今回は、藤原清輔の『袋草子』より「能因と節信」のを読んでいきます。
まずは、作品と作者について確認しましょう。
袋草子とは?
筆者:藤原清輔
ジャンル:歌学書
内容:有名な和歌や歌人に関するエピソード、歌合で筆者が体験した出来事について、和歌のルールや使い方など。
『袋草子』の筆者は、藤原清輔です。
彼は有名歌人一家に生まれ、勅撰和歌集の撰者にもなった実力者であります。
彼が語る「和歌の世界のリアルな声」は、文学史的にも価値が高いものでした。
しかし、他の歌人を批判したり、身内びいきともとれる内容が多いとも言われています。
そんな藤原清輔とは、どのような人物なのでしょうか?
藤原清輔とは?
藤原顕輔の次男としてうまれます。
祖父 顕季は歌道家の六条藤家の祖、父 顕輔も歌会で活躍する実力者で、勅撰和歌集の撰者も務めました。
清輔は六条藤家の三代目となります。
子供の頃から和歌に親しんでおり、歌を詠むことはもちろん、和歌の知識や評論も非常に優れていました。
清輔は歌人であり、和歌の研究者でもあったのです。
しかし清輔は、思いが強すぎるあまり、父と対立して出世が止まってしまったり、孤立してしまうこともあったようです。
とは言え、「和歌で全てが評価される」という貴族社会で生きて来たので仕方のないことなのかもしれません。
とにかく、清輔の情熱は素晴らしいものでした。
優れた歌人としてだけにとどまらず、歌合の判者を務め平安時代の和歌の世界を引っ張っていく存在となっていきました。
能因と節信とは?
今回のお話の主人公は、能因と節信です。
この二人について確認していきましょう。
①能因…能因法師のこと
能因法師は、平安時代中期の歌人です。
歌枕に対しての思い入れが強かったようで、「歌枕を現地で確かめたい」と旅をすることもあったそうです。
『袋草子』には、他にも能因法師に関するエピソードがあります。
②節信…藤原節信のこと
詳細なことは、分かりませんでした。
本文の内容にある情報と、後拾遺和歌集にも歌を残しているということのみです。
名字が「藤原」ですが、清輔との関係も不明です。
本文から想像すると、皇太子の護衛をするほど武芸に優れた人物でありながら歌人としての才能もあった人物だと思われます。
続いて、今回の内容を私の解釈も加えてざっくり紹介しましょう。
あらすじ(あずき的解釈含む)
加久夜の長の帯刀 節信は、和歌に打ち込んでいた。
初めて能因法師と出会った時、二人は一目で恋に落ちた…じゃなくて、通じるものがあった。
能因法師は、「今日出会った記念に、ぜひあなたに見てもらいたいものがあるよ!」といって懐の中から大事そうに錦の小袋を取り出した。
どんな高級品が出て来るかと思いきや、ひとひらの鉋屑(かんなくず)であった。
「これはね、すんごいお宝なんだよ。だって、あの長柄の橋を造った時の鉋屑なんだから!」と能因は続ける。
それを見た節信は歓喜!
「ならば私も!」と懐の中から紙包を取り出す。
包みを開くと、中には干からびた蛙が入っていた…
「これはあの蛙で有名な、出堤のカワズ(歌人らしく「カエル」じゃなくて、「カワズ」って言うのさ!)でございますよ!」と節信。
お互い「良いものを見せてもらった!」と感動し、それをまた自分の懐にしまい込んで「じゃあ、また」と別れたそうな。
このことを普通の人は、「バカみたい」って言うんだろうな。
昔の歌仙と呼ばれる優れた歌人たちは、みな普通の人には理解できないくらい和歌に打ち込んでいたんだよ。
だから能因法師は人に、「和歌に打ち込め!人に何を言われても、一生懸命に夢中になって打ち込め!そうすれば、すばらしい歌が詠めるってもんだよ」と言ってたんだし。
ということで、これからは
・現代語訳
・品詞分解と語句解説
・本文の解説
を見ながら、詳しく内容を読んでいきましょう。
今回は百人一首ではありませんが、和歌の世界を楽しみたい方はコチラ↓↓↓
袋草子「能因と節信」現代語訳・解説
本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
加久夜の長の帯刀節信は数寄者なり。
加久夜の長の帯刀と呼ばれる節信は和歌に熱心な人物である。
語句 | 意味 |
加久夜 | 名詞(詳細不明) |
の | 格助詞 |
長 | 名詞(頭、指揮官のこと) |
の | 格助詞 |
帯刀 | 名詞(皇太子の護衛をしていた役人のこと) |
節信 | 名詞(人名。藤原節信のこと) |
は | 係助詞 |
数寄者 | 名詞(風流人、物好きな人) ※特定の分野に熱心な人を指す。ここでは和歌に熱心な人である。 |
なり。 | 断定の助動詞「なり」終止形 |
はじめて能因にあひて、かたみに感緒あり。
(節信は)初めて能因法師に会って、互いに感ずるところがあった。
語句 | 意味 |
はじめて | 副詞(初めて) |
能因 | 名詞(人名。能因法師のこと) |
に | 格助詞 |
あひ | ハ行四段活用動詞「会ふ」(出会う、会う)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
かたみに | 副詞(互いに) |
感緒 | 名詞(感ずるところ) ※「感ずる」とは心が動かされることを言う |
あり。 | ラ行変格活用動詞「あり」終止形 |

