ここまでのお話は…「須磨の秋③前栽の花いろいろ咲き乱れ~」
では続きを読んでいきましょう。
この場面は、十五夜の月を見ながら一年前に都で過ごした夜を思い出しています。
最愛の人物である藤壺の宮、そして異母兄の朱雀帝などが登場します。
桐壺院の名前も登場することで、敬語が複雑になっていきますが、しっかりと読み取っていきましょう。
↓最近の愛読書です。源氏物語のあらすじも、これで把握できます。
源氏物語「須磨の秋④月のいとはなやかに~」現代語訳・解説

本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
月のいとはなやかにさし出でたるに、今宵は十五夜なりけりとおぼし出でて、
月がたいそう明るく美しく輝き出したので、今夜は十五夜だったのだなあと思い出しになって、
| 語句 | 意味 |
| 月 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| いと | 副詞 |
| はなやかに | ナリ活用の形容動詞「はなやかなり」(明るく美しい)連用形 |
| さし出で | ダ行下二段活用動詞「さし出づ」(輝き出す)連用形 |
| たる | 完了の助動詞「たり」連体形 |
| に、 | 接続助詞 |
| 今宵 | 名詞(今夜) |
| は | 係助詞 |
| 十五夜 | 名詞(陰暦の八月十五日の満月の夜のこと) |
| なり | 断定の助動詞「なり」連用形 |
| けり | 詠嘆の助動詞「けり」終止形 |
| と | 格助詞 |
| おぼし出で | ダ行下二段活用動詞「おぼし出づ」(思い出しなさる)連用形 【尊敬】書き手→源氏への敬意 |
| て、 | 接続助詞 |
殿上の御遊び恋しく、ところどころながめ給ふらむかしと思ひやり給ふにつけても、
清涼殿の殿上の間での管絃の御遊びが恋しく、(都にいる)あちらこちらの方々も(この十五夜の月)を眺めていらっしゃるであろうよと思いなさるにつけても、
| 語句 | 意味 |
| 殿上 | 名詞(清涼殿の殿上の間のこと。清涼殿とは、天皇が日常を過ごす場所であり、政治や儀式を行う場でもあった。その中の殿上の間は、上位の貴族しか立ち入りが許されない場所。) |
| の | 格助詞 |
| 御遊び | 名詞(管弦の遊び) |
| 恋しく、 | シク活用の形容詞「恋し」(恋しい、懐かしい)連用形 |
| ところどころ | 名詞(あちらこちらの方々 ※ここでは、都に残してきた自分が愛した人たちを指す) |
| ながめ | マ行下二段活用動詞「ながむ」(眺める)連用形 |
| 給ふ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」終止形 【尊敬】書き手→あちらこちらの方々への敬意 |
| らむ | 現在推量の助動詞「らむ」終止形 |
| かし | 終助詞 |
| と | 格助詞 |
| 思ひやり | ラ行四段活用動詞「思ひやる」(思いを馳せる)連用形 |
| 給ふ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連体形 【尊敬】書き手→源氏への敬意 |
| に | 格助詞 |
| つけ | カ行下二段活用動詞「つく」連用形 |
| て | 接続助詞 |
| も、 | 係助詞 |
月の顔のみまもられ給ふ。
月のおもてばかりをじっとお見つめになられる。
| 語句 | 意味 |
| 月 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 顔 | 名詞(表) ※月の顔…月のおもて |
| のみ | 副助詞 |
| まもら | ラ行四段活用動詞「まもる」(見つめる)未然形 |
| れ | 自発の助動詞「る」連用形 |
| 給ふ。 | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」終止形 【尊敬】書き手→源氏への敬意 |
「二千里外故人心」と誦じ給へる、例の涙もとどめられず。
「二千里の外故人の心。」と吟誦なさると、(人々は)いつものように涙を止めることができない。
| 語句 | 意味 |
| 「二千里外故人心。」 | 白居易の漢詩の一節。下記にて解説。 |
| と | 格助詞 |
| 誦じ | サ行変格活用動詞「誦ず」(和歌や詩歌を声高に読む、吟誦する)連用形 |
| 給へ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 【尊敬】書き手→源氏への敬意 |
| る、 | 完了の助動詞「る」連体形 |
| 例 | 名詞(いつも) |
| の | 格助詞 ※例の…いつものように |
| 涙 | 名詞 |
| も | 係助詞 |
| とどめ | マ行下二段活用動詞「とどむ」(止める、おさえる)未然形 |
| られ | 可能の助動詞「らる」未然形 |
| ず。 | 打消の助動詞「ず」終止形 |
「二千里外故人心」とは、白居易の詩(八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九)の一節です。
「二千里離れた旧友の心はどう思うだろうか」と、遠く離れたところにいる友人のことを詠んでいます。

和歌や漢詩でも用いられる「同じ月を見ているのだろうか…」という表現は、どのような意味があるか覚えていますか?

