今回は『大鏡』の「花山天皇(花山院)の出家」の続きを解説をしていきます。
成立:平安時代後期
作者:不詳
ジャンル:歴史物語
内容: 藤原道長を中心とした藤原氏の栄華について書かれている。
二人の翁が語り手となり、若侍に語っている。
敬意の方向が「語り手から」となっているものは、「書き手」や「作者」とされることもありますので、指導される先生に従っていただければと思います。
・本文(読み仮名付き)
・現代語訳
・品詞分解
について、内容を順番にお話していきます。
大鏡「花山院の出家②さて、土御門より東ざまに~」現代語訳・解説

あらすじ(後半部分)
花山院天皇が花山寺へ向かう途中、安倍晴明の家の前を通る。
ちょうどその時、晴明は天皇が退位するという天変を察知し、すぐに参内しようとするが、止めることはできなかった。そして花山院天皇は出家を果たす。それを見届けた粟田殿は、「出家前の姿を父に見せてきます!必ず戻りますから!」と言って、宮中に戻る。その様子を見て、自分がだまされてことを悟った花山院天皇は涙を流す。
普段から粟田殿は「あなたが出家したら私は、あなたの弟子になります(ともに出家します)」と約束していたのに、それが嘘だったのだから恐ろしい。
その裏では、粟田殿が本当に花山院天皇と出家してしまうのではないかと心配した東三条殿(道兼の父である兼家)が、源氏の武者を護衛につけていたのだった。
読み仮名付き本文・現代語訳・品詞分解
さて、土御門より東ざまに率て出だし参らせ給ふに、 晴明が家の前を渡らせ給へば、
そうして、土御門大路から東の方に連れ出し申し上げなさるときに、安倍晴明の家の前を通り過ぎなさると、
| さて、 | 接続詞(そうして) |
| 土御門 | 名詞(ここでは土御門大路を指す。そこを通って花山寺へ向かった) |
| より | 格助詞 |
| 東ざま | 名詞「東」+接尾語「さま」(~の方) |
| に | 格助詞 |
| 率 | ワ行上一段活用動詞「率る」(引き連れる)連用形 |
| て | 接続助詞 |
| 出だし | サ行四段活用動詞「出だす」(出す)連用形 |
| 参らせ | サ行下二段活用動詞「参らす」(お~申し上げる)連用形 【謙譲】書き手→花山院天皇 |
| 給ふ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連体形 【尊敬】書き手→粟田殿への敬意 |
| に、 | 格助詞 |
| 晴明 | 名詞(人名。安倍晴明のこと。陰陽師として有名な人物) |
| が | 格助詞 |
| 家 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 前 | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| 渡ら | ラ行四段活用動詞「渡る」(通り過ぎる)未然形 |
| せ | 尊敬の助動詞「す」連用形 語り手→花山院天皇への敬意 |
| 給へ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 【尊敬】語り手→花山院天皇への敬意 |
| ば、 | 接続助詞 |
・暦の作成
・天皇や貴族のために占う
・宮中行事を執り行う
・怨霊を鎮める
※安倍晴明は、優れた占いの才能を持っていたと言われている。
自らの声にて、 手をおびたたしく、はたはたと打ちて、
自分自身の声で、手をしきりにぱちぱちとたたいて、
| 自ら | 名詞(自分自身) |
| の | 格助詞 |
| 声 | 名詞 |
| にて、 | 格助詞 |
| 手 | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| おびたたしく、 | シク活用の形容詞「おびたたし」(非常に多い)連用形 |
| はたはたと | 副詞(ぱちぱちと音を出す) |
| 打ち | タ行四段活用動詞「打つ」(たたく)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |

