史記より「項王自刎(項王の最期)」について解説をしていきます。
前回「四面楚歌」では、項王は漢王軍に包囲され絶体絶命のピンチとなりました。
しかし夜の内に包囲された垓下から抜け出し、長江のほとりの烏江の地まで逃げてきたのです。
今回は、その烏江へ逃げてきてからのお話となります。
項羽(項王)と劉邦(漢王)の戦いもこれで終わりとなります。
項王がどのような最期を遂げるのか、見届けましょう。
この記事では
・書き下し文(読み仮名付き)
・語句の意味/解説
・現代語訳
以上の内容を順番にお話していきます。
「項王自刎」書き下し文・現代語訳・解説
白文・書き下し文(読み仮名付き)・語句解説・現代語訳
① 項王乃欲東渡烏江。
項王乃ち東のかた烏江を渡らんと欲す。
語句 | 意味 |
項王 | 人名。項羽のこと。 |
乃ち | そこで |
東のかた | 東の方へ進む |
烏江 | 地名。現在の安徽省馬鞍山市の北東にある。長江の渡し場となっていた。 |
渡る | 越える、渡る |
~んと欲す | ~しようとする |
【訳】項王はそこで東の方へ進み烏江を渡ろうとした。
ここから長江を東に渡れば、項王の故郷である楚の国へ行くことができるのでした。
② 烏江亭長檥舟待。
烏江の亭長船を檥して待つ。
語句 | 意味 |
亭長 | 亭(=宿場)の長 |
船を檥す | 船出の用意をする |
【訳】烏江の宿場の長は船出の用意をして待っていた。
③ 謂項王曰、
項王に謂ひて曰はく、
語句 | 意味 |
謂ひて曰はく | 向かって言うことには |
【訳】項王に向かって言うことには、
「曰はく」と「謂ひて曰はく」の違いって何ですか?
相手がいる場合が「謂ひて曰はく」です。
なのでここでは「向かって言うことには」としました。
「告げて」などと訳をしているものも、あるかと思います。
④「江東雖小、地方千里、衆数十万人、
「江東小なりと雖も、地は方千里、衆は数十万人、
語句 | 意味 |
江東 | 地名。長江下流の南岸一体を指す。項王は江東で挙兵した。 |
小なり | 小さい |
~と雖も | 【逆接確定条件】~ではあるが |
地 | 土地 |
方千里 | 千里四方 |
衆 | 民衆 |
【訳】「江東は小さくはありますが、土地は四方千里(あり)、民衆は数十万(人いて)、
⑤ 亦足王也。
亦王たるに足るなり。
語句 | 意味 |
亦 | 再び、もう一度 |
王たるに | 王となるのに ※王+断定の助動詞「たり」連体形 |
足る | 十分だ |
【訳】再び王となるのに十分(土地)です。
亭長はいったい、何を言っているのでしょうか?
長江を渡った先の「江東」という地で、再起をはかるように勧めているのです。
「小さい国ではあるが、その国の王となり、ここからまた天下統一を果たしていきましょう!」ということですね。
⑥ 願大王急渡。
願はくは大王急ぎ渡れ。
語句 | 意味 |
願はくは~ | 【願望】どうか~してください |
大王 | 項王を指す |
急ぎ | 急いで |
渡れ | 「渡る」の命令形。※相手が項王なので「お渡りください」と訳。 |
【訳】どうか項王様急いで(長江を)お渡りください。
⑦ 今独臣有船。
今独り臣のみ船有り。
語句 | 意味 |
独り~のみ | 【限定】ただ~だけ |
臣 | わたくし |
【訳】今ただわたくしだけが船を持っています。
⑧ 漢軍至、無以渡。」
漢軍至るも、以て渡ること無からん。」と。
語句 | 意味 |
漢軍 | 漢王(劉邦)軍 |
至る | やって来る |
以て | 【手段・材料】(船を)使って |
無からん | ないだろう |
【訳】漢王軍がやって来ても、船を使って渡ることはないでしょう。(=船がないので渡ることができません)
烏江の亭長の申し出は、項王にとってまさに「助け船」ですよね。
そうですね。
その申し出を、項王はどうしたのでしょうか?