「感ずるところがある」というと難しく感じますが、二人は出会って「似たもの同士だな」と感じたのでしょう。

ビビッときたってことですね~

だから、次に続くように自分のお宝を見せようという流れになったんですね。
能因言はく、「今日見参の引出物に、見すべきもの侍り。」
能因法師が言うことには、「今日お目にかかった贈り物として、見せたいものがございます。」
語句 | 意味 |
能因 | 名詞 |
言は | ハ行四段活用動詞「言ふ」未然形 |
く、 | 接尾語(~ことには) |
「今日 | 名詞 |
見参 | 名詞(お目にかかること) |
の | 格助詞 |
引出物 | 名詞(贈り物) |
に、 | 格助詞 |
見す | サ行下二段活用動詞「見す」(見せる)終止形 |
べき | 意志の助動詞「べし」連体形 |
もの | 名詞 |
侍り。」 | ラ行変格活用動詞「侍り」終止形 【丁寧】能因法師→節信への敬意 |
とて、懐中より錦の小袋を取り出だす。
と言って、懐の中から錦で作られた小袋を取り出す。
語句 | 意味 |
とて、 | 格助詞 |
懐中 | 名詞(懐の中) |
より | 格助詞 |
錦 | 名詞(金の糸や銀の糸で模様を織った美しい絹織物) |
の | 格助詞 |
小袋 | 名詞 |
を | 格助詞 |
取り出だす。 | サ行四段活用動詞「取り出だす」(取り出す)終止形 |

懐に忍ばせているという時点で「宝物」確定ですよね!?
きらびやかな小袋の中に何が入っているのでしょうか?
その中に、鉋屑一筋あり。
その(小袋の)中に、鉋屑が一本あった。
語句 | 意味 |
そ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
中 | 名詞 |
に、 | 格助詞 |
鉋屑 | 名詞(鉋で木材を削った木屑のこと) |
一筋 | 名詞(細長いもの一本) |
あり。 | ラ行変格活用動詞「あり」終止形 |

おぉ?
ゴミのようですが、何がどう大切なものなのでしょうかね?
示して言はく、「これはわが重宝なり。
(能因法師はその木屑を)指し示して言うことには、「これは私の大切な宝です。
語句 | 意味 |
示し | サ行四段活用動詞「示す」(指し示す)連用形 |
て | 接続助詞 |
言は | ハ行四段活用動詞「言ふ」未然形 |
く、 | 接尾語(~ことには) |
「これ | 代名詞 |
は | 係助詞 |
わ | 代名詞(私) |
が | 格助詞 |
重宝 | 名詞(大切な宝) |
なり。 | 断定の助動詞「なり」終止形 |
長柄の橋造りし時の鉋屑なり。」と云々。
長柄の橋を造った時の鉋屑なのです。」という。
語句 | 意味 |
長柄 | 名詞(地名。現在の大阪市北区にある。淀川の分岐点に位置する) |
の | 格助詞 |
橋 | 名詞 |
造り | ラ行四段活用動詞「造る」連用形 |
し | 過去の助動詞「き」連体形 |
時 | 名詞 |
の | 格助詞 |
鉋屑 | 名詞 |
なり。」 | 断定の助動詞「なり」終止形 |
と | 格助詞 |
云々。 | 名詞(~という) |

どんなお宝が出て来るかと思ったら、「鉋屑」でした。
それが「長柄の橋を造った時のなんだよ~」と言っていますが、どうしてそれがお宝なのでしょうか?

