今回は列子より「杞憂」について解説します。
杞憂は「きゆう」と読みます。
取り越し苦労、いらぬ心配をすることを言います。
書き下し文(ひらがな読み仮名付き)
語句の意味/解説
現代語訳
「杞憂」現代語訳・解説
白文
①杞国有人憂天地崩墜、身亡所寄、廃寝食者。
②又有憂彼之所憂者。
③因往暁之曰、「天積気耳。
④亡処亡気。
⑤若屈伸呼吸、終日在天中行止。
⑥奈何憂崩墜乎。」
⑦其人曰、「天果積気、
⑧日月星宿、不当墜邪。」
⑨暁之者曰、「日月星宿、亦積気中之有光耀者。
⑩只使墜、亦不能有所中傷。」
⑪其人曰、「奈地壊何。」
⑫暁者曰、「地積塊耳。
⑬充塞四虚、亡処亡塊。
⑭躇歩跐蹈、終日在地上行止。
⑮奈何憂其壊。」
⑯其人舎然大喜ぶ。
⑰暁之者亦舎然大喜。
書き下し文(読み仮名付き)・語句解説・現代語訳
①杞国に人の天地崩墜して、身の寄する所亡きを憂へて、寝食を廃する者有り。
杞国 | 古代中国から戦国時代に存在した小さな国。現在の河南省杞県にあった。 |
天地 | 天 |
身の寄する所 | 身の置き場 |
亡き | なくなる(「無」と同じ) |
憂えて | 不安を抱いて、心配して |
寝食 | 寝ることとと食べること |
廃する | (これまでやってきたことを)やめる |
【訳】杞国に天が崩れ落ちて、身の置き場がなくなることに不安を抱いて、寝ることと食べることを止めてしまった人がいた。
②又彼の憂ふる所あるを憂ふる者有り。
彼 | 寝食を廃する者(A) |
憂ふる | 心を悩ませる |
所 | 点 |
又 | 一方では |
【訳】一方では彼に心を悩ませる点があることを心配する人がいた。
心配性の人には心配性のお友達がいたのでしょうかね…
このお話は二人のやりとりなのですが、「彼」「之」など色々な表現がでてきます。
あとでまとめますが、ここでは心配して寝食を忘れた人とA、そのAを心配する者をBとします。
③因りて往きて之を暁して曰はく、「天は積気のみ。
因りて | そこで |
往きて | 出かけて行って |
之 | A |
暁して | 諭す、言い聞かせる |
積気 | 空気が積み重なったもの |
耳(のみ) | 【限定】~だけ |
【訳】そこで出かけて行って(Bが)この人に言い聞かせて言うことには、「天は空気が積み重なっただけのものです。」
④処として気亡きは亡し。
処 | 所 |
気 | 空気 |
亡きは亡し | 【二重否定】ないところはない→どんな~でも~がないことはない |
【訳】どんな所でも空気がないことはない。
⑤屈伸呼吸のごときは、終日天中に在りて行止するなり。
屈伸 | 身体を曲げたり伸ばしたりすること |
呼吸 | 息を吸ったり吐いたりすること |
ごとき | ごとし【比況】~のようである |
終日 | 一日中 |
天中 | 天の中心、天の中 |
行止する | 活動している |
【訳】身体を曲げたり伸ばしたりすることや息を吸ったり吐いたりするようなことは、一日中天の中でしていることである。
⑥奈何ぞ崩墜するを憂へんや。」と。
奈何ぞ~や(乎) | 【反語】どうして~か、いや~ない |
【訳】どうして(天が)崩れ落ちることを心配するのか、いや心配することはない。
⑦其の人曰はく、「天果たして積気なれども、
其の人 | A |
果たして | 本当に、思った通り |
なれども | ~だけれども、~ではあるが |
【訳】その人が言うことには、「天が本当に空気の積み重なったものではあるが、
⑧日月星宿、当に墜つべからざるか。」
日月 | 太陽と月 |
星宿 | 星々 |
当に~べし | 【当然】~するべきである※再読文字 |
~邪 | 【疑問】~か |
【訳】太陽と月、星々は当然おちてくるべきではないのか。
これはAの心配性発言です。
なかなか彼の心配は消えませんね…
⑨之を暁す者曰はく、「日月星宿も、亦積気中の光耀有る者なり。
之 | A |
亦 | やはり |
光耀 | 輝き |
