⑱樊噲曰はく、「臣死すら且つ避けず。卮酒安くんぞ辞するに足らん。
語句 | 意味 |
A且つBず | 【抑揚】AすらBしない |
安くんぞ~ | 【反語】どうして~か、いや~ない。 |
辞する | 断る |
足らん | 足る…価値がある |
【訳】樊噲は言った。「私は死すら避けません。大杯の酒をどうして断ることをしましょうか。いやしません。
項荘の剣舞は「余興」という位置づけ。そんな中「死ぬ」という物騒な言葉を使った樊噲は、この酒宴の裏の目的(=項羽軍が沛公を殺そうとしている)を明らかにしたと言える。
⑲夫れ秦王虎狼の心有り。
語句 | 意味 |
夫れ | そもそも |
秦王 | 人名。秦の始皇帝を指す。 |
虎狼の心 | 虎や狼のような残忍な心 |
【訳】そもそも秦王は虎は狼のような残忍な心がありました。
⑳人を殺すこと挙ぐる能はざるがごとく、人を刑すること勝へざるを恐るるがごとし。
語句 | 意味 |
挙ぐる | 数える |
能はざるがごとく | ~できないほど |
刑すること | 処刑する |
勝へざる | ~しきれない |
恐るる | 心配する |
【訳】人を殺すことは数えることができないほどで、人を処刑することはしきれないことを心配するほどでした。
この文は、どういう意味なのでしょうか?
「数えきれないほどの人を殺し、人を処刑する人が多すぎて、しきれないことを心配するほどだった」と言っています。
㉑天下皆之に叛く。
語句 | 意味 |
天下 | 世間の人 |
之 | 秦王 |
叛く | 背く |
【訳】世間の人はみな秦王に背きました。
㉒懐王諸将と約して曰はく、『先に秦を破り咸陽に入る者は、之に王とせん。』と。
語句 | 意味 |
懐王 | 人名。反乱軍の名目上のリーダーの名前。 |
諸将 | 反乱軍に所属する者たちのことを指す。 |
約して | 約束して |
之 | 反乱軍 |
【訳】懐王は諸侯たちに約束して言いました。『最初に秦を破って咸陽に入った者を、ここの王にしよう。』と。
㉓今沛公、先に秦を破り咸陽に入るも、毫毛も敢へて近づくる所有らず。
語句 | 意味 |
毫毛も | ほんの少しも |
敢へて~ず | 【否定】~するようなことをしない |
近づくる | 自分のものとする |
【訳】今(わが主君の)沛公は最初に秦を破って咸陽に入りましたが、ほんの少しも(宝を)自分のものとしませんでした。
㉔宮室を封閉し、軍を覇上に還して、以つて大王の来たるを待てり。
語句 | 意味 |
宮室 | 宮廷の部屋 |
封閉し | 封鎖し |
覇上 | 地名。覇水のほとりにある。沛公が陣営を構えた場所。 |
還し | 引き返して |
大王 | 項羽を指す。 |
【訳】宮廷の部屋を封鎖し、軍を覇上に引き返して、項王がいらっしゃるのを待っていたのです。
当時は戦争において、「勝利して城を占領すること=その城のものを自分のものにすること」でした。
その城にある金品や財宝、美女などを自分のものにするのが当たり前だった。
㉕故に将を遣はして関を守らしめしは、他盗の出入と非常とに備へしなり。
語句 | 意味 |
故に | わざわざ |
将 | 兵 |
遣はして | 派遣して |
関 | 函谷関を指す。 |
他盗の出入 | 他の盗賊の出入り |
非常 | 非常事 |
【訳】わざわざ兵を派遣して函谷関を守らせたのは、他の盗賊の出入りと非常時に備えたからです。
㉖労苦だしくして功高きこと此くのごときも、未だ封侯の賞有らず。
語句 | 意味 |
労苦だしくして | 苦労して |
功高き | 功績が高い |
此くのごとき | このようなこと |
未だ~ず | 【再読文字】まだ~ない |
封侯の賞 | 諸侯に取り立てる恩賞 |
【訳】苦労して功績がたかいのはこのようなことだが、まだ諸侯に取り立てる恩賞はありません。
㉗而るに細説を聴きて、有功の人を誅せんと欲す。
語句 | 意味 |
而るに | それどころか |
細説 | つまらない者の言うこと |
有功の人 | 功績のある人。ここでは沛公のことを指す。 |
誅せん | 罪人として殺す |
【訳】それどころかつまらない者の言うことを聞いて、功績のある人のことを罪人として殺そうとしています。
●「細説」とは?
