白居易「長恨歌④黄埃散漫風蕭索~」現代語訳・解説

今回の内容は、以下の通りです。
② 天下の情勢が一変する
③ 長安へ戻る途中、楊貴妃の亡くなった場所である馬嵬に立ち寄る
これらを白居易はどのように表現しているのか、語句の意味を理解しながら読み取っていきましょう。
白文・書き下し文(読み仮名付き)・現代語訳・語句解説
43 黄埃散漫風蕭索
黄埃 散漫 風 蕭索
【訳】黄色い土埃が散らばり広がり、風はもの寂しく
| 黄埃 | 黄色い土埃 |
| 散漫 | 散らばり広がる |
| 風 | 風 |
| 蕭索 | もの寂しい様子 |
44 雲桟縈紆登剣閣
雲桟 縈紆 剣閣を登る
【訳】雲の中にかけられた蜀の桟道が曲がりくねり、剣閣山を登る。
| 雲桟 |
高い山にかけられた懸け橋 ※ここでは蜀と長安を結ぶ「蜀の桟道」を指す
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| 縈紆 | 曲がりくねる様子 |
| 剣閣 |
剣閣山のこと。長安から成都へ向かう途中にある。険しい地形で要害として有名であった。※要害…険しい地形であり、敵の侵入を防ぐのに適した場所。
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| を | 格助詞 |
| 登る | ラ行四段活用動詞「登る」終止形 |

成都への道のりは、かなり険しいものだったのですね。
45 峨眉山下少人行
峨眉山下 人の行くこと少なり
【訳】峨眉山のふもとは、人の行き来が少なく
| 峨眉山 | 現在の四川省峨眉山市にある山のこと。長安から成都のさらに先に位置している。 |
| 下 | ふもと |
| 人の行くこと | 人の行き来が |
| 少なり | 少ない |
46 旌旗無光日色薄
旌旗 光無く 日色薄し
【訳】天子の旗は輝きがなく、太陽の光までも薄い。
| 旌旗 |
色鮮やかな旗 ※ここでは天子の所在を示す旗を指している
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| 光 | つや、光沢 ※ここでは「輝き」と訳 |
| 無く | ない |
| 日色 | 太陽の光 |
| 薄し |
薄い ※ここでは玄宗の権威が薄れたことを表している
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旗の輝きや太陽の色で、天子の権威が薄れていることを表していますね。
47 蜀江水碧蜀山青
蜀江 水碧にして 蜀山は青し
【訳】蜀の川の水は濃い緑で、蜀の山は青々としているが、
| 蜀江 | 蜀のを流れる川 |
| 水 | 川の水 |
| 碧にして | 濃い緑 |
| 蜀山は | 蜀の山 |
| 青し | 青い |
48 聖主朝朝暮暮情
聖主朝朝 暮暮の情
【訳】天子は、毎朝毎晩(楊貴妃を)恋い慕って(悲しんで)いる
| 聖主 | 優れた君主。天子を指している。 |
| 朝朝暮暮 | 毎朝毎晩 |
| の | 格助詞 |
| 情 |
恋い慕う気持ち ※ここでは楊貴妃への思いを表す
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49 行宮見月傷心色
行宮に月を見れば 心を傷ましむる色あり
【訳】(成都にある)仮の御所で月眺めると、心を苦しませる色をしており、
| 行宮 |
天子の仮の御所。外出時や政変などによって御所を失っているときに置かれる。この時は成都に行宮が置かれた。
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| に | 格助詞 |
| 月 |
※遠く離れた恋人や肉親・故郷などを思うときに、月を見るという表現がよく用いられる。ここでは、亡くなった楊貴妃を思っている
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| を | 格助詞 |
| 見れば | 眺める |
| 心 | ※天子の心 |
| を | 格助詞 |
| 傷ましむる | 苦しませる |
| 色あり | 色がある→「色をしている」と訳 |

ここでは、①天子の悲しみが月の色として「傷まし」と表現されている ②かつて楊貴妃と見た月を思い出し、「傷まし」く思っているなどの解釈ができるのではないでしょうか。
52 夜雨聞鈴腸断声
夜雨に鈴を聞けば 腸を断つ声あり
【訳】夜に降る雨に鈴の音を聞けば、はらわたがちぎれるような悲しい音に聞こえる。
| 夜雨 | 夜に降る雨 |
| に | 格助詞 |
| 鈴 |
馬車につけた鈴の音
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| を | 格助詞 |
| 聞けば | 聞くと |
| 腸を断つ声 |
「腸を断つ」とは、はらわた(腸)がちぎれるほどの激しい悲しみや辛さによる苦しみを表す。ここでは「はらわたがちぎれるような悲しい音」
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| あり |
※ここでは「そのように聞こえる」と解釈
|

雨が降っているときに、鈴の音なんて聞こえるのでしょうか…?

