史記より「刎頸之交(刎頸の交はり)」について解説をしていきます。
「刎頸の交わり」とは、相手に首をはねられても悔いが無いほどの親しい交流のことを言います。
このお話は趙王一行が、秦王との会談(澠池の会)を終えて帰ったあとのお話です。
廉頗と藺相如がどのようなやり取りをしたのか、読み取っていきましょう。
この記事では
・書き下し文(読み仮名付き)
・語句の意味/解説
・現代語訳
以上の内容を順番にお話していきます。
「刎頸之交(刎頸の交はり)」書き下し文・現代語訳・解説

白文・書き下し文(読み仮名付き)・語句解説・現代語訳
① 既罷帰国、以相如功大、拝為上卿、位在廉頗之右。
既に罷めて国に帰るや、相如の功大なると以つて、拝して上卿と為し、位廉頗の右に在り。
| 語句 | 意味 | 
| 既に罷めて | 事が住んで | 
| 国に帰る | 帰国した | 
| 相如 | 人名。藺相如を指す。 | 
| 功大なる | 功績が大きい | 
| 拝して~為し | ~に任命して | 
| 上卿 | 上級の位 | 
| 廉頗 | 人名 | 
| 右 | 当時は右の方が上位とされていた | 
【訳】事が済んで帰国すると、相如の功績が大きかったので、上卿に任命し、位は廉頗より上であった。
② 廉頗曰、「我為趙将、有攻城野戦之大功。
廉頗曰はく、「我は趙の将と為り、攻城野戦の大功有り。
| 語句 | 意味 | 
| 趙 | 国名 | 
| 将 | 将軍 | 
| 攻城野戦 | 城攻めや野外で戦うこと | 
【訳】廉頗が言うことには、「私は趙の将軍となり、城攻めや野戦で大きな功績があった。
③ 而藺相如徒以口舌為労、而位居我上。
而るに藺相如は徒だ口舌を以つて労を為し、而も位は我が上に居れり。
| 語句 | 意味 | 
| 而るに | 【逆接】それなのに。しかし。 | 
| 藺相如 | 人名 | 
| 徒だ | 【限定】ただ~だけ | 
| 口舌 | 弁舌。口先。 | 
| 労 | 働き | 
| 而も | そして | 
| 居れり | 居座っている | 
【訳】しかし藺相如はただ弁舌によって働きをしただけで、そして位は私より上に居座っている。
④ 且相如素賤人。
且つ相如は素賤人なり。
| 語句 | 意味 | 
| 且つ | さらに | 
| 素 | もともと | 
| 賤人 | 身分の低い人 | 
【訳】さらに相如はもともと身分が低い人である。
⑤ 吾羞不忍為之下。」
吾羞ぢて之が下と為るに忍びず。」と。
| 語句 | 意味 | 
| 吾 | 私 | 
| 羞ぢて | 恥ずかしくて | 
| 之 | 相如を指す | 
| 忍びず | 我慢することができない | 
【訳】私は恥ずかしくて相如の下(の位)であることを我慢することができない。
⑥ 宣言曰、「我見相如、必辱之。」
宣言して曰はく、「我相如を見なば、必ず之を辱めん。」と。
| 語句 | 意味 | 
| 宣言 | 言いふらす | 
| 之 | 相如を指す | 
| 辱めん | 恥をかかせてやる | 
【訳】(廉頗が)言いふらして言うことには、「私は相如を見たら、必ずコイツに恥をかかせてやる。」と。
⑦ 相如聞、不肯与会。
相如聞きて、与に会するを肯んぜず。
| 語句 | 意味 | 
| 与に | 一緒に | 
| 会する | 会う | 
| 肯んぜず | 承知しない | 
【訳】相如は(これを)聞いて、一緒に会うことを承知しなかった。

「廉頗が怒ってるって聞いたから、顔を合わせないでおこうっと」という感じでしょうか。
⑧ 相如毎朝時、常称病、不欲与廉頗争列。
相如朝する時毎に、常に病と称し、廉頗と列を争ふを欲せず。
| 語句 | 意味 | 
| 朝する | 参内する | 
| 毎 | ~するときはいつも | 
| 称す | 偽って言う | 
| 列を争う | 席次を争う | 
| 欲せず | ~しようとしない | 
【訳】相如は参内するときはいつも、病気であると偽っていい、廉頗と席次を争うことをしようとしなかった。

