伊勢物語より「渚の院」について解説をしていきます。
成立:平安時代
作者:未詳
ジャンル:歌物語
内容:在原業平を思わせる人物を主人公とする。
「男」の恋愛を中心とする一代記のような形をしている。
今回は、惟喬親王一行が桜の季節に交野にある「渚の家」に行くお話です。
離宮で一行がどのように過ごしたのか、読み取っていきましょう。
「伊勢物語」の他の作品も読んでみてください。
この記事では
・本文(読み仮名付き)
・品詞分解と語句解説
・現代語訳
・本文の解説
以上の内容を順番にお話していきます。
↑今回のお話「渚の院」も収録されています。
伊勢物語「渚の院」品詞分解・現代語訳・解説
本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
昔、惟喬親王と申す親王おはしましけり。
昔、惟喬親王と(人々がお呼び)申し上げる親王がいらっしゃった。
語句 | 意味 |
昔、 | 名詞 |
惟喬親王 | 名詞(人物名。文徳天皇の第一皇子だったが、藤原氏の圧力によって、皇位継承が叶わなかった) |
と | 格助詞 |
申す | サ行四段活用動詞「申す」連体形 【謙譲】作者→惟喬親王への敬意 |
親王 | 名詞(天皇の子) |
おはしまし | サ行四段活用動詞「おはします」(いらっしゃる)連用形 【尊敬】作者→惟喬親王への敬意 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
山崎のあなたに、水無瀬といふ所に、宮ありけり。
山崎の向こうの方で、水無瀬という所に離宮があった。
語句 | 意味 |
山崎 | 名詞(地名。現在の京都府乙訓郡大山崎町を指す) |
の | 格助詞 |
あなた | 名詞(向こうの方) |
に、 | 格助詞 |
水無瀬 | 名詞(地名。現在の大阪市三島郡島本町広瀬を指す) |
と | 格助詞 |
いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
所 | 名詞 |
に、 | 格助詞 |
宮 | 名詞(離宮) |
あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
年ごとの桜の花盛りには、その宮へなむおはしましける。
毎年の桜の花盛りには、その離宮においでになりました。
語句 | 意味 |
年ごと | 名詞(毎年) |
の | 格助詞 |
桜 | 名詞 |
の | 格助詞 |
花盛り | 名詞(花が咲きそろうこと、咲きそろう季節) |
に | 格助詞 |
は、 | 係助詞 |
そ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
宮 | 名詞 |
へ | 格助詞 |
なむ | 係助詞【強調】 ※結び:ける |
おはしまし | サ行四段活用動詞「おはします」(いらっしゃる、おいでになる)連用形 【尊敬】作者→惟喬親王への敬意 |
ける。 | 過去の助動詞「けり」連体形【係り結び】 |
その時、右馬頭なりける人を、常に率ておはしましけり。
その時には、右馬頭であった人(在原業平)を、いつも引き連れていらっしゃった。
語句 | 意味 |
そ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
時、 | 名詞 |
右馬頭 | 名詞(役職名。右馬寮の長官。ここでは在原業平を指す) |
なり | 断定の助動詞「なり」終止形 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
人 | 名詞 |
を、 | 格助詞 |
常に | 副詞(いつも) |
率 | ワ行上一段活用動詞「率る」(引き連れる)連用形 |
て | 接続助詞 |
おはしまし | サ行四段活用動詞「おはします」連用形 【尊敬】作者→惟喬親王への敬意 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
時世経て久しくなりにければ、その人の名忘れにけり。
時代が経過して長い時間が経ってしまったので、その人の名前を忘れてしまった。
語句 | 意味 |
時世 | 名詞(時代、年代) |
経 | ハ行下二段活用動詞「経」(時が経つ、年月が経過する)連用形 |
て | 接続助詞 |
久しく | シク活用形容詞「久し」(長い時間が経つ)連用形 |
なり | ラ行四段活用動詞「なり」連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
そ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
人 | 名詞 |
の | 格助詞 |
名 | 名詞 |
忘れ | ラ行下二段活用動詞「忘る」連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |

いつも一緒にいた業平のことを、親王は忘れてしまったのですか!?

