はじめに
引き続き『枕草子』の「すさまじきもの」の解説の続きをします。
「すさまじ」とは「興ざめだ」という意味です。
興ざめとは「興=楽しげな気分や盛り上がり」が「さめて」しまうことです。
清少納言は様々な観点から、「興ざめなもの」を語っています。
今回解説する部分は、「すさまじきもの」の締めくくりです。
当時の貴族社会において重要な、「除目(官職の任命式)」をめぐる哀愁漂うエピソードです。
新しく官職を得られると信じて疑わない使用人たち。その後、落選が判明したときの冷ややかさ。清少納言ならではの鋭い観察眼で描かれる、人間の期待と失望のコントラストを詳しく紐解いていきましょう。
成立:平安時代中期
作者:清少納言
ジャンル:随筆
内容:宮仕えをしていた時の宮中での出来事や、人間模様、季節の自然などを鋭い感性で描いている。「をかし」の文学と言われる。
枕草子「すさまじきもの③」現代語訳・解説

除目に司得ぬ人の家。
除目で国司に就くことができなかった人の家。
| 除目 | 名詞(官職を任命する人事発令と儀式のこと) |
| に | 格助詞 |
| 司 | 名詞(官職。ここでは国司のこと) |
| 得 | ア行下二段活用動詞「得」(得る ※司を得る…官職に就く)未然形 |
| ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
| 人 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 家。 | 名詞 |

除目には「春の除目」と「秋の除目」がありました。
春には国司に関する人事発令、秋には中央役人の人事発令が行われます。
ここでは「春の除目」を指していると考えられます。
今年は必ずと聞きて、はやうありし者どもの、ほかほかなりつる、田舎だちたる所に住む者どもなど、みな集まり来て、
今年は必ず(官職に就くだろう)と聞いて、以前にいた者たちで、今は離れ離れだった者、田舎くさい所に住む者たちなどが、みな集まって来て、
| 今年 | 名詞 |
| は | 係助詞 |
| 必ず | 副詞 |
| と | 名詞 |
| 聞き | カ行四段活用動詞「聞く」連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| はやう | 副詞「はやく」(以前)のウ音便 |
| あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
| し | 過去の助動詞「き」連体形 |
| 者ども | 名詞 |
| の、 | 格助詞 |
| ほかほかなり |
ナリ活用の形容動詞「ほかほかなり」(離れ離れだ)連用形
|
| つる、 | 完了の助動詞「つ」連体形 |
| 田舎だち | タ行四段活用動詞「田舎だつ」(田舎くさい)連用形 |
| たる | 存続の助動詞「たり」連体形 |
| 所 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| 住む | マ行四段活用動詞「住む」連体形 |
| 者ども | 名詞 |
| など、 | 副助詞 |
| みな | 名詞 |
| 集まり来 | カ行変格活用動詞「集まり来」(集まってくる)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |

これはどういうことですか?

主人が国司になれるという噂を聞きつけて、過去の使用人たちが集まってきているということです。

なぜ集まってくるのですか?

