史記より「鴻門之会②/剣の舞(沛公旦日従百余騎~)」について解説をしていきます。
このお話は中国で実際に起きた出来事です。
中国古代史に残る名場面をご紹介していきます。
「打倒、秦」として味方どうしであった項羽と沛公。
しかし、次の王と名高い実力者の項羽を差し置いて、沛公が王の座を狙っていると沛公の部下が項羽に告げ口をする。
項羽は激怒し、沛公を討つために咸陽を目指す。
その様子を目にした項羽のおじである項伯は、急いで沛公のもとへ向かう。
項伯は過去に張良(沛公の部下)に命を救われたことがあり、その張良の身を案じてかけつけた。張良は、すぐに項伯を沛公へと取り次ぐ。
項伯は沛公に、項羽に謝罪に来るように進言。
項伯はすぐに自軍へ戻る。
項羽に「沛公が謝りたいって言ってるから」と伝え、項羽の怒りをひとまず鎮めた。
今回は、その後に沛公が謝罪に来た場面のお話です。
この記事では
・白文
・書き下し文(読み仮名付き)
・語句の意味/解説
・現代語訳
以上の内容を順番にお話していきます。
「鴻門之会②/剣の舞(沛公旦日従百余騎~)書き下し文・現代語訳・解説
白文
① 沛公旦日従百余騎、来見項王。
② 至鴻門、謝曰、
③「臣与将軍戮力而攻秦。
④ 将軍戦河北、臣戦河南。
⑤ 然不自意、能先入関破秦、得復見将軍於此。
⑥ 今者有小人之言、令将軍与臣有郤。」
⑦ 項王曰、「此沛公左司馬曹無傷言之。
⑧ 不然、籍何以至此。」
⑨ 項王即日因留沛公、与飲。
⑩ 項王・項伯東嚮坐、亜父南嚮坐。
⑪ 亜父者范増也。
⑫ 沛公北嚮坐、張良西嚮侍。
⑬ 范増数目項王、挙所佩玉玦、以示之者三。
⑭ 項王黙然不応。
⑮ 范増起、出召項荘、謂曰、
⑯「君王為人不忍。
⑰ 若入前為寿。
⑱ 寿畢、請以剣舞、因撃沛公於坐殺之。
⑲ 不者、若属皆且為所虜。」
⑳ 荘則入為寿。
㉑ 寿畢曰、「君主与沛公飲。
㉒ 軍中無以為楽。
㉓ 請以剣舞。」
㉔ 項王曰、「諾。」
㉕ 項荘抜剣起舞。
㉖項伯亦抜剣起舞、常以身翼蔽沛公。
㉗荘不得撃。
書き下し文(読み仮名付き)・語句解説・現代語訳
①沛公旦日百余騎を従へ、来たりて項王に見えんとす。
語句 | 意味 |
沛公 | 人名。劉邦のこと。 |
旦日 | 翌朝 |
百余騎 | 百騎あまり |
従へ | 引き連れて |
項王 | 人名。項羽のことを指す。 |
見えん | お目にかかろう |
【訳】沛公は、翌朝百騎あまり(の部下)を引き連れて、(鴻門へ)来て項王にお目にかかろうとした。
沛公は項伯の進言通り、朝イチで項羽のもとへ謝罪に来たということですね。
百余騎という兵の数は、身の回りの者だけを連れてきたということです。
項羽に対して敵意はない、ということを表したかったのでしょう。
まだ王になっていない項羽が「項王」と書かれています!
項羽と沛公のどちらが王にふさわしいと思われていたのかが、よくわかりますね。
②鴻門に至り、謝して曰はく、
語句 | 意味 |
謝して | 謝罪して |
【訳】鴻門に到着し、謝罪して言うことには、
③「臣将軍と与に力を戮はせて秦を攻む。
語句 | 意味 |
臣 | 私(沛公を指す)。君主に対して自分のことをへりくだった言い方。 |
将軍 | 項羽を指す。 |
戮はせて | 合わせて |
【訳】「私は将軍と共に力を合わせて秦を攻めました。
④将軍は河北に戦ひ、臣は河南に戦ふ。
語句 | 意味 |
河北 | 黄河の北 |
河南 | 黄河の南 |
【訳】将軍は黄河の北で戦い、私は黄河の南で戦いました。
お互い別の場所で戦ってはいたが、「思いはひとつ!」と言いたかったのです。
⑤然れども自ら意はざりき、能く先に関に入りて秦を破り、復た将軍に此に見ゆるを得んとは。
語句 | 意味 |
然れども | しかし |
意はざりき | 思いもしなかった |
能く | 【可能】~できる |
関に入りて | 関中に入って |
復た | 再び |
此 | この地 |
得 | 【可能】~できる |
【訳】しかし、自分でも思いもしませんでした、(私が将軍より)先に関中に入って秦を破ることができ、再びこの地で将軍にお目にかかることができようとは。
二つの「できる」のニュアンスの違い
「能」…自分の力で成し遂げる
「得」…叶う、チャンスが来る
⑥今者小人の言有り、将軍をして臣郤有らしむ。」と。
語句 | 意味 |
今者 | 今 |
小人 | つまらない者 |
言 | 発言、言葉 |
郤 | 仲たがい |
~をして…しむ | 【使役】~に…させる |
【訳】今つまらない者の言葉があり、将軍に私と仲たがいさせようとしています。」
沛公の言いたかったこと
「将軍様が聞いた話は、誰かの作り話です!
