伊勢物語より「初冠」について解説をしていきます。
成立:平安時代
作者:未詳
ジャンル:歌物語
内容:在原業平を思わせる人物を主人公とする。「男」の恋愛を中心とする一代記のような形をしている。
今回のお話で、ある男は、元服後に訪れた地で美しい姉妹をみつけます。
男はどのような和歌を詠み、それを作者はどのように評価しているのかを読み取っていきましょう。
この記事では
・品詞分解と語句解説
・現代語訳
・本文の解説
以上の内容を順番にお話していきます。
伊勢物語「初冠」品詞分解・現代語訳・解説
本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
昔、男、初冠して、平城の京、春日の里に領るよしして、狩りにいにけり。
昔、男が、元服をして、奈良の都、春日の里に、領有している縁で、狩りに行った。
語句 | 意味 |
昔、 | 名詞 |
男、 | 名詞 |
初冠 | 名詞(男子が成人して初めて冠をつけること。元服すること。) |
し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
平城の京、 | 名詞(奈良にあった都) |
春日の里 | 名詞(奈良市春日山西麓を指す) |
に | 格助詞 |
領る | ラ行四段活用動詞「領る」(領有する)連体形 |
よし | 名詞(縁) |
し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
狩り | 名詞 |
に | 格助詞 |
いに | ナ行変格活用動詞「いぬ」(行く)連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。
その里に、とてもみずみずしく美しい姉妹が住んでいた。
語句 | 意味 |
そ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
里 | 名詞 |
に | 格助詞 |
いと | 副詞(大変、とても) |
なまめい | カ行四段活用動詞「なまめく」(みずみずしく美しい)連用形「なまめき」のイ音便 |
たる | 存続の助動詞「たり」連体形 |
女はらから | 名詞(姉妹) |
住み | マ行四段活用動詞「住む」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
この男、垣間見てけり。
この男は、(姉妹を)のぞき見した。
語句 | 意味 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
男、 | 名詞 |
垣間見 | マ行上一段活用動詞「垣間見る」(のぞき見をする)連用形 |
て | 完了の助動詞「つ」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
思ほえず、ふるさとに、いとはしたなくてありければ、心地惑ひにけり。
思いがけず、旧都にとても不釣り合いでいたので、気持ちが乱れてしまった。
語句 | 意味 |
思ほえ | ヤ行下二段活用動詞「思ほゆ」(思われる)連用形 |
ず、 | 打消の助動詞「ず」連用形 |
※思ほえず | 思いがけず |
ふるさと | 名詞(昔の都。ここでは現在の都が京都であるのに対して、奈良を指している) |
に、 | 格助詞 |
いと | 副詞 |
はしたなく | ク活用形容詞「はしたなし」(不釣り合いだ)連用形 |
て | 接続助詞 |
あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
心地 | 名詞(気持ち) |
惑ひ | ハ行四段活用動詞「惑ふ」(心が乱れる) |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |

「ふるさと」を「旧都」と訳しましたが、さびれた場所であると言っています。

そこには似合わない、超絶 美人姉妹がいたって言いたいんですよね!
男の着たりける狩衣の裾を切りて、歌をかきてやる。
男は着ていた狩衣の裾を切って、和歌を書いて送る。
語句 | 意味 |
男 | 名詞 |
の | 格助詞 |
着 | カ行上一段活用動詞「着る」連用形 |
たり | 存続の助動詞「たり」連用形 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
狩衣 | 名詞(狩りの時に着る衣服のこと) |
の | 格助詞 |
裾 | 名詞 |
を | 格助詞 |
切り | ラ行四段活用動詞「切る」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
歌 | 名詞(和歌) |
を | 格助詞 |
書き | カ行四段活用動詞「書く」連用形 |
て | 接続助詞 |
やる。 | ラ行四段活用動詞「やる」(送る)連用形 |
その男、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける。
その男は、しのぶずりの狩衣を着ていた。
語句 | 意味 |
そ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
男、 | 名詞 |
しのぶずり | 名詞(忍草を用いて布に乱れ模様をつけること。またその布) |
の | 格助詞 |
狩衣 | 名詞 |
を | 格助詞 |
なむ | 係助詞【強調】 ※結び:ける |
着 | カ行上一段活用動詞「着る」連用形 |
たり | 存続の助動詞「たり」連用形 |
ける。 | 過去の助動詞「けり」連体形【係り結び】 |
和歌:春日野の 若紫の すり衣 しのぶの乱れ 限り知られず
春日野の、若い紫草で染めたこの狩衣の、しのぶずりの模様のように私の心は乱れて限りないです。
語句 | 意味 |
春日野 | 名詞(春日の里を指す) |
の | 格助詞 |
若紫 | 名詞(紫草のこと。若い女性の例えにも用いられる) |
の | 格助詞 |
すり衣 | 名詞(露草などの汁で乱れ模様をつけた衣服) |
しのぶ | 名詞(しのぶ摺り/人目を忍んで恋する心) |
の | 格助詞 |
乱れ | 名詞 |
限り | 名詞(限界。限度) |
知ら | ラ行四段活用動詞「知る」未然形 |
れ | 可能の助動詞「る」未然形 |
ず | 打消の助動詞「ず」終止形 |
※限り知られず | 限りない。果てしない。 |
【掛詞】しのぶの乱れ→①しのぶずりの乱れ模様 ②恋忍ぶ心の乱れ