使用人として、取り立ててもらおうとしているのです。
また、国司になった際のお祝いにもありつこうとしているのかもしれません。
出で入る車の轅もひまなく見え、物詣でする供に、我も我もと参り仕うまつり、もの食ひ、酒飲み、ののしりあへるに、
出入りする牛車の轅も絶え間ないほどに見え、任官を祈願するお参りのお供として、我も我もと参上してお仕え申し上げ、ものを食べ、酒を飲んで騒ぎ合っているけれども、
| 出で入る |
ラ行四段活用動詞「出で入る」(出入りする)連体形
|
| 車 | 名詞(牛車) |
| の | 格助詞 |
| 轅 |
名詞(牛車を引くためにつけてある2本の長い柄)
|
| も | 係助詞 |
| ひまなく |
ク活用の形容詞「ひまなし」(絶え間がない)連用形
|
| 見え、 |
ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」(見える)連用形
|
| 物詣で |
名詞(神社などへお参りに行くこと※ここでは任官を祈願することを表す)
|
| する | サ行変格活用動詞「す」連体形 |
| 供 | 名詞(おとも) |
| に、 | 格助詞 |
| 我 | 代名詞 |
| も | 係助詞 |
| 我 | 代名詞 |
| も | 係助詞 |
| と | 格助詞 |
| 参り |
ラ行四段活用動詞「参る」(参上する)連用形 【謙譲】作者→主人への敬意
|
| 仕うまつり、 |
ラ行四段活用動詞「仕うまつる」(お仕え申し上げる)連用形【謙譲】作者→主人への敬意
|
| もの | 名詞 |
| 食ひ、 | ハ行四段活用動詞「食ふ」連用形 |
| 酒 | 名詞 |
| 飲み、 | マ行四段活用動詞「飲む」連用形 |
| ののしりあへ |
ハ行四段活用動詞「ののしりあふ」(騒ぎ合う)已然形
|
| る | 存続の助動詞「り」連体形 |
| に、 | 【逆接確定条件】接続助詞 |
果つる暁まで門たたく音もせず。
(除目が)終わる夜明け前まで、門をたたく音もしない。
| 果つる | タ行下一段活用動詞「果つ」(終わる ※ここでは除目が終わることを指す)連体形 |
| 暁 | 名詞(夜明け前) |
| まで | 副助詞 |
| 門 | 名詞 |
| たたく | カ行四段活用動詞「たたく」連体形 |
| 音 | 名詞 |
| も | 係助詞 |
| せ | サ行変格活用動詞「す」未然形 |
| ず。 | 打消の助動詞「ず」終止形 |

これは除目が終わる時間になっても、任官を知らせるしらせが来ないことを表しています。
あやしうなど耳立てて聞けば、先追ふ声々などして、上達部などみな出で給ひぬ。
おかしいなどと聞き耳を立てていると、先払いをする声々などがして、上達部などがみな退出なさってしまう。
| あやしう |
シク活用の形容詞「あやし」(おかしい)連用形「あやしく」ウ音便
|
| など | 副助詞 |
| 耳立て |
タ行下二段活用動詞「立つ」(聞き耳を立てる)連用形
|
| て | 接続助詞 |
| 聞け | カ行四段活用動詞「聞く」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
| 先追ふ |
ハ行四段活用動詞「追ふ」(先払いをする)連体形
|
| 声々 | 名詞 |
| など | 副助詞 |
| し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| 上達部 | 名詞(公卿のこと。摂政・関白・大臣・大納言・中納言など) |
| など | 副助詞 |
| みな | 名詞 |
| 出で |
ダ行下二段活用動詞「出づ」(出る)連用形
|
| 給ひ |
ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】作者→上達部たちへの敬意
|
| ぬ。 | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |

あ~、これは除目がもう完全に終わったことを意味していますね。
もの聞きに夜より寒がりわななきをりける下衆男、いともの憂げに歩み来るを見る者どもは、え問ひだにも問はず。
(除目の)状況を聞きに、夜から(出かけて)寒がって手足が震えていた下男が、とても憂鬱そうに歩いて来るのを見る人たちは、尋ねることさえできない。
| もの | 名詞(状況、物事 ※ここでは除目の状況を指す) |
| 聞き | カ行四段活用動詞「聞く」連用形 |
| に、 | 接続助詞 |
| 夜 | 名詞 |
| より | 格助詞 |
| 寒がり | ラ行四段活用動詞「寒がる」連用形 |
| わななきをり |
ラ行変格活用動詞「わななきをり」(手足が震えている)連用形
|
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| 下衆男、 | 名詞(下男。使用人の男性のこと) |
| いと | 副詞(たいそう、とても) |
| もの憂げに |
ナリ活用の形容動詞「もの憂げなり」(辛そうだ、憂鬱そうだ)連用形
|
| 歩み来る | カ行変格活用動詞「歩み来」(歩いてくる)連体形 |
| を | 格助詞 |
| 見る | マ行上一段活用動詞「見る」連体形 |
| 者ども | 名詞 |
| は、 | 係助詞 |
| え | 副詞+打消(~できない) |
| 問ひ | ハ行四段活用動詞「問ふ」(尋ねる)連用形 |
| だに | 副助詞(~さえ) |
| も | 係助詞 |
| 問は | ハ行四段活用動詞「問ふ」(尋ねる)未然形 |
| ず。 | 打消の助動詞「ず」終止形 |

