白居易「長恨歌⑥臨邛の道士鴻都の客~」現代語訳・解説|天子の命を受けた道士、「消えた面影」を追う

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白居易「長恨歌⑥臨邛の道士鴻都の客~」現代語訳・解説

今回は、物語が現実の喪失から幻想的な奇跡へと大きく転換する、非常にドラマチックな場面となっています。

これらを白居易はどのように表現しているのか、語句の意味を理解しながら読み取っていきましょう。

白文・書き下し文(読み仮名付き)・現代語訳・語句解説

これまでのお話:長恨歌⑤帰り来たれば池苑皆旧に依る~

75 臨邛道士鴻都客
きょうきょうどう こうかく
【訳】臨邛(出身)の道教の修験者で、長安にやってきた旅人は、

臨邛
現在の四川省成都市を指す。霊的な力を持ち、道教の修験者たちにとっては聖地ともいえる場所であった。
格助詞
道士
道教の修験者(しゅげんじゃ)。修験者とは僧侶とは異なり、山などで修行をして神秘的な力を得る人。
鴻都
漢の時代の鴻都門のこと。ここでは都である長安を指している。
格助詞
旅人。「鴻都客」は「長安にやってきた旅人」と訳

 

76 能以精誠致魂魄
精誠せいせいて 魂魄こんばくまね
【訳】純粋な真心によって、亡くなった人の魂を呼び寄せることができた。

能く ~することができる
精誠を以つて
純粋な真心によって ※精誠とは純粋な真心のこと。
魂魄 亡くなった人の魂
格助詞
致く 呼び寄せる

 


77 為感君王展転思
君王くんおう 展転てんてんおもかんずるがため
【訳】(道士は)君王の眠れずに何度も寝返りを打つほどの悲しみに、強く心が動かされた。

君王 天子
展転の思ひ
眠れずに何度も寝返りを打つほどの悲しみ
格助詞
感ずる 強く心が動かされる
~が為に 【原因・理由】~のために

「道士」が「君王の展転の思ひ」に「感ずる(感じた)」ということを理解しましょう。

 

78 遂教方士殷勤覓
ついほうをして殷勤いんぎんもとめしむ
【訳】そして(天子は)その道士に念入りに(楊貴妃の魂を)探し求めさせた。

遂に そして
方士
道士のこと。先にでた「道士」を指す。
をして ~に
殷勤に 念入りに
覓め 探し求める
しむ 【使役】~させる

おおっ…!
現実に会えないのがつらすぎて、ついに魂の捜索!?「なんでもいいから楊貴妃に会いたい」という、天子の強い思いが感じられます。

 

79 排空馭気奔如電
くうはいし ぎょして はしることいなずまのごとく
【訳】(道士が)空気を押し開け、大気に乗って巧みに操り勢いよく走る様子は、まるで稲妻のようであり、

空気
格助詞
排し 押し出す、押し開ける
空気
格助詞
馭して 乗って巧みに操る
奔ること 勢いよく走る様子は
稲妻
のごとく ~のようだ

 

80 昇天入地求之遍
てんのぼりて これもとむることあまね
【訳】(その稲妻のような勢いで、道士は)天に昇り、地に潜り、これ(楊貴妃の魂)をすみずみまで広くに渡って探し求めた。

天に昇り 天に昇っていき
地に入りて 地に潜り
楊貴妃の魂
格助詞
求むること 探し求める様子は
遍し すみずみまで広く行き渡っている

 

81 上窮碧落下黄泉
かみ碧落へきらくきわしも黄泉こうせん
【訳】上は天上界の果てまで行き、下は亡くなった人がいる地下の世界まで(探したが)、

上は 上は
碧落
青空、天上界を指すこともある。ここでは「黄泉」に合わせて「天上界」と解釈した
格助詞
窮め 果てまで行く
下は 下は
黄泉
亡くなった人がいる地下の世界、地下の泉。古代中国では黄色が土を象徴する色だった。

 

82 両処茫茫皆不見
りょうしょ 茫茫ぼうぼうとして みなえず
【訳】どちらの場所も果てしなく広く、どこにも(楊貴妃の姿)が見えない。

両処
二つの場所。※ここでは「どちらの場所も」と訳
茫茫として 果てしなく広く
皆見えず
全て見えない ※ここでは、「どこにも楊貴妃の姿が見えない」と解釈

 

83 忽聞海上有仙山
たちま海上かいじょう仙山せんざん
【訳】(道士は)不意に耳にした。「海上に仙人が住むとされる山があり、

忽ち 不意に
聞く 耳にする
海上に 海の上
仙山 仙人が住むとされる山
有り あり

「聞く」のは誰が、何を聞いたのでしょうか?