特に十五夜の月は美しく、遠く離れた人も見ているだろうということから、相手と自分をつなぐものとして用いられています。

そうですね。源氏は旧友というよりは、都に残してきた愛する姫君たちを思って口ずさんだのでしょう。
入道の宮の、「露や隔つる。」とのたまはせしほど、言はむ方なく恋しく、
入道の宮が、「露や隔つる。」とおっしゃったころが、言いようもなく恋しく、
| 語句 | 意味 |
| 入道の宮 | 名詞(人名。藤壺の宮のこと。父である桐壺院の妻であるが、源氏にとって最愛の女性) |
| の、 | 格助詞 |
| 「露や隔つる。」 | 和歌の一節。下記にて解説。 |
| と | 格助詞 |
| のたまはせ | サ行下二段活用動詞「のたまはす」(おっしゃる)連用形 【尊敬】書き手→入道の宮(藤壺の宮)への敬意 |
| し | 過去の助動詞「き」連体形 |
| ほど、 | 名詞 |
| 言は | ハ行四段活用動詞「言ふ」未然形 |
| む | 婉曲の助動詞「む」連体形 |
| 方 | 名詞 |
| なく | ク活用の形容詞「なし」 ※言はむ方なし…何とも言いようがない |
| 恋しく、 | シク活用の形容詞「恋し」連用形 |
源氏が都にいた頃、藤壺の宮から受け取った和歌
和歌:九重に 霧や隔つる 雲の上の 月をはるかに 思ひやるかな
意味:霧が何重にもかかっているのでしょうか。雲の上の月をはるかに思うことです。(源氏を快く思わない人たちに邪魔されて、宮中を遠くに思うことしかできなくなった)
折々のこと思い出で給ふに、よよと泣かれ給ふ。
折々のこと(藤壺とのやりとり)を思い出しなさると、おいおいと声をあげてお泣きになる。
| 語句 | 意味 |
| 折々 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| こと | 名詞 |
| 思い出で | ダ行下二段活用動詞「思ひ出づ」(思い出す)連用形 |
| 給ふ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連体形 【尊敬】書き手→源氏への敬意 |
| に、 | 格助詞 |
| よよと | 副詞(おいおいと) |
| 泣か | カ行四段活用動詞「泣く」未然形 |
| れ | 自発の助動詞「る」連用形 |
| 給ふ。 | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」終止形 【尊敬】書き手→源氏への敬意 |
「夜更け侍りぬ。」と聞こゆれど、なほ入り給はず。
「夜が更けました。」と(人々が)申し上げるが、それでもやはり(寝室に)お入りにならない。
| 語句 | 意味 |
| 「夜 | 名詞 |
| 更け | カ行下二段活用動詞「更ふ」(夜が更ける)連用形 |
| 侍り | ラ行変格活用補助動詞「侍り」連用形 【丁寧】お供の人々→源氏への敬意 |
| ぬ。」 | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |
| と | 格助詞 |
| 聞こゆれ | ラ行下二段活用動詞「聞こゆ」(申し上げる)已然形 【謙譲】書き手→源氏への敬意 |
| ど、 | 接続助詞 |
| なほ | 副詞(それでもやはり) |
| 入り | ラ行四段活用動詞「入る」(※ここでは寝室に入ることを指す)連用形 |
| 給は | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」未然形 【尊敬】書き手→源氏への敬意 |
| ず。 | 打消の助動詞「ず」終止形 |
和歌:見るほどぞ しばし慰む めぐりあはむ 月の都は はるかなれども
月を見ている間だけはしばらく心が慰められる。再び出会うような月の都(=京の都)は、遠く離れているけれども。→今は遠く離れているけれども、きっとまた会うことができる。
| 語句 | 意味 |
| 見る | マ行上一段活用動詞「見る」連体形 |
| ほど | 名詞 |
| ぞ | 係助詞(係) |
| しばし | 副詞(少しの間) |
| 慰む | マ行四段活用動詞「慰む」(慰められる、気がまぎれる)連体形 (結) |
| めぐりあは | ハ行四段活用動詞「めぐりあふ」(再び出会う)未然形 |
| む | 婉曲の助動詞「む」連体形 |
| 月 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 都 | 名詞 ※月の都…京の都を表したもの |
| は | 係助詞 |
| はるかなれ | ナリ活用の形容動詞「はるかなり」(遠く離れている)已然形 |
| ども | 接続助詞 |

