伊勢物語より「東下り」について解説をしていきます。
成立:平安時代
作者:未詳
ジャンル:歌物語
内容:在原業平を思わせる人物を主人公とする。「男」の恋愛を中心とする一代記のような形をしている。
今回のお話は、ある男が「身を要なきものに思ひなして」旅に出るお話です。
和歌も含まれていますので、どんなことが詠まれているのか考えながら読み取っていきましょう。
この記事では
・品詞分解と語句解説
・現代語訳
・本文の解説
以上の内容を順番にお話していきます。
伊勢物語「東下り」品詞分解・現代語訳・解説

本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
昔、男ありけり。
昔、男がいた。
| 語句 | 意味 |
| 昔、 | 名詞 |
| 男 | 名詞 |
| あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
| けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
その男、身を要なきものに思ひなして、
その男は、自分自身を役に立たないものと思い込んで、
| 語句 | 意味 |
| そ | 代名詞 |
| の | 格助詞 |
| 男、 | 名詞 |
| 身 | 名詞(わが身、自分自身) |
| を | 格助詞 |
| 要なき | ク活用形容詞「要なし」(役に立たない)連体形 |
| もの | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| 思ひなし | サ行四段活用動詞「思ひなす」(思い込む)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |

なぜ、そのように思ったのでしょうか?