続けて読んでいきましょう。
⑨ 項王笑曰、
項王笑ひて曰はく、
語句 | 意味 |
笑ひて | 笑って |
【訳】項王は笑って言うことには、
⑩「天之亡我、我何渡為。
「天の我を亡ぼすに、我何ぞ渡るを為さんや。
語句 | 意味 |
我 | 私 |
亡ぼす | 滅ぼす、死なせる |
何ぞ~んや | 【反語】どうして~か、いや~ない。 |
渡るを為す | 渡ることをする |
【訳】「天が私を死なせようとするのに、私はどうして渡ったりするだろうか、いや渡らない。
え~!?
項王は笑って断ってますけど!?
天が自分を滅ぼそうとしているから、それに背いて生きようとしないということです。
前回の「四面楚歌」で詠んだ詩でも、「時利あらず」と言っていましたね。
⑪ 且籍与江東子弟八千人、渡江而西、今無一人還。
且つ籍江東の子弟八千人と、江を渡りて西し、今一人の還るもの無し。
語句 | 意味 |
且つ | さらに、その上 |
籍 | 項羽(項王)の名。「自分」を指す。 |
子弟 | 若者。一緒に江東から挙兵してきた若者たちを指す。 |
西し | 西に進む |
還るもの | 帰る者 |
無し | いない |
【訳】その上私は江東の若者八千人と、長江を渡って西に進んだ(が)、今一人も帰る者がいない。
自分を信じて挙兵してくれた若者たちを、無事に連れて帰ることができなかったと言っています。
⑫ 縦江東父兄憐而王我、我何面目見之。
縦ひ江東の父兄憐れみて我を王とすとも、我何の面目ありてか之を見ん。
語句 | 意味 |
縦ひ~とも | 【仮定】たとえ~であっても |
江東の父兄 | 江東を仕切る長老などを指す |
憐れみて | 同情して |
王とす | 王にする |
何の~ありてか…ん | 【反語】どんな~があって…か、いや…ない。 |
面目 | 名誉、体面のこと |
之 | 江東の父兄を指す |
見る | 見る(ここでは「顔を見る=会う」と解釈) |
【訳】たとえ江東の長老たちが同情して私を王にしたとしても、私は何の面目があってこの人たちに会うだろうか、いや会わない。
「江東の地の長老たちが自分を王と認めてくれれば、烏江の亭長が言うように王となれるだろう。でも合わせる顔がないよ…」と言っているのです。
⑬ 縦彼不言、籍独不愧於心乎。」
縦ひ彼言はずとも、籍独り心に愧ぢざらんや。」と。
語句 | 意味 |
縦ひ~とも | 【仮定】たとえ~であっても |
彼 | 父兄を指す |
言わず | 言わない |
籍 | 項羽(項王)の名。「自分」を指す。 |
独り~や(乎) | 【反語】どうして~か、いや~ない。 |
心に愧づ | 恥ずかしいと思う、面目なく思う |
【訳】たとえ彼らが何も言わなくても、私はどうして恥ずかしく思わないだろうか、いや恥ずかしく思う。」と。
⑭ 乃謂亭長曰、
乃ち亭長に謂ひて曰はく、
語句 | 意味 |
乃ち | そこで |
亭長 | 亭(=宿場)の長 |
謂ひて曰はく | 向かって言うことには |
【訳】そこで(項王が)宿場の長に向かって言うことには、
⑮「吾知公長者。
「吾公の長者なるを知る。
語句 | 意味 |
吾 | 私 |
公 | 「あなた」という意味の敬称 |
長者 | 立派な人物 |
知る | わかる |
【訳】私はあなたが立派な人物であることが分かる。
自分の為に船を用意して待っていてくれていた、烏江の宿場長に対して敬意を表しています。
自分にまだ期待して王となることを願ってくれていることに対しても、感謝の気持ちがあったのでしょう。
⑯ 吾騎此馬五歳、所当無敵。