「春日野の若紫」は「春日野の地にいるみずみずしく美しい姉妹」と解釈されているものもありました。
となむ、追ひつきて言ひやりける。
と、すぐに(和歌を)詠んで送った。
語句 | 意味 |
と | 格助詞 |
なむ、 | 係助詞【強調】 ※結び:ける |
追いつき | カ行四段活用動詞「追ひつく」(すぐに) |
て | 接続助詞 |
言ひやり | ラ行四段活用動詞「言ひやる」(手紙や使いの人を通して伝える。ここでは、和歌を詠み使いの者に頼んで、姉妹へ送ったことを指す) |
ける。 | 過去の助動詞「けり」連体形【係り結び】 |
ついでおもしろきことともや思ひけむ。
その機会に(合った)趣のあることと思ったのだろうか。
語句 | 意味 |
ついで | 名詞(おり、機会) |
おもしろき | ク活用形容詞「おもしろし」(趣がある) |
こと | 名詞 |
と | 格助詞 |
も | 係助詞 |
や | 係助詞【疑問】 |
思ひ | ハ行四段活用動詞「思ふ」連用形 |
けむ。 | 過去の原因推量の助動詞「けむ」(~たのだろう)連体形 |

これは誰が「思ひけむ」なのでしょうか?

これには、
① 男がこの和歌を姉妹に贈った理由として「今の状況に合っていて趣があると思ったからだろうか」という解釈
② 和歌を受け取った姉妹が感じたこととして「彼の歌を今の状況にあっていて趣があると思ったのだろうか」という解釈
があります。
①を用いているものが多いようです。
和歌:陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに
陸奥のしのぶもじずりの乱れ模様のように、誰のせいで私の心は乱れ始めたのだろうか、私のせいではないのに。➡全てはあなたのせいなのですよ。
語句 | 意味 |
陸奥 | 名詞(現在の青森・岩手・宮城・福島を指す。東北地方全体を指すこともある) |
の | 格助詞 |
しのぶもぢずり | 名詞(「しのぶずり」と同じ。) |
誰 | 代名詞 |
ゆゑ | 名詞 |
※誰ゆゑ | 誰のせいで |
に | 格助詞 |
乱れそめ | マ行下二段活用動詞「乱れそむ」(乱れ始める)連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
し | 過去の助動詞「き」連体形 |
我 | 代名詞(私) |
なら | 断定の助動詞「なり」未然形 |
な | 打消の助動詞「ず」古い未然形 |
く | 接尾語 |
に | 格助詞/接続助詞 |
【掛詞】そめ→①染め ②初め

この歌が、今回「男」が参考にした和歌ということですね。

そうです。
『古今和歌集』恋歌四・724にある、源ミナモト融トオルの和歌です。
内容は理解できましたか?

「なくに」の品詞分解が意味わかりません…

これは、上代(主に奈良時代を指す)によく用いられたものです。
「~ないのに」と訳しました。
といふ歌の心ばへなり。
と言う歌の趣向を取ったものである。
語句 | 意味 |
と | 格助詞 |
いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
歌 | 名詞 |
の | 格助詞 |
心ばへ | 名詞(趣向) |
なり。 | 断定の助動詞「なり」終止形 |
昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。
昔の人は、このように一途な風流事をしたのだった。
語句 | 意味 |
昔人 | 名詞(古人、昔の人) |
は、 | 係助詞 |
かく | 副詞(このように) |
いちはやき | ク活用形容詞「いちはやし」(一途だ)連体形 |
みやび | 名詞(風流) |
を | 格助詞 |
なむ | 係助詞【強調】 ※結び:ける |
し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
ける。 | 過去の助動詞「けり」連体形【係り結び】 |

どういうことですか?

作者は「昔の人は、情熱的で風流のある振る舞いをしていたんですよ~」と言っているのです。

なるほど…
美人姉妹に一目ぼれして、自分の衣服を破って和歌を書いて送るという情熱。
そしてその衣服にちなんだ和歌を用いた歌を詠んだという、風流心。
それを作者はただのナンパ男ではなく、「いちはやきみやび」と評価したのですね。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は伊勢物語より「初冠」を解説しました。
偶然見てしまった美人姉妹に、心を乱された「男」。
すぐに自分の着ていた衣服を破って、そこに思いを伝える和歌を書きます。
その情熱もさることながら、詠んだ和歌もオシャレ。
自分の着ていた衣服にちなんだ歌に、なぞらえたわけです。
それを作者は、「いちはやきみやび」と評価したのでした。
みなさんはどのように、感じましたか?
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