これは…除目の状況をうかがいに行っていた下男の様子を見て、主人が任官されなかったことを察したんですね。

そうです。主人の結果を聞くことさえできず、ましてや除目で誰がどこに任官されたとかの詳細を聞くことすらできなかったということです。
ほかより来たる者などぞ、「殿は何にかならせ給ひたる。」など問ふに、いらへには、「何の前司にこそは。」などぞ必ずいらふる。
よそから来た者などが、「ご主人は何におなりになりましたか。」などと尋ねると、答えには、「何々の国の前司におなりになりました。」などと必ず答える。
| ほか | 名詞(よそ) |
| より | 格助詞 |
| 来 | カ行変格活用動詞「来」連用形 |
| たる | 完了の助動詞「たり」連体形 |
| 者 | 名詞 |
| など | 副助詞 |
| ぞ、 |
係助詞 ※結び:消滅(「問ふ」だったが、接続助詞「に」によって消滅している)
|
| 「殿 | 名詞(ご主人) |
| は | 係助詞 |
| 何 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| か | 【疑問】係助詞 ※結び:たる |
| なら | ラ行四段活用動詞「なる」未然形 |
| せ |
尊敬の助動詞「す」連用形 ほかより来たる者など→殿に対する敬意
|
| 給ひ |
ハ行四段活用動詞「給ふ」【尊敬】ほかより来たる者など→殿に対する敬意
|
| たる。」 |
完了の助動詞「たり」連体形【係り結び】
|
| など | 副助詞 |
| 問ふ | ハ行四段活用動詞「問ふ」(尋ねる)連用形 |
| に、 | 接続助詞 |
| いらへ | 名詞(返事、答え) |
| に | 格助詞 |
| は、 | 係助詞 |
| 「何 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 前司 | 名詞(前任の国司、元〇〇の国司ということ) |
| に | 格助詞 |
| こそ | 【強意】係助詞 ※結び:省略(けれ) |
| は | 係助詞 |
|
(ならせ給ひけれ)。」
|
(意味:おなりになった)省略されている |
| など | 副助詞 |
| ぞ | 【強意】係助詞 ※結び:いらふる |
| 必ず | 副詞 |
| いらふる。 |
ハ行下二段活用動詞「いらふ」(答える)連体形【係り結び】
|

これはどういうことでしょうか?

状況がわかっていない人から「ご主人は何に任官されたのですか?」と聞かれて、「前〇〇国司ですよ!」と答えている場面です。主人が任官されたなかったことを取り繕うため、「任官されませんでした」ではなく、前職で答えたということです。

