「呪文にしか見えない」という古文・漢文に、少しでも興味を持ってもらえたらと作品についてとことん調べています。

自分の生徒には直接伝えられるけど、
聞きたくても聞けない…などと困っている方にも届けたくて、ブログを始めました。

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