曹無傷(沛公の部下)による裏切り発言
「沛公が王になろうとしていて、秦の宝物を全部自分のものにしようとしている」
●単なるでまかせだったのか?
実は最初、沛公は本当に略奪しようとしていた。
➡しかし、樊噲と張良に止められ、略奪を断念。
曹無傷は、沛公が略奪を断念したことを知らなかっただけかもしれない。
㉘此れ亡秦の続のみ。
語句 | 意味 |
亡秦の続 | 滅亡した秦と同じこと |
~のみ | 【強調】~にほかならない。 |
【訳】これは滅亡した秦と同じことにほかならなりません。
㉙窃かに大王の為に取らざるなり。」と。
語句 | 意味 |
窃かに | 失礼ながら、はばかりながら(謙遜しながら自分の考えを述べる時に使う言葉) |
取らざるなり | 賛成しない |
【訳】失礼ながら申し上げますが項王の為に賛成しかねます。」と。
激怒している様子や大酒飲んで生肉を食らう、豪快な樊噲とは打って変わって冷静に主張を述べている印象ですね。
㉚項王未だ以つて応ふる有らず。曰はく、「坐せよ。」と。
語句 | 意味 |
未だ以つて~有らず | まだ~することがなかった。 |
応ふる | 返事をする |
坐せよ | 座れ |
【訳】項王はまだ返事をすることがなかった。言うことには「座れ。」と。
樊噲に自分の行いは間違っていると指摘され、項羽は何も言えなくなっているということです。
樊噲の指摘はもっともだ、と思ったのでしょうね。
㉛樊噲良に従ひて坐す。坐すること須臾にして、沛公起ちて廁に如ユく。
語句 | 意味 |
須臾 | しばらくして |
廁 | 便所、トイレのこと |
【訳】樊噲は張良のそばに座った。座ってからしばらくして便所に行った。
樊噲は張良と同じように西を向いて(東側)に座りました。
項羽と向き合って座ったのですね。
㉜因りて樊噲を招きて出づ。
語句 | 意味 |
因りて | それで |
招きて | 呼び寄せて |
【訳】それで樊噲を呼び寄せて出た。
ついに沛公は酒宴の席を抜け出しました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は史記より「鴻門之会③/樊噲、頭髪上指す(於是張良至軍門~)」を解説しました。
樊噲という勇ましい部下の登場によって、危機を脱した沛公。
樊噲は単に豪快な男というだけでなく、冷静に項羽に対して意見を述べました。
1. 秦の始皇帝が厳しい法律で人々を縛り付け、苦しめていた2. 懐王は諸侯全員に対して約束した
➡全員にチャンスがあったということ(沛公が王の座を狙っても良いのでは?)3. 略奪行為をしてもいいはずのところ、沛公はそれを一切しないで項羽を待っていた4. 咸陽を兵士で守っていたのは、非常事態に備えてのことだった5. 反乱軍の功労者である沛公を取り立てることもなく、殺そうとしている
➡やっていることが秦と同じではないか!これは項羽のために言っている
その主張はもっともだと言わんばかりに、項羽は何も言えなくなってしまいましたね。
沛公が、樊噲に絶大な信頼を寄せる理由が分かる場面でした。
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