これは晴明が手をパンパンとたたいて、家臣を呼び寄せている様子です。
またその家臣というのも、後に出てくる「式神」だと考えられます。
「帝王おりさせ給ふと見ゆる天変ありつるが、 すでになりにけりと見ゆるかな。 参りて奏せむ。車に装束とうせよ。」
「(花山院)天皇が退位なさると思われる天変があったが、もう(退位は)実現してしまったと思われることだ。参上して申し上げよう。車の支度を早くせよ。」
| 帝王 | 名詞(天皇) |
| おり | ラ行下二段活用動詞「おる」(退位する)未然形 |
| させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形 晴明→花山院天皇への敬意 |
| 給ふ | ハ行四段活用動詞「給ふ」終止形 【尊敬】晴明→花山院天皇への敬意 |
| と | 格助詞 |
| 見ゆる | ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」(思われる)連体形 |
| 天変 | 名詞(天に起こる異変。良くないことが起きる兆しのこと) |
| あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
| つる | 完了の助動詞「つ」連体形 |
| が、 | 接続助詞 |
| すでに | 副詞(もう) |
| なり | ラ行四段活用動詞「なる」(実現する)連用形 |
| に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
| けり | 過去の助動詞「けり」終止形 |
| と | 格助詞 |
| 見ゆる | ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」連体形 |
| かな。 | 詠嘆の終助詞 |
| 参り | ラ行四段活用動詞「参る」(参上する)連用形 【謙譲】晴明→花山院天皇への敬意 |
| て | 接続助詞 |
| 奏せ | サ行変格活用動詞「奏す」(天皇などに申し上げる)未然形 【謙譲】晴明→花山院天皇への敬意 |
| む。 | 意志の助動詞「む」終止形 |
| 車 | 名詞(牛車のこと) |
| に | 格助詞 |
| 装束 | 名詞(支度) |
| とう |
シク活用の形容詞「とし」(はやい)連用形「とく」のウ音便
|
| せよ。」 | サ行変格活用動詞「す」命令形 |

ここの敬意って、晴明からなのはわかりますが、花山院天皇への敬意でいいのでしょうか?
花山院天皇がすでに退位したようだと感じているとしたら、朝廷に参上しても天皇に申し上げることはできないですよね?

鋭い指摘ですね。
ここからは推測することしかできませんが…
「花山院天皇が退位したようだと察してはいるが、宮中をこっそり抜け出して出家することによる退位だとは知らなかったから」と考えるのはどうでしょうか?

それで、本来天皇がいるはずの宮中へと向かおうとしたということですね。

または、異変を感じた晴明はまず宮中へ参内して、朝廷に報告をしなければと思ったのかもしれません。漠然とした「朝廷」というものに対する敬意として「奏す」を用いた可能性もありますが、その中心である花山院天皇に対する敬意と解釈してよいのではないかと考えます。

深く考えると、悩んでしまいますね…
と言ふ声、聞かせ給ひけむ、 さりともあはれには思し召しけむかし。
と言う(晴明の)声を、お聞きになった(花山院天皇のお気持ちは)、そうであっても(=出家する決心をしたとは言っても)さびしいとお思いになったことだろうよ。
| と | 格助詞 |
| 言ふ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連体形 |
| 声、 | 名詞 |
| 聞か | カ行四段活用動詞「聞く」未然形 |
| せ | 尊敬の助動詞「す」連用形 語り手→花山院天皇への敬意 |
| 給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】語り手→花山院天皇への敬意 |
| けむ、 | 過去推量の助動詞「けむ」連体形 |
| さりとも | 副詞(そうであっても) |
| あはれに | ナリ活用の形容動詞「あはれなり」(さびしい)連用形 ※「あはれなり」は、しみじみとしたという意味だが、ここでは趣深くてしみじみとしたのではなく、晴明の声を聞いた花山院天皇の思いとして「さびしい」を選択 |
| は | 係助詞 |
| 思し召し | サ行四段活用動詞「思し召す」(お思いになる)連用形【尊敬】語り手→花山院天皇への敬意 |
| けむ | 過去推量の助動詞「けむ」終止形 |
| かし。 | 終助詞(~ことよ) |
「かつがつ、式神一人、内裏に参れ。」と申しければ、
「とりあえず、式神一人、天皇のもとに参内せよ。」と(晴明が)申し上げたところ、
| 「かつがつ、 | 副詞(とりあえず) |
| 式神 | 名詞(目に見えない超人的な力を持つ鬼神。陰陽師は式神を操ることができた) |
| 一人、 | 名詞 |
| 内裏 | 名詞(皇居。天皇の住まいのこと。物理的な建物を示す。天皇の居場所を表す「宮中」とは異なる使われ方をする) |
| に | 格助詞 |
| 参れ。」 | ラ行四段活用動詞「参る」(参上する)命令形 【謙譲】晴明→花山院天皇への敬意 |
| と | 格助詞 |
| 申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形【丁寧(謙譲語の丁寧用法)】語り手→聞き手への敬意 ※晴明が式神へ「申し上げる」と謙譲語を使っているという解釈もあるが、主人が家臣である式神に対して敬語を使うことには違和感がある。 |
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |

安倍晴明は、式神を家来として従えていました。
その式神に、花山院天皇の様子を見に行くようにと命じたのです。
目には見えぬものの、戸を押しあけて、 御後ろをや見参らせけむ、
目には見えないもの(=式神と思われる)が、戸口を押し開けて、(花山院天皇)の御後ろ姿を見申し上げたのだろうか、
| 目 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| は | 係助詞 |
| 見え | ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」未然形 |
| ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
| もの | 名詞 |
| の、 | 格助詞 |
| 戸 | 名詞(戸口) |
| を | 格助詞 |
| 押しあけ | カ行四段活用動詞「押しあく」(押して開ける)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| 御後ろ | 名詞(後ろ姿) |
| を | 格助詞 |
| や | 疑問の係助詞【係】 |
| 見 | マ行上一段活用動詞「見る」連用形 |
| 参らせ | サ行下二段活用動詞「参らす」(~申し上げる)連用形【謙譲】語り手→花山院天皇への敬意 |
| けむ、 | 過去推量の助動詞「けむ」連体形【結】 |

すると、式神がそれに答えたのでした。
「ただ今いま、これより過すぎさせおはわしますめり。」といらへえけるとかや。
「ちょうど今、(花山院天皇は)ここを通り過ぎていらっしゃるようです。」と答えたということだ。
| 「ただ今、 | 副詞(ちょうど今) |
| これ | 代名詞(ここ) |
| より | 格助詞(~を) |
| 過ぎ | ガ行上二段活用動詞「過ぐ」(通り過ぎる)未然形 |
| させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形 式神→花山院天皇への敬意 |
| おはします | サ行四段活用動詞「おはします」終止形【尊敬】式神→花山院天皇への敬意 |
| めり。」 | 推定の助動詞「めり」終止形 |
| と | 格助詞 |
| いらへ | ハ行下二段活用動詞「いらふ」(答える)連用形 |
| けり | 過去の助動詞「けり」終止形 |
| と | 格助詞 |
| か | 係助詞 |
| や。 | 間投助詞 ※とかや…~ということだ |
花山院天皇が皇太子時代に、晴明に天狗退治を依頼しました。
それ以降、花山院天皇は晴明を頼りにするようになり親交を深めたとされています。
そんな花山院天皇の異常事態を察した晴明は、なんとかしようとしましたが時すでに遅し…となってしまいました。
その家、土御門町口なれば、御道なり。
その家(=晴明の家)は、土御門町口にあるので、(花山院天皇が花山寺へ向かう際に)お通りになる道であった。
| そ | 代名詞 |
| の | 格助詞 |
| 家、 | 名詞 |
| 土御門町口 | 名詞(土御門大路と町口小路が交差する場所) |
| なれ | 断定の助動詞「なり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
| 御道 | 名詞(御+通り道) |
| なり | 断定の助動詞「なり」連用形 |
| けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
花山寺におはしまし着きて、御髪おろさせ給ひてのちにぞ、
花山寺にご到着になって、御髪を剃り落としなさったあとに、
| 花山寺 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| おはしまし着き | カ行四段活用動詞「おはしまし着く」(ご到着になる)連用形 【尊敬】語り手→花山院天皇への敬意 |
| て、 | 接続助詞 |
| 御髪 | 名詞(御+髪の毛) |
| おろさ | サ行四段活用動詞「おろす」(剃り落とす)未然形 ※御髪おろす…高貴な人物が出家することを指す |
| せ | 尊敬の助動詞「す」連用形 語り手→花山院天皇への敬意 |
| 給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形【尊敬】語り手→花山院天皇への敬意 |
| て、 | 接続助詞 |
| のち | 名詞(あと) |
| に | 格助詞 |
| ぞ、 | 係助詞【係】 |