藤壺のことを思い出したら、涙がこらえられずにおいおいと泣き、「きっとまた会える!」と和歌を詠んだんですね。
その夜、上のいとなつかしう昔物語などし給ひし御さまの、
(昨年都で十五夜を見た)その夜、朱雀帝がたいそう親しみをこめて昔話などなさったお姿が、
| 語句 | 意味 |
| そ | 代名詞 |
| の | 格助詞 |
| 夜、 | 名詞 ※ここでは、都で十五夜を過ごした前年の夜を指す |
| 上 | 名詞(天皇。ここでは源氏の異母兄である朱雀帝を指す。人物関係は下記に図解) |
| の | 格助詞 |
| いと | 副詞(たいそう) |
| なつかしう | シク活用の形容詞「なつかし」(親しみが持てる)連用形「なつかしく」のウ音便 |
| 昔物語 | 名詞(昔話、昔の思い出話) |
| など | 副助詞 |
| し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
| 給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】書き手→上(朱雀帝)への敬意 |
| し | 過去の助動詞「き」連体形 |
| 御さま | 名詞(お姿) |
| の、 | 格助詞 |
院に似奉り給へりしも、恋しく思ひ出で聞こえ給ひて、
桐壺院に似申し上げていらっしゃったことなども、(源氏は)恋しく思い出し申し上げなさって、
| 語句 | 意味 |
| 院 | 名詞(※ここでは源氏の父である桐壺院を指す。譲位したため、桐壺帝から桐壺院となっている) |
| に | 格助詞 |
| 似 | ナ行上一段活用動詞「似る」連用形 |
| 奉り | ラ行四段活用補助動詞「奉る」(申し上げる)連用形 【謙譲】書き手→院(桐壺院)への敬意 |
| 給へ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 【尊敬】書き手→上(朱雀帝)への敬意 |
| り | 存続の助動詞「る」連用形 |
| し | 過去の助動詞「き」連体形 |
| も、 | 係助詞 |
| 恋しく | シク活用の形容詞「恋し」連用形 |
| 思い出で | ダ行下二段活用動詞「思い出づ」連用形 |
| 聞こえ | ヤ行下二段活用動詞「聞こゆ」(申し上げる)連用形 【謙譲】書き手→上(朱雀帝)への敬意 |
| 給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】書き手→源氏への敬意 |
| て、 | 接続助詞 |