そういうことではありません。
忘れてしまったのは、作者です。
ここでは作者が「親王にはいつも一緒にいた右馬頭がいたけど、昔の話だもんで名前は忘れちゃったなぁ」と言っているのです。
『伊勢物語』の主人公のモデルは在原業平であることは、いわば「公然の秘密」なのです。
狩りはねむごろにもせで、酒をのみ飲みつつ、やまと歌にかかれりけり。
狩りは熱心にもしないで、酒ばかりを飲みながら、和歌に熱中していた。
語句 | 意味 |
狩り | 名詞 |
は | 係助詞 |
ねむごろに | ナリ活用の形容動詞「ねむごろなり」(熱心な様子、一生懸命な様子)連用形 |
も | 係助詞 |
せ | サ行変格活用動詞「す」未然形 |
で、 | 接続助詞 |
酒 | 名詞 |
を | 格助詞 |
のみ | 副助詞(ばかり) |
飲み | マ行四段活用動詞「飲む」連用形 |
つつ、 | 接続助詞(~しながら) |
やまと歌 | 名詞(和歌)※それに対して漢詩は「唐歌」と言った |
に | 格助詞 |
かかれ | ラ行四段活用動詞「かかる」(かかりっきりになる)已然形 |
り | 存続の助動詞「り」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |

なぜ狩りを「ねむごろにもせで」なのでしょうか?
それを敢えて言っているのも、よくわかりません。

和歌を詠んだりお酒を飲んだりすることの方が、好きな人たちだったということです。
当時の在原業平は高齢で、そのような人を連れて熱心に狩りをするのは、きつかったのかもしれません。
ちなみに後で登場する紀有常は、在原業平の義父です。

じゃあ彼もさらに高齢ですよね!?

はい。
しかし年は在原業平と10歳差で、妻より義父との方が年が近かったそうです。
「渚の院」における彼らの年齢は、はっきりとはしていませんが。

なるほど…高齢の側近(在原業平)と、父親代わりであった人物(紀有常)を連れて桜を見に行ったら、お酒を飲んでゆっくりと和歌を詠む方が楽しそうですよね。
今狩りする交野の渚の家、その院の桜、ことにおもしろし。
今狩りをする交野の川辺にあった離宮、その院の桜が、格別に趣深い。
語句 | 意味 |
今 | 名詞 |
狩り | 名詞 |
する | サ行変格活用動詞「す」連体形 |
交野 | 名詞(地名。大阪府枚方市と交野市にまたがる野。桜の名所・鷹狩りの名所として有名だった。) |
の | 格助詞 |
渚 | 名詞(川べり) |
の | 格助詞 |
家、 | 名詞 |
そ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
院 | 名詞(貴人の邸宅のこと) |
の | 格助詞 |
桜、 | 名詞 |
ことに | 副詞(特別に、格別に) |
おもしろし。 | ク活用の形容詞「おもしろし」(趣がある)終止形 |
その木のもとに下りゐて、枝を折りてかざしに挿して、上中下、みな歌詠みけり。
その木の下に馬から降りて座り、枝を折って髪飾りにさして、身分が高い人、中位の人、低い人、みなが和歌を詠んだ。
語句 | 意味 |
そ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
木 | 名詞 |
の | 格助詞 |
もと | 名詞(下の方) |
に | 格助詞 |
下りゐ | ワ行上一段活用動詞「下りゐる」(乗り物から降りて座る。ここでは馬から降りたと解釈)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
枝 | 名詞 |
を | 格助詞 |
折り | ラ行四段活用動詞「折る」連用形 |
て | 接続助詞 |
かざし | 名詞(髪や冠に花や枝などを折って指すこと) |
に | 格助詞 |
挿し | サ行四段活用動詞「挿す」(髪にさし入れる)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
上中下、 | 名詞(身分が高い人、中位の人、低い人) |
みな | 名詞(みな) |
歌 | 名詞(和歌) |
詠み | マ行四段活用動詞「詠む」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |

桜の木の下で、浮かれて楽しそうな様子が伝わってきますね~
馬頭なりける人の詠める、
馬頭であった人が詠んだ、
語句 | 意味 |
馬頭 | 名詞(馬寮メリョウの長官。馬寮とは宮中で馬の飼育、調教、馬具を扱う部署) |
なり | 断定の助動詞「なり」連用形 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
人 | 名詞 |
の | 格助詞 |
詠め | マ行四段活用動詞「詠む」命令形 |
る、 | 存続の助動詞「り」連体形 |
和歌:世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
この世の中に全く桜がなかったならば、春の人の心はのどかだったろうに
語句 | 意味 |
世の中 | 名詞(この世) |
に | 格助詞 |
たえて | 副詞+打消(全く~ない)※ヤ行下二段活用動詞「たゆ」の連用形+接続助詞「て」 |
桜 | 名詞 |
の | 格助詞 |
なかり | ク活用の形容詞「なし」連用形 |
せ | 過去の助動詞「き」未然形 |
ば | 接続助詞 |
春 | 名詞 |
の | 格助詞 |
心 | 名詞 |
は | 係助詞 |
のどけから | ク活用の形容詞「のどけし」(のどかだ)未然形 |
まし | 反実仮想の助動詞「まし」終止形 |

