小林一茶の『おらが春』より「幼子さと/添え乳」を二回に分けて読んでいきます。
まず初めに作品についておさえましょう。
成立: 江戸時代後期
作者:小林 一茶
内容:俳諧俳文集
作者が57歳の一年間について
・俳句や俳文
・見聞きしたこと
・心に浮かんだこと
を書きとめた文章を、作者が亡くなった後に、弟子の白石一之が刊行した。
時系列をずらしたり、一部脚色が施されたりしているという指摘もある。
作品名の『おらが春』は、一茶が選んだものではなく、一之が第一話から取ってつけた。
今回のお話は、この年に亡くなった自分の娘である「さと」について書かれています。
内容を私の解釈も加えてざっくり紹介すると、以下の通りです。
あらすじ
去年の夏に生まれた娘に、「生まれつき愚かだとしても賢くなるように」と思って「さと」と名付けた。
一歳になることから、「チョーチチョーチアワワ、オツムテンテン」などの振りをしたり、とにかくかわいい。
欲しがるから持たせた風車を、ムシャムシャとしゃぶって捨ててもかわいい。
障子をめりめりむしり出したから、「上手、上手!」って褒めたら、本当に褒められたと思って喜んで笑って、むしりまくる。
心に一点の汚れなく、清らかさは名月のよう。(うちの子最強でしょ?)
すばらしい俳優の演技を見るようで、心が洗われていく。
あとは、「わんわんはどこにいる?」って聞くと、ちゃんと犬を指さすんだよ。
とにかく愛らしくて愛らしくて、春の初草と戯れるチョウより優美に思われます。(うちの子最強でしょ?※2回目)

一茶のさとへの思いが、あふれているお話ですね。
それでは
・品詞分解と語句解説
・現代語訳
・本文の解説
を見ながら、詳しく内容を読んでいきましょう。
おらが春「幼子さと/添え乳①」現代語訳・解説
本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
去年の夏、竹植うる日のころ、うき節しげきうき世に生まれたる娘、
昨年の夏、竹を植える日の頃、つらいことの多いこの世に生まれた娘に、
語句 | 意味 |
去年 | 名詞(昨年、1818年を指す) |
の | 格助詞 |
夏、 | 名詞 |
竹 | 名詞 |
植うる | ワ行下二段活用動詞「植う」(植える)連体形 |
日 | 名詞 |
の | 格助詞 |
頃、 | 名詞 |
うき節 | 名詞(つらく悲しいこと) |
しげき | ク活用の形容詞「しげし」(多い)連体形 |
うき世 | 名詞(この世) |
に | 格助詞 |
生まれ | ラ行下二段活用動詞「生まる」(生まれる)連用形 |
たる | 完了の助動詞「たり」連体形 |
娘、 | 名詞 |

「うき節しげきうき世」とは、どういう意味ですか?

これは、「つらく悲しいことが多いこの世」のことを、巧みに表現しています。
その前に「竹植うる日」とあるように、「竹」に関するものです。
竹の節と節の間を表す「節」と、憂き世の「世」が掛けられています。
「しげき」という、植物に縁のある言葉も使っていますね。

さすが!
俳人の一茶らしい、表現ですね。
おろかにしてものにさとかれとて、名前をさとと呼ぶ。
(生まれつき)賢くなくても物事に賢くなるようにと思って、名をさとと付ける。
語句 | 意味 |
おろかに | ナリ活用の形容動詞「おろかなり」(愚かだ、賢くない)連用形 |
して | 接続助詞 |
もの | 名詞 |
に | 格助詞 |
さとかれ | ク活用の形容詞「さとし」(賢い)命令形 |
とて、 | 格助詞 |
名 | 名詞 |
を | 格助詞 |
さと | 名詞 |
と | 格助詞 |
呼ぶ。 | バ行四段活用動詞「呼ぶ」終止形 |

一茶は52歳で結婚し、54歳の時に長男が誕生しますが、1ヶ月で亡くなってしまいます。

そうだったんですか…

なので、さとの誕生はとても嬉しくもあり、また失ってしまうのではという怖さもあったのでしょう。
そんな娘に「生まれつき賢くなくても、『さとく(賢く)』なってほしい」という願いを込めて、「さと」と名付けたのでした。
今年誕生日祝ふころほひより、てうちてうちあはは、おつむてんてん、かぶりかぶり振りながら、
今年誕生日を祝うちょうどその頃から、チョーチチョーチアワワ、オツムテンテン、カブリカブリなどのしぐさをしながら、
語句 | 意味 |
今年 | 名詞 |
誕生日 | 名詞(さとは5月4日生まれだった) |
祝ふ | ハ行四段活用動詞「祝ふ」連体形 |
ころほひ | 名詞(ちょうどその頃) |
より、 | 格助詞 |
てうちてうち | 「手打ち」…手を叩く動作 |
あはは、 | 開いた口に手を当てて「あわわ」と声を出す |
おつむ | 「頭」を表す |
てんてん、 | 「てんてん」と頭を軽くたたく |
かぶりかぶり | 「いやいや」と頭を左右に振る |
振り | 名詞(しぐさ) |
ながら、 | 接続助詞 |