これまで源氏に対してしか出てこなかった敬語が、急に複雑になりましたね。

人物関係についてはあとで図で解説しますが、敬意の方向については誰の動作かに注目して読み取っていきましょう。
「恩賜の御衣は今ここにあり。」と誦じつつ入り給ひぬ。
「朱雀帝からいただいた御衣は今ここにある。」と吟じながら寝床にお入りになった。
| 語句 | 意味 |
| 「恩賜 | 名詞(天皇からいただいたもの。ここでは朱雀帝からいただいたものを指す) |
| の | 格助詞 |
| 御衣 | 名詞(着物) |
| は | 係助詞 |
| 今 | 名詞 |
| ここ | 代名詞 |
| に | 格助詞 |
| あり。」 | ラ行変格活用動詞「あり」終止形 ※菅原道真の漢詩の一節。下記にて解説。 |
| と | 格助詞 |
| 誦じ | サ行変格活用動詞「誦ず」連用形 |
| つつ | 接続助詞(~ながら) |
| 入り | ラ行四段活用動詞「入る」連用形 |
| 給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】書き手→源氏への敬意 |
| ぬ。 | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |
菅原道真が大宰府に流された時に詠まれた詩。
醍醐天皇と藤原時平が結託して、道真に無実の罪を被せて失脚させた。
もとの漢詩
九月十日
去年の今夜 清涼に侍す
秋思の詩篇 独り断腸
恩賜の御衣 今此に在り
捧持して毎日 余香を拝す意味
昨年の今夜、清涼殿で醍醐天皇のそばにお仕えしていた
「秋思」という題の詩に、ひとり断腸の思いを詠んだ
その時に(褒美として)醍醐天皇からいただいた御衣は今ここにある
捧げ持っては日々、その残り香りを感じるのだ
御衣はまことに身放たず、傍らに置き給へり。
帝から賜った御衣は(道真の詩のように)本当に肌身離さず、そばにおいていらっしゃる。
| 語句 | 意味 |
| 御衣 | 名詞 |
| は | 係助詞 |
| まことに | 副詞(本当に) |
| 身 | 名詞(身体) |
| 放た | タ行四段活用動詞「放つ」(手放す)未然形 |
| ず、 | 打消の助動詞「ず」連用形 ※身放たず…肌身離さず |
| 傍ら | 名詞(そば) |
| に | 格助詞 |
| 置き | カ行四段活用動詞「置く」連用形 |
| 給へ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 【尊敬】書き手→源氏への敬意 |
| り。 | 存続の助動詞「り」終止形 |
和歌:憂しとのみ ひとへにものは 思ほえで 左右にも濡るる 袖かな
恨めしいとばかり一途に思われないで、左も右も濡れる袖であることだよ。
| 語句 | 意味 |
| 憂し | ク活用の形容詞「憂し」(恨めしい)終止形 |
| と | 格助詞 |
| のみ | 副助詞 |
| ひとへに | 副詞(一途に)※ここでは「ひとへに」と「単衣ヒトエに」を掛けている |
| もの | 名詞 |
| は | 係助詞 |
| 思ほえ | ヤ行下二段活用動詞「思ほゆ」(思われる)未然形 |
| で | 接続助詞(~ないで) |
| 左右に | 副詞(あれこれ、左も右も) |
| も | 係助詞 |
| 濡るる | ラ行下二段活用動詞「濡る」(濡れる)連体形 |
| 袖 | 名詞 |
| かな | 終助詞 |
これは、源氏の冷泉帝に対する思いを詠んだ和歌です。
自分が須磨に来る原因となった存在だから。
また、自分に対して敵意はないものの、右大臣や弘徽殿女御からかばってくれなかったことに対しても、すくなからず「憂し」の気持ちがあった。「憂し」だけではない理由
優しい兄であり、親しく過ごした思い出もある。そこには、亡き父の面影を感じられる。
人物関係
- 入道の宮…桐壺帝の後妻。源氏の義母であり、最愛の人。源氏との子を桐壺帝の子(冷泉帝)として育てる。
- 上(朱雀帝)…源氏の異母兄。桐壺院の譲位後に政権を握る。優しく穏やかな性格で、源氏のすばらしさに引け目を感じつつも、兄として優しく接していた。
- 院(桐壺院)…源氏と朱雀帝の父。

源氏が須磨に行くことになった理由には、しっかりと触れて来ませんでした。
そこには、右大臣方との権力争いがあったのです。
源氏は、桐壺帝の子でありながらその身分を離れて臣籍降下しました。
次期天皇にはならないものの、左大臣方として順調に昇進してきました。
しかし、桐壺帝の譲位により権勢が右大臣方にうつります。
次第に源氏は、昇進を阻まれるようになります。
そんな中、これまでも自由に恋愛を楽しんできた源氏ですが、右大臣の娘の朧月夜に思いを寄せてしまいます。朧月夜は朱雀帝の侍女として仕えており、朱雀帝の寵愛を受けていた女性です。しかし朧月夜は自分の思いに正直な女性で、源氏を受け入れてしまいます。
それが右大臣にバレて、朱雀帝の母であり朧月夜の姉である弘徽殿女御(その時には弘徽殿大后)がブチギレ。
さすがの源氏も「これはヤバい。このままでは政界から完全に消されてしまう」と思って、須磨に移ることにしたのです。「自ら籠って反省してます!」のアピールのようなものです。
アピールとは言え、大好きな藤壺の宮をはじめ多くの女性と距離を置くことになったのは、源氏にとっては耐え難いことだったでしょう。

まとめ
いかがでしたでしょうか。
『源氏物語』の「須磨の秋」を4回に分けて解説してきました。
① 源氏の置かれた状況
② お供としてついてきてくれた人たちとの絆
③ 都にいる人たちへの思い
が描かれていましたね。
「源氏がかわいそう」と思うような描写が多いですが、これまでの自由な恋愛を考えると「おいおい、お前のせいだろがい」と思う方もいるのではないでしょうか。
また源氏やお供のものたちの和歌、そして白居易や菅原道真の漢詩を用いるなど紫式部の博識さが際立つ内容でもありました。
みなさんはどのように感じましたか?




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