十訓抄「大江山の歌」現代語訳・解説|和歌は男女の恋心を読むだけのものじゃない

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今回は十訓抄じっきんしょうより「大江山おおえやまの歌」の現代語訳、解説をしていきます。
このお話は和泉式部いずみしきぶという優れた歌人を母に持つ、小式部内侍こしきぶのないしが主人公です。
そこに定頼中納言が登場して声をかけます。
男女が登場し、和歌を詠むと言えば恋愛のお話かと思いますが、そうではありません。
人物関係に注目しながら読んでいきましょう。

十訓抄「大江山の歌」現代語訳・解説

冒頭部分が長く、少し複雑に感じられます。
誰のことを言っているのか、順番に理解していきましょう。

本文と現代語訳(解説つき)

それでは早速本文の内容をみていきましょう。

本文(漢字のふりがなは現代仮名遣いで表記)
現代語訳
※青…単語、文法
※赤…敬語、指示語の解説
和泉式部いずみしきぶ保昌やすまさにて丹後たんごくだりけるほどに、
和泉式部は、保昌の妻として丹後の国に都から下った頃、

冒頭の部分は長い一文ですね。
その上、人物名が色々出てくるので誰の話をしているのか理解しにくいです。

 

そうですね。

なのでここは細かく区切ってみていきましょう。
まず最初は主人公の小式部内侍の母である、和泉式部と父 藤原保昌の状況の説明をしています。

和泉式部は有名な歌人であり、小式部内侍の実母です。
藤原ふじわらの保昌は和泉式部にとって4番目の夫であり、小式部内侍の実父ではありませんでした。
そんな母と義父は小式部内侍を京都に残して、京都の北部にある丹後の国へ行っていたということを、最初に説明しています。

きょう歌合うたあわせありけるに、古式部内侍こしきぶのないし歌詠うたよみにとられて、みけるを、
京都で歌合があった時に、小式部内侍が歌合せの詠み手に選ばれて、和歌を詠むことになったのを、
※歌詠み…歌合せの読み手

その頃、京都では歌合が行われることになりました。

この「歌合」というのは、左右の組に分かれて和歌の優劣を競う催しもののことです。
天皇の前で和歌を詠むという、人生もかかった大舞台と言えます。

お母さんである和泉式部は和歌が上手とのことですが、小式部内侍はどうだったんですか?

当時、歌人としては優れた才能があり、大きな歌会にも呼ばれていたのですが、若くして活躍する小式部内侍に嫉妬した人も多く、「母親(和泉式部)に代作してもらってるんだろう」という噂も流されていました。

定頼中納言さだよりのちゅうなごんたはぶれて、小式部内侍こしきぶのないしありけるに、

丹後たんごつかはしけるひとまいたりや。いかにこころもとなくおぼらむ。」とひて、

つぼねまえられけるを、

定頼中納言がからかって、小式部内侍が(局に)いた時に、
「丹後へおやりになった方は参上されますか。どんなにか心もとなくお思いのことでしょう。」と言って、局の前を通り過ぎなさったのを、

※遣はす…「る」の尊敬語「遣ふ」(定頼中納言→小式部内侍への敬意)
※参り…「来る」の謙譲語「参る」(定頼中納言→小式部内侍への敬意)
※思す…「思う」の尊敬語「思す」(定頼中納言→小式部内侍への敬意)
※られ…尊敬の助動詞「らる」の連用形(作者→定頼中納言への敬意)
※丹後へ遣はしける人…和泉式部のことを指す

そんな小式部内侍を定頼中納言はからかいます。

「歌人として有名なお母さんが近くにいなくて、心細いでしょう。歌を代作してもらうこともできないし、困ったねぇ」といった感じでしょうか。

感じ悪いですね!
この人も噂を信じているのでしょうか?

でも小式部内侍も負けてはいません。
続きを見てみましょう。

御簾みすよりなからばかりでて、わづかに直衣のうしそでをひかへて、
(小式部内侍は)御殿の簾から半分ほど(体を)出して、(定頼中納言の)直衣の袖をとらえて引き留めて、

この動作の主語は小式部内侍です。

小式部内侍が御簾から半分ほど体を乗り出し、「ちょっと待った!!」と言わんばかりに定頼中納言の服の袖を引っ張って引き留めます。

面白くなってきましたね!!