はっきりとは、語られていませんね。
在原業平の当時の状況を考えると、失恋したからとか、貴族社会で思うように出世できなかったからなどと言われています。
京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。
京都にはいるまい、東の方に住むのによい国を探し求めに(行こう)と思って行った。
| 語句 | 意味 |
| 京 | 名詞(京都) |
| に | 格助詞 |
| は | 係助詞 |
| あら | ラ行変格活用動詞「あり」未然形 |
| じ、 | 打消意志の助動詞「じ」(~しまい)終止形 |
| 東 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 方 | 名詞 |
| ※東の方 | 都である京都から見て東側(関東方面)を指す |
| に | 格助詞 |
| 住む | マ行四段活用動詞「住む」終止形 |
| べき | 適当の助動詞「べし」連体形 |
| 国 | 名詞 |
| 求め | マ行下二段活用動詞「求む」(探し求める)連用形 |
| に | 格助詞 |
| とて | 格助詞 |
| 行き | カ行四段活用動詞「行く」連用形 |
| けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
もとより友とする人、一人、二人して行きけり。
以前から友人である人、一人二人と共に行った。
| 語句 | 意味 |
| もとより | 副詞(以前から、昔から) |
| 友 | 名詞(友人) |
| と | 格助詞 |
| する | サ行変格活用動詞「す」連体形 |
| 人 | 名詞 |
| 一人、 | 名詞 |
| 二人 | 名詞 |
| して | 格助詞(同じ動作をする人を指す。~とともに) |
| 行き | カ行四段活用動詞「行く」連用形 |
| けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
道知れる人もなくて惑ひ行きけり。
道を知っている人もいなくて、迷いながら行った。
| 語句 | 意味 |
| 道 | 名詞 |
| 知れ | ラ行四段活用動詞「知る」已然形 |
| る | 存続の助動詞「り」連体形 |
| 人 | 名詞 |
| も | 係助詞 |
| なく | ク活用形容詞「なし」連用形 |
| て | 接続助詞 |
| 惑ひ行き | カ行四段活用動詞「惑ひ行く」(迷いながら行く)連用形 |
| けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
三河国八橋といふ所に至りぬ。
三河の国の八ッ橋というところに行き着いた。
| 語句 | 意味 |
| 三河国 | 名詞(現在の愛知県を指す) |
| 八橋 | 名詞(現在の愛知県知立市八橋の辺りを指す) |
| と | 格助詞 |
| いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
| 所 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| 至り | ラ行四段活用動詞「至る」(行き着く)連用形 |
| ぬ。 | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |
そこを八橋といひけるは、水行く川の蜘蛛手なれば、
そこを八橋といったのは、水が流れる川が蜘蛛の足のように八方に分かれているので、
| 語句 | 意味 |
| そこ | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| 八橋 | 名詞 |
| と | 格助詞 |
| いひ | ハ行四段活用動詞「いふ」連用形 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| は、 | 係助詞 |
| 水 | 名詞 |
| 行く | カ行四段活用動詞「行く」(流れゆく)連体形 |
| 川 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 蜘蛛手 | 名詞(蜘蛛の足のように八方に流れている様子を指す) |
| なれ | 断定の助動詞「なり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。
橋を八つ渡していることから、八橋といった。
| 語句 | 意味 |
| 橋 | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| 八つ | 名詞 |
| 渡せ | サ行四段活用動詞「渡す」已然形 |
| る | 存続の助動詞「り」連体形 |
| に | 格助詞 |
| より | ラ行四段活用動詞「よる」(もとづく)連用形 |
| て | 接続助詞 |
| なむ、 | 係助詞【強意】※結び:ける |
| 八橋 | 名詞 |
| と | 格助詞 |
| いひ | ハ行四段活用動詞「いふ」連用形 |
| ける。 | 過去の助動詞「けり」連体形【係り結び】 |
その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり。
その沢の近くの木の陰に(馬から)降りて座って、乾飯を食べた。
| 語句 | 意味 |
| そ | 代名詞 |
| の | 格助詞 |
| 沢 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| ほとり | 名詞(辺り、近く) |
| の | 格助詞 |
| 木 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 陰 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| 下りゐ | ワ行上一段活用動詞「下りゐる」(下りて座る)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| 乾飯 | 名詞(炊いたご飯を乾燥した携帯保存食。食べる時に水や湯に浸して、柔らかくして食べる) |
| 食ひ | ハ行四段活用動詞「食ふ」連用形 |
| けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。
その沢にかきつばたがとてもすばらしく咲いていた。
| 語句 | 意味 |
| そ | 代名詞 |
| の | 格助詞 |
| 沢 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| かきつばた | 名詞(アヤメ科の花) |
| いと | 副詞(とても) |
| おもしろく | ク活用形容詞「おもしろし」(すばらしい、趣がある) |
| 咲き | カ行四段活用動詞「咲く」連用形 |
| たり。 | 存続の助動詞「たり」終止形 |
それを見て、ある人の言はく、
それを見て、ある人が言うことには、
| 語句 | 意味 |
| それ | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| 見 | マ行上一段活用動詞「見る」連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| ある | 連体詞 |
| 人 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 言はく、 | ハ行四段活用動詞「言ふ」未然形+準体助詞「く」 |
「かきつばたといふ五文字を句の上にすゑて、旅の心を詠め。」
「かきつばたという五文字を和歌の句の上に置いて、旅の心を詠みなさい。」
| 語句 | 意味 |
| 「かきつばた | 名詞 |
| と | 格助詞 |
| いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
| 五文字 | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| 句 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 上 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| すゑ | ワ行下二段活用動詞「すう」(置く)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| 旅 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 心 | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| 詠め。」 | マ行四段活用動詞「詠む」命令形 |
と言ひければ、詠める、
と言ったので、男が詠んだ(歌は)、
| 語句 | 意味 |
| と | 格助詞 |
| 言ひ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連用形 |
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
| 詠め | マ行四段活用動詞「詠む」已然形 |
| る、 | 完了の助動詞「り」連体形 |
和歌:唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ
何度も着慣れた着物のように、長年慣れ親しんだ妻が(都に)いるので、遥々やってきた旅をしみじみと思うことだなあ
| 語句 | 意味 |
| 唐衣 | 名詞(唐風の衣服) 【枕詞】唐衣→着 |
| き | カ行上一段活用動詞「きる」(着る)連用形 |
| つつ | 接続助詞(何度も~して/ずっと~して) |
| なれ | ラ行下二段活用動詞「なる」連用形 【掛詞】①褻れ/萎れ(衣服が身体になじむこと)②馴れ(慣れ親しむ、馴染みの) |
| に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
| し | 過去の助動詞「き」連体形 |
| つま | 名詞 【掛詞】①褄(襟先の下端から下のヘリの部分)②妻(都に残してきた妻を指す) |
| し | 副助詞【強意】 |
| あれ | ラ行変格活用動詞「あり」已然形 |
| ば | 接続助詞 |
| はるばる | 副詞 【掛詞】①張る張る(衣服の糊が効いてパリっとしている状態を指す)②遥々(都から遠く離れてきてしまったことを指す) |
| き | カ行変格活用動詞「く」連用形 【掛詞】①着 ②来 |
| ぬる | 完了の助動詞「ぬ」連体形 |
| 旅 | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| し | 副助詞【強意】 |
| ぞ | 係助詞【強意】※結び:思ふ |
| 思ふ | ハ行四段活用動詞「思ふ」連体形 【係り結び】 |

和歌の表現技法が、てんこ盛りですね!
と詠めりければ、みな人、乾飯の上に、涙落として、ほとびにけり。
と詠んだので、その場にいた人は全員、乾飯の上に涙を落として、(乾飯は)ふやけてしまった。
| 語句 | 意味 |
| と | 格助詞 |
| 詠め | マ行四段活用動詞「詠む」已然形 |
| り | 完了の助動詞「り」連用形 |
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
| みな人、 | 名詞(その場にいた人全て) |
| 乾飯 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 上 | 名詞 |
| に、 | 格助詞 |
| 涙 | 名詞 |
| 落とし | サ行四段活用動詞「落とす」連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| ほとび | バ行上二段活用動詞「ほとぶ」(ふやける)連用形 |
| に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
| けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |

同行していた友人もまた、都に残してきた人がいたのでしょうね。

愛する人だけではなく、年老いた親を心配する思いもあったのかもしれません。
次ページ:行き行きて、駿河国に至りぬ~


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