日本外史より「所争不在米塩(争ふ所は米塩に在らず)」について解説をしていきます。
日本のお話ですが、漢文で表現されています。
聖徳太子の時代から、日本人は漢文を学んできました。
枕草子「うつくしきもの」でも「8~10歳の子どもが、声は子どもなのに漢文を読んでるのがかわいらしい」という表現がありましたよね。
※「外史」は民間によって書かれた歴史書
成立:江戸時代後期
作者:頼山陽
※江戸時代の歴史家、漢学者、詩人
この作品は、幕末から明治にかけて最も多く読まれた歴史書と言われています。
この歴史書は軍記物語を参考にしている部分もあるため、史実に忠実とは言えないようです。
日本では中国の文学を崇拝し、取り入れながら日本の文学としての発展させてきました。
日本の内容を題材にして、漢文の技法を用いるというのがその特徴です。
明治時代になると西欧文化が入ってくるようになり、漢文学は下火になりました。
今回のお話は「敵に塩を送る」のもととなった話ですが、これも創作であるというのが通説です。
ちなみに「敵に塩を送る」とは、「敵を逆境から救うこと」を表す言葉です。
この記事では
・書き下し文(読み仮名付き)
・語句の意味/解説
・現代語訳
以上の内容を順番にお話していきます。
「所争不在米塩(争ふ所は米塩に在らず)」書き下し文・現代語訳・解説
白文・書き下し文(読み仮名付き)・語句解説・現代語訳
① 信玄国、不浜海。
信玄の国は、海に浜せず。
語句 | 意味 |
信玄 | 人名。戦国時代の甲斐の国の武将である、武田信玄のこと。 |
浜せず | (海や川などに)沿っていない |
【訳】信玄の国は、海に沿っていない。(=海に面していない)
② 仰塩於東海。
塩を東海に仰ぐ。
語句 | 意味 |
東海 | 地名。東海地方の諸国を指す。 |
仰ぐ | 請い求める→「買い入れる」と訳 |
【訳】塩を東海の諸国から、買い入れていた。
甲斐の国(山梨県)は、海に面していないため、塩を駿河の国(静岡県)から輸入していました。
③ 氏真与北条氏康謀、陰閉其塩。
氏真北条氏康と謀りて、陰かに其の塩を閉づ。
語句 | 意味 |
氏真 | 人名。戦国時代の駿河の国の武将である今川氏真のこと。 ※駿河…現在の静岡県を指す |
北条氏康 | 人名。戦国時代の相模の国の武将。今川氏真とは縁戚関係にあった。 相模…現在の神奈川県を指す |
謀る | たくらむ、仕組む |
陰かに | 密かに、こっそり |
其の塩 | 自国でとれる塩 |
閉づ | 閉じ込める→他の国に出さないようにした |
【訳】氏真は北条氏康と仕組んで、こっそりその塩を他の国に出さないようにした。
なぜ塩をあげなくなってしまったのですか?
実はもともと甲斐・相模・駿河は三国同盟を結び、協力関係にありました。
しかし、武田信玄が東海地方へ進出したいと考え、その同盟を破棄したのです。
それに腹を立てて、「じゃあ塩あげない」となったんですね。
④ 甲斐大困。
甲斐は大いに困しむ。
語句 | 意味 |
甲斐 | 地名。現在の山梨県のこと。 |
大いに | 非常に、とても |
困しむ | 困る |
【訳】甲斐の国は非常に困った。
塩が止められると、どうしてそんなに困るのでしょうか?
塩はとても重要なのです。
・食品の保存
・戦国時代において、軍が移動するときの塩分補給
として使用されているので、「塩がない」ことは「命にかかわる」ことだったのです。
⑤ 謙信聞之、寄書信玄曰、
謙信之を聞き、書を信玄に寄せて曰はく、
語句 | 意味 |
謙信 | 人名。戦国時代の越後の国の武将である、上杉謙信のこと。 ※越後…現在の新潟県を指す。 |
之 | 甲斐の国が、駿河の国と相模の国から塩が輸入できずに困っていること |
書 | 手紙 |
寄せて | 送って |
【訳】謙信はこれを聞いて、手紙を信玄に送って言うことには、
⑥「聞氏康・氏真困君以塩。
「氏康・氏真君を困しむるに塩を以つてすと聞く。
語句 | 意味 |
氏康 | 人名。北条氏康のこと。 |
君 | あなた |
困しむる | 困らせる |
【訳】氏康と氏真が塩のことであなたを困らせていると聞いた。
⑦ 不勇不義。
不勇不義なり。
語句 | 意味 |
不勇 | 勇気がない→卑怯である |
不義 | 義理がない |
【訳】卑怯であり義理がない行為である。
⑧ 我与公争、所争在弓箭、不在米塩。
我は公と争へども、争ふ所は弓箭に在りて、米塩に在らず。
語句 | 意味 |
我 | 私(上杉謙信自身のことを指す) |
公 | あなた |
争へども | 争っているが |
弓箭 | 弓と矢のこと。ここでは戦いを指す。 |
米塩 | 米や塩 |
【訳】私はあなたと争ってはいるが、争っているのは戦いについてであって、米や塩のことではない。
武田信玄は甲斐(山梨県)、上杉謙信は越後(新潟県)の武将です。
二人は、同じ地域の覇権争いをするライバルなのです。
⑨ 請自今以往、取塩於我国。
請ふ今より以往、塩を我が国に取れ。
語句 | 意味 |
請ふ~ | 【願望】どうか~してほしい |
以往 | のち、あと |
取れ | 手に取る ※ここでは「調達する」と訳 |
【訳】どうか今からあとは、塩を私の国から調達してほしい。
⑩ 多寡唯命。」
多寡は唯だ命のみ。」と。
語句 | 意味 |
多寡 | 量の多い少ない |
唯~のみ | 【限定】ただ~だけ |
命 | 命令、言いつけ |
【訳】(調達する塩の)量の多い少ないはただ(あなたの)言いつけしだいだ。」と。
⑪ 乃命賈人、平価給之。
乃ち賈人に命じ、価を平らかにして之を給せしむ。
語句 | 意味 |
乃ち | 【驚き】なんと |
賈人 | 商人 |
価を平かにす | 値段を適正にする |
給せしむ | 世話をする、与える |
【訳】なんと(謙信は)商人に命令して、値段を適正にしてこれ(塩)を世話した。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は「所争不在米塩(争ふ所は米塩に在らず)」を解説しました。
上杉謙信は、敵対する武田信玄が塩不足で困っていたときに、手を差し伸べたのでした。
これは目先の勝ち負けよりを優先せずに困っている相手を助けることで、長期的なメリットがあるという戦略とも言えます。
本文にもあるように謙信は、適正価格で販売しており、決して「送る(プレゼントする)」というわけではなかったことからも、戦略であることが伺えますね。
みなさんは、どのように感じましたか?
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