はじめに

『枕草子』の「大納言殿参り給ひて」で、大納言殿(藤原伊周)が吟誦した二つの漢詩について貝解説します。
清少納言がなぜ「ステキ!」と思ったのか、その理由を考えていきましょう。
声、明王の眠りをおどろかす
鶏の突然の鳴き声に驚いて目を覚まされた帝に対し、とっさに口ずさんだフレーズ。
「声、明王(めいおう)の眠りをおどろかす」
この一言がなぜその場にいた全員(帝・中宮・清少納言)を「うまい!」「流石すぎる!」と痺れさせたのでしょうか。
漢詩の出典
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原文:
「鶏人暁唱 声驚明王之眠
鳧鐘夜鳴 響徹暗天之聴」鶏人(けいじん)暁に唱へて 声明王の眠りを驚かす
鳧鐘(ふしょう)夜鳴りて 響き暗天の聴きに徹る
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出典: 『和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)』
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作者: 都 良香(みやこのよしか)…平安時代前期の貴族であり文人。女性のような名前だが、その前の本名は言道(ときみち)という男性。
漢詩人として有名な人物だった。
漢詩の意味
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現代語訳
「時刻を知らせる役人が夜明けを告げる声は、聡明な天子の眠りを覚ます。また時刻を告げる鐘が夜に鳴り、その鐘の響きは暗い夜空に隅から隅まで響き渡る。」 -
ことばの解説
鶏人(けいじん): 時刻を知らせる役人
明王(めいおう): 賢く徳に満ちたすぐれた天子
鳧鐘(ふしょう): 中国の鳧氏が作った鐘に由来している。時刻を告げる釣り鐘
暗天(あんてん): 暗い夜空
徹る: 隅から隅までよく響くこと
大納言殿の機転とユーモア
大納言殿は、この場のハプニングに合わせてユーモアたっぷりに詠誦しました。
居眠りしていた帝を「明王」として最大限に持ち上げた!
うとうと居眠りをしていた帝に対して、本来の詩の意味である「賢く素晴らしい君主(=明王)」という言葉をそのまま当てはめました。
「居眠りしていた帝」を讃える表現に昇華させることで、帝を立てつつチャーミングにからかうという、最高級のジョークになっています。
「鶏の乱入」というアクシデントを「風流な風物詩」に変えた!
単に「犬に追われた鶏が、ギャーギャー騒いだ」というドタバタなアクシデントを、漢詩の「鶏人(夜明けを告げる役人)」に見立てました。
騒音でしかなかった鶏の鳴き声を、一瞬で「帝の目覚ましにふさわしい音色」へと書き換えてしまったのです。
眠気も吹き飛ぶ「アドリブ速度」
清少納言が最も感動したのは、帝が「なんだなんだ?」と目を覚まされたそのコンマ数秒のタイミングで、躊躇なく朗々と詩を詠み上げた対応力です。
圧倒的な教養が体に染み込んでいなければ、とっさにこのフレーズは出てきません。
遊子なほ残りの月に行く
翌日の夜、自室へ戻ろうとする筆者を大納言殿が「転ぶなよ」と、優しく手を引いて廊下を送ってくれる場面。
明けていく空と残月の下で、そっと口ずさんだフレーズです。
漢詩の出典
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原文:
「佳人尽飾於晨粧 魏宮鐘動
遊子猶行於残月 函谷鶏鳴」佳人(かじん)尽(ことごと)く晨粧(しんしょう)を飾りて
魏宮(ぎきゅう)に鐘 動(うご)く
遊子(ゆうし)なほ残りの月に行きて
函谷(かんこく)に鶏 鳴く
- 出典: 『和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)』
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作者: 賈嵩(かこう)… 詳細は不明だが、唐時代の詩人
漢詩の意味
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現代語訳
美しい女房たちが皆、朝の化粧をして身なりを整えるころ、
宮中には夜明けの鐘が鳴り響く。
旅人はまだ空に残る有明の月の下を行き、
函谷関には朝を告げる鶏の声が響き渡っている。 - ことばの意味
佳人: 美人。宮中の美しい女性たち(女房たち)
晨粧: 朝の化粧(朝仕度)
魏宮: 魏の国の宮殿(転じて、帝のいる華やかな宮中)
遊子: 旅人
残りの月: 明けていく空に薄く残っている月(有明の月)
函谷: 函谷関のこと
鶏鳴く: 一番鶏が鳴いて夜が明けること
大納言殿の素晴らしさ
今度は先ほどとは打って変わって、しっとりとした情緒あふれる場面のようです。
どのような点が素晴らしかったのか、見ていきましょう。
月明かりからのインスピレーション
二人が歩いているのは夜中であり、「残りの月(明け方に空に残る月)」とはイコールではありません。
しかし、月が非常に明るく差し込んでいる様子が描かれています。
「深夜の美しい月光の下を歩くシチュエーション」から「残月」という言葉を連想し、暗い廊下を歩く場面をロマンチックな物語のワンシーンのように演出しています。
また『枕草子』の「大路近なる所にて聞けば」でも、下記のような文があります。
車に乗りたる人の、有明のをかしきに簾あげて、「遊子なほ残りの月に行く」といふ詩を、声よくて誦したるもをかし。
このことから、「遊子なほ残りの月に行く」は、流行のフレーズであったことも想像できます。
清少納言を「旅人(風流人)」に見立てた最高のエスコート
自室へ帰る清少納言や、付き添う大納言殿自身を「残りの月を行く旅人」になぞらえることで、「ただ暗い夜の廊下を自室へ送ってもらう」という何気ない場面が、「月光と漢詩に彩られた極上のエスコート」へと変わったのです。
和漢朗詠集とは
漢詩・漢文・和歌の名作を集めた詩文集。
- 成立:平安時代中期
- 編者:藤原公任
- 目的:引き出物の屏風絵に書く和歌を選ぶために作られた「名作カタログ」のようなものだった。
朗詠のテキスト、漢詩や和歌を作る際のお手本、習字のお手本(書道の名手によって書写されていたため)、寺子屋で教科書としても用いられた(みんなが知っている流行りの歌が漢字と仮名を用いて書かれていたことから)。
まとめ
清少納言が「やっぱり褒めずにはいられない!」と言った理由と大絶賛した理由は、単に漢詩に詳しいからではなく、「教養を最高にオシャレでユーモラスなコミュニケーションツールとして使いこなしていたから」なのです。
この二つの漢詩の引用から、
- 騒然としたハプニングを笑いに変える爆発的な機転
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静寂と余韻が漂う朝方にしっとりと浸らせる風雅な美意識
という、大納言殿の多彩なセンスが読み取れます。
それを瞬時に理解できる清少納言もまた、漢詩の知識が豊富であったことを暗に示しているように感じてしまうのは、深読みしすぎでしょうか…


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