見漁人、乃大驚、問所従来。
漁人を見て、乃ち大いに驚き、従りて来たる所を問ふ。
具答之。
具に之に答ふ。
便要還家、設酒殺鶏作食。
便ち要へて家に還り、酒を設け鶏を殺して食を作る。
村中聞有此人、咸来問訊。
村中此の人有るを聞き、咸来たりて問訊す。
※問訊…挨拶をする
自云、「先世避秦時乱、率妻子邑人、来此絶境、不復出焉。遂与外人間隔。」
自ら云ふ、「先世秦時の乱を避け、妻子を率ゐて、此の絶境に来たりて、復た出でず。遂に外人と間隔せり。」と。
※不復~…否定(二度と~しない)
ここでの「外人」も「外部の人」と訳し、村の外の人を指しています。
問、「今是何世。」
問ふ、「今は是れ何の世ぞ。」と。
(さらに村人は)「今はいったい何という時代ですか?」と尋ねた。
乃不知有漢、無論魏・晋。
乃ち漢有るを知らず、魏・晋に論無し。
なんとまあ(村人たちは)漢の時代があったことを知らず、魏や晋の時代については言うまでもない。
※乃…なんとまあ
秦に続く漢の時代があったことを知らないので、その後に続いた魏や晋については知るはずがないと言っています。
此人一一為具言所聞。
此の人一一為に具に聞く所を言ふ。
この人(漁師)は1つ1つ(村人の)為に自分の聞き知っていることを詳しく話した。
※此人…漁師のこと
皆嘆椀。
皆嘆椀す。
皆ため息をついて感心した。
※嘆椀…ため息をついて感心する
このことから、村人は世間から隔たった生活をしていましたが、外の世界に興味があることがわかりますね。
余人各復延至其家、皆出酒食。
余人各復た延きて其の家に至らしめ、皆酒食を出だす。
他の村人たちも、それぞれにまた(漁師を)招いて自分の家に連れていき、皆酒や食事を出してもてなした。
停数日辞去。
停まること数日にして辞去す。
(漁師は)数日滞在した後、別れを告げた。
此中人語云、「不足為外人道也」。
此中の人に語りて云ふ、「外人の為に道ふに足らざるなり」と。
この村の人が語って言うことには、「外部の人に対して、この村のことをお話になるには及びませんよ。」
※此中人…この村の人
※不足~…穏やかな禁止(~には及ばない。~しないでください。)
また「外人」が出ました。
「此中人」に対して「外人」です。
つまりここでの「外人」は「この村の外の人」ということになりますね。
なぜ村人は漁師に口止めをしたのでしょうか?
村の外の人との交わりを避けているため、村に多くの人が来てほしくないし、この村のことを知られたくないからです。
既出、得其船、便扶向路、処処誌之。
既に出でて、其の船を得、便ち向の路に扶ひ、処処に之を誌す。
やがてそこを出て、自分の船を見つけ、すぐにもと来たときの道をたどって、あちこちに目印をつけた。
目印をつけたのは、またこの村に戻って来られるようにしたということですね。
及郡下詣太守、説如此。
郡下に及び太守に詣りて、説くこと此くのごとし。
その後、郡の役所のある町に着くと、太守のもとに参上して、村についてこのような話をした。
村人に口止めされてたのに、あっさり約束を破ってますけど…
漁師は「こんなに素晴らしい手つかずに村があります」と報告することで褒美がもらえると思ったのでしょう。
太守即遣人随其往。
太守即ち人をして其に往かしむ。
太守はすぐに人を派遣して、漁師について行かせた。
※遣~…使役(~させる)
尋向所誌、遂迷不復得路。
向の誌しし所を尋ぬるに、遂に迷ひて復た路を得ず。
以前つけた目印を探したが、結局迷って二度とは道を見つけられなかった。
目印をつけて帰ったのに、漁師はなぜ村に戻ることができなかったのでしょうか?
漁師が口外することを予想し、多くの人が村へ来ることを避けるために目印を消したのではないかと考えられます。
南陽劉子驥、高尚士也。
南陽の劉子驥は、高尚の士なり。
南陽の劉子驥は、俗世を離れた志の高い人だった。
ここで劉子驥という人物が登場します。
劉子驥は実在する人物で、富や名声を求めない人格的にすぐれた人です。
このような人を登場させることで、真実みを持たせているというのが一般的な解釈です。
「漁師が行ったという村の話を、この劉子驥という立派な人が信じてそこへ行こうとしたんだよ」と言った方が、説得力が増す印象です。
聞之、欣然規往、未果、尋病終。
之を聞き、欣然として往かんことを規るも、未だ果たさず、尋いで病みて終はる。
(劉子驥は)この話を聞いて、喜び勇んで(その村に)行こうと計画をしたが、まだ実行できないうちに、それからまもなく病気になって死んでしまった。
※未だ~ず…再読文字(まだ~しない)
※尋…それからまもなく
約束を簡単に破ってしまうような漁師が行けて、
高尚の士と言われる劉子驥がその村にたどり着けないのは
どうしてなのでしょうか?
それはその人の資質に関わらず、村が「行こうとして向かうとたどり着けない場所」であったと言うことになります。
また漁師が最初に村にたどり着いたのは偶然であるからということと、作者が「こんな理想の村があるんだよ」と説明するために、漁師を村に行かせたと考えらえています。
後遂無問津者。
後遂に津を問ふ者無し。
その後とうとう渡し場を訪ねるものはいなかった。
※津…渡し場
最後のこの一文はどういうことなんでしょうか?
この「津(渡し場)」とは、漁師が最初に村に入る前に船を泊めた渡し場のことを言っています。
つまり「その後その村を目指そうという人が現れなかった」ということです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
今回は「桃花源記」についてみてきました。
漁師が偶然訪れた村は、平和で理想郷と言える村でした。
このお話から生まれたのが「桃源郷」という、俗界を離れた現実には絶対にない理想の社会を表す言葉が生まれたとされています。
このポイントを振り返りましょう。
→外の人たちとの関わりを避け、
整備されて栄え、平和に自給自足の生活を楽しんでいる理想郷と言える村。
本文土地平曠、屋舎儼然。有良田・美池・桑竹之属。阡陌交通、鶏犬相聞。其中往来種作男女衣著、悉如外人。黄髪垂髫、並怡然自楽。
・村人が漁師に村のことを口外しないように言った理由は?
→村の外の人との交わりを避けているため、村に多くの人が来てほしくないし、この村のことを知られたくないから。
・どうして漁師は約束を破ってしまったの?
→太守に「手つかずに素晴らしい村がある」ことを報告すれば褒美がもらえると思ったから。
・なぜ誰もその村にたどり着くことができなかったのか?
→その村は行こうとするとたどり着けない場所だった。
俗世間の欲にまみれたような人はもちろん、高尚の士さえもたどり着けないのは、そのような理想の社会は手に入れようとして手に入れられるものではないという作者の考えによるものである。
・その後誰もたどり着けなかったその村に、なぜ漁師だけが行くことができたのか?
漁師は桃源郷を語るために、作者によって連れて行かれたと考えられる。
長文でしたが、いかがでしたでしょうか?
作者の生きた時代背景を考えると単なるフィクションではないことが分かりました。
作者が理想とする社会を読み解き、そこに二度とたどり着けない登場人物たちの様子から作者の思いは理解できたのではないでしょうか。
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