史記より「四面楚歌」について解説をしていきます。
「四面楚歌」とは、周りに敵しかいなくて孤立無援の状態のことを言います。
これは、鴻門の会の四年後の話です。
鴻門の会の後、二人はどうなった?
項羽→項王
劉邦→沛公→漢王
項羽は強いことを良いことに、やりたい放題だった。
不満を持つものは多かった。調子に乗って反秦軍の王であった懐王を殺させた。
それによって項羽は秦と同じく反秦軍にとっての敵となってしまうのだった。
沛公は僻地へ左遷、漢王と呼ばれるようになる。
沛公は項羽に反感を持っていた諸侯たちを次々と仲間に引き入れ、漢王軍を大きくする。
また漢王の様々な策略によって、項王の側近を次々と軍を離れた。
項王軍は内側から壊されていった。
その後、その二人は和平交渉をします。
しかし、これもまた漢王・劉邦の策略。
和平交渉を終えて帰る項王軍に、漢王軍は襲い掛かるのです。
今回のお話は、漢王軍に襲われた項王軍が、垓下に立てこもってからの場面です。
40万もの兵に襲われ、信頼できる側近を失った状態の項王。
どのようになっていくのか、読み取っていきましょう。
この記事では
・書き下し文(読み仮名付き)
・語句の意味/解説
・現代語訳
以上の内容を順番にお話していきます。
「四面楚歌」現代語訳・解説
白文・書き下し文(読み仮名付き)・語句解説・現代語訳
① 項王軍壁垓下。
項王の軍垓下に壁す。
語句 | 意味 |
項王 | 人名。項羽(楚軍の将軍から覇王となる) |
垓下 | 地名。現在の安徽省アンキショウ霊璧レイヘキ県の南東の地域を指す。 |
壁す | 立てこもる |
【訳】項王の軍は垓下(の城の中に)立てこもった。
② 兵少食尽。
兵少なく食尽く。
語句 | 意味 |
兵 | 兵士 |
食 | 食糧 |
尽く | 底をつく |
【訳】兵士の数は少なく食糧も底をついていた。
項王軍は10万人だったと言われていますが、垓下に立てこもったときの人数はわからないようです。
その後、垓下を捨てて突破をしようと引き連れた兵は、800人ほどだったと言われています。
40万人に対して1000人未満とは…、厳しい状態ですね。
③ 漢軍及諸侯兵、囲之数重。
漢軍及び諸侯の兵、之を囲むこと数重なり。
語句 | 意味 |
漢軍 | 沛公が率いる軍を指す |
A及びB | AとBの両方。ここでは漢軍と諸侯の連合軍を指す |
諸侯 | 各地域の支配者のこと。 |
之 | 項王軍が立てこもった場所を指す |
数重 | 何重 |
【訳】漢軍と諸侯の兵は、これを何重にも囲んだ。
④ 夜聞漢軍四面皆楚歌、項王乃大驚曰、
夜漢軍の四面皆楚歌するを聞き、項王乃ち大いに驚きて曰はく、
語句 | 意味 |
四面 | 四方、周り |
楚歌する | 楚の歌を歌う |
乃ち | そこで |
大いに | 非常に |
驚きて | 驚いて |
【訳】夜に漢軍が四方で皆楚の歌を歌っているのを聞いて、項王はそこでとても驚いて言うことには、
⑤ 漢皆已得楚乎。
漢皆已に楚を得たるか。
語句 | 意味 |
已に | すでに |
楚 | 国名。 |
得たる | 手に入れる |
か(乎) | 【疑問・詠嘆】~か |
【訳】漢は皆すでに楚を手に入れたのか。
⑥ 是何楚人之多也。」
是れ何ぞ楚人の多きや」と。
語句 | 意味 |
是 | これ |
何ぞ~や(也) | 【疑問形の詠嘆】なんと~であることか |
楚人 | 楚の国の人 |
【訳】なんと楚の国の人の多いことか。」
楚の国の人の多くが漢王軍にいることが、なぜ項王にとってショックなことなのでしょうか?
項王は「西楚の覇王」と名乗っていて、楚の国は自分の政治的な地盤なのです。
当然、自分の味方であるはずの楚の国の人が自分を倒すための漢王軍にたくさんいることに、歌を聞いて初めて気が付くというわけです。
好き放題やってきた項王。
しかしそのせいで、周りの諸侯を敵にまわし、側近も自分のもとを離れ、最終的には自分の本拠地まで奪われるとは…
自業自得と言ってしまえばそれまでですけど、かわいそうな気がしますね。
自分の味方はもういない、これから助けに誰かが来ることもないと痛感させられ、絶望したでしょう。
でもこれって、本当に楚の国の人がたくさん漢王軍についたのですか?
実はこれも漢王(劉邦)の策略だったと言われています。
項王軍の心を折るために、漢軍に楚の国の歌を歌わせたそうです。
これまでも策略によって項王と参謀を仲たがいさせたりと、かなり意地悪いことをしてきましたもんね…
漢王こわっ…。
敵にまわしたくない相手を、項王は敵にまわしてしまったのですね。
⑦ 項王則夜起飲帳中。
項王則ち夜起ちて帳中に飲す。
語句 | 意味 |
則ち | そこで(四方から楚の国の歌が聞こえたことを受けている) |
起ちて | 起きて |
帳中 | 本陣のこと |
飲す | 宴会を開く |
【訳】項王はそこで夜に起きて本陣で宴会を開いた。
なぜこんなピンチの時に、宴会なんて開いたのですか?