席次を争うというのは、地位を争うということです。

仮病まで使って、相如は廉頗との接触を避けているようですね…
⑨ 已而相如出、望見廉頗。
已にして相如出で、廉頗を望見す。
| 語句 | 意味 | 
| 已にして | その後 | 
| 出で | 外出して | 
| 望見 | 遠くから眺める | 
【訳】その後相如は外出して、廉頗を遠くから眺めた。
⑩ 相如引車避匿。
相如車を引きて避け匿る。
| 語句 | 意味 | 
| 引きて | 引き返して | 
| 避け匿る | 避けて隠れる | 
【訳】相如は車を引き返して(廉頗を)避けて隠れた。
⑪ 於是舎人相与諫曰、
是に於いて舎人相与に諫めて曰はく、
| 語句 | 意味 | 
| 是に於いて | そこで | 
| 舎人 | 家来 | 
| 相与に | 一緒に | 
| 諫めて | 忠告して | 
【訳】そこで家来が一緒に忠告して言うことには、
⑫ 「臣所以去親戚而事君者、徒慕君之高義也。
「臣の親戚を去りて君に事ふる所以の者は、徒だ君の高義を慕へばなり。
| 語句 | 意味 | 
| 臣 | わたくし(家来が主人に対してへりくだる時に使う) | 
| 親戚 | 親類 | 
| 去る | 離れる | 
| 君 | あなた様 | 
| 事ふる | 奉仕する、お仕えする | 
| 所以の者は | ~するわけは | 
| 高義 | 高い徳義 | 
【訳】「わたくしが親類を離れてあなた様にお仕えするわけは、ただあなたの高い徳義をお慕いしてのことです。
⑬ 今君与廉頗同列。
今君廉頗と列を同じくす。
| 語句 | 意味 | 
| 列 | 地位 | 
| 同じくす | 同じになる | 
【訳】今あなた様は廉頗と同じ地位になります。
⑭ 廉君宣悪言、而君畏匿之、恐懼殊甚。
廉君悪言を宣べて、君畏れて之に匿れ、恐懼すること殊に甚だし。
| 語句 | 意味 | 
| 廉君 | 廉頗将軍 | 
| 悪言 | 悪口 | 
| 宣べて | 言いふらすと | 
| 畏れて | 恐れて | 
| 之 | 廉頗のことを指す | 
| 恐懼 | 恐れおののく | 
| 殊に | 特に | 
| 甚だし | ひどい | 
【訳】廉君将軍が悪口を言いふらすと、あなた様は(廉頗を)恐れて廉頗から隠れて恐れおののくことが特にひどいです。
⑮ 且庸人尚羞之、況於将相乎。
且つ庸人すら尚ほ之を羞づ、況んや将相に於いてをや。
| 語句 | 意味 | 
| 且つAすら尚ほB、 況んやCをや | AでさえBだ。ましてCはなおさらだ。 | 
| 羞づ | 恥ずかしいと思う | 
| 庸人 | 凡人 | 
| 将相 | 将軍と宰相 | 
【訳】凡人でさえこのようなことを恥ずかしいと思います。まして将軍や宰相はなおさら(恥ずかしいと思うこと)です。
⑯ 臣等不肖、請辞去。」
臣等不肖、請ふ辞去せん。」と。
| 語句 | 意味 | 
| 臣等 | 私ども | 
| 不肖 | 愚か者 | 
| 請ふ~ | どうか~させてください | 
| 辞去 | 職を辞めて去る | 
【訳】私どもは愚か者です。どうか辞めさせてください。」と。

どういうことでしょうか?

「不肖」とは、自分のことをへりくだって言う言葉です。
ここでは藺相如の家来たちが、「私たちは未熟で愚か者ではありますが、藺相如様の態度は部下として恥ずかしくて我慢できません」と言っています。

だから、藺相如に仕えるのを辞めたいと言ってきたのですね。
⑰ 藺相如固止之曰、「公之視廉将軍、執与秦王。」
藺相如固く之を止めて曰はく、「公の廉将軍を視るに、秦王に執与れぞ。」と。
| 語句 | 意味 | 
| 固く止めて | 強く引きとめて | 
| 公 | 君たち、家来たち(尊敬の意味を込めた呼び方) | 
| 視るに | 見た時に | 
| 秦王 | 人名 | 
| ~に執与れぞ | ~と比べてどうか | 
【訳】藺相如は(家来たちを)強く引き留めて言うことには、「君たちは廉頗将軍を見た時、秦王を比べてどうか。」と。

藺相如が自分を「恥ずかしい」と言った家来たちに対して、「公」という尊称を使っていますね。
⑱ 曰、「不若也。」
曰はく、「若かざるなり。」と。
| 語句 | 意味 | 
| 若かざる | ~に及ばない | 
【訳】(家来たちが)言うことには、「(廉頗将軍は秦王に)及びません。」と。
⑲ 相如曰、「夫以秦王之威、而相如廷叱之、辱其群臣。
相如曰はく、「夫れ秦王の威を以つてすら、相如之を廷叱し、其の群臣を辱む。
| 語句 | 意味 | 
| 夫れ | そもそも | 
| 威 | 威光、権威 | 
| 之 | 秦王のことを指す | 
| 廷叱 | 朝廷でりつける | 
| 群臣 | たくさんの臣下 | 
【訳】相如が言うことには、「そもそも秦王の権威をもってしても、相如(私)は秦王を朝廷でりつけて、その群臣に恥をかかせた。
⑳ 相如雖駑、独畏廉将軍哉。
相如駑なりと雖も、独り廉将軍を畏れんや。
| 語句 | 意味 | 
| 駑 | 脚の遅い馬。才能が劣っていることの例え。愚か者。 | 
| 雖も | 【逆接】~であっても、~といっても | 
| 独り~や | 【反語】どうして~か、いや~ない。 | 
【訳】相如(私)は愚か者であっても、どうして廉頗将軍を恐れることがあるだろうか、いやない。

