源氏物語「須磨の秋①須磨には、いとど~」現代語訳・解説

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源氏物語「須磨の秋①須磨には、いとど~」現代語訳・解説

『源氏物語』の「須磨の秋」では、都を追われて須磨に移った光源氏が、慣れない土地で秋を迎え、深い孤独と寂しさを感じる場面が描かれています。
自然の描写と源氏の心情が重なり合い、静かでありながら切ない雰囲気が物語全体に広がります。

味わいながら、本文を見ていきましょう。

 

本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳

 須磨には、いとど心づくしの秋風に、うみすことおけれど、

須磨では、ますます色々と物思いにふけりたくなる秋風が吹いて、(源氏の住まいは)海からは少し離れているけれども、

語句 意味
須磨 名詞(地名。現在の神戸市須磨区)
格助詞
は、 係助詞
いとど 副詞(いっそう、ますます)
心づくし 名詞(色々と気を揉むこと、深く物思いにふけること)
格助詞
秋風 名詞
に、 格助詞
名詞
係助詞
少し 副詞
遠けれ ク活用の形容詞「遠し」(遠い、離れている)已然形
ど、 逆接確定条件の接続助詞(~けれども)

 

行平ゆきひら中納言ちゅうなごんの、せきゆると浦波うらなみ

行平の中納言が、「関吹き越ゆる」と詠んだという浦波が、

語句 意味
行平の中納言 名詞(人名。在原行平のことを指す。)
格助詞
名詞(関所のこと)
吹き越ゆる ラ行下二段活用動詞「吹き越ゆる」(吹き越える)連体形
格助詞
言ひ ハ行四段活用動詞「言ふ」(詠む)連用形
けむ 過去伝聞の助動詞「けむ」連体形
浦波、 名詞(海辺を吹く風のこと)

 

在原行平は実在の人物です。
須磨にこもっていた時期があることから、この須磨の話のモデルになったとも言われています。
その行平が読んだ歌は、「旅人は たもとすずしくなりにけり 関吹き越ゆる 須磨の浦風」(訳:旅人は袂が涼しくなった。関所を自由に吹き越えていく須磨の浦風よ。)というものでした。

 

よるよるは、げにいと近くこえて、

毎夜、何度も打ち寄せる音が本当にとても近くに聞こえて、

語句 意味
よるよる 名詞(①「夜夜」…毎夜、②「(浦波が)寄る寄る」…何度も波が打ち寄せるが掛けられている)
は、 係助詞
げに 副詞(本当に)
いと 副詞(とても)
近く ク活用の形容詞「近し」(近い)連用形
聞こえ ヤ行下二段活用動詞「聞こゆ」(聞こえる)連用形
て、 接続助詞

和歌でもないのに掛詞を用いるなんて、さすが紫式部ですね。

在原行平の和歌を引用し、「よるよる」を掛詞として用いるこの文章の巧みさは、当時から注目されていたようですよ。

 

またなくあれなるものは、かかるところあきなりけり。

この上なくしみじみとするのは、このような所の秋なのであった。

語句 意味
またなく ク活用の形容詞「またなし」(この上ない)連用形
あはれなる ナリ活用の形容動詞「あはれなり」(しみじみとする)連体形
もの 名詞
は、 係助詞
かかる ラ行変格活用動詞「かかり」(このようだ)連体形
名詞
格助詞
名詞
なり 断定の助動詞「なり」連用形
けり。 詠嘆の助動詞「けり」終止形

 

「寂しい田舎町で、波の音だけが聞こえ、浦風が吹き付ける秋」という状況を想像するだけで、しみじみと寂しい感じがするのは分かりますね。

 

御前おまえにいとひとすくなにて、うちやすみわたれるに、

(源氏の)おそばにはとても(お仕えする)人が少なくて、みな寝ているのに、

語句 意味
御前 名詞(おそば)
格助詞
いと 副詞
人少なに ナリ活用の形容動詞「人少ななり」(人数が少ない)連用形
て、 接続助詞
うち休みわたれ ラ行四段活用動詞「うち休みわたる」(寝ている、休んでいる)已然形
存続の助動詞「り」連体形
に、 接続助詞

 

一人ひとりまして、まくらをそばだてて四方しほうあらし給ふたもうに、

(源氏は)一人目を覚まして、枕をそばだてて周囲の激しい風(の音)をお聞きになっていると、

語句 意味
一人 名詞
名詞
格助詞
覚まし サ行四段活用動詞「覚ます」連用形
て、 接続助詞
名詞
格助詞
そばだて タ行下二段活用動詞「そばたつ」(ななめに傾ける)連用形 ※枕をそばだてる…枕の端を高くして、頭を持ち上げることや聞き耳を立てることを表す
接続助詞
四方 名詞(東西南北、周囲)
格助詞
名詞(激しい風)
格助詞
聞き カ行四段活用動詞「聞く」連用形
給ふ ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連体形 【尊敬】書き手→源氏への敬意
に、 接続助詞

「枕をそばだてる」というのは、漢文でも目にしたことがあるのではないでしょうか?
物音に耳を澄ますときなどに用いられる表現です。
ここでは、風の音を聞くための行動となっています。

 

なみただここもとに心地ここちして、

波がまるでこの近くに打ち寄せてくるような気持ちがして、

語句 意味
名詞
ただ 副詞(まるで)
ここもと 代名詞(この近く)
格助詞
立ち来る カ行変格活用動詞「立ち来」(やってくる ※ここでは「波が打ち寄せる」と解釈)連体形
心地 名詞(気持ち)
サ行変格活用動詞「す」連用形
て、 接続助詞

 

