今回は世説新語より「断腸」の解説をします。
「断腸」とははらわたが千切れるほど悲しんだり、苦しむことを言います。
書き下し文(読み仮名付き)
語句の意味/解説
現代語訳
「断腸」書き下し文・現代語訳・解説
白文
桓公入蜀、至三峡中。
部伍中、有得猿子者。
其母縁岸哀号、行百余里不去。
遂跳上船、至便即絶。
破視其腹中、腸皆寸寸断。
公聞之怒、命黜其人。
書き下し文(読み仮名付き)・語句解説・現代語訳
桓公蜀に入り、三峡の中に至る。
桓公 | 桓温。東晋の政治家。大司馬という役職についていた。 大司馬…軍事を取り仕切る、国防長官のような役職 |
蜀 | 今の四川省を中心とする地。 |
入 | 攻め入る |
三峡 | 長江本流にある三つの峡谷。 |
至 | 行きつく、到達する。 |
【訳】桓公は蜀に攻め入り、三峡の中に到達した。
桓温は歴史の授業で耳にすることがありませんが、中国史を見る上では重要人物です。
また、桓公一行は船に乗って川を渡っているという状況をおさえましょう。
部伍の中に、猿の子を得たる者有り。
部伍 | 五人組をいくつか合わせた部隊 |
得 | 手に入れる |
有 | いる、ある。 |
【訳】部隊の中に猿の子どもを手に入れた者がいた。
其の母岸に縁ひて哀号し、行くこと百余里にして去らず。
其の母 | 子猿の母親 |
縁 | 沿う |
哀号 | 悲しんで泣き叫ぶ |
行 | 進む |
百余里 | 百里と少し 当時の一里は400m。 |
にして | 格助詞「に」+サ行変格活用動詞「す」連用形+接続助詞「て」(~において) |
去 | 立ち去る |
【訳】子猿の母親は岸に沿って(子猿を追いながら)悲しんで泣き叫び、進むこと百里と少しにおいても立ち去らなかった。→百里以上進んでも追い続けた。
百里以上ということは、40km以上です。
フルマラソンくらいの距離を追いかけたということですね。
母猿の辛い気持ちがよくわかります。
遂に船を跳び上がり、至れば便即ち絶ゆ。
遂 | そして |
至 | たどりつく |
レバ便即チ | そのまま、すぐに |
絶 | 息絶えた |
【訳】そして船に飛び上がり、(子猿のもとに)たどり着くとすぐに息絶えてしまった。
其の腹中を破り視れば、腸皆寸寸に断たる。
破 | 裂く |
寸寸 | ズタズタ |
断 | 切れている タ行五段活用動詞「断つ」未然形+自発の助動詞「る」終止形 |
【訳】母猿の腹を裂いて(腹の中を)見たところ、腸が皆ズタズタに切れている。
なぜ母猿の腹を裂いたのでしょうか?
必死で船を追ってきた母猿が突然息絶え、気になったので解剖して原因を突き止めようとしたのでしょう。
そもそもいたずらで子猿を連れてきてしまうような、サイコパス気質の人間でしたからね…。
ためらいもなく、やったのでしょうね。
その母猿の腸がズタズタだったというのはどういうことなのでしょうか?
子供を奪われ、肉体的・精神的に相当なストレスがかかったことを表しています。
現代人でもストレスで胃に穴が開くということがあります。
公之を聞きて怒り、命じて其の人を黜けしむ。
公 | 桓公 |
命ジテ~シム | 命令して~させた |
其人 | 猿の子を捕まえた人 |
黜 | やめさせる |
【訳】桓公はこの話を聞いて怒り、その人をやめさせた。
なぜ桓公は、子猿を捕まえた人を部隊から抜けさせたのでしょうか。
桓公は戦争では情に流されてはダメだ、と厳しいことを部下たちに言ってきた人物です。
しかし猿であっても子どもを奪われたら、必死で追いかけて悲しむものです。
人間であればどれほど悲しむか…普通なら想像できますね。
それを理解できないような者は、人としてダメだと叱責したのです。
また、このような人物は軍の規律を乱すとも考えたのでしょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
今回は世説新語から「断腸」を取り上げて、解説しました。
桓温という歴史の授業では聞き慣れない人物が出てきました。
しかし中国史においては、重要な人物です。
他にも「竹馬の友」の故事でも登場します。
今回は子どもを奪われ、腸がズタズタになるほど肉体的にも精神的にもダメージを受けてしまった母猿の話。
はらわたが千切れるほど悲しんだり、苦しんだりすることを「断腸」と言います。
この話の前から「断腸」という言葉は使われていたようですが、このエピソードはその代表的な話と言えます。
ストレスが胃腸にダメージを与えるというのは、時代も国もこえて共通の認識だったのかもしれません。
母猿にそのような辛い思いをさせた隊員を、桓温がクビにしてしまいました。
桓温は他国に攻め入る血も涙もないような状況。
その中でのこのお話がどのような意味を持っているのか、ぜひ考えてみてください。
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