【訳】これを諭す人が言うことには、「太陽と月、星々もやはり空気が積み重なった中の輝きがあるものである。
⑩只だ使し墜つるも、亦中たり傷つくる所有る能はず。」
只だ使し墜つる | ただもし落ちたとしても 使し…仮定 |
中たり | 当たる |
傷つくる | 怪我をする |
能はず | 【不可能】~できない |
【訳】ただもし落ちたとしても、やはり当たって怪我をさせることはできない。」
⑪其の人曰はく、「地の壊るるを奈何せん。」と。
其の人 | A |
地 | 大地 |
壊るる | 崩れる |
奈何せん | 奈~何【疑問】~をどうしようか |
【訳】その人が言うことには、「大地が崩れることをどうしようか。」と。
天が崩れ落ちる心配の次は、大地が崩れる心配ですか…
⑫暁す者曰はく、「地は積塊のみ。
積塊 | 土が積み重なった塊 |
【訳】諭す者が言うことには、「大地は土が積み重なった塊にすぎない。
⑬四虚に充塞し、処として塊亡きは亡し。
四虚 | 四方の空間 |
充塞 | 一杯につまる、ぎっしりとつまる |
塊 | 土の塊 |
【訳】四方の空間にぎっしりとつまり、土のかたまりがないところはない。
⑭躇歩跐蹈のごときは、終日地上に在りて行止するなり。
躇歩跐蹈 | 地を踏みしめて歩く |
終日 | 一日中 |
【訳】地を踏みしめて歩くようなことは、一日中大地の上でしている。
⑮奈何ぞ其の壊るるを憂へんや。」
奈何~ | 【反語】どうして~か、いや~ない |
其 | 地(=大地) |
【訳】どうしてそれ(大地)が崩れることを心配するのか、いや心配しない。
⑯其の人舎然として大いに喜ぶ。
其の人 | A |
舎然として | 心配がすっかりなくなる様子 |
大いに | たいへん、非常に |
【訳】その人が心配ごとがすっかりなくなり、たいへん喜んだ。
⑰之を暁す者も亦舎然として大いに喜べり。
【訳】これを諭す者もやはり心配事がすっかりなくなり大変喜んだ。
良かったですね~
根気強く言い聞かせた甲斐がありましたね。
この二人のやり取りを、もう少しわかりやすくしてみていきましょう。
二人のやり取り
二人のやり取りを分かりやすくすると以下の通りです。
天が崩れ落ちて来るんじゃないかって心配で、夜も眠れないし、ごはんも喉を通らないんだよ…
そんなAくんを心配するBくん。
Aくんに元気になってもらえるように、説得をはじめます。
天は空気が積み重なっただけのものだよ。
空気がないところなんて、あるわけない。
毎日、身体を動かしたり、呼吸をしたりしてるじゃないか!
天が崩れ落ちるわけないよ!
でもさ…
天が単に空気の積み重ねだとしたら、太陽・月・星々も落ちてくるんじゃないの!?
太陽・月・星々も当たり前のように空気中で輝いているじゃないか!
それらが落ちてケガするなんてあるわけないじゃないか。
じゃあさ…
今度は大地が崩れたらどうしよう…
大地は土が積み重なっただけだよ~
いつも大地を踏みしめて歩いてるじゃないか。
その大地が崩れるなんて、ないよ~!!
そっかぁ~。
ありがとう!もう大丈夫だよ、嬉しいな~!!
それは良かった!
君が元気になって、僕もすごく嬉しいよ!
というようなやりとりでした。
心配性なAくんにちょっとイライラしてしまった方もいたのではないでしょうか?
結果的にはハッピーエンド。
何よりです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
今回は心配性Aくんと、それを心配するBくんとのやり取りでした。
Aくんの心配は「杞憂」に終わったということです。
心配しても仕方のないことを不安に感じて、寝食をやめてしまうということは現代でもありますね。
AくんにはBくんという、根気強く言い聞かせてくれたおかげで彼は安心できました。
こうして漢文を読んでいると国も時代も違っても、共通することがあることを知ることができます。
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