史記より「鴻門之会③/樊噲、頭髪上指す(於是張良至軍門~)」について解説をしていきます。
このお話は中国で実際に起きた出来事です。
中国古代史に残る名場面をご紹介していきます。
剣の舞までのあらすじ
沛公に激怒した項羽が、沛公を討つために咸陽を目指す。
その様子を目にした項羽のおじである項伯は、急いで沛公のもとへ向かう。
※項伯は過去に沛公の部下である張良に命を救われたことがあり、その張良の身を案じてかけつけた。
張良はすぐに項伯を沛公へと取り次ぐ。
項伯は沛公に項羽に謝罪に来るように進言。
すぐに自軍へ戻り、項羽に「沛公が謝りたいって言ってるから」と伝え、項羽の怒りをひとまず鎮めた。
項伯に進言された翌日に、沛公は項羽のもとに謝罪に向かう。
沛公の謝罪を受け入れた項羽は、酒宴を開くことにするが、項羽の参謀である范増は、この機会に沛公を討つべきだと考える。
しかし項羽にその気がないと分かると、自分の部下の項荘を使って沛公を討とうとする。
それに気づいた項伯がなんとか沛公をかばっているという状況。
今回は新たに沛公の部下である樊噲が登場します。
どのような展開になるのでしょうか?
この記事では
・白文
・書き下し文(読み仮名付き)
・語句の意味/解説
・現代語訳
以上の内容を順番にお話していきます。
「鴻門之会③/樊噲、頭髪上指す(於是張良至軍門~)」書き下し文・現代語訳・解説
白文
①於是張良至軍門、見樊噲。
②樊噲曰、「今日之事、何如。」
③良曰、「甚急。今者項荘抜剣舞。
④其意常在沛公也。」
⑤噲曰、「此迫矣。臣請、入与之同命。」
⑥噲即帯剣擁盾入軍門。
⑦交戟之衛士、欲止不内。
⑧樊噲側其盾以撞。衛士仆地。
⑨噲遂入、披帷西嚮立、瞋目視項王。
⑩頭髪上指、目眥尽裂。
⑪項王按剣而跽曰、「客何為者。」
⑫張良曰、「沛公之参乗樊噲者也。」
⑬項王曰、「壮士。賜之卮酒。」則与斗卮酒。
⑭噲拝謝起、立而飲之。
⑮項王曰、「賜之彘肩。」則与一生彘肩。
⑯樊噲覆其盾於地、加彘肩上抜剣切而啗之。
⑰項王曰、「壮士。能復飲乎。」
⑱樊噲曰、「臣死且不避。卮酒安足辞。
⑲夫秦王有虎狼之心。
⑳殺人如不能挙、刑人如恐不勝。
㉑天下皆叛之。
㉒懐王与諸将約曰、『先破秦入咸陽者、王之。』
㉓今沛公、先破秦入咸陽、毫毛不敢有所近。
㉔封閉宮室、還軍覇上、以待大王来。
㉕故遣将守関者、備他盗出入与非常也。
㉖労苦而功高如此、未有封侯之賞。
㉗而聴細説、欲誅有功之人。
㉘此亡秦之続耳。
㉙窃為大王不取也。」
㉚項王未有以応。曰、「坐。」
㉛樊噲従良坐。坐須臾、沛公起如廁。
㉜因招樊噲出。
書き下し文(読み仮名付き)・語句解説・現代語訳
①是に於いて張良軍門に至り、樊噲を見る。
語句 | 意味 |
是に於いて | この時にあたって、このことから |
張良 | 人名。沛公の参謀。沛公とともに酒宴に出席している。 |
軍門 | 軍を構えている陣営の門 |
樊噲 | 人名。沛公の部下。沛公の警護役として鴻門まで来ている。 |
見る | 会った |
【訳】このことから張良は陣営の門にやって来て、樊噲に会った。
このとき沛公が連れてきた百あまりの部下たちは、中に入ることができず入口の外で待機させられていたのでした。
項羽の誤解をとくために、沛公と張良は二人で項羽軍の中に入っていったということですね。
中にいた張良が軍門まで出てきたのは、どうしてなのでしょうか?