これは、有名な和歌ですね。
現代の国語で「さくら さくら さくら」という作品の中で、この和歌を見ました。
となむ詠みたりける。
と詠んだのだった。
語句 | 意味 |
と | 格助詞 |
なむ | 係助詞【強調】 ※結び:ける |
詠み | マ行四段活用動詞「詠む」連用形 |
たり | 完了の助動詞「たり」連用形 |
ける。 | 過去の助動詞「けり」連体形 【係り結び】 |
また人の歌、
他の人の和歌、
語句 | 意味 |
また人 | 名詞(ほかの人) |
の | 格助詞 |
歌、 | 名詞 |
和歌:散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世に何か 久しかるべき
散るからこそ、いっそう桜はすばらしいものだ。つらく儚い世の中で何が永久であるだろうか、いや永久なものはない。
語句 | 意味 |
散れ | ラ行四段活用動詞「散る」已然形 |
ば | 接続助詞 |
こそ | 係助詞【強意】 ※結び:めでたけれ |
いとど | 副詞(いっそう) |
桜 | 名詞 |
は | 係助詞 |
めでたけれ | ク活用の形容詞「めでたし」(すばらしい)已然形【係り結び】 |
憂き世 | 名詞(つらく儚い世の中) |
に | 格助詞 |
何 | 代名詞 |
か | 係助詞【反語】 ※結び:べき |
久しかる | ク活用の形容詞「久し」(長い時間が続く)連体形 |
べき | 推量の助動詞「べし」連体形【係り結び】 |

右馬頭(在原業平)の「桜なんてなければ、桜が咲いた散ったと振り回されずに、春を穏やかな気持ちですごせるのになぁ」という和歌に対して、「何言ってるんだよ、桜は散るからいいんだよ。この世で永遠のものなんてないんだよ。」と言っています。

