今回は史記より「視吾舌。尚在不(吾が舌を視よ。尚ほ在りや不や)」について解説をしていきます。
「吾が舌を視よ。尚ほ在りや不や」とは、張儀という人物が妻に向かって言った言葉です。
なぜこのようなことを聞いたのか、妻は何と答えたのか?
詳しく読んでいきましょう。
この記事では
・白文
・書き下し文(読み仮名付き)
・語句の意味/解説
・現代語訳
以上の内容を順番にお話していきます。
「視吾舌。尚在不(吾が舌を視よ。尚ほ在りや不や)」書き下し文・現代語訳・解説

白文
① 張儀者、魏人也。
② 始嘗与蘇秦倶事鬼谷先生学術。
③ 蘇秦自以、不及張儀。
④ 張儀已学而游説諸侯。
⑤ 嘗従楚相飲。
⑥ 已而楚相亡璧。
⑦ 門下意張儀曰、
⑧ 「魏貧無行。
⑨ 必此盗相君之璧。」
⑩ 共執張儀、掠笞数百。
⑪ 不服。醳之。
⑫ 其妻曰、
⑬ 「嘻、子母読書游説、
⑭ 安得此辱乎。」
⑮ 張儀謂其妻曰、
⑯ 「視吾舌。尚在不。」
⑰ 其妻笑曰、「舌在也。」
⑱ 儀曰、「足矣。」
書き下し文(読み仮名付き)・語句解説・現代語訳
①張儀は、魏人なり。
| 語句 | 意味/解説 |
| 張儀 | 人名。戦国時代の遊説家。 |
| 魏人 | 魏の国の人 |
【訳】張儀は、魏の国の人である。
②始め嘗て蘇秦と倶に鬼谷先生に事へ術を学ぶ。
| 語句 | 意味/解説 |
| 嘗て | 以前は |
| 蘇秦 | 人名。遊説家。 |
| 倶に | 一緒に |
| 鬼谷先生 | 人名。戦国時代の学者(鬼谷子) |
【訳】はじめ以前は蘇秦と一緒に鬼谷先生のもとで遊説家としての基本教養を学んだ。
③蘇秦自ら以へらく、張儀に及ばずと。
| 語句 | 意味/解説 |
| 自ら | 自分で |
| 以へらく | 思うことには |
| 及ばず | 敵わない |
【訳】蘇秦は自分で思うことには、張儀にはかなわないと。
④張儀已に学びて諸侯に游説す。
| 語句 | 意味/解説 |
| 諸侯 | 諸侯とは国王の命を受けて、その土地の支配を任された首長のこと。 |
| 游説 | 遊説。自信の思想や政策を諸侯に提案すること。 |
【訳】張儀はすでに学び終えて諸侯に遊説をしていた。
⑤嘗て楚の相に従ひて飲す。
| 語句 | 意味/解説 |
| 楚の相 | 楚の国の宰相 |
| 飲す | 酒を飲む |
【訳】以前楚の宰相につき従って酒を飲んでいた。
⑥已にして楚の相璧を亡ふ。
| 語句 | 意味/解説 |
| 已にして | ほどなくして |
| 璧 | 家宝の一種 |
| 亡ふ | なくす |
【訳】ほどなくして楚の宰相は璧を失くした。
⑦門下張儀を意ひて曰はく、
| 語句 | 意味/解説 |
| 門下 | 門弟 |
| 意ひて | 疑って |
【訳】(楚の宰相の)門弟が張儀を疑って言うことには、
⑧「儀は貧しくして行ひ無し。
| 語句 | 意味/解説 |
| 儀 | 張儀のことを指す |
| 行ひ無し | 品行が悪い |
【訳】「張儀は貧乏で品行が悪い。
⑨必ず此れ相君の璧を盗めるならん」と。
| 語句 | 意味/解説 |
| 必ず~ん | きっと~だろう |
| 此れ | 張儀を指す |
| 相君 | 宰相 |
【訳】きっとこいつ(張儀)が宰相様の璧を盗んだのだろう」と。

遊説家って学者とか、裕福な人がなるのではないのですか?

そうでもないんです。
戦国の世になり、国を強くするために様々な政策が必要とされました。
諸侯は血筋にこだわらず、独自の発想で国を豊かにする思想を求めたのです。
それによって庶民の中にも知識を得て遊説する人が増えたのでした。

だから張儀は家は貧しかったけど、遊説をしていたのですね。
⑩共に張儀を執へて、掠笞すること数百。
| 語句 | 意味/解説 |
| 共に | 一斉に、一緒に |
| 執へて | 捕まえて |
| 掠笞 | むちで打つ |
【訳】(門弟たちは)一斉に張儀を捕まえて、むちで数百回打った。
⑪服せず。之を醳す。
| 語句 | 意味/解説 |
| 服せず | 屈服しなかった ※屈服…力に負けて服従すること |
| 之 | 張儀のことを指す |
| 醳す | 釈放する |
【訳】(しかし張儀は)屈服しなかった。(宰相は)それを釈放した。
⑫其の妻曰はく、
| 語句 | 意味/解説 |
| 其の妻 | 張儀の妻を指す |
【訳】その妻が言うことには、
⑬「嘻、子書を読みて游説すること毋くんば、
| 語句 | 意味/解説 |
| 嘻 | ああ |
| 子 | あなた |
| 毋くんば | 無ければ |
【訳】「ああ、あなたが書物を読んで遊説することがなければ、
⑭安くんぞ此の辱めを得んや」と。
| 語句 | 意味/解説 |
| 安んぞ~や(乎) | 【反語】どうして~か、いや~でない |
| 辱め | 侮辱 |
【訳】どうしてこのような侮辱をうけたでしょうか、いや受けないでしょう。
⑮張儀其の妻に謂ひて曰はく、
【訳】張儀がその妻に向かって言うことには、

「曰はく」と「謂ひて曰はく」の違いはなんですか?
意味…Aが言うことには
※誰にともなく言う場合ABに謂ひて曰はく
意味…AがBに言うことには
※相手がいる場合
⑯「吾が舌を視よ。尚ほ在りや不や」と。
| 語句 | 意味/解説 |
| 吾が舌 | 私の舌 |
| 尚ほ | まだ |
| ~不や | 【疑問】~かどうか |
【訳】「私の舌を見てみなさい。まだあるかどうか」と。
⑰其の妻笑ひて曰はく、「舌は在り」と。
| 語句 | 意味/解説 |
| 也 | 置き字【断定】 |
【訳】その妻が笑って言うことには、「舌はある」と。

なぜ張儀の妻は、笑ったのでしょうか?

これは張儀が変な質問をしたからです。
「変なこと聞くなあ」という笑いです。
⑱儀曰はく、「足れり」と。
| 語句 | 意味/解説 |
| 足れり | 足りている、それで十分だ |
| 矣 | 置き字【断定】 |
【訳】張儀が言うことには、「十分だ」と。

「足れり」とはどういう意味ですか?

舌があれば、これからまた成功するチャンスがある、
これからも遊説ができるということを言っています。

自分の遊説に自信を持っていたということですね。
まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は史記より「吾が舌を視よ。尚在りや不や」を紹介しました。
題名になっているのは、張儀のセリフでした。
おかしなことを聞くなあと思い、笑いながら妻は「舌はありますよ」と答えます。
「舌があれば十分だ」と答える張儀。
自分には舌さえあれば遊説でこれから成功することができるという、自信が感じられる言葉でもありました。



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