今回は宇治拾遺物語より「絵仏師良秀」の現代語訳と解説をしていきます。
このお話は芥川龍之介が「地獄変」のモチーフとした作品でもあります。
火事に遭い、自宅と妻子を失った良秀が「不動明王の火炎の描き方が分かったから、もうけものだ!!」と言い放つという、ちょっと「えっ!?」と思う内容です。
サイコパスな良秀ですが、このお話はそれでは終わりません。
下記の通り、Instagramでもわかりやすく紹介しているので、ぜひご覧ください。
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どのようなお話なのか、まずは本文を読み、現代語訳を見ながら理解しましょう。
「絵仏師良秀」現代語訳・解説

それでは早速本文を読んでいきましょう。
本文
これも今は昔、絵仏師良秀といふありけり。
家の隣より火出で来て、風おしおほひてせめければ、逃げ出でて、大路へ出でにけり。
人の書かする仏もおはしけり。
また衣着ぬ妻子なども、さながら内にありけり。
それも知らず、ただ逃げ出でたるをことにして、向かひのつらに立てり。
見れば、すでにわが家に移りて、煙、炎くゆりけるまで、おほかた向かひのつらに立ちて眺めければ、「あさましきこと。」とて、人ども来とぶらひけれど、騒がず。
「いかに。」と人言ひければ、向かひに立ちて、家の焼くるを見て、うちうなづきて、時々笑ひけり。
「あはれ、しつるせうとくかな。年ごろはわろく書きけるものかな。」と言ふ時に、とぶらひに来たる者ども、
「こはいかに、かくては立ち給へるぞ。あさましきことかな。ものの憑き給へるか。」と言ひければ、
「なんでふものの憑くべきぞ。年ごろ不動尊の火炎を悪しく書きけるなり。今見れば、かうこそ燃えけれと、心得つるなり。これこそせうとくよ。この道を立てて世にあらむには、仏だによく書き奉らば、百千の家も出で来なむ。わたうたちこそ、させる能もおはせねば、ものをも惜しみ給へ。」と言ひて、あざ笑ひてこそ立てりけれ。
その後にや、良秀がよぢり不動とて、今に人々愛で合へり。
現代語訳
これも今となっては昔のことだが、絵仏師良秀という者がいた。
(良秀の)家の隣で火事が起こって、風が覆いかぶさるように(吹いてきて火が)迫ってきたので、(良秀は家から)逃げ出して大通りに出てしまった。
人が(注文して良秀に)描かせている仏(の絵)もいらっしゃった。
また衣服を身につけていない(自分の)妻や子どもなども、全てそのまま家の中にいた。
それを気にせずに、ただ(自分が)逃げ出したのを幸いなこととして、大通りの向かい側に立っている。
見ると、もう(火は)我が家に移っていて、煙や炎が立ち上がったときまでだいたい(その様子を)向かい側に立って眺めていたので、「大変なことですね」と言って人々が見舞いに来たが、(良秀は)慌てる様子がない。
「どうしたのですか」とある人が言ったならば、(良秀は大通りの)向かいに立って家が焼ける様子を見て、うなづいて時々笑っていた。
「あぁ、得をしたものだ!長年、自分は(炎を)不十分に描いていたものだなあ。」と(良秀が)言う時に、見舞いに来ていた人々は、
「これまたどうして、このように(あなたは)お立ちになっているのですか。あきれるほどひどいことですよ。怨霊がとり憑いていらっしゃるのですか。」と言ったところ、
「どうして私に怨霊がとり憑くはずがあろうか、いやとり憑くはずがない。長年(私は)不動明王の背後の火炎を下手に描いていたのだ。今見ると、(火炎とは)このように燃えるものだったのだなあと理解したのだ。これこそもうけものだよ。この(絵を描くという)道を専門としてこの世に生きるならば、せめて仏だけでも上手に描き申し上げたならば、百軒や千軒の家もきっと出てくるだろう。お前たちこそ、それほどの才能もおありでないから、物を惜しみなさるのだが。」と言って、あざ笑って立っていた。
その後であろうか、良秀が(描いた不動明王は)よじり不動と呼ばれ、今でも人々が称賛し合っている。
品詞分解・語句解説
| 語句 | 品詞・意味 | 
| これ | 代名詞 | 
| も | 係助詞 | 
| 今は昔 | 名詞 【意味】今となっては昔のことだが  | 
| 絵仏師 | 名詞 【意味】仏教絵画を描く僧侶  | 
| 良秀 | 名詞(人名)平安後期の絵仏師。実在の人物かは不明。 モチーフになった人物はいた可能性がある。  | 
| と | 格助詞 | 
| いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 続く「もの」が省略されている。→【意味】言う者  | 
| あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 | 
| けり | 過去の助動詞「けり」終止形 | 
| 家の隣 | 名詞 【意味】良秀の家の隣  | 
| より | 格助詞 | 
| 火 | 家事 | 