大江山おおえやまいくののみちとおければまだふみもみずあま橋立はしだて
みかけけり。
大江山を越え、生野を通って行く丹後への道が遠いので、私は天の橋立を踏んだこともありませんし、母からの文などもみておりません。
と詠んで(定頼中納言に)返歌を求めた。
和歌に含まれた技法
掛詞
※いく…「いくの(生野)」という地名と「行く」
※ふみ…「踏み」と「文」

小式部内侍は素晴らしい和歌をさらりと詠んだのでした。

そんな小式部内侍に返歌を求められた定頼中納言は、どのような行動をとったのでしょうか?

次の文を読んでみましょう。

おもはずにあさましくて、「こはいかに。かかるやうやはある。」とばかりひて、
返歌へんかにもおよばず、そではなちてにげられけり。
思いがけず驚いて、「これはどうしたことか。このようなことがあるだろうか、いやない」とだけ言って、返歌もせずに、袖を引っ張って放してお逃げになった。
※やはある…係り結び 係助詞「やは」+ラ変動詞「あり」の連体形
※られ…尊敬の助動詞「らる」の連用形(作者→定頼中納言への敬意)
※こは、かようのこと…小式部内侍が母親に頼らずに即座に素晴らしい和歌を詠んだこと

定頼中納言は何を言っているのでしょう?

「これ」「このような」は何を指していますか?

定頼中納言は小式部内侍の和歌が素晴らしかったことに、とても驚いたんですね。

「小式部内侍がお母さんに助けてもらわずに、一人でこんな素晴らしい和歌を詠むなんてことがある?そんなわけないよ!」と言っているのです。

かっこ悪いですね!!

小式部内侍に引き留められた袖を払って逃げるなんて…

本来、和歌を詠まれたら返歌をするのが作法です。

その作法もせずに逃げてしまう定頼中納言は、小式部内侍の和歌の腕前に驚いただけでなく、からかってしまったことを「恥ずかしい!」と思う気持ちもあったのでしょう。

小式部こしきぶ、これより、歌詠うたよみのおぼにけり。
小式部内侍は、このことから、歌人としての世間の評判が出てきた。

このことによって小式部内侍は歌人としての評判は確固たるものになったという訳です。

お母さんに代作してもらっているという噂も、嘘だったと証明できて良かったですね!!

男女が出てきて和歌を詠むと言ったら、「あなたが恋しいわ」みたいな恋愛ものだと思っていたのに、全然違う展開のお話でしたね。

そうですね。

しかし実はこのお話には、別の解釈もあるのです。

紹介しますね。

全ては策略だった説!?

実はこのお話には面白い説があります。
というのも、小式部内侍と定頼中納言が親しい間柄であり、小式部内侍の歌詠みとして評判を世に知らしめるために、茶番を演じたのではないかという説です。

「お母さんがそばにいなくて、心細くないかなぁ」
と定頼中納言が小式部内侍を心配して声をかけたところ、小式部内侍が素晴らしい歌を詠んできたので、「俺がからかったらさ、速攻ですげぇ和歌詠んできて。
あまりにもうますぎて、恥ずかしくて逃げたわぁ~!!」と大げさに演じることで、「母親に代作してもらっている」という噂を払拭し、小式部内侍の歌人としての評判をあげることに成功したということです。

小式部内侍にまつわる状況や、定頼中納言の人物像からこのような説が生まれたようです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?
このお話は歌人として有名な母を持つ小式部内侍が、歌合に呼ばれ、そのことをからかった定頼中納言が見事に打ち負かされるというお話でした。「母親に代作をしてもらっているのではないか?」という噂までも、払拭した痛快なお話でした。

「男女が登場し、和歌が詠まれれば恋愛話」ではありません。
主語を補いながら丁寧に読み解いていくと、状況が理解できましたね。

さらに和歌は内容が理解しずらいですが、苦手意識を持たずに読んでみて欲しいと思います。

この記事を書いた人
あずき

40代、一児の母
通信制高校の国語教員

生徒が「呪文にしか見えない」という古文・漢文に、少しでも興味を持ってもらえたらと作品についてとことん調べています。

自分の生徒には直接伝えられるけど、
聞きたくても聞けない…などと困っている方にも届けたくて、ブログを始めました。

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