続きを読みながら、考えていきましょう。
②樊噲曰はく、「今日の事、何如。」と。
語句 | 意味 |
今日の事 | 今日の(酒宴の)様子 |
何如 | 【疑問】~はどうであるか |
【訳】樊噲が言うことには、「今日の(酒宴の)様子は、どうでしょうか」と。
樊噲は本来警護役として沛公と同席したいところですが、軍門前で待機させられていて中の様子がわからずにいます。
もどかしく、気になって仕方ないのですね。
③良曰はく、「甚だ急なり。今者項荘剣を抜きて舞ふ。
語句 | 意味 |
良 | 人名。張良 |
甚だ | 非常に |
急 | 差し迫っている、切迫している |
今者 | 今 |
項荘 | 人名。范増の部下。剣舞をするふりをして沛公を討つように命じられた。 |
【訳】張良が言うことには、「非常に事態は切迫している。今項荘が剣を抜いて舞っている。
④其の意常に沛公に在るなり。」と。
語句 | 意味 |
其の意 | 項荘の意識 |
【訳】その意識は常に沛公(を討つこと)にある。」と。
張良は、酒宴の席の危機的状況を樊噲に早く伝えたかったのです。
短い言葉で状況を伝えていることからも、張良の危機感と焦りが感じられます。
自分がここにいるということは、沛公は中で独りぼっちですもんね…
⑤噲曰はく、「此れ迫れり。臣請ふ、入りて之と命を同じくせん。」と。
語句 | 意味 |
噲 | 樊噲のこと |
迫れり | 事態が切迫している |
矣 | 【置き字】強い語気を表す |
臣 | 私。目上の人に対して自分のことを言う表現。 |
請ふ | ~させてください |
之 | 沛公を指す |
【訳】樊噲は言った。「これは切迫している。私は(酒宴の場に)入っていって(沛公と)命を共にさせてください。」と。
「此れ迫れり」は分かりやすく言うと、「これは大変だ!」という感じです。
「命を同じくする」と、どういう意味ですか?
命=運命
「運命をともにする」という意味です。
⑥噲即ち剣を帯び盾を擁して軍門より入らんとす。
語句 | 意味 |
即ち | すぐに |
帯び | 身につけて |
擁して | 抱えて |
【訳】樊噲はすぐに剣を身につけ盾を抱えて陣営の門から入ろうとした。
⑦交戟の衛士、止めて内れざらんと欲す。
語句 | 意味 |
交戟の衛士 | 戟を交差して守る番兵のこと。 |
止めて | 呼び止めて |
内れざらんと欲す | 入れないようにした |
【訳】戟を交差して守っていた番兵が、(樊噲を)呼び止めて入れないようにした。
武器を持った兵士が中に入ろうとしてくれば、門番は「はい、どうぞ」と簡単に中に入れるわけにはいかないですね。
⑧樊噲其の盾を側てて以つて撞く。衛士地に仆る。
語句 | 意味 |
側てて | 傾けて |
撞く | 突く |
仆る | 倒れた |
【訳】樊噲は自分の盾を傾けて番兵を突いた。番兵は地面に倒れた。
樊噲は沛公の危機を救うために、武器を持って中に入っていったのですね。
⑨噲遂に入り、帷を披きて西嚮して立ち、目を瞋して項王を視る。
語句 | 意味 |
遂に | そのまま |
帷 | とばり。張り巡らせた幕 |
披きて | 開け広げて |
目を瞋して | にらみつけるように |
【訳】樊噲はそのまま中に入り、幕を開け広げて西を向いて立ち、にらみつけるようにして項王を見た。
⑩頭髪上指し、目眥尽く裂く。
語句 | 意味 |
頭髪上指し | 髪の毛が逆立ち |
目眥 | まなじり |
尽く | 全て |
【訳】髪の毛が逆立ち、まなじりは全て裂けていた。
「頭髪上指し」というのは、怒りMAXという感じですね。
「目眥尽く裂く」というの、同様に激しい怒りの表現です。
なぜ、項羽をにらみつけているのですか?