吾此の馬に騎すること五歳、当たる所敵無し。
語句 | 意味 |
此の馬 | 騅のこと |
騎する | 馬に乗る |
五歳 | 五年 |
当たる所敵無し | 向かう所敵無し=とても強くて誰と戦っても負けないということ |
【訳】私はこの馬に五年乗ってきたが、向かう所敵無しであった。
⑰ 嘗一日行千里。
嘗て一日に行くこと千里。
語句 | 意味 |
嘗て | 以前 |
行くこと | 移動する、進む |
千里 | 約四千キロ。転じて非常に長い距離を指す。 |
【訳】以前は一日に千里も進んだこともあった。
「千里の馬」は名馬を指します。
騅は名馬ということです。
⑱ 不忍殺之、以賜公。」
之を殺すに忍びず、以て公に賜はん。」と。
語句 | 意味 |
之 | 騅のことを指す |
殺す | 死なせる |
忍びず | 耐えられない |
公 | 「あなた」という意味の敬称 |
賜はん | 差し上げよう |
【訳】これを死なせることに耐え慣れないので、あなたに差し上げよう。」と。
烏江の亭長への感謝の気持ちを表すために、自分の相棒である名馬の騅をあげることにしました。
「無敵の相棒を手放す=自分の死を覚悟している」ということも表しています。
項王の「笑」
① 自分の死を天命だと受け入れ、力の抜けた「笑」
→死を覚悟し「逃げなくてよい」と、晴れやかな思いもあったのかもしれない
② それでも生きようと、必死でここまできてしまった自分を恥じる自嘲の「笑」
→江東の若者を連れて帰ってこれなかったくせに、なにをここまで逃げてきたんだか…と自分をあざける笑い
四面楚歌で味方が減り、心細い状況の中、生きることを必死に考えていたのかもしれません。
そんな中、烏江の亭長はあたたかい言葉をかけてくれます。
そこで自分の死を、天命として受け入れようという思いに変わったのです。
⑲ 乃令騎皆下馬歩行、持短兵接戦。
乃ち騎をして皆馬より下りて歩行し、短兵を持して接戦せしむ。
語句 | 意味 |
乃ち | そして |
騎 | 馬に乗った兵士 |
歩行す | 歩いていく |
短兵 | 短い武器 |
持して | 持って |
接戦 | 敵と入り乱れて戦うこと(白兵ハクヘイ戦セン) |
AをしてBせし(令)む | 【使役】をにBさせる |
【訳】そして馬に乗った兵士たちを皆馬から降りて歩いて行き、刀剣などの短い武器を持って白兵戦をさせた。
これが、本当に項王の最期の戦いですね。
⑳ 独籍所殺漢軍数百人。
独り籍の殺す所の漢軍数百人なり。
語句 | 意味 |
独り | 一人 |
AのBする所のC | AがBするC |
籍 | 項王を指す |
漢軍 | 漢王軍 |
【訳】項王が一人で殺した漢王軍(の兵)は数百人になった。
㉑ 項王身亦被十余創。
項王の身も亦十余創を被る。
語句 | 意味 |
身 | 身体 |
も亦 | ~もまた |
十余創 | 十数か所の傷 |
被る | 受ける、負う |
【訳】項王の身体もまた十数か所の傷を負った。
㉒ 顧見漢騎司馬呂馬童曰、
顧みて漢の騎司馬の呂馬童を見て曰はく、
語句 | 意味 |
顧みて | 振り返ると |
漢 | 漢王軍 |
騎司馬 | 役職名。騎兵隊長のこと。 |
呂馬童 | 人名。もともとは項王の部下だったが、この時には漢王軍にいた。 |
【訳】(項王は)振り返ると漢王軍の騎兵隊長の呂馬童を見て言うことには、
㉓「若非吾故人乎。」
「若は吾が故人に非ずや。」と。
語句 | 意味 |
若 | お前 |
吾が | 私の |
故人 | 昔なじみ、以前親しくしてた人、以前から親しくしている人 |