在原業平は「桜なんてなければいいのに」と言っているように聞こえますが、本心はそれぐらい人の心を振り回してしまう桜のすばらしさを詠んでいるんですよね。
とて、その木のもとは立ちて帰るに、日暮れになりぬ。
と詠んで、その木の下から立ち上がって帰ると、日暮れになった。
語句 | 意味 |
とて、 | 格助詞 |
そ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
木 | 名詞 |
の | 格助詞 |
もと | 名詞 |
は | 係助詞 |
立ち | タ行四段活用動詞「立つ」(立ち上がる)連用形 |
て | 接続助詞 |
帰る | ラ行四段活用動詞「帰る」連体形 |
に、 | 格助詞 |
日暮れ | 名詞(夕暮れ、夕方) |
に | 格助詞 |
なり | ラ行四段活用動詞「なる」連用形 |
ぬ。 | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |
御供なる人、酒を持たせて野より出で来たり。
お供である人が、(従者に)酒を持たせて野の方から出て来た。
語句 | 意味 |
御供 | 名詞(お供) |
なる | 断定の助動詞「なり」連体形 |
人、 | 名詞 |
酒 | 名詞 |
を | 格助詞 |
持た | タ行四段活用動詞「持つ」未然形 |
せ | 使役の助動詞「す」連用形 |
て | 接続助詞 |
野 | 名詞 |
より | 格助詞 |
出で来 | カ行変格活用動詞「出で来」(出て来る)連用形 |
たり。 | 完了の助動詞「たり」終止形 |
この酒を飲みてむとて、よき所を求め行くに、天の川といふ所に至りぬ。
この酒を飲んでしまおうと言って、適当な場所を探し求めて行くと、天の川という所に行き着いた。
語句 | 意味 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
酒 | 名詞 |
を | 格助詞 |
飲み | マ行四段活用動詞「飲む」連用形 |
て | 強意の助動詞「つ」未然形 |
む | 意志の助動詞「む」終止形 |
※てむ | ~てしまおう |
とて、 | 格助詞 |
よき | ク活用形容詞「よし」(都合がよい、適当である)連体形 |
所 | 名詞 |
を | 格助詞 |
求め行く | カ行四段活用動詞「求め行く」(探し求めて行く)連体形 |
に、 | 格助詞 |
天の川 | 名詞(地名。現在の大阪府枚方市にある天野川のこと) |
と | 格助詞 |
いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
所 | 名詞 |
に | 格助詞 |
至り | ラ行四段活用動詞「至る」(行き着く)連用形 |
ぬ。 | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |
親王に馬頭、大御酒参る。
親王に馬頭が、お酒を差し上げる。
語句 | 意味 |
親王 | 名詞 |
に | 格助詞 |
馬頭 | 名詞 |
大御酒 | 名詞(天皇などに差し上げる酒のこと)※「大御」は尊敬を表す接頭語 |
参る。 | ラ行四段活用動詞「参る」(差し上げる)終止形 【謙譲】作者→惟喬親王への敬意 |
親王ののたまひける、
親王がおっしゃった、
語句 | 意味 |
親王 | 名詞 |
の | 格助詞 |
のたまひ | ハ行四段活用動詞「のたまふ」(おっしゃる)連用形 【尊敬】作者→惟喬親王への敬意 |
ける、 | 過去の助動詞「けり」連体形 |
「交野を狩りて天の川のほとりに至るを題にて、歌詠みて杯はさせ。」
「交野で狩りをして天の川の近くに行き着くということを題にして、歌を詠んで杯に酒を注いで勧めなさい。」
語句 | 意味 |
「交野 | 名詞 |
を | 格助詞 |
狩り | ラ行四段活用動詞「狩る」連用形 |
て | 接続助詞 |
天の川 | 名詞 |
の | 格助詞 |
ほとり | 名詞(そば、近く) |
に | 格助詞 |
至る | ラ行四段活用動詞「至る」連体形 |
を | 格助詞 |
題 | 名詞 |
にて、 | 格助詞 |
歌 | 名詞 |
詠み | マ行四段活用動詞「詠む」連用形 |
て | 接続助詞 |
杯 | 名詞(さかづき) |
は | 係助詞 |
させ。」 | サ行四段活用動詞「さす」(酒をついで人に勧めること)命令形 |

当時は酒を勧める時に、和歌を添えるということをしていました。

ここでは親王がまだ飲みたがっている一行に対して「私に酒を飲ませたかったら、いい和歌を詠んでからね~」って感じですかね。
とのたまうければ、かの馬頭詠みて奉りける、
とおっしゃったので、例の馬頭が詠んで差し上げた(和歌は)、
語句 | 意味 |
と | 格助詞 |
のたまう | ハ行四段活用動詞「のたまふ」連用形「のたまひ」のウ音便 【尊敬】作者→惟喬親王への敬意 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
か | 代名詞 |
の | 格助詞 |
馬頭 | 名詞 |
詠み | マ行四段活用動詞「詠む」連用形 |
て | 接続助詞 |
奉り | ラ行四段活用動詞「奉る」(差し上げる)連用形 【謙譲】作者→惟喬親王への敬意 |
ける、 | 過去の助動詞「けり」連体形 |
和歌:狩り暮らし たなばたつめに 宿からむ 天の川原に 我は来にけり
一日中狩りをして 織姫に宿を借りよう。天の川の川原に、私は来てしまったのだから。
語句 | 意味 |
狩り暮らし | サ行四段活用動詞「狩り暮らす」(日が暮れるまで狩りをする)連用形 |
たなばたつめ | 名詞(織姫)※「七夕/棚機」+昔の格助詞「つ」+「女」 |
に | 格助詞 |
宿 | 名詞 |
から | ラ行四段活用動詞「かる」(借りる)未然形 |
む | 意志の助動詞「む」終止形 |
天の川原 | 名詞(天の川の川原) |
に | 格助詞 |
我 | 代名詞 |
は | 係助詞 |
来 | カ行変格活用動詞「来」連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けり | 過去の助動詞「けり」終止形 |
親王、歌をかへすがへす誦じ給うて、返しえし給はず。
親王は、歌を繰り返し繰り返し朗詠なさって、返歌なさることができない。
語句 | 意味 |
親王、 | 名詞 |
歌 | 名詞 |
を | 格助詞 |
かへすがへす | 副詞(何度も何度も) |
誦じ | サ行変格活用動詞「誦ず」(朗詠する、声高く歌う)連用形 |
給う | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形「給ひ」のウ音便 【尊敬】作者→惟喬親王への敬意 |
て、 | 接続助詞 |
返し | 名詞(返歌) |
え | 副詞 |
し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
給は | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」未然形 【尊敬】作者→惟喬親王への敬意 |
ず。 | 打消の助動詞「ず」終止形 |

これはどういう状況ですか?