| 出で来 | カ行変格活用動詞「出で来」連用形 【意味】起こる  | 
| て | 接続助詞 | 
| 風 | 名詞 | 
| おしおほひ | ハ行四段活用動詞「おしおほふ」連用形 【意味】覆いかぶさる  | 
| て | 接続助詞 | 
| せめ | マ行下二段動詞「せむ」連用形 【意味】迫る  | 
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 | 
| ば | 接続助詞 | 
| 逃げ出で | ダ行下二段活用動詞「逃げ出づ」連用形 【意味】逃げ出す  | 
| て | 接続助詞 | 
| 大路 | 大通り | 
| へ | 格助詞 | 
| 出で | ダ行下二段活用動詞「出づ」連用形 【意味】出る  | 
| に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 | 
| けり | 過去の助動詞「けり」終止形 | 
| 人 | 名詞 | 
| の | 格助詞 | 
| 書か | カ行四段動詞「書く」未然形 | 
| する | 使役の助動詞「す」連体形 | 
| 仏 | 名詞 【意味】仏の絵、仏画  | 
| も | 係助詞 | 
| おはし | サ行変格活用動詞「おはす」連用形 尊敬語(作者→仏への敬意) 【意味】いらっしゃる  | 
| けり | 過去の助動詞「けり」終止形 | 
| また | 接続詞 | 
| 衣 | 名詞 【意味】衣類  | 
| 着 | カ行上一段動詞「着」未然形 【意味】身につける、着る  | 
| ぬ | 打消の助動詞「ぬ」連体形 | 
| 妻子 | 名詞 【意味】妻や子ども(ここでは良秀の妻や子どもを指す)  | 
| など | 副助詞 | 
| も | 係助詞 | 
| さながら | 副詞 【意味】全てそのまま  | 
| 内 | 名詞 【意味】家の中  | 
| に | 格助詞 | 
| あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 | 
| けり | 過去の助動詞「けり」終止形 | 
| それ | 代名詞 ここでは「家に残してきたもの」を指す  | 
| も | 係助詞 | 
| 知ら | ラ行四段動詞「知る」未然形 【意味】気にする  | 
| ず | 打消の助動詞「ず」連用形 | 
| ただ | 副詞 | 
| 逃げ出で | ダ行下二段活用動詞「逃げ出づ」連用形 【意味】逃げ出す  | 
| たる | 完了の助動詞「たり」連体形 | 
| を | 格助詞 | 
| こと | 名詞 【意味】出来事(ここでは「幸いなこと」とする)  | 
| に | 格助詞 | 
| し | サ行変格活用動詞「す」連用形 | 
| て | 接続助詞 | 
| 向かひ | 名詞 【意味】向かい  | 
| の | 格助詞 | 
| つら | 名詞 【意味】通りに面した側  | 
| に | 格助詞 | 
| 立て | タ行四段活用動詞「立つ」已然形 | 
| り | 存続の助動詞「り」終止形 | 
| 見れ | マ行上一段活用動詞「見る」已然形 | 
| ば | 接続助詞 | 
| すでに | 副詞 【意味】もはや、もう、とっくに  | 
| わが家 | 名詞 | 
| に | 格助詞 | 
| 移り | ラ行四段活用動詞「移る」連用形 | 
| て | 接続助詞 | 
| 煙・炎 | 名詞 | 
| くゆり | ラ行四段活用動詞「くゆる」連用形 【意味】立ちのぼる  | 
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 | 
| まで | 副助詞 | 
| おほかた | 副詞 【意味】だいたい、全体として  | 
| 向かひのつら | 名詞 【意味】向かい側  | 
| に | 格助詞 | 
| 立ち | タ行四段活用動詞「立つ」連用形 | 
| て | 接続助詞 | 
| 眺め | マ行下二段活用動詞「眺む」連用形 | 
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 | 
| ば | 接続助詞 | 
| あさましきこと | シク活用形容詞「あさまし」連体形+名詞 【意味】予期せぬ驚き。ここでは「大変なことだ」  | 
| とて | 接続助詞 | 
| 人ども | 名詞 【意味】人々  | 
| 来 | カ行変格活用動詞「来」連用形 | 
| とぶらひ | ハ行四段活用動詞「とぶらふ」連用形 【意味】見舞う、安否を問う  | 
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 | 
| ど | 接続助詞 | 
| 騒が | ガ行四段活用動詞「騒ぐ」未然形 【意味】慌てる、動揺する  | 
| ず | 打消の助動詞「ず」終止形 | 