長柄(の橋)は歌枕として有名です。
歌枕とは、和歌に詠みこまれることで、特別な意味を持つようになった名所です

その歌枕にちなんだものを大切に持っているほど「和歌に夢中」であり、「歌枕マニア」だということですね。

ちなみに長柄の橋は…
世の中に ふりぬるものは 津の国の ながらの橋と 我となりけり
(この世の中に古くなったものは、津の国の長柄の橋と私だったのであった)
というように、古今和歌集など多くの和歌に詠まれています。
また、この橋は氾濫する淀川によって、何度も流されてしまいました。
水害をおさめるために、人柱を立てたという伝説も残っている橋です。
時に、節信喜悦甚だしくて、また懐中より紙に包めるものを取り出だす。
(その)時に、節信はひどく喜んで、(能因と)同じように懐の中から紙に包んでいるものを取り出す。
語句 | 意味 |
時 | 名詞 |
に、 | 格助詞 |
節信 | 名詞 |
喜悦 | 名詞(喜ぶこと) |
甚だしく | シク活用の形容詞「甚だし」(ひどい)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
また | 副詞(同じように) |
懐中 | 名詞 |
より | 格助詞 |
紙 | 名詞 |
に | 格助詞 |
包め | マ行四段活用動詞「包む」命令形 |
る | 存続の助動詞「り」連体形 |
もの | 名詞 |
を | 格助詞 |
取り出だす。 | サ行四段活用動詞「取り出だす」(取り出す)終止形 |

鉋屑を見て、節信が大喜びしたのはなぜですか?

歌枕にまつわるものを宝物のように大切に懐にしまっているのを知って、自分と同じ価値観を持つ仲間を見つけて嬉しくなったのです。

鞄からそっと推しのアクスタを取り出して、愛でている同級生を見かけて「お主もか!!」と嬉しくなって思わず話しかけちゃったことがあるなぁ~
なかなか出会えない「仲間」を見つけると、テンション上がる気持ちはよくわかります。
これを開きて見るに、涸れたるかへるなり。
これを開いて見ると、干からびた蛙である。
語句 | 意味 |
これ | 代名詞 |
を | 格助詞 |
開き | カ行四段活用動詞「開く」連用形 |
て | 接続助詞 |
見る | マ行上一段活用動詞「見る」連体形 |
に、 | 接続助詞 |
涸れ | ラ行下二段活用動詞「涸る」(干からびる)連用形 |
たる | 完了の助動詞「たり」連体形 |
かへる | 名詞(蛙) |
なり。 | 断定の助動詞「なり」終止形 |
「これは、井堤の蛙に侍り。」と云々。
「これは、井堤の蛙でございます。」という。
語句 | 意味 |
「これ | 代名詞 |
は、 | 係助詞 |
井堤 | 名詞(地名。現在の京都府綴喜郡ツヅキグン井手町) |
の | 格助詞 |
蛙 | 名詞 |
に | 断定の助動詞「なり」連用形 |
侍り。」 | ラ行変格活用動詞「侍り」終止形 【丁寧】節信→能因法師への敬意 |
と | 格助詞 |
云々。 | 名詞(~という) |

こちらもまたすごいものをお持ちで…

井堤(井手)は…
かはづ鳴く 井手の山吹 散りにけり 花の盛りに あはましものを
(蛙が鳴いている井手の山吹は散ってしまった。そうと知っていたら、もっと早く花の盛りに見に来たのに)
というように、古今和歌集ではすでに歌枕として詠まれていました。

井手は古くから和歌の名所として知られ、蛙の鳴き声と山吹が有名な場所だったんんですね。

ここで地の文では「かへる」と表現されていますが、節信は「蛙」と言っていることにも注目してください。
どちらも「カエル」ですが、「かわず」は和歌の言葉として呼びわけられていたのです。
ともに感嘆して、おのおのこれを懐にし、退散すと云々。
共に感動して、それぞれこれを懐にしまい、立ち去ったという。
語句 | 意味 |
とも | 名詞 |
に | 格助詞 ※ともに…一緒に、共に |
感嘆し | サ行変格活用動詞「感嘆す」(感動する)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
おのおの | 副詞(それぞれ) |
これ | 代名詞 |
を | 格助詞 |
懐 | 名詞 |
に | 格助詞 |
し、 | サ行変格活用動詞「す」連用形 ※懐にす…懐にしまう |
退散す | サ行変格活用動詞「退散す」(立ち去る)終止形 |
と | 格助詞 |
云々。 | 名詞(~という) |

この描写の面白さが分かりますか?