親王は馬頭が詠んだ和歌が気に入って、何度も口ずさんでいるのです。
皆さんもいい歌を聞いたら、それを何度もリピートして聞くことはありませんか?
そんな感じで、自分のやるべきこと(和歌を馬頭に返すこと)ができないくらい感動しているのです。
紀有常、御供につかうまつれり。
紀有常が、お供としてお仕え申し上げていた。
語句 | 意味 |
紀有常、 | 名詞(惟喬親王の母の兄であり、在原業平の妻の父) |
御供 | 名詞(おとも) |
に | 格助詞 |
つかうまつれ | ラ行四段活用動詞「つかうまつる」(お仕え申し上げる)【謙譲】作者→惟喬親王への敬意 |
り。 | 完了の助動詞「り」終止形 |
それが返し、
その人物(紀有常)の返歌、
語句 | 意味 |
それ | 代名詞 |
が | 格助詞 |
返し、 | 名詞 |
和歌:一年に ひとたび来ます 君待てば 宿かす人も あらじとぞ思ふ
(織姫は)一年に、一度だけおいでになる 彦星を待つので、宿を貸す人も、いないだろうと思います。
語句 | 意味 |
一年 | 名詞(一年) |
に | 格助詞 |
ひとたび | 名詞(一度) |
来 | カ行変格活用動詞「来」連用形 |
ます | サ行四段活用補助動詞「ます」(おいでになる)連体形 【尊敬】紀有常→彦星に対する敬意 |
君 | 名詞(敬愛や親愛の思いを込めて人をいうこと。ここでは織姫にとっての「君」である彦星を指す。) |
待て | タ行四段活用動詞「待つ」已然形 |
ば | 接続助詞 |
宿 | 名詞 |
かす | サ行四段活用動詞「かす」(貸す)連体形 |
人 | 名詞 |
も | 係助詞 |
あら | ラ行変格活用動詞「あり」未然形 |
じ | 打消推量の助動詞「じ」終止形 |
と | 格助詞 |
ぞ | 係助詞【強調】 ※結び:思ふ |
思ふ | ハ行四段活用動詞「思ふ」連体形 【係り結び】 |
帰りて宮に入らせ給ひぬ。
(親王は)帰って離宮にお入りになった。
語句 | 意味 |
帰り | ラ行四段活用動詞「帰る」連用形 |
て | 接続助詞 |
宮 | 名詞 |
に | 格助詞 |
入ら | ラ行四段活用動詞「入る」未然形 |
せ | 尊敬の助動詞「す」連用形 作者→惟喬親王への敬意 |
給ひ | ハ行四段活用動詞「給ふ」連用形 【尊敬】作者→惟喬親王への敬意 |
ぬ。 | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |
夜更くるまで酒飲み、物語して、あるじの親王、酔ひて入り給ひなむとす。
夜が更けるまで酒を飲み、雑談をして、主人の親王が、酔って(寝床に)お入りになろうとする。
語句 | 意味 |
夜 | 名詞 |
更くる | カ行下二段活用動詞「更く」(夜がふける)連体形 |
まで | 副助詞 |
酒 | 名詞 |
飲み、 | マ行四段活用動詞「飲む」連用形 |
物語 | 名詞 |
し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
あるじ | 名詞(主人) |
の | 格助詞 |
親王、 | 名詞 |
酔ひ | ハ行四段活用動詞「酔ふ」連用形 |
て | 接続助詞 |
入り | ラ行四段活用動詞「入る」(中に入る)連用形 |
給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】作者→惟喬親王への敬意 |
な | 強意の助動詞「ぬ」未然形 |
む | 意志の助動詞「む」終止形 |
と | 格助詞 |
する。 | サ行変格活用動詞「す」終止形 |
十一日の月も隠れなむとすれば、かの馬頭の詠める、
11日の月も隠れようとしているので、例の馬頭が詠んだ、
語句 | 意味 |
十一日 | 名詞 |
の | 格助詞 |
月 | 名詞 |
※十一日の月 | 新月から11日目の月。午後3時頃に昇り、午前3時頃に沈む |
も | 係助詞 |
隠れ | ラ行下二段活用動詞「隠る」連用形 |
な | 強意の助動詞「ぬ」未然形 |
む | 推量の助動詞「む」終止形 |
と | 格助詞 |
すれ | サ行変格活用動詞「す」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
か | 代名詞 |
の | 格助詞 |
馬頭 | 名詞 |
の | 格助詞 |
詠め | マ行四段活用動詞「詠む」已然形 |
る、 | 完了の助動詞「り」連体形 |
和歌:飽かなくに まだきも月の 隠るるか 山の端逃げて 入れずもあらなむ
まだ満足していないのに、早くも月が隠れてしまうことよ。山の端が逃げて入れないでほしい。
語句 | 意味 |
飽か | カ行四段活用動詞「飽く」(満足する)未然形 |
なく | 打消の助動詞「ず」古い未然形+準体助詞「く」(~ない) |
に | 格助詞(~のに) |
まだき | 副詞(早くも) |
も | 係助詞 |
月 | 名詞 |
の | 格助詞 |
隠るる | ラ行下二段活用動詞「隠る」(隠れる)連体形 |
か | 終助詞【詠嘆】 |
山 | 名詞 |
の | 格助詞 |
端 | 名詞(はし、きわ) |
逃げ | ガ行下二段活用動詞「逃ぐ」(逃げる)連用形 |
て | 接続助詞 |
入れ | ラ行下二段活用動詞「入る」未然形 |
ず | 打消の助動詞「ず」連用形 |
も | 係助詞 |
あら | ラ行変格活用動詞「あり」未然形 |
なむ | 終助詞【願望】 |