何も任官されなかったから前職で答えるのは切ないわね。とはいえね、「前司(元県知事)」ってのも、ちゃんと肩書としては権威があるものだったよ。

それは現代でも理解できますね。
まことに頼みける者は、いと嘆かしと思へり。
(主人の任官を)本当にあてにしていた者は、とても嘆かわしいと思っている。
| まことに | 副詞(本当に) |
| 頼み | マ行四段活用動詞「頼む」(あてにする)連用形 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| 者 | 名詞 |
| は、 | 係助詞 |
| いと | 副詞(たいそう、とても) |
| 嘆かし | シク活用の形容詞「嘆かし」(嘆かわしい、ひどく残念で悲しい)終止形 |
| と | 格助詞 |
| 思へ | ハ行四段活用動詞「思ふ」已然形 |
| り。 | 存続の助動詞「り」終止形 |
つとめてになりて、ひまなくをりつる者ども、一人二人すべり出でて去ぬ。
翌朝になって、隙間なくいた人たちも、一人二人とそっと退出して行ってしまう。
| つとめて | 名詞(翌朝) |
| に | 格助詞 |
| なり | ラ行四段活用動詞「なる」連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| ひまなく |
ク活用の形容詞「ひまなし」(隙間がない)連用形
|
| をり |
ラ行変格活用動詞「をり」(いる)連用形
|
| つる | 完了の助動詞「つ」連体形 |
| 者ども、 | 名詞 |
| 一人二人 | 名詞 |
| すべり出で |
ダ行下一段活用動詞「すべり出づ」(こっそり抜け出す、そっと退出する)連用形
|
| て | 接続助詞 |
| 去ぬ。 |
ナ行変格活用動詞「去ぬ」(去る、行ってしまう)終止形
|

主人が任官されなかったから、これ以上ここにいても意味がないって帰ったんですね。しかも「こっそり」ってひどくないですか!?

ほんとよね~、勝手に来たくせにバレないようにこっそり帰っていくんだわね。
古き者どものさもえ行き離るまじきは、
古参の人たちでそのように(その家から)離れていくことができそうにない者は、
| 古き | ク活用の形容詞「古し」(古参である)連体形 |
| 者ども | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| さ | 副詞(そのように) |
| も | 係助詞 |
| え | 副詞 |
| 行き離る |
ラ行下二段活用動詞「行き離る」(離れていく)終止形
|
| まじき | 不可能の助動詞「まじ」(~できそうにない)連体形 |
| は、 | 係助詞 |
来年の国々、手を折りてうち数へなどして、ゆるぎありきたるも、
来年国司が後退するはずの国々を、指を折って数えなどして、虚勢を張って身体を揺すって偉そうに歩き回っているのも、
| 来年 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 国々、 | 名詞(来年に国司が任命される予定の国々のことを指す) |
| 手 | 名詞(ここでは指のこと) |
| を | 格助詞 |
| 折り | ラ行四段活用動詞「折る」連用形 |
| て | 接続助詞 |
| うち数へ |
ハ行下二段活用動詞「うち数ふ」(数える)連用形
|
| など | 副助詞 |
| し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| ゆるぎありき |
カ行四段活用動詞「ゆるぎありく」(体をゆすって得意そうにゆったり歩き回る)連用形
|
| たる | 存続の助動詞「たり」連体形 |
| も、 | 係助詞 |
いとをかし。すさまじげなり。
滑稽だ。興ざめする様子であることだ。
| いと | 副詞 |
| をかし。 | シク活用の形容詞「をかし」(滑稽だ)終止形 |
| すさまじげなり。 |
ナリ活用の形容動詞「すさまじげなり」(興ざめだ)終止形
|
まとめ
いかがでしたでしょうか?
3回に分けて、『枕草子』の「すさまじきもの」を解説してきました。
① 日常の「肩すかし」
冒頭の「昼ほゆる犬(昼間に吠える犬)」のように、ちょっとした時期外れや「あるべきものがない」という期待外れから始まります。
② 気まずさと配慮のなさ
続いては、「得意げにやって来たのに諦めて寝てしまう修験者」や「眠たいのに空気読まず話しかけてくる男」といった、人間関係における「気まずさ」や「無配慮な姿勢」へと視点が移ります。
相手の心理まで見抜く、彼女らしい観察眼が光り始めます。
③ 身につまされる残酷な現実
そして最後には、「除目」という、人生が大きく変わる出来事に期待を寄せる人々。
そして結果が分かった後の態度の豹変という、あまりにリアルで残酷な人間の様子が描かれています。
千年前の平安京に生きた人々の「興ざめ」や「失望」の瞬間を、まるで現代のSNS投稿のように切り取った清少納言。
彼女の鋭い眼差しは、時代を超えて、私たちの心にある「なんとも言えない切なさ」を今も鮮明に映し出しているのではないでしょうか。


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