これで、花山院天皇の出家が完了しました。
粟田殿は、「まかり出でて、大臣にも、変わらぬ姿いま一度見え、 かくと案内申して、必ず参り侍らむ。」と申し給ひければ、
粟田殿は、「(私は)退出して、大臣にも、(出家前の)変わらない姿をもう一度見せ、このように(=花山院天皇が出家されるのにお供して、自分も出家します)と事情を申し上げて(たあとに)、必ず(花山院天皇のもとへ)参上いたしましょう。」と申し上げなさったので、
| 粟田殿 | 名詞(藤原道兼のこと。花山院天皇の側近。花山院天皇に、一緒に出家しようとそそのかしていた。実は父のために、さっさと花山院天皇には出家して退位してほしかった) |
| は、 | 係助詞 |
| 「まかり出で | ダ行下二段活用動詞「まかり出づ」(退出する)【謙譲】粟田殿→花山院天皇への敬意 |
| て、 | 接続助詞 |
| 大臣 | 名詞(藤原兼家のこと。粟田殿の父。花山院天皇が退位したら、自分の孫である幼い一条天皇が即位し、実権を握ることができる) |
| に | 格助詞 |
| も、 | 係助詞 |
| 変はら | ラ行四段活用動詞「変はる」(変化する) |
| ぬ | 打消の助動詞「ず」未然形 |
| 姿 | 名詞 |
| いま | 副詞(もう) |
| 一度 | 名詞 |
| 見え、 | ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」(姿を見せる)連用形 |
| かく | 副詞(このように ※ここでは花山院天皇とともに自分も出家することを指す) |
| と | 格助詞 |
| 案内 | 名詞(事情) |
| 申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形【謙譲】粟田殿→大臣への敬意 |
| て、 | 接続助詞 |
| 必ず | 副詞 |
| 参り | ラ行四段活用動詞「参る」連用形【謙譲】粟田殿→花山院天皇への敬意 |
| 侍ら | ラ行変格活用補助動詞「侍り」未然形【丁寧】粟田殿→花山院天皇への敬意 |
| む。」 | 意志の助動詞「む」終止形 |
| と | 格助詞 |
| 申し |
サ行四段活用動詞「申す」連用形【謙譲】語り手→花山院天皇への敬意
|
| 給ひ |
ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形【尊敬】語り手→粟田殿への敬意
|
| けれ |
過去の助動詞「けり」已然形※本来はここが係助詞「ぞ」に対する結び「ける」となるはずだったが、「ば」に続くために「けれ」と已然形になっている。→【結びの消滅】
|
| ば、 | 接続助詞 |

絶対、戻ってこないやつですよね!?