| いかに | 副詞 【意味】どうして  | 
| と | 格助詞 | 
| 人 | 名詞 | 
| 言ひ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連用形 | 
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 | 
| ば | 接続助詞 | 
| 向かひ | 名詞 | 
| に | 格助詞 | 
| 立ち | タ行四段活用動詞「立つ」連用形 | 
| て | 接続助詞 | 
| 家 | 名詞 | 
| の | 格助詞 | 
| 焼くる | カ行下二段活用動詞「焼く」連体形 | 
| を | 格助詞 | 
| 見 | マ行上一段活用動詞「見」連用形 | 
| て | 接続助詞 | 
| うちうなづき | カ行四段活用動詞「うちうなづく」連用形 【意味】頷く ※接頭語「うち」には「すっかり」「少し」などの意味がある。 単に言葉のリズムを整える意味があるので、ここでは気にせずに「頷く」とする  | 
| て | 接続助詞 | 
| 時々 | 副詞 | 
| 笑ひ | ハ行四段活用動詞「笑ふ」連用形 | 
| けり | 過去の助動詞「けり」終止形 | 
| あはれ | 感動詞 【意味】あぁ(嘆くのではなく、感動や喜びを表す)  | 
| し | サ行変格活用動詞「す」連用形 | 
| つる | 完了の助動詞「つ」連体形 | 
| せうとく | 名詞 【意味】得をすること、もうけ  | 
| かな | 終助詞 | 
| 年ごろ | 名詞 【意味】長年  | 
| は | 係助詞 | 
| わろく | ク活用形容詞「わろし」連用形 【意味】不十分、良くない(何かと比較して「良くない」とするときに使う)  | 
| 書き | カ行四段活用動詞「書く」連用形 【意味】描く  | 
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 | 
| もの | 名詞 | 
| かな | 終助詞 | 
| と | 格助詞 | 
| 言ふ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連体形 | 
| 時 | 名詞 | 
| に | 格助詞 | 
| とぶらひ | 名詞 | 
| に | 格助詞 | 
| 来 | カ行変格活用動詞「来」連用形 | 
| たる | 完了の助動詞「たり」連体形 | 
| 者ども | 名詞 【意味】人々  | 
| こはいかに | 【意味】これまたどうして | 
| かくて | 副詞 【意味】このように  | 
| は | 係助詞 | 
| 立ち | タ行四段活用動詞「立つ」 | 
| 給へ | 尊敬のハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 とぶらひに来たる者ども→良秀への敬意  | 
| る | 存続の助動詞「り」連体形 | 
| ぞ | 終助詞 | 
| あさましき | シク活用形容詞「あさまし」連体形 【意味】あきれるほどひどい  | 
| こと | 名詞 | 
| かな | 終助詞 | 
| もの | 名詞 【意味】怨霊、物の怪  | 
| の | 格助詞 | 
| 憑き | カ行四段活用動詞「憑く」連用形 【意味】(物の怪などが)取り憑く  | 
| 給へ | 尊敬のハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 とぶらひに来たる者ども→良秀への敬意  | 
| る | 存続の助動詞「り」連体形 | 
| か | 係助詞 | 
| と | 格助詞 | 
| 言ひ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連用形 | 
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 | 
| ば | 接続助詞 | 
| なんでふ | 副詞※「なにといふ」の変化したもの 【意味】どうして~か、いや~ない(反語)  | 
| もの | 名詞 | 
| の | 格助詞 | 
| 憑く | カ行四段活用動詞「憑く」終止形 | 
| べき | 当然の助動詞「べし」連体形 | 
| ぞ | 終助詞 | 
| 年ごろ | 名詞 | 
| 不動尊 | 名詞 【意味】不動明王。背後に炎がある  | 
| の | 格助詞 | 
| 火炎 | 名詞 | 
| を | 格助詞 | 
| 悪しく | シク活用形容詞「悪し」連用形 【意味】下手だ  | 
| 書き | カ行四段活用動詞「書く」連用形 | 
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 | 
| なり | 断定の助動詞「なり」終止形 | 