聞いたのは「道士/方士」を指します。
聞いた内容は、「海上に仙山有り」から読み進めていくと、「差として是なり」までだとわかります。「と」に注目すると、聞いた内容の最後が見つけやすいですね。

 

84 山在虚無縹緲間
やまきょ縹緲ひょうびょうかん
【訳】その(仙人が住むとされている)山は何もなくどこまでも広がっている空間にある。

山は 仙人が住むとされている山は
虚無縹緲 何もなくどこまでも広がっている様子
格助詞
空間
格助詞
在り
ある(どこに存在するかに焦点を当てている)

さっきは「有り」だったのに、ここでは「在り」ですね。違いは何なのでしょうか?

「有り」は、ものが存在するかどうかということに焦点が当てられています。それに対して「在り」ものがどこに存在するのかということに焦点が当てられている、という違いがあります。

 

85 楼閣玲瓏五雲起
楼閣ろうかく 玲瓏れいろうとして うんこり
【訳】(仙人の山にある)高殿は、美しく透き通って輝き、五色に輝く雲がわき起こり、

楼閣
高く造られた立派な建物のこと。高殿たかどの高楼こうろうとも呼ばれる
玲瓏として 玲瓏とは美しく透き通って輝き
五雲
五色(青・白・赤・黄・黒)に輝く美しい雲。仙人が住む場所にかかるとされている
起こり 湧き起こり

 

86 其中綽約多仙子
なか 綽約しゃくやくとして せんおお
【訳】その(高殿の)中には、しなやかで優しく美しい仙女がたくさんいる。

其の中 仙山にある楼閣の中を指す
綽約として しなやかで優しく美しい
仙子
仙人や美しい女性の仙人(=仙女)のこと。ここでは仙女のことを表す。
多し たくさんいる

 

87 中有一人字太真
なか一人いちにんあざな太真たいしん
【訳】その(仙女たちの)中の一人に、字を太真という人がいて、

中に 仙山の高殿にいる仙女の中を指す
一人あり 一人いる
実名である「いみな」に対して、社会的に用いられる通称を「あざな」という。諱は神聖なものであり、口にしたり書いたりすることを避ける習慣があった。
太真
楊貴妃の道名。楊貴妃は玄宗皇帝の妃になるにあたり、一度道士として出家した。

楊貴妃が出家したのって、どうしてなんですか?

以前お話したことがあったかもしれませんが、楊貴妃はもともと玄宗皇帝の息子の妃でした。
さすがに息子の妃を略奪したというのは、道徳的にアウトだったので、一度楊貴妃を出家させることで俗世との関係を断たせた(過去をなかったことにした)のでした。

なんじゃそりゃ…
そんなことで、世間は忘れないでしょう。

 

88 雪膚花貌参差是
ゆきはだえ はなかんばせ しんとしてこれなりと
【訳】雪のように白い肌、花のように美しく華やかな顔立ちは、ほとんどその人(楊貴妃)である。」と。

雪の膚 雪のように白い肌
花の貌 花のように美しく華やかな顔立ち
参差として ほとんど
楊貴妃を指す
なり ~である

 

続き:金闕の西廂に玉扃を叩き~

この記事を書いた人
あずき

40代、一児の母
通信制高校の国語教員

生徒が「呪文にしか見えない」という古文・漢文に、少しでも興味を持ってもらえたらと作品についてとことん調べています。

自分の生徒には直接伝えられるけど、
聞きたくても聞けない…などと困っている方にも届けたくて、ブログを始めました。

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