私なんかが王になろうなんて、滅相もないです!」
つまらない者=「沛公が王座を狙っている」と告げ口した人物を指す
※この時点では沛公は告げ口をした人物が誰であるか、分かっていなかった。
⑦項王曰はく、「此れ沛公の左司馬曹無傷之を言ふなり。
語句 | 意味 |
左司馬 | 役職名。軍事をつかさどる。 |
曹無傷 | 人名。沛公軍。 |
【訳】項王が言うことには、「そのことは沛公の左司馬である曹無傷が言ったのだ。
⑧然らずんば、籍何を以つてか此に至らん。」と。
語句 | 意味 |
然らずんば | 【仮定】そうでなければ |
籍 | 人名。項羽の名。 |
何を以つてか | 【反語】どうして~か、いや~ない |
此 | 項羽が沛公を討とうとしていること |
至らん | なるだろうか |
【訳】そうでなければ、この籍はどうしてこのようなことになるだろうか、いやならない。」と。
ここで項羽は「告げ口をした犯人は左司馬だった」と言ってしまっています。
なぜあっさりと教えたのでしょうか?
沛公の言ったことを信じたのでしょう。
「そうだったのか~、あいつが悪かったのね」という感じですね。
あんなに激怒していたのに、あっさり沛公の言葉を受け入れたんですか?
なんだか純粋でかわいらしいですね。
でも、ちょっと心配にもなってしまいますね。
⑨項王即日因りて沛公を留めて、与に飲す。
語句 | 意味 |
即日 | その日、当日 |
因りて | そのために、その機会に |
留めて | 引き留めて |
与に | 一緒に |
飲す | 酒宴を開く |
【訳】項王はその日その機会に沛公を引き留めて、一緒に酒宴を開いた。
「沛公の疑いが晴れて、仲直りの宴会でも開こうじゃないか!」という感じ。
項羽は、沛公を許したのです。
⑩項王・項伯は東嚮して坐し、亜父は南嚮して坐す。
語句 | 意味 |
項伯 | 項王の叔父 |
東嚮して | 東を向いて(座っている位置は西側ということ) |
坐し | 座り |
亜父 | 父に次いで尊敬する人を表す言葉 |
南嚮して | 南を向いて |
【訳】項王と項伯は東を向いて座り、亜父は南を向いて座った。
⑪亜父とは范増なり。
語句 | 意味 |
范増 | 人名。項王の参謀。 |
【訳】亜父とは范増のことである。
⑫沛公は北嚮して坐し、張良は西嚮して侍す。
語句 | 意味 |
北嚮 | 北を向いて |
張良 | 人名。沛公の参謀。 |
西嚮 | 西を向いて |
侍す | そばに控える |
【訳】沛公は北を向いて座り、張良は西を向いて(沛公の)そばに控えた。
中国にも上座・下座のような考え方がある。●北(南向き)…一番身分の高い人の席(范増)
※「天子南面す」という言葉があり、王になる人は南を向いて座るとされている。●西(東向き)…①に次ぐ上座側の席(項羽と項伯)●南(北向き)…最も下座の席。(沛公)
※君主に対面した席ということは、臣下の席ということ。
2.一番の上座になぜ項羽が座らなかったのか?
「亜父とは范増なり。」の一文で説明されている。
「范増は項羽にとって父に次いで尊敬する人物であり、最長老の范増を立てて、このような席順になったのですよ」ということ。
3.なぜ張良だけ「侍す」なのか?