非ずや(乎) | 【疑問の形の驚き】~ではないか |
【訳】「お前は私の昔なじみではないか。」
「おお、呂馬童!」と項王は懐かしい顔を見つけて、声をかけたのかもしれません。
呂馬童については詳しい記述がないのですが、このやり取りから項王とは古くからの知り合いであったことがわかります。
もともとは、項王の部下だったと考えられます。
㉔ 馬童面之、指王翳曰、
馬童之に面き、王翳に指さして曰はく、
語句 | 意味 |
馬童 | 人名。呂馬童のこと。 |
之 | 項王を指す |
面く | 顔を背ける |
王翳 | 人名。漢王軍の武将。 |
指さして | 指をさして |
【訳】馬童はこれから顔を背け、王翳に(項王を)指さして言うことには、
なぜ呂馬童は、項王から顔を背けたのでしょうか?
かつての君主である項王の傷だらけの姿を見て、目を背けてしまったのでしょう。
呂馬童は、自分で項王を殺すことができる状況でした。
それをせずに「これが項王です」と王翳に伝えることで、自分が手を下さなくて済むようにしたのかもしれませんね。
㉕「此項王也。」
「此れ項王なり。」と。
語句 | 意味 |
此れ | これが |
【訳】「これが項王だ。」と。
㉖ 項王乃曰、
項王乃ち曰はく、
【訳】項王がそこで言うことには、
㉗「吾聞『漢購我頭千金・邑万戸。』
「吾聞く、『漢我が頭を千金・邑万戸に購ふ。』と。
語句 | 意味 |
漢 | 漢軍 |
我が頭 | 私の首 |
千金 | 大金 |
邑万戸 | 一万戸の領地 |
購ふ | 求める |
【訳】私は聞いている、「私は『漢軍が私の首を大金や一万戸の領地を褒美として求めている。』と。
㉘ 吾為若徳。」
吾若の為に徳せん。」と。
語句 | 意味 |
吾 | 私 |
若の為 | お前の為 |
徳 | 恩恵を施す |
【訳】私はお前の為に恩恵を施そう。」と。
㉙ 乃自刎而死。
乃ち自刎して死す。
語句 | 意味 |
乃ち | そこで |
自刎 | 自分で自分の首を切った |
【訳】そこで(項王は)自分で自分の首を切った。
項王は結局、自分で命を絶ちました。
誰かにやられるくらいなら、と自分の最期を自分で決めるという感じがします。
でも昔なじみの呂馬童のためにもなればいいな、という思いもあったのではないでしょうか。
このあと、褒美欲しさに漢王軍の兵が項王の周りに集まり、味方同士の無意味な殺し合いまで発生したと言います。
結局、項王の身体は五つに切り刻まれ、呂馬童、王翳などがそれを持ち帰ったのでした。
項王は、激しい人でしたね。
まだ20代中盤という年齢ですし…
若く、だまされやすく純粋な部分もありました。
策略などより、力でねじ伏せるタイプのようですね。
最期は大暴れして、派手に散りたい…という感じがしました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は史記より「項王自刎」を解説しました。
項羽と劉邦の戦いもこれで終わりです。
項王の自刎と言う形での幕切れでした。
自分を信じてついてきてくれた部下たちをたくさん失い、自分だけが生き残るのは恥だと考えたから。
天にも見放されて、死を受け入れるしかないとも思ったようです。
項王は若さゆえに、純粋で勢いがあるときは最強ですが、逆境に陥ったときに立ち直ることができませんでした。
激しく散っていった項王の最期を、みなさんはどのように感じたでしょうか?
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