ここでの「月」は、惟喬親王を指しています。
「まだ飲み足りないから、親王に寝て欲しくないよ~」と言っています。
11日の月が隠れる(沈む)のは午前3時頃です。

そんな時間になってもまだ酒を飲んでいたいなんて、元気なじいちゃんたちですね。
親王に代はり奉りて、紀有常、
親王の代わりになって申し上げて、紀有常が(詠んだ歌)、
語句 | 意味 |
親王 | 名詞 |
に | 格助詞 |
代はり | ラ行四段活用動詞「代はる」(代わりになる)連用形 |
奉り | ラ行四段活用補助動詞「奉る」連用形 【謙譲】作者→惟喬親王への敬意 |
て、 | 接続助詞 |
紀有常、 | 名詞 |
和歌:おしなべて 峰も平らに なりななむ 山の端なくは 月も入らじを
一様にどの山の峰も平らになってほしい。山の端がなければ月も入らないだろうなあ。
語句 | 意味 |
おしなべて | 副詞(一様に。皆同じように) |
峰 | 名詞 |
も | 係助詞 |
平らに | ナリ活用形容動詞「平らなり」(平らだ)連用形 |
なり | ラ行四段活用動詞「なる」連用形 |
な | 強意の助動詞「ぬ」未然形 |
なむ | 終助詞【願望】 |
山 | 名詞 |
の | 格助詞 |
端 | 名詞 |
なく | ク活用形容詞「なし」未然形 |
は | 係助詞 |
月 | 名詞 |
も | 係助詞 |
入ら | ラ行四段活用動詞「入る」未然形 |
じ | 打消推量の助動詞「じ」終止形 |
を | 間投助詞【強調】 |

有常も、「親王様に寝ないでほしい」って言っていますね。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は伊勢物語より「渚の院」を解説しました。
惟喬親王一行が、桜の時期に離宮に行くお話です。
狩りそっちのけで、和歌を詠み酒を飲み、楽しんでいました。
夜遅くまで惟喬親王とお酒を飲んで楽しみたいよ~という、馬頭(在原業平)と紀有常。
それをただ騒いで飲むのではなく、和歌で表現していると「雅」「趣」を感じます。
なんだか微笑ましい状況でした。
そう感じるのは、彼ら関係性もあるのでしょう。
親戚ではありますが、単なる親戚の集まりではありません。
在原業平と紀有常は、義理の親子であり親友。
また紀有常は、惟喬親王の父親代わりの存在でした。
不遇の辛さを共に分かち合いながら、絆を深めていったのかもしれません。
そのような人たちがひとときの楽しい時間を過ごす様子が、目に浮かぶようなお話でした。
みなさんはどのように感じましたか?
コメント