なみだつともおぼえぬに、まくらくばかりになりにけり。

涙が落ちるのにも気づかないうちに、枕が浮くくらいになってしまった。

語句 意味
名詞
落つ タ行上一段活用動詞「落つ」(落ちる)終止形
格助詞
係助詞
おぼえ ヤ行下二段活用動詞「おぼゆ」(思われる、感じられる)未然形
打消の助動詞「ず」連体形
に、 接続助詞
名詞
浮く カ行四段活用動詞「浮く」連体形
ばかり 副助詞
格助詞
なり ラ行四段活用動詞「なる」連用形
完了の助動詞「ぬ」連用形
けり。 詠嘆の助動詞「けり」終止形

 

「涙落つともおぼえぬに」のところがよく分かりません。

これは直訳すると「涙が落ちることも感じられない」という意味になりますね。
「涙が知らない間にこぼれて、そのことに気付かない」と解釈できます。
そこで、「涙が落ちるのも気付かないうちに」と訳をしました。

その涙が「枕浮くばかりになりにけり」なんですね?

「枕が浮く」とは、ここでは枕がプカプカ浮くほどの涙の海や川ができてしまったという誇張表現となっています。

「にけり」「~てしまった」と訳すことも、ポイントです。

 

ことすこしかき鳴らしたまるが、われながらいとすごうこゆれば、きさしたまて、

琴を少しかきならしなさったが、我ながら大変さびしく聞こえるので、途中で弾くのをおやめになって、

語句 意味
名詞
格助詞
少し 副詞
かき鳴らし サ行四段活用動詞「かき鳴らす」(楽器を弾き鳴らす)連用形
給へ ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 【尊敬】書き手→源氏への敬意
完了の助動詞「り」連体形
が、 格助詞
我ながら 代名詞
いと 副詞
すごう ク活用の形容詞「すごし」(寂しい)連用形「すごく」のウ音便
聞こゆれ ヤ行下二段活用動詞「聞こゆ」(聞こえる)已然形
ば、 接続助詞
弾きさし サ行四段活用動詞「弾きさす」(途中で演奏をやめる)連用形
給ひ ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】書き手→源氏への敬意
て、 接続助詞

 

和歌:わびて おとにま 浦波うらなみおもかたより かぜくら

私が恋しく思い悩んで泣く声に、よく似ている浦波(が打ち寄せる音)は、(私が恋しく)思う(都の)方から風か吹いてくるからであろうか

語句 意味
恋ひわび バ行上二段活用動詞「恋ひわぶ」(恋しさに思い悩む)連用形
接続助詞
泣く カ行四段活用動詞「泣く」連体形
名詞(声)
格助詞
まがふ ハ行四段活用動詞「まがふ」(よく似ている)連体形
浦波 名詞
係助詞
思ふ ハ行四段活用動詞「思ふ」連体形
名詞
より 格助詞
名詞
係助詞(係)
吹く カ行四段活用動詞「吹く」終止形
らむ 原因推量の助動詞「らむ」連体形 (結)

この和歌は…

  • 須磨での暮らしに耐えきれず、都への思慕や孤独の涙を詠んだ歌。
  • 「泣く音」と「波の音」とを重ね合わせて表現しており、自然描写と心情が一体化している。
  • 「思ふ方」=恋しく思う方向。ここでは「都」のことを指す。
  • 風が都から吹いてくるかのように感じられるのは、源氏の強い思慕の心が自然に投影されているから。
  • 自然の音(波・風)に自分の感情を映す表現は、平安文学特有の「もののあはれ」の一例。

 

とうたたまるに、人々ひとびとおどろきて、

と歌われると、寝ていた人々は目を覚まして、

語句 意味
格助詞
うたひ ハ行四段活用動詞「うたふ」(歌う、吟じる)連用形
給へ ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 【尊敬】書き手→源氏への敬意
完了の助動詞「り」連体形
に、 接続助詞
人々 名詞
おどろき カ行四段活用動詞「おどろく」(目を覚ます)連用形
て、 接続助詞

 

めでうおぼゆるに、しのばれで、

(源氏の歌が)すばらしいと思われると、(悲しさを)我慢できず、

語句 意味
めでたう ク活用の形容詞「めでたし」(すばらしい)連用形「めでたく」のウ音便
おぼゆる ヤ行下二段活用動詞「おぼゆ」(思われる)連体形
に、 接続助詞
忍ば バ行四段活用動詞「忍ぶ」(我慢する)未然形
可能の助動詞「り」未然形
で、 接続助詞

 

あいつつ、はなしのびやかにかみわたす。

むやみに起き出しては、こっそりと鼻をかんでいる。

語句 意味
あいなう ク活用の形容詞「あいなし」(わけもなく)連用形「あいなく」のウ音便
起きゐ ワ行上一段活用動詞「起きゐる」(起きている)連用形
つつ、 接続助詞(~しながら、~と)
名詞
格助詞
忍びやかに ナリ活用の形容動詞「忍びやかなり」(こっそりと)連用形
かみわたす。 サ行四段活用動詞「かみわたす」(鼻をかんでいる)終止形 ※「(鼻を)かむ」+「わたす(ずっと~ている)」

 

涙が出ると、鼻水が出てきますよね。

みんながグスグスいっている様子が、思い浮かびます。

続き:源氏物語「須磨の秋②げにいかに思ふらむ~」

この記事を書いた人
あずき

40代、一児の母
通信制高校の国語教員

生徒が「呪文にしか見えない」という古文・漢文に、少しでも興味を持ってもらえたらと作品についてとことん調べています。

自分の生徒には直接伝えられるけど、
聞きたくても聞けない…などと困っている方にも届けたくて、ブログを始めました。

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