現代でも「ちょちちょちあわわ」という手遊び歌として、知られているようです。

1歳になるころから、歌に合わせて身体を動かすことができるよ!
ということを言っていますね。
「うちのさとは賢いでしょ~」という、一茶の声が聞こえてきそうです。
同じ子どもの風車といふものを持てるを、しきりに欲しがりてむづかれば、
同じ年ごろの子どもが風車というものを持っているのを、むやみやたらに欲しがってぐずるので、
語句 | 意味 |
同じ | シク活用の形容詞「同じ」連体形 |
子ども | 名詞 |
の | 格助詞 |
風車 | 名詞 |
と | 格助詞 |
いふ | ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
もの | 名詞 |
を | 格助詞 |
持 | タ行四段活用動詞「持つ」連用形「持ち」の促音便「持っ」の「っ」が表記されない形 |
て | 接続助詞 |
る | 存続の助動詞「り」連体形 |
を、 | 格助詞 |
しきりに | 副詞(むやみやたらに) |
欲しがり | ラ行四段活用動詞「欲しがる」連用形 |
て | 接続助詞 |
むづかれ | ラ行四段活用動詞「むづかる」(ぐずる、機嫌が悪くて泣く)已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
とみに取らせけるを、やがてむしやむしやしやぶつて捨て、つゆほどの執念なく、
すぐに与えたところ、そのままむしゃむしゃとしゃぶって捨て、少しぐらいの執着心もなく、
語句 | 意味 |
とみに | 副詞(すぐに) |
取らせ | サ行下二段活用動詞「取らす」(与える)連用形 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
を、 | 接続助詞 |
やがて | 副詞(そのまま) |
むしやむしや | 副詞 |
しやぶつ | ラ行四段活用動詞「しゃぶる」の連用形「しゃぶり」の促音便 |
て | 接続助詞 |
捨て、 | タ行下二段活用動詞「捨つ」(捨てる)連用形 |
つゆ | 副詞(少しも) |
ほど | 副助詞(~ぐらい) |
の | 格助詞 |
執念 | 名詞(執着心) |
なく、 | ク活用形容詞「なし」連用形 |

「とみに取らせける」という所は、誰が誰に取らせたかわかりますか?

一茶がさとに、です。

そうです。
さとが欲しがったから、一茶パパはすぐさま風車を与えます。

溺愛していることが、伝わってきますね。
でも、当のさとはそれを口に入れてしゃぶったあとに捨てる…
一茶パパ、ドンマイ!
ただちにほかの物に心移りて、そこらにある茶碗を打ち破りつつ、
すぐさま他のものに心が移って、その辺にある茶碗を打ちつけて壊しては、
語句 | 意味 |
ただちに | 副詞(すぐに) |
ほか | 名詞 |
の | 格助詞 |
物 | 名詞 |
に | 格助詞 |
心 | 名詞 |
移り | ラ行四段活用動詞「移る」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
そこら | 代名詞(その辺) |
に | 格助詞 |
ある | ラ行変格活用動詞「あり」連体形 |
茶碗 | 名詞 |
を | 格助詞 |
打ち破り | ラ行四段活用動詞「打ち破る」(打ち付けて壊す)連用形 |
つつ、 | 接続助詞 |

「そこら」について確認しましょう。
古語では副詞として、
①多く、たくさん(数が多い様子を表す)
②はなはだしく、たいそう(程度がはなはだしい様子を表す)
を意味します。