酒宴の参加者としてでなく、沛公の部下としてその横に控えているだけだから。
上座側:項羽軍
下座側:沛公軍
⑬范増数項王に目し、佩ぶる所の玉玦を挙げて、以つて之に示す者三たびす。
語句 | 意味 |
数 | たびたび |
目し | 目くばせする |
佩ぶる | 腰につける |
玉玦 | 腰に帯びる飾り玉 |
挙げて | 持ち上げて |
三たび | 何度も(「3回」という回数を表しているのではない) |
【訳】范増はたびたび項王に目くばせし、腰につけた飾り玉を持ち上げて、項王に何度も合図した。
項羽は沛公を許しました。
しかし、范増はこの酒宴で沛公を殺す方がいいと考えているのです。
項羽に対して「いまだ、やれ!」と何度も合図を送ったのですね。
⑭項王黙然として応ぜず。
語句 | 意味 |
黙然 | 黙っている |
応ぜず | 応えなかった |
【訳】項王は黙っていて(范増の合図に)応えなかった。
項羽は沛公を許しているので、沛公を殺す理由はないと思って無視しているのですね。
范増としては今後脅威になる可能性がある沛公は、この機会に討っておくのがいいと考えています。
しかし項羽は激怒して「やってやるぞ!」と息巻いたと思ったら、相手の謝罪をあっさりと受け入れて「仲直りの宴会しよう!」と無邪気ですね。
范増としては「あぶなっかしいおぼっちゃんだ」ともどかしい思いでしょうね。
⑮范増起ち、出でて項荘を召して、謂ひて曰はく、
語句 | 意味 |
起つ | 立ち上がる |
項荘 | 項羽のいとこ。范増の配下。 |
召す | 呼び寄せる |
【訳】范増は立ち上がり、外に出て項荘を呼び寄せて言うことには、
⑯「君王人と為り忍びず。
語句 | 意味 |
君王 | 項羽を指す。 |
人と為り | 人格 |
忍びず | 残忍なことができない |
【訳】「項王様は残忍なことができないお人柄だ。
⑰若入り前みて寿を為せ。
語句 | 意味 |
若 | お前 |
入り前みて | 入っていって |
寿を為せ | 杯を勧め、相手(沛公を指す)の健康を祝福せよ |
【訳】お前は(酒宴の席に)入っていって杯を勧めて相手の健康を祝福せよ。」
⑱寿畢はらば、請ひて剣を以つて舞ひ、因りて沛公を坐に撃ちて之を殺せ。
語句 | 意味 |
畢はらば | 終わったら |
請ひて | 願い出て |
因りて | その機会に |
之 | 沛公を指す |
【訳】祝福が終わったら、願い出て剣を持って舞い、席に座っている者を襲いその者を殺せ。
項羽が沛公を殺す気がないと分かった范増は、自分の部下の項荘を使って沛公を討とうとします。
⑲不者んば、若が属皆且に虜とする所と為らんとす。」と。
語句 | 意味 |
不者んば | もしそうでなければ |
若が属 | お前たち |
且に~す | 今にも~しようとする |
所と為らん | 【受身】~されるだろう |
虜とする | 捕虜にする |
【訳】もしそうでなければ、お前たちは皆今にも(沛公に)捕虜にされてしまうだろう。」と。
范増が、沛公に対して危機感を持っていることが分かります。
⑳荘則ち入りて寿を為す。
語句 | 意味 |
荘 | 人名。項荘のことを言う。 |
則ち | すぐに |
【訳】項荘はすぐに入り、杯を勧め健康を祝福した。
㉑寿畢はりて曰はく、「君王沛公と飲す。
【訳】祝福が終わって言うことには、「項王様は沛公殿と酒宴を開いています。
㉒軍中以つて楽を為す無し。
語句 | 意味 |
軍中 | 軍の中 |
楽 | 音楽 |
為す無し | なすべき手立てがない |
【訳】軍の中であるため音楽を演奏する手立てがありません。
㉓請ふ剣を以つて舞はん。」と。
語句 | 意味 |
請ふ | 【願望】どうか~させてほしい |
【訳】どうか剣を持って舞わせてください。」と。
「酒宴の席を盛り上げるために、音楽でも演奏したいところだけどその手段がないので、せめて剣舞をさせてください」といった感じです。
㉔項王曰はく、「諾。」と。
語句 | 意味 |
諾 | 同意する、受け入れる |
【訳】項王が言うことには、「いいだろう」と。
㉕項荘剣を抜き起ちて舞ふ。
【訳】項荘は剣を抜いて立ち上がって舞った。
范増の思惑通り、項荘が剣を持って舞い始めましたね。
沛公の命が危ないです!!
㉖項伯も亦剣を抜き起ちて舞ひ、常に身を以つて沛公を翼蔽す。
語句 | 意味 |
翼蔽す | 親鳥が雛を翼でかばうように、守り防ぐこと |
【訳】項伯もまた剣を抜いて舞い、常に自分の身体で親鳥が雛を翼でかばうように沛公を守り防いだ。
状況を察した項伯は「私もご一緒に」とさりげなく剣舞に参加し、沛公をかばうように舞います。
なぜ敵軍なのに沛公をかばおうとするのですか?
冒頭にお話した通り、項伯は沛公の部下である張良に命を助けてもらったという恩があり、沛公を守ろうとしたのでした。
「沛公を殺す気がない」という項羽の気持ちを汲んで、阻止をしようともしたのかもしれませんね。
㉗荘撃つを得ず。
語句 | 意味 |
~を得ず | ~(機会がなくて)できない |
【訳】項荘は(沛公を)撃つことができなかった。
項伯によって沛公の命は守られたということですね。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は史記より「鴻門之会②/剣の舞(沛公旦日従百余騎~)」を紹介しました。
沛公の謝罪を受け入れた項羽。
項羽の人柄も垣間見れるお話でした。
しかし項羽の参謀である范増は、沛公を討とうとします。
項伯によって守られた沛公でしたが、この後どのようになるのでしょうか。
続きも楽しみにしてください。
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