「見せたいものがある」と言ってお互いに見せ合ったら、交換するのかな~と思うんですけど…
それをお互い見せあって「おぉ~!!」となって、「はい、そういうことで」とお互いしまって帰っていくというのがシュールですよね。
でもやっぱりオタ活に置き換えて考えると、全部理解できちゃうんですよね~
今の世の人、をこと称すべきや。
今の世の中の人は、(二人のことを)バカバカしいことだと言うだろうなあ。
語句 | 意味 |
今 | 名詞 |
の | 格助詞 |
世 | 名詞(世の中) |
の | 格助詞 |
人、 | 名詞 |
をこ | 名詞(バカバカしいこと) |
と | 格助詞 |
称す | サ行変格活用動詞「称す」終止形 |
べき | 推量の助動詞「べし」連体形 |
や。 | 詠嘆の終助詞「や」 |

「称す」は褒める、呼ぶなどの意味がありますが、ここでは「言う」とシンプルに訳をしました。
いにしへの歌仙は、みなすけるなり。
昔の優れた歌人は、みな和歌に打ち込んだのである。
語句 | 意味 |
いにしへ | 名詞(昔) |
の | 格助詞 |
歌仙 | 名詞(優れた歌人のこと。中国の「詩仙」にちなんでいる) |
は、 | 係助詞 |
みな | 副詞 |
すけ | カ行四段活用動詞「好く」(風流の道に打ち込む→ここでは和歌に打ち込むと解釈)已然形 |
る | 完了の助動詞「り」連体形 |
なり。 | 断定の助動詞「なり」終止形 |
しかれば、能因は人に、「すき給へ。
だから、能因法師は人に、「和歌に打ち込みなさい。
語句 | 意味 |
しかれば、 | 接続詞(だから) |
能因 | 名詞 |
は | 係助詞 |
人 | 名詞 |
に、 | 格助詞 |
「すき | カ行四段活用動詞「好く」連用形 |
給へ。 | ハ行四段活用動詞「給ふ」命令形 【尊敬】能因法師→人への敬意 |
すきぬれば、秀歌は詠む。」とぞ申しける。
和歌に打ち込むと、秀歌を詠む(ことができる)。」と申したそうだ。
語句 | 意味 |
すき | カ行四段活用動詞「好く」連用形 |
ぬれ | 完了の助動詞「ぬ」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
秀歌 | 名詞(優れた和歌) |
は | 係助詞 |
詠む。」 | マ行四段活用動詞「詠む」終止形 |
と | 格助詞 |
ぞ | 係助詞 ※結び:ける |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形 【謙譲】作者→人に対する敬意 |
ける。 | 過去の助動詞「けり」連体形 【係り結び】 |
まとめ
いかがでしたでしょうか?
私がこの作品を読んで最初に感じたのは、「なんて歯切れの良い文章だ!」ということでした。
一文が簡潔で、リズミカルに読めます。
「言はく」という言葉からも、漢文のような印象を受けますね。
和歌に情熱を燃やした人ではありますが、博識であったことから漢詩も勉強したのではないかとこの文章から感じました。
今回のお話は「歌枕」という、いわば和歌の聖地にちなんだものを、大切に懐に入れて持ち歩く二人のお話でした。
「アニメで主人公が食べていた店の、パフェについていた紙ナプキンです。」と胸ポケットから出して見せたら、相手が「これはそのあと主人公が友達とケンカして行った、神社のおみくじです」と懐から出してきた、みたいなやりとりでしょうか。
突き抜けて打ち込んでいる二人は、なぜか通じ合うものがあるのですね。
このお話は、「好きこそものの上手なれ」という言葉がぴったりの内容でした。
何事も一生懸命に打ち込むことがあるのは、素晴らしいことですね。
能因法師は、それこそが和歌が上手になる道だと考えたのです。
みなさんは、夢中になれるものはありますか?
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