はじめに
エアコンも扇風機もない平安時代、人々はどうやって酷暑を乗り切っていたのでしょうか?
実は、清少納言の『枕草子』や当時の和歌を紐解くと、現代の私たち以上に「五感を使って涼しさを工夫し、夏を楽しむ」優雅な知恵があふれていることに気づかされます。
今回は、千年前の平安貴族が実践していた暑さ対策を紹介します。
厳しい暑さが続く毎日のリフレッシュに、ぜひ平安人の「涼のセンス」を覗いてみてください。

清少納言が愛した「夏は夜」— 視覚と聴覚で感じる涼
古文の授業でもおなじみの『枕草子』第1段です。
清少納言は、夏のいちばん良い時間帯として「夜」を挙げています。
夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。(1 春はあけぼの)
【現代語訳】 夏は夜(が良い)。月が出ている時は言うまでもなく、月明かりのない闇夜でも、蛍が多く飛び交っているのが素晴らしい。また、ほんの一つ二つと、かすかに光って飛んでいくのも趣深い。雨などが降る夜も、また趣深いものだ。
昼間の強い日差しを避け、涼しい夜に意識を向けるライフスタイルですね。
暗闇の中に浮かぶ蛍のほのかな光や、しとしとと降る雨音に身を委ねることで、清少納言は蒸し暑さを忘れるような「清涼感」を味わっていたのです。
七月ばかりいみじうあつければ、よろづの所あけながら夜もあかすに、月の頃は寝おどろきて見いだすに、いとをかし。(36 七月ばかりいみじうあつければ)
【現代語訳】 七月ころになってもひどく熱いので、家のいろいろなところを開けて夜を明かすと、月がキレイに見える時は、ふと目が覚めて外を見ると、とても趣深い。

現代みたいに「えあこん」とかないから、扉を全て開け放つしかないのよね。
でもそのおかげで、ふと夜に目が覚めると外の様子がよく見えて「月がキレイだな~」なんて思うのわけ。

