白氏長慶集より白居易の「八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九」について解説をしていきます。
この詩は『徒然草』の「花は盛りに」でも引用されている詩です。
白居易が、左遷された友人を思って詠んだものです。
漢詩のきまりをおさえながら、詳しい内容をみていきましょう。
この記事では
・書き下し文(読み仮名付き)
・語句の意味/解説
・現代語訳
以上の内容を順番にお話していきます。
「八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九」書き下し文・現代語訳・解説
白文
八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九
① 銀台金闕夕沈沈
② 独宿相思在翰林
③ 三五夜中新月色
④ 二千里外故人心
⑤ 渚宮東面煙波冷
⑥ 浴殿西頭鐘漏深
⑦ 猶恐清光不同見
⑧ 江陵卑湿足秋陰
漢詩のきまり
本文の解説に入る前に、簡単に漢詩のきまりをおさらいしておきましょう。
つまり、今回は「七言律詩」となります。
1句目:沈(tin)
2句目:林(rin)
4句目:心(sin)
6句目:深(sin)
8句目:陰(in)
です。
対句については、本文の中で解説します。
それでは、本文の内容を読んでいきましょう。
書き下し文(読み仮名付き)・語句解説・現代語訳
題名:八月十五日の夜、禁中に独直し、月に対して元九を憶ふ
語句 | 意味 |
禁中 | 宮中 |
独直 | 一人で宿直する |
対して | 向かって |
元九 | 人名(白居易の親友の元稹ゲンジンのこと) |
憶ふ | 思う |
【訳】八月十五日の夜に、宮中で一人で宿直していた時、月に向かって元久のことを思う(月を見ながら友である元稹のことを思う)
元九の「九」は排行と言います。
兄弟の順番を表す番号のようなものです。
長男・長女が「大」、次男・次女は「二」、「三」「四」…と続きます。
元稹は九人兄弟だったのでしょうか?
そのような記述はないようです。
白居易は四人兄弟の次男ですが、「白二十二郎」と呼ばれてたことなどから、いとこなどの、同じ姓の家族を含めて数えていたので、数字が大きくなったと考えられます。
二人の関係
元稹(779~831)、白居易(772~846)なので、二人の年齢差は7歳。
白居易と元稹は、役人試験の同期合格者だった。
二人は年は離れていたが、親友。
元稹は優れた人物ではあったが、上司にも遠慮せずに批判をおこなうので左遷されてしまった。
① 銀台金闕 夕沈沈
語句 | 意味 |
銀台 | 台…高殿 |
金闕 | 闕…門 |
夕 | 夜 |
沈沈 | (夜が更けて)静まり返ってひっそりとしている様子 |
【訳】宮廷の美しい高殿や門では、静かに夜が更けていく
「金」「銀」には「美しく貴重なもの」という意味があります。
②独宿相思 翰林に在り
語句 | 意味 |
独宿 | 独り寝 |
相思 | 相手を思う |
翰林 | 翰林院のこと。白居易が当時勤めていた場所。 |
【訳】(私は)一人で宿直をし、(元稹を)思いながら翰林院にいる
③三五夜中 新月の色
語句 | 意味 |
三五夜 | 十五(←三×五)夜 |
新月 | 空にのぼったばかりの月 |
色 | 色、光 |
【訳】十五夜の夜、空にのぼったばかりの月の光を
④二千里外 故人の心
語句 | 意味 |
二千里 | 千里は約4,000km、二千里はその倍。転じて非常に遠い距離を表す。 |
外 | 離れる |
故人 | 旧友(元稹を指す) |
【訳】遠く離れたところにいる旧友の心(はどう思うだろうか)
元稹は、楚の国があった場所に左遷されていました。
白居易のいる長安からは、遠く離れた場所です。
対句(3句目と4句目)
- 三五と二千里(数に関する表現)
- 中と外
- 新月と故人(新旧という対になる表現)
⑤渚宮の東面 煙波冷ややかに
語句 | 意味 |
渚宮 | 元稹が左遷されている地(江陵)に昔あった離宮の名前 |
東面 | 東側 |
煙波 | もやの立ちこめた水面 |
冷ややかに | 冷たい |
【訳】(君=元稹がいる)渚宮の東側では、もやの立ちこめた水面が冷たく、
⑥浴殿の西頭 鐘漏深し
語句 | 意味 |
浴殿 | 長安にある浴堂殿のこと。 |
西頭 | 西のあたり |
鐘漏 | 鐘…時を告げる鐘、漏…水時計 |
深し | 深い、重みがある |
【訳】(私=白居易がいる長安の)浴堂殿の西のあたりでは、水時計が時を告げる鐘が深く響いている
浴堂殿の西に、白居易が勤める翰林院がありました。
対句(5句目と6句目)
- 渚と浴(水に関する表現)
- 東と西
⑦猶ほ恐る 清光同じくは見ざるを
語句 | 意味 |
猶ほ | それでもやはり |
恐る | 心配する |
清光 | 清らかな光 |
同じくは~ず | 同じように~とは限らない |
【訳】それでもやはり心配なのは、この清らかな光を(私が眺めているのと)同じように(君が)見るとは限らないということだ
⑧江陵は卑湿にして 秋陰足らん
語句 | 意味 |
江陵 | 地名 |
卑湿にして | 低くて湿気が多い |
秋陰 | 秋の曇り空 |
足らん | 「足る」(十分だ、満ちている)未然形+推量「ん」 |
【訳】(君がいる)江陵は低くて湿気が多いだろうから
江陵は湿気が多く曇りがちなので、月に雲がかかってしまうことが多いだろう。
今日は月がキレイだから、君も見ているかなと思ったけど、元稹がいるところからは雲がかかってキレイに見えていないかもしれない。
そうすると、彼は月を見てさえもいないのかもしれないな…
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は白居易の「八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九」を解説しました。
白居易が、遠く離れた土地にいる親友の元稹を思って詠んだ詩でした。
漢詩において「月」は遠くにいる人を思う時によく用いられます。
特に美しい十五夜の月は、相手も同じ月を見ているだろうということから、相手と自分をつなぐものとして詠まれるのです。
現代では世界中どこにいても、連絡がとれます。
しかし当時は、離れると簡単に会ったり連絡をとったりすることはできません。
そんな中、二人を結ぶ十五夜の月を詠んだこの詩は、美しい表現の中に切なさが感じられませんか。
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