今回は戦国策より「借虎威(虎の威を借る)」について現代語訳と解説をしていきます。
このお話には虎と狐が登場します。
日本昔話のようなものなのでしょうか?
実は王にある質問をされた宰相が、それに答えるために引用した文章なのです。
虎・狐・百獣がそれぞれ何かに例えられています。
「借虎威(虎の威を借る)」の言葉の意味をおさえながら、どんな意図があって引用されたのかについても詳しくみていきましょう。
「借虎威(虎の威を借る)」現代語訳・解説
それでは早速「借虎威(虎の威を借る)」について見ていきましょう。
書き下し文と現代語訳から、内容をわかりやすくするために解説をしていきます。
内容(白文・書き下し文・現代語訳・解説)
文法や指示語の解説などもしながら、丁寧に読んでいきましょう。
白文
書き下し文(ふりがなは現代仮名遣いで表記)
※青…単語、文法
※赤…指示語
虎百獣を求めて之を食らふ。
得狐、狐曰、
狐を得るに、狐曰はく、
「子無敢食我也。
「子敢へて我を食らふ無かれ。
「あなたは決して私を食べてはいけない。
※敢へて~無かれ…禁止(~してはならない)
天帝使我長百獣。
天帝我をして百獣に長たらしむ。
天帝が私に獣たちの頭をさせた。
※〇〇をして□□しむ…使役(〇〇に□□させる)
今、子食我、是逆天帝命也。
今、子我を食らはば、是れ天帝の命に逆らふなり。
もし、あなたが私を食べたならば、これは天帝の命令に背くことになる。
※今〇〇(せ)ば、□□…仮定(もし〇〇ならば□□)
この狐の話(天帝の命を受けて獣たちの頭をしているから、食べてはいけない)は、狐のハッタリです。
でも狐は賢く、これがさも事実かのように虎に思わせるのです。
どのようにしてそう思わせたのでしょうか?
続きを読んでいきましょう。
子以我為不信、吾為子先行。
子我を以つて信ならずと為さば、吾子の為に先行せん。
あなたが私の言うことを本当でないと思うのならば、私があなたのために先に歩いてみよう。
ここでは我と吾が使い分けられていますね。
基本は「我」です。
「私が先行します」と話し手自身のことを指すときに「吾」が使用でき、少し気負った表現です。
ちなみに現代の中国語において言うと「我」は「わたし」で「吾」は「せっしゃ」のような古めかしい言い方だとのことでした。
子我が後に随ひて観よ。
百獣之見我而敢不走乎。」
百獣の我を見て敢へて走らざらんや。」と
獣たちは私を見てどうして逃げないことがあろうか、いや必ず逃げる。
※敢へて~ざらんや…反語(どうして~しないことがあろうか、いや必ず~する)
今度は「観る」と「見る」が出てきました。
どのように使い分けがされているのでしょうか?
見…無意識に自然に目に入るという受動的に見る
動物たちが自然に目に入る自分(と虎の)姿を「見て」逃げるから、
虎にはその様子をしっかりと「観る」ようにと言っています。
虎以為然。
虎以つて然りと為す。
虎は(狐の言うことは)もっともだと思った。
この時点で虎は狐の言うことを、かなり信じちゃってる感じがします。
そうですね。
虎が天命を気にして欲望のままに狐を食べないところから、
虎もかなり賢いのでは?と思ったりもします…
故遂与之行。
故に遂に之と行く。
そこで(虎は)狐と一緒に歩いて行った。
※之…狐を指す
獣見之皆走。
獣之を見て、皆走る。
獣たちは狐の後ろにいる虎を見て、みな逃げ出した。
※之…狐の後ろにいる虎を指す
虎獣の己を畏れて走るを知らざるなり。
以為畏狐也。
以つて狐を畏ると為すなり。
(虎は)狐を恐れているのだと思った。
虎はまんまと狐にだまされてしまいましたね。
「虎の威を借る」とはここでは力のない狐が虎の権威を借りて、自分が強いかのように威張っていることを指します。
この狐と虎の話は、
もともとは楚の宰相である江乙が
宣王の問いかけに対して答えた発言の中に引用したものです。
江乙はどのような意図を持ってこの話を用いたのでしょうか?
狐と虎は何を例えたもの?
それでは江乙の意図を知るために、二人のやり取りを見てみましょう。
楚の宣王と宰相である江乙のやりとりはこのような感じです。
うちの国の北の方を任せている昭奚恤っていう宰相が
あまりにも評判が良くて、北の国々が恐れているって聞いたんだけど…。
とはいっても、
宣王様が昭奚恤に広い領土と多数の軍勢を任せているからであって、北の国々が本当に恐れているのは宣王様の持つ権力に他なりません。
宣王様はそれにお気づきになっていないだけです。
つまり
狐…昭奚恤
百獣…北の国々
虎…楚の宣王
ということになります。
しかし実はこの江乙、魏からの使者だったのです。
宣王に「大丈夫、あなたはすごいから自信を持って!」と言葉をかけながら、
昭奚恤の影響力がこれ以上大きくなることを阻止しようとしていたのです。
宣王も江乙の話を聞いて、
「昭奚恤にあまり権力を持たせると調子に乗って謀反を起こすかも」と警戒しますよね。
その後も江乙は宣王に昭奚恤の悪口を吹き込んだりもしていました。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
動物たちが出てくる、日本昔話のようなお話ではありませんでしたね。
「虎の威を借る」とは力のない狐が虎の権威を借りて、自分が強いかのように威張っていることの意味でした。
この話だけでも、「そういうやついるよね」と内容は理解できると思います。
ここでは狐は昭奚恤、虎は楚の宣王、百獣は北の国々
を例えていることがわかりました。
江乙が宣王を褒めたたえる話にも感じられますが、
実は昭奚恤を陥れ、影響力を抑えて牽制するための画策だったんですね。
宣王に「昭奚恤を調子に乗らせるとまずい」と思うように仕向ける、
江乙の巧みな話術も感じられました。
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