平安時代の頃って、今よりずっと涼しかったのかと思ってました。
エアコンなんて必要ないから、大丈夫だったのかと…

実は研究によると、平安時代は「中世温暖期」と呼ばれる暖かい時期で、夏の最高気温は30度を超える「真夏日」も珍しくなかったと考えられています。
しかも、京都は盆地のため湿気がかなり溜まりやすい環境でした。
エアコンなしで猛暑を凌ぐ!平安貴族の「涼」の工夫
平安時代の貴族たちは、暮らしの道具や食べ物にも涼しさを取り入れていました。
天然の氷で涼をとる
『枕草子』には、なんとかき氷が登場します。
削り氷にあまづら入れて、あたらしき金椀にいれたる。(42 あてなるもの)
【現代語訳】かき氷にあまづらシロップをかけて、新しい金属性のお椀にいれている(のは優美である)。
冬の間に氷室(ひむろ)という専用の貯蔵庫に保管しておいた貴重な天然氷を刃物で削り、蔓草から作った甘いシロップ(甘ずら)をかけて、ピカピカの金属製の器に盛って食べていました。まさに究極の高級スイーツです。
「削り氷」とは現代で言うところの「かき氷」です。
当時は冬の雪解け水を凍らせて氷を作り、氷室で保管してあったと言われています。
そんな氷は高級品。身分の高い人たちが夏に涼をとるための、贅沢な暑さ対策や嗜好品として用いられていました。
「あまづら」は砂糖が普及する前の平安時代において、高級甘味料でした。ツタを原料を作られているようですが、詳細な作り方やどのような味だったのかについては、今となっては不明なことが多いです。
また、氷水に手をつけて涼むこともあったようです。
いみじう暑き昼中に、いかなるわざをせんと、扇の風もぬるし、氷水に手をひたし(192 いみじう暑き昼中に)
【現代語訳】とても暑い日の昼間に、いったいどうしようかと、扇の風もぬるく、氷水に手を浸し
・かき氷
・食べ物や水などに入れて冷やす
・手のひらに乗せたり、近くに置いて涼む
・「氷様奏(ひのためしのそう」という宮中行事
風を送るための「夏扇(なつおうぎ)」
エアコンも扇風機もない、そんな貴族たちは「扇」で風を送って涼んでいました。
風いたうふきて、雨などさわがしき日、おほかたいと涼しければ、扇もうちわすれたるに(44 七月ばかりに)
【現代語訳】風がひどく吹いて、雨などが騒がしい日に、全体的にとても涼しいので、扇のことも忘れてしまって
「冬扇」は「檜扇(ひおうぎ)」と呼ばれる、檜の木を束ねて作られた扇のことを言います。
それに対して、「夏扇」は「蝙蝠扇(かわほりおうぎ)」と呼ばれ、竹の骨組みに紙を張った扇です。
風を送り、涼を取るために使われました。
それだけでなく、扇には様々な用途があったのです。
・風を送る
・女性が男性から顔を隠す
・和歌を書いて贈る
爽やかな夏の装い
夏も厚い着物を、何枚も着ているわけではないようです。
どのようなコーディネートをしていたのか、『枕草子』から読み取ってみましょう。
夏などのいとあつきにも、かたびらいとあざやかにて、薄二藍、青鈍の指貫など、ふみちらしてゐためり。(33 説教の講師は顔よき)
【現代語訳】夏などのとても暑い日でも、鮮やかな色の単衣に、薄二藍とか青鈍色の指貫の裾を左右に蹴り広げて座っているようだ。
薄二藍:薄めの赤みのある紫色
青鈍:薄い灰色がかった青色
夏は二藍。夏虫の色したるもすずしげなり。(281 指貫は)
【現代語訳】夏は二藍(色の指貫がいい)。夏虫の色をしているのも涼しげである。
二藍:赤みのある紫色
夏虫の色:淡い黄緑色
貴族男性の日常コーデは、
狩衣(主に外出用)/直衣に、指貫をはきます。
夏になると、麻や薄手の衣の狩衣/紗(シースルー素材)の直衣に、薄手の指貫に変わります。

香染めのひとへ、もしは黄生絹のひとへ、紅のひとへ袴の腰のいと長やかに衣の下より引かれたる(36 七月ばかり、いみじう暑ければ)
【現代語訳】香染めの単衣、もしくは黄色の生絹の単衣を着て、紅の単袴の腰紐がだらりと長く着物の下から伸び出ている
生絹(すずし):生糸のままで織られた、軽くて見た目や着心地が涼しい素材
ひとへ袴:裏地のない袴。季節問わずはくが、冬は2枚重ねてはいたりしていた。「単衣」+「袴」コーデを「単袴」とを指す場合もある。
貴族女性の日常コーデは、
「単衣(ひとえ)」と呼ばれる裏地のない着物の上に、「袿(うちき)」と呼ばれる着物を羽織ります。そして「袴」をはきます。
夏は、紗の単衣を取り入れます。
ものすごく暑い時には、袴をはき、素肌に紗の単衣だけを羽織って過ごすこともあったそうです。

男女ともに、素材だけでなく、涼しげな色味のカラーコーディネートをしていたことがわかります。
まとめ:五感を使って夏の「涼」を探してみよう
現代のように技術が発達していなかった平安時代ですが、人々は風の音、水辺の風景、夜の暗闇、そして氷や扇で「涼」を生み出し、服装も物理的な涼しさだけでなく色味でも涼しく感じられるような夏らしいカラーコーディネートをしたりと、心を豊かに過ごしていました。
エアコンの効いた部屋で過ごすのも快適ですが、ふとスマホを置いて、夕暮れの風や夜の静けさに耳を澄ませてみるのも素敵な夏の過ごし方かもしれません。
参考文献
『枕草子』池田亀鑑校訂(岩波文庫)
『プレミアムカラー 国語便覧』(数研出版)


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