そうですね…さすがに花山院天皇も、気づいたようです。
「朕をば謀るなりけり。」とてこそ泣かせ給ひけれ。
(それを聞いた花山院天皇は)「(お前は)われをだましたな。」とおっしゃって、お泣きになった。
| 朕 | 代名詞(われ。天皇が自分のことを言うときに用いる) |
| を | 格助詞 |
| ば | 係助詞「は」が濁音化したもの |
| 謀る | ラ行四段活用動詞「謀る」(だます)連体形 |
| なり | 断定の助動詞「なり」連用形 |
| けり。」 | 詠嘆の助動詞「けり」終止形 |
| とて | 格助詞「と」+接続助詞「て」(~と言って) |
| こそ | 係助詞【係】 |
| 泣か | カ行四段活用動詞「泣く」未然形 |
| せ | 尊敬の助動詞「す」連用形 語り手→花山院天皇への敬意 |
| 給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形【尊敬】語り手→花山院天皇への敬意 |
| けれ。 | 過去の助動詞「けり」已然形【結】 |
あはれに悲しきことなりな。
気の毒で悲しいことであるよ。
| あはれに | ナリ活用の形容動詞「あはれなり」(気の毒だ)連用形 |
| 悲しき | シク活用の形容詞「悲し」連体形 |
| こと | 名詞 |
| なり | 断定の助動詞「なり」終止形 |
| な。 | 詠嘆の終助詞 |
日ごろ、よく「御弟子にて候はむ。」と契りて、 すかし申し給ひけむが恐ろしさよ。
普段、よく「(花山院天皇が出家されたら私は)お弟子としてお仕えいたしましょう。」と約束して、だまして(出家をしようと)お誘い申し上げなさっていたという(粟田殿の)恐ろしさよ。
| 日ごろ、 | 副詞(普段) |
| よく、 | 副詞(しばしば) |
| 「御弟子 | 名詞 |
| にて | 格助詞 |
| 候は | ハ行四段活用動詞「候ふ」(お仕えする)未然形【謙譲】粟田殿→花山院天皇への敬意 |
| む。」 | 意志の助動詞「む」終止形 |
| と | 格助詞 |
| 契り | ラ行四段活用動詞「契る」(約束をする)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| すかし | サ行四段活用動詞「すかす」(だまして誘う)連用形 |
| 申し | サ行四段活用補助動詞「申す」連用形【謙譲】語り手→花山院天皇への敬意 |
| 給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形【尊敬】語り手→粟田殿への敬意 |
| けむ | 過去伝聞の助動詞「けむ」連体形 |
| が | 格助詞 |
| 恐ろしさ | 名詞 |
| よ。 | 詠嘆の間投助詞 |
東三条殿は、もしさることやし給ふと危うさに、 さるべくおとなしき人々、なにがしかがしといふいみじき源氏の武者たちをこそ、 御送りに添へられたりけれ。
東三条殿は、ひょっとしたら(粟田殿が)そのようなこと(=花山院天皇との約束通りに一緒に出家をすること)をしなさるかもしれないという不安から、それにふさわしい思慮分別のある人々で、何のだれそれという立派な源氏の武者たちを、(粟田殿)のお見送りに付き添わせなさった。
| 東三条殿 | 名詞(東三条殿に住む大臣=兼家を指す) |
| は、 | 係助詞 |
| もし | 副詞(ひょっとして) |
| さる | 連体詞(そのような) |
| こと | 名詞 |
| や | 疑問の係助詞【係】 |
| し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
| 給ふ | ハ行四段活用動詞「給ふ」連体形【結】【尊敬】東三条殿(大臣)→粟田殿への敬意 |
| と | 格助詞 |
| 危ふさ | 名詞(危険を感じて不安に思うこと) |
| に、 | 格助詞 |
| さる | 連体詞(そのような) |
| べく | 当然の助動詞「べし」連用形 ※さるべく…それにふさわしい |
| おとなしき | シク活用の形容詞「おとなし」(思慮分別がある)連体形 ※現在の「おとなしい」との意味とは異なり「大人らしい」という意味を持つ。ここでは、大人として物事を正しく判断できるという意味で解釈している。 |
| 人々、 | 名詞 |
| なにがし | 代名詞(だれそれ) |
| かがし | 代名詞(だれそれ) |
| と | 格助詞 |
| いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
| いみじき | シク活用の形容詞「いみじ」(とても立派だ)連体形 ※「いみじ」は程度がはなはだしいことを表す語。ここでは「なにがしかがし」が身分が高く、人として優れていることを表していると解釈。 |
| 源氏 | 名詞(姓が源である人。皇族が一般国民になる際につけられる姓の一つ。) |
| の | 格助詞 |
| 武者たち | 名詞(武士のこと。戦う印象が強い。) |
| を | 格助詞 |
| こそ、 | 係助詞【係】 |
| 御送り | 名詞(御+見送り) |
| に、 | 格助詞 |
| 添へ | ハ行下二段活用動詞「添ふ」(付き添う)未然形 |
| られ |
尊敬の助動詞「らる」連体形 語り手→東三条殿(大臣)への敬意
|
| たり | 存続の助動詞「たり」連用形 |
| けれ。 | 過去の助動詞「けり」已然形【結】 |

「もしさることやし給ふ」は、東三条殿の心内文となるため、ここは敬意が東三条殿からのものになります。

「さること」とはなんでしょうか?