このとき樊噲は、詳しいいきさつを分かっていません。
・項羽は沛公を許して、討つ気がなくなっていること
・范増が沛公を討とうとしていること
を知らないのです。
だから、沛公が危険=項羽が悪いと思い込んでいるのです。
⑪項王剣を按じて跽して曰はく、「客何為る者ぞ。」と。
語句 | 意味 |
按じて | 剣の柄に手をかけて |
跽して | 立膝で身構える |
客 | やってきた人 |
何為る者ぞ | 何者だ |
【訳】項王は剣の柄に手をかけて立膝で身構えて言った。「お前は何者だ。」と。
武器を持って激怒した大男(樊噲)が入ってきたら、項羽も臨戦態勢に入ります。
⑫張良曰はく、「沛公の参乗樊噲といふ者なり。」と。
語句 | 意味 |
参乗 | 護衛の為に同乗する者を指す。 |
【訳】張良が言った。「沛公の護衛の為に同乗してきた樊噲という者です。」と。
一触即発の項羽と樊噲の間に割って入るように、張良が樊噲を紹介します。
⑬項王曰はく、「壮士なり。之に卮酒を賜へ。」と。則ち斗卮酒を与ふ。
語句 | 意味 |
壮士 | 勇ましい男 |
卮酒 | 大杯についだ酒 |
賜へ | 振る舞え |
則ち | すぐに |
斗卮酒 | およそ2リットルの酒 |
【訳】項王が言った。「勇ましい男だ。こいつに大杯についだ酒を振る舞え。」と。
すぐに一斗の酒を与えた。
沛公の部下と分かると、項羽は戦闘モードから切り替えて「酒を振る舞え」と命じます。
でも、量が半端じゃないですね…
⑭噲拝謝して起ち、立ちながらにして之を飲む。
語句 | 意味 |
拝謝 | ひざまずいて感謝の意を表すこと |
起ち | 立ち上がり |
【訳】樊噲はひざまずいて感謝の意を表してから立ち上がり、立ちながらこれを飲んだ。
項羽の申し出に、樊噲も礼を尽くした態度をとっています。
⑮項王曰はく、「之に彘肩テを賜へ。」と。則ち一生の彘肩を与ふ。
語句 | 意味 |
彘肩 | 豚の肩の肉 |
一生の | 一塊の生の |
【訳】 項王は言った。「こいつに豚の肩の肉を振る舞え。」と。
すぐに一塊の生の豚の肩の肉を与えた。
今度は豚肉ですか。
そうです。
しかしこれは生肉。
中国には生食の文化はありません。
うわぁ~きつっ!
これらの嫌がらせは、項羽の指示ではないと思われます。
「酒を振る舞え」「肉を振る舞え」と指示された、項羽の部下の仕業でしょう。
突然乱入し、自分たちの君主をにらみつけてきた失礼なやつに対して、嫌がらせをしたのだと考えられます。
でも出てきたものを諫めるとかしなかったのだから、項羽も同罪では…?
⑯樊噲其の盾を地に覆せ、彘肩を上に加え剣を抜き切りて之を啗らふ。
語句 | 意味 |
加え | 置き |
啗らふ | むさぼる |
【訳】樊噲はその盾を地面に置き、豚の肩の肉を上乗せて剣を抜いてこれをむさぼる。
そんな嫌がらせにも耐えて、大量の酒や生肉を食らった樊噲は、どのような人物だと思いますか?
豪快な人だなと思いました。
そうですね。
それだけでなく、君主である沛公の為に行動できる人物でした。
自分の態度次第では、沛公が殺されてしまうかもしれない状態でしたね。
⑰項王曰はく、「壮士なり。能く復た飲むか。」と。
語句 | 意味 |
能く | ~できる |
復た | 再び |
か(乎) | 【疑問】~か |
【訳】項王が言った。「勇ましい男た。まだ飲めるか。」と。
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