「自分は、みんなが恐れる秦王を叱りつけたりしたんだぞ!廉頗将軍ごときにビビるわけないじゃん!」ということですね。

廉頗との接触を避けていた理由が、このあと語られます。
㉑ 顧吾念之、彊秦之所以不敢加兵於趙、徒以我両人在也。
顧って吾之を念ふに、彊秦の敢へて兵を趙に加へざる所以の者は、徒だ吾が両人在るを以つてなり。
| 語句 | 意味 | 
| 顧って | しかし | 
| 念ふ | 思う | 
| 彊秦 | 強大な秦 | 
| 敢へて~ず | 思いきって~しない | 
| 我が両人 | 我々二人。藺相如と廉頗を指す。 | 
【訳】しかし私が思うに、強大な秦が思い切って兵を趙に向けない理由は、ただ我々二人がいるからである。
㉒ 今両虎共闘、其勢不倶生。
今両虎共に闘はば、其の勢ひ倶に生きざらん。
| 語句 | 意味 | 
| 今 | もし~ならば | 
| 両虎 | 二頭の虎。藺相如と廉頗を指す。 | 
| 其の勢ひ | 成り行き上 | 
| 倶に~ざらん | 両方とも~ないだろう | 
【訳】もし二頭の虎(とも言える私たち二人)が戦うならば、なりゆきとして二人とも生き残ることはできないだろう。
㉓ 吾所以為此者、以先国家之急、而後私讐也。」
吾此を為す所以の者は、国家の急を先にして、私讐を後にするを以つてなり。」と。
| 語句 | 意味 | 
| 此を為す | 廉頗を避けることを指す | 
| 所以の者 | 理由 | 
| 国家の急 | 国家の緊急のこと | 
| 私讐 | 個人的な恨み | 
【訳】私がこのようなことをする理由は、国家の急のことを優先して、個人的な恨みを後回しにしているからである。」と。
㉔ 廉頗聞之、肉袒負荊、因賓客、至藺相如門、謝罪曰、
廉頗之を聞き、肉袒して荊を負ひ、賓客に因りて、藺相如の門に至り、罪を謝して曰はく、
| 語句 | 意味 | 
| 肉袒して | 上半身を脱いで | 
| 荊を負ひ | いばらの杖を背負い | 
| 賓客 | 客人 | 
| 因りて | 口添えをしてもらう | 
| 門 | 家 | 
| 至る | 到着する | 
【訳】廉頗はこの話を聞き、上半身を脱いでいばらの杖を負い、客人に口添えをしてもらい、藺相如の家に到着、謝罪して言うことには、

「肉袒して荊を負ひ」とは罪人が罪を受ける時の格好をすることで、深い謝罪の意味を表しました。

普通に家に行っても会ってもらえないかもしれないから、藺相如の所で客人として扱われている人に取り次いでもらったということですね。
㉕ 「鄙賤之人、不知将軍寛之至此也。」
「鄙賤の人、将軍の寛なることの此に至れるを知らざるなり。」と。
| 語句 | 意味 | 
| 鄙賤の人 | 心が卑しい人間。廉頗が自分のことを指して言っている。 | 
| 将軍 | 藺相如のことを指す | 
| 寛なる | 寛容である | 
| 此に至れる | これほどまである | 
【訳】「心が卑しい人間(である私)は、(藺相如)将軍の寛容さがこれほどまであることを知りませんでした。」
㉖ 卒相与驩、為刎頸之交。
卒に相与に驩びて、刎頸の交はりを為す。
| 語句 | 意味 | 
| 卒に | 最後には | 
| 相与に | お互いに | 
| 驩びて | 喜んで | 
【訳】最後にはお互いに喜んで、刎頸の交わりを結んだ。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は史記より「刎頸の交はり」を解説しました。
廉頗が自分に腹を立てていることを知り、藺相如は廉頗との接触を避けます。
家来たちに「恥ずかしい。家来を辞めさせてくれ」と言われて、藺相如は理由を語ります。
それは趙の国を守るためでした。
廉頗と藺相如の存在が秦にとって脅威であり、どちらか一人になっては国の平和が危ないというのです。
その理由を知った廉頗は、自分の非礼を詫びて「刎頸の交わり」を結んだのでした。

 
  
  
  
  

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