この描写は、玄宗が亡くなった楊貴妃を偲んで作った「雨淋鈴」という曲にちなんでいると考えられます。実際に玄宗が蜀の桟道を際に雨が降り続き、乗っている馬や馬車についている鈴の音が雨音とともに響いているのを聞いて、作られたそうです。
51 天旋日転迴竜馭
天旋り日 転じて 竜馭を迴らす
【訳】天下の形勢は一変して、天子の乗る車は方向転換する(=都である長安に戻ることになる)が、
| 天旋り日転じて |
天下の形勢が一変すること。ここでは玄宗の子である粛宗が即位(玄宗は上皇となる)し、安禄山が殺され、長安が回復したことを指す。
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| 竜馭 | 天子の乗る車 |
| を | 格助詞 |
| 迴らす |
方向転換する※ここでは玄宗が成都から長安に戻るために出発したことを指す
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ここで玄宗の息子が即位するので、玄宗は「天子」ではなく「上皇」となるのですが、「天子=玄宗」として話を進めます。
52 到此躊躇不能去
此に到りて躊躇して 去る能はず
【訳】この地(=楊貴妃が亡くなった場所である馬嵬)に到着すると、足踏みしてためらい留まり、離れることができない。
| 此に | 楊貴妃が亡くなった場所。馬嵬を指す |
| 到りて | 到着すると |
| 躊躇して | 足踏みして、ためらい留まり |
| 去る | 去る、離れていく |
| 能はず | ~することができない |
53 馬嵬坡下泥土中
馬嵬の坡下 泥土の中
【訳】馬嵬の堤の下、泥土の中に、
| 馬嵬 | 地名。楊貴妃が亡くなった場所 |
| の | 格助詞 |
| 坡下 | 堤(土手など土を高く盛り上げた場所)の下 |
| 泥土の中 |
どろどろになった土の中。ここでは雨によって、地面がドロドロにぬかるんでいることを表している。
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54 不見玉顔空死処
玉顔を見ず 空しく死せし処
【訳】美しい楊貴妃の顔は見えず、(ここは楊貴妃が)むなしく死んだ場所である。
| 玉顔 | 美人の顔。ここでは楊貴妃を指す |
| を | 格助詞 |
| 見ず |
見ずに ※ここでは「見えない」ことを言っている
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| 空しく | むなしく |
| 死せし処 | 死んだ場所 |
55 君臣相顧尽霑衣
君臣相顧みて 尽く衣を霑す
【訳】天子も家来も、(楊貴妃が亡くなった場所を)ともに振り返って見ては、皆涙で衣を濡らし、
| 君臣 | 主人と家来(天子とその臣下たちのこと) |
| 相 | ともに |
| 顧みて | 振り返って見て |
| 尽く | 残らず皆 |
| 衣を霑す |
衣服を濡らす ※涙で濡れることを表している
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天子の臣下たちって、「楊貴妃を処刑しろ!」って騒いでいた人たちじゃないんですか?

ここでの「臣下」はどこまでの人たちを指すのかは不明ですが、玄宗には高力士と陳玄礼という、信頼できる部下がいたことは確かです。また、安禄山の乱を経て玄宗に仕えていることからも忠誠心は、成都に逃げる時とは違うのかもしれませんね。

臣下たちは、楊貴妃の死を悼む玄宗の姿に、もらい泣きしてしまったというところでしょうか。
古文でも「袖を濡らす」という表現がありますが、「衣を霑す」のほうが涙がたくさん流れているような気がします。
56 東望都門信馬帰
東のかた都門を望み 馬に信せて帰る
【訳】東の方角に都の門を眺めながら、馬の歩みにまかせて(都へと)戻った。
| 東のかた | 東の方角 |
| 都門 | 都の入り口 |
| を | 格助詞 |
| 望み | 遠くから眺めて |
| 馬に信せて |
馬の歩みにまかせて ※心が沈み、自分の意志ではなく歩みを進める様子を表している
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| 帰る | (都へと)戻る |

楊貴妃の姿をもう見ることはできない、とわかりながらもその地を離れがたく思っている玄宗の思いが感じられる部分ですね。
続き:太液の芙蓉未央の柳~



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