| 今 | 名詞 | 
| 見れ | マ行上一段活用動詞「見る」已然形 | 
| ば | 接続助詞 | 
| かう | 副詞 【意味】このように  | 
| こそ | 係助詞 | 
| 燃え | ヤ行下二段活用動詞「燃ゆ」連用形 | 
| けれ | 詠嘆の助動詞「けり」已然形 (係り結びの結び部分)  | 
| と | 格助詞 | 
| 心得 | ア行下二段活用動詞「心得」連用形 【意味】理解する  | 
| つる | 完了の助動詞「つ」連体形 | 
| なり | 断定の助動詞「なり」終止形 | 
| これ | 代名詞 ※今回の火事で火炎の描き方を理解したことを指す  | 
| こそ | 係助詞 | 
| せうとく | 名詞 | 
| よ | 間接助詞 | 
| この道 | 名詞 【意味】この道(ここでは「絵を描くという道」)  | 
| を | 格助詞 | 
| 立て | タ行下二段活用動詞「立つ」連用形 【意味】~を専門とする  | 
| て | 接続助詞 | 
| 世 | 名詞 【意味】この世  | 
| に | 格助詞 | 
| あら | ラ行変格活用動詞「あり」未然形 【意味】生きる  | 
| む | 仮定の助動詞「む」連体形 | 
| に | 格助詞 | 
| は | 格助詞 | 
| 仏 | 名詞 | 
| だに | 副助詞 【意味】せめて~だけでも  | 
| よく | 副詞 【意味】上手に  | 
| 書き | カ行四段活用動詞「書く」連用形 | 
| 奉ら | 謙譲のラ行四段活用補助動詞「奉る」未然形 良秀→仏への敬意  | 
| ば | 接続助詞 | 
| 百千の家 | 名詞 【意味】百軒や千軒の家  | 
| も | 係助詞 | 
| 出で来 | カ行変格活用動詞「出で来」連用形 【意味】出て来る  | 
| な | 強意の助動詞「ぬ」未然形 【意味】きっと~してしまう  | 
| む | 推量の助動詞「む」終止形 | 
| わたうたち | 代名詞 【意味】お前たち(見下した表現)  | 
| こそ | 係助詞 | 
| させる | 連体詞 【意味】それほどの  | 
| 能 | 名詞 【意味】能力、才能  | 
| も | 係助詞 | 
| おはせ | 尊敬のサ行変格活用動詞「おはす」未然形 【意味】おありになる 良秀→とぶらひに来たる者どもへの敬意  | 
| ね | 打消の助動詞「ぬ」已然形 | 
| ば | 接続助詞 | 
| もの | 名詞 | 
| を | 格助詞 | 
| も | 係助詞 | 
| 惜しみ | マ行四段活用動詞「惜しむ」連用形 | 
| 給へ | 尊敬のハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形 良秀→とぶらひに来たる者どもへの敬意  | 
| と | 格助詞 | 
| 言ひ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連用形 | 
| て | 接続助詞 | 
| あざ笑ひ | ハ行四段活用動詞「あざ笑ふ」連用形 【意味】あざけり笑う  | 
| て | 接続助詞 | 
| こそ | 係助詞 | 
| 立て | タ行四段活用動詞「立つ」已然形 | 
| り | 存続の助動詞「り」連用形 | 
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 (係り結びの結び部分)  | 
| その後 | 名詞 | 
| に | 断定の助動詞「なり」連用形 | 
| や | 係助詞 | 
| 良秀 | 名詞 | 
| が | 格助詞 | 
| よぢり不動 | 名詞 【意味】身をよじり、火炎がよじれた不動明王  | 
| とて | 格助詞 | 
| 今に | 副詞 【意味】今でも  | 
| 人々 | 名詞 | 
| 愛で合へ | ハ行四段活用動詞「愛で合ふ」已然形 【意味】称賛し合う  | 
| り | 存続の助動詞「り」終止形 | 
解説
本文の内容を確認したので、続いてはこのお話のポイントをおさらいしていきましょう。

やばっ、サイコパス。

見舞いに訪れた人々も良秀の狂気に満ちた様子に「怨霊でも取り憑いたのか!?」と言っています。
それに対しても「自分は正気だ!!」と言わんばかりに反論しています。

家や家族を失っても「炎の描き方が分かって良かった!」って喜ぶ心情が理解できません。

理解に苦しみますね。
それだけこの良秀という人物が「芸術至上主義」であったということがわかります。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
かなり衝撃的な内容のお話でしたね。
この作品を読んで、皆さんはどのように感じましたか?

  
  
  
  

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