兼家は、道兼が花山院天皇と一緒に、本当に出家してしまうかもしれないとも考えたのでした。

道兼は、情に厚い一面もあったようですしね。
天皇に「おまえも一緒に出家するって言ったじゃないか!」と強く言われたら、断れない可能性もありますし…

そこで、名の知れた立派な人を付き添わせていたのでした。
「なにがしかがし」としたのは、人物を特定できなかったか、本人のために名前を伏せたという理由からです。

いざとなったら、粟田殿の出家を力ずくで止めようとしていたのですね。
京のほどは隠れて、堤の辺よりぞうち出で参りける。
京の(町にいる)間は隠れて、鴨川の土手の辺りから現れて(粟田殿を守って)差し上げた。
| 京 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| ほど | 名詞(間) |
| は | 係助詞 |
| 隠れ | ラ行下二段活用動詞「隠る」(隠れる)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| 堤 | 名詞(堤防。ここでは花山寺への道中にある鴨川の土手を指す) |
| の | 格助詞 |
| 辺 | 名詞(あたり) |
| より | 格助詞 |
| ぞ | 係助詞【係】 |
| うち出づ | ダ行下二段活用動詞「うち出づ」(現れる)連用形 |
| 参り | ラ行四段活用補助動詞「参る」(~して差し上げる)連用形【謙譲】語り手→粟田殿への敬意 |
| ける。 | 過去の助動詞「けり」連体形【結】 |
寺などにては、もし、おして人などやなし奉るとて、 一尺ばかりの刀どもを抜きかけてぞまもり申しける。
(花山)寺などにおいては、「ひょっとしたら、強引に人など(=誰か)が(粟田殿の出家を)実行し申し上げるのではないか」と思って、一尺ほどの刀を途中まで抜きかけて(粟田殿を)お守り申し上げた。
| 寺 | 名詞(ここでは花山寺を指す) |
| など | 副助詞 |
| にて | 格助詞 |
| は、 | 係助詞 |
| もし、 | 副詞(ひょっとして) |
| おして | 副詞(強引に) |
| 人 | 名詞 |
| など | 副助詞 |
| や | 疑問の係助詞【係】 |
| なし | サ行四段活用動詞「なす」(実行する)連用形 |
| 奉る | ラ行四段活用動詞「奉る」(~申し上げる)連体形【結】【謙譲】武者たち→粟田殿への敬意 ※「もし、おして人などやなし奉る」は、武者たちの心内文のため、武者たちからの敬意となる |
| と | 格助詞 |
| て、 | 接続助詞 |
| 一尺 | 名詞(長さの単位。一尺は約30cm) |
| ばかり | 副助詞(~ほど) |
| の | 格助詞 |
| 刀ども | 名詞(「ども」は同様のものが複数あることを示す語だが、ここでは「刀」と訳した) |
| を | 格助詞 |
| 抜きかけ | カ行四段活用動詞「抜く」連用形+カ行下二段活用動詞「かく」(途中まで~する)連用形 |
| て | 接続助詞 |
| ぞ | 係助詞【係】 |
| まもり | ラ行四段活用動詞「まもる」(守る)連用形 |
| 申し |
サ行四段活用動詞「申す」連用形【謙譲】語り手→粟田殿への敬意
|
| ける。 | 過去の助動詞「けり」連体形【結】 |
まとめ
いかがでしたでしょうか?
二回にわけて『大鏡』の「花山天皇の出家/花山院の出家」について、解説をしました。
愛する人を失い、出家を決意する花山院天皇。しかし、いざ出家となると、ためらいや迷いが出ます。
そんな花山院天皇を、政治的策略のためにだました藤原道兼(粟田殿)と兼家(東三条殿)親子。
ドラマのような人間模様が、描かれているお話でした。


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