これはいわば、覚悟を決めた「最後の晩餐」のようなものだったのでしょう。
尽きそうな食糧を食べきり、力を蓄えて最後の戦いに挑もうという思いです。
⑧ 有美人、名虞。
美人有り、名は虞。
語句 | 意味 |
美人 | 女官の位の一つ。妻。后 |
有り | いる |
【訳】美人(妻)がいて、名前は虞と言う。
⑨ 常幸従。
常に幸せられて従ふ。
語句 | 意味 |
常に | いつも |
幸せられて | 寵愛されて |
従ふ | ついていく |
【訳】いつも寵愛されていて(項王に)ついていっていた。
戦場に、奥さんを連れて行っていたのですか?
危なくないですか!?
当時は、珍しいことではなかったようです。
⑩ 駿馬、名騅。
駿馬あり、名は騅。
語句 | 意味 |
駿馬 | 足の速い馬 |
【訳】足の速い馬がいて、名前は騅と言った。
⑪ 常騎之。
常に之に騎す。
語句 | 意味 |
之 | 騅を指す |
騎す | 馬に乗ること |
【訳】いつもこれに乗っていた。
⑫ 於是項王乃悲歌忼慨、自為詩曰、
是に於いて項王乃ち悲歌忼慨し、自ら詩を為りて曰はく、
語句 | 意味 |
是に於いて | こういうわけで、そこで |
乃ち | そこで |
悲歌 | 悲しげに歌う |
忼慨し | 激しく心を高ぶらせる |
自ら | 自分で |
為りて | 作って |
【訳】そこで項王は悲しげに歌い激しく心を高ぶらせて、自分で詩を作って詠むことには、
⑬ 力抜山兮気蓋世
力山を抜き 気世を蓋ふ
語句 | 意味 |
力 | ここでは自分(項王)の力のこと |
抜き | 引き抜き |
気 | 気力 |
世 | 世界 |
蓋ふ | 覆う |
【訳】(自分の)力は山を引き抜き、気力は世界を覆う(ほど強い)
⑭ 時不利兮騅不逝
時利あらず 騅逝かず
語句 | 意味 |
時 | 時勢 |
利あらず | 有利ではない |
逝かず | 進まない |
【訳】(しかし)時勢が(自分に)有利ではなく、騅は進まない
⑮ 騅不逝兮奈何
騅の逝かざる 奈何すべき
語句 | 意味 |
奈何すべき | 【疑問】どうすればよいのか |
【訳】騅が進まないのをどうすればよいのか
この部分からは、力はあるのにうまくいかないもどかしさが感じられます。
「俺は強くて世界を治めることができるはずなのに、時代が俺に味方をしてくれない」「俺は進みたいのに、相棒である騅が進もうとしてくれない」
という声が聞こえて来るようですね。
⑯ 虞兮虞兮
虞や虞や 若を奈何せんと
語句 | 意味 |
や | よ |
若 | お前(虞を指す) |
奈何せん | 【疑問・反語】どうしようか、いやどうすることもできない |
【訳】虞よ虞よ、お前をどうしようか、いや、どうすることもできない
先ほどまでとは裏腹に、あきらめのような気持ちが感じられます。
今度は、「もうどうすることもできない」という声が聞こえるようです。
⑰ 歌数闋、美人和之。
歌うこと数闋、美人之に和す。
語句 | 意味 |
数闋 | 数回 |
美人 | ここでは虞を指す |
之 | 項王の詩 |
和す | 唱和(合わせて歌った)する |
【訳】歌うこと数回、虞美人はこれに唱和した。
⑱ 項王泣数行下。
項王泣数行下る。
語句 | 意味 |
泣 | 涙 |
数行 | いく筋 |
下る | 流れ落ちる |
【訳】項王の涙がいく筋か流れ落ちた。
⑲ 左右皆泣、莫能仰視。
左右皆泣き、能く仰ぎ視るもの莫し。
語句 | 意味 |
左右 | 側近たち |
能く~ | 【可能】~することができる |
仰ぎ視る | 顔をあげてみる(尊敬する人の顔を見る) |
もの | 者 |
莫し | いなかった |
【訳】側近たちは皆泣き、(項王の)顔を見ることができなかった。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は史記より「四面楚歌」を解説しました。
強さを武器に、好き放題やってきた項王。
それが追い込まれ、敵軍から聞こえる故郷の歌に愕然とします。
それが漢王・劉邦の策略だとも知らず、項王は追い込まれてしまうのです。
最後の宴会で詠んだ詩には、思い通りにならないもどかしさや怒り、そして愛する妻を守ることができないという諦めや絶望が表れていました。
「好き放題やってきたんだし、自業自得でしょ」と思う方もいるでしょう。
みなさんはどのように感じましたか?
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