現代の「そこらを歩き回る」「そこらじゅうに物が散乱している」という使い方とは違いますね。

ここでは現代のような使い方で、代名詞として「その辺」と訳しています。
しっかりとおさえましょう。
それもただちに飽きて、障子の薄紙をめりめりむしるに、
それもすぐに飽きて、障子の薄紙をめりめりとむしるので、
語句 | 意味 |
それ | 代名詞 |
も | 係助詞 |
ただちに | 副詞(すぐに) |
飽き | カ行四段活用動詞「飽く」(飽きる)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
障子 | 名詞 |
の | 格助詞 |
薄紙 | 名詞 |
を | 格助詞 |
めりめり | 副詞(ものが裂けて破れる音や様子を表す) |
むしる | ラ行四段活用動詞「むしる」連体形(つかんでひきちぎる) |
に、 | 格助詞 |
「よくした、よくした。」と褒むれば、まことと思ひ、
「よくやった、よくやった。」と褒めると、本当に褒めらたと思い、
語句 | 意味 |
「よく | ク活用の形容詞「よし」連用形 |
し | サ行変格活用「す」連用形 |
た、 | 完了の助動詞「た」終止形 |
よく | ク活用の形容詞「よし」連用形 |
し | サ行変格活用「す」連用形 |
た。」 | 完了の助動詞「た」終止形 |
と | 格助詞 |
褒むれ | マ行下二段活用動詞「褒む」(褒める)已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
まこと | 名詞(本当) |
と | 格助詞 |
思ひ、 | ハ行四段活用動詞「思ふ」連用形 |
きやらきやらと笑ひて、ひたむしりにむしりぬ。
きゃらきゃらと笑って、ひたすりむしりにむしってしまった。
語句 | 意味 |
きゃらきゃらと | 副詞(女性や子どもが、甲高い声で楽しそうに笑う様子を表す) |
笑ひ | ハ行四段活用動詞「笑ふ」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
ひたむしり | ラ行四段活用動詞「ひたむしる」(ひたすらつかんでひきちぎる) |
に | 格助詞 |
むしり | ラ行四段活用動詞「むしる」連用形(つかんでひきちぎる) |
ぬ。 | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |

障子紙をビリビリ破って「じょうず、じょうず!」と言われて、さとは「えへへ…」と喜び、ひたすらビリビリしちゃうんですね。

それを見て、一茶パパは「あっ…」っとなってしまったと。

褒められて喜んで、一生懸命障子紙をむしるさとも可愛いですね!
心のうち一点の塵もなく、名月のきらきらしく清く見ゆれば、
心の中に一点の汚れもなく、名月のようにきらきらと清らかに見えるので、
語句 | 意味 |
心 | 名詞 |
の | 格助詞 |
うち | 名詞(中) |
一点 | 名詞 |
の | 格助詞 |
塵 | 名詞(俗世間の汚れ) |
も | 係助詞 |
なく、 | ク活用の形容詞「なし」連用形 |
名月 | 名詞(中秋の名月を指す。一年で一番きれいな満月と言われる) |
の | 格助詞 |
きらきらしく | シク活用の形容詞「きらきらし」(きらきらしている)連用形 |
清く | ク活用の形容詞「清し」(清らか、汚れなく美しい)連用形 |
見ゆれ | ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」(見える)已然形 |
ば、 | 接続助詞 |

さとの純真さを、「名月のきらきらしく見ゆれば」と表現しているのですね。

・物事に執着しないこと
・褒められると素直に喜ぶこと
→「名月のように、きらきらと汚れのない美しい心を持つ」と言っています。
あとなき俳優見るやうに、なかなか心の皺を伸ばしぬ。
比類ない俳優を見るようで、ずいぶんと気分が晴れた。
語句 | 意味 |
あとなき | ク活用の形容詞「あとなし」(比べようがないほど優れている)連体形 |
俳優 | 名詞(神を楽しませるために行う歌や踊り、またそれを行う人) |
見る | マ行上一段活用動詞「見る」連体形 |
やうに、 | 比況の助動詞「やうなり」(まるで~のようだ)連用形 |
なかなか | 副詞(たいそう、かなり) |
心 | 名詞 |
の | 格助詞 |
皺 | 名詞 |
を | 格助詞 |
伸ばし | サ行四段活用動詞「伸ばす」連用形 |
ぬ。 | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |

今度は「なかなか」について確認しましょう。
古語では副詞として、「かえって、むしろ」という意味を持ちます。
しかしここでは、「なかなか面白い」「なかなか優秀だ」というように、程度を表す用法へと変化しています。

「心の皺を伸ばす」とは、どういうことなのでしょうか?

まず「心の皺」とは、心配事などによって気分が晴れない様子を表します。
その皺を「伸ばす」ということは、気分が晴れる、安心する、リラックスするという意味になります。
また、人の来たりて、「わんわんはどこに。」と言へば犬に指さし、
また、人がやってきて、「わんわんはどこに(いる)?」と言うと犬を指さし、
語句 | 意味 |
また、 | 接続詞 |
人 | 名詞 |
の | 格助詞 |
来たり | ラ行四段活用動詞「来たる」(やってくる)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
「わんわん | 名詞(幼児語として犬を指す) |
は | 係助詞 |
どこ | 代名詞 |
に。」 | 格助詞 |
と | 格助詞 |
言へ | ハ行四段活用動詞「言ふ」已然形 |
ば | 接続助詞 |
犬 | 名詞 |
に | 格助詞 |
指さし、 | サ行四段活用動詞「指さす」(指で指し示す)連用形 |
「かあかあは。」と問へば烏に指さすさま、
「かあかあは(どこにいる)?」と尋ねるとカラスを指さす様子は、
語句 | 意味 |
「かあかあ | 名詞(カラスを表す幼児語) |
は。」 | 係助詞 |
と | 格助詞 |
問へ | ハ行四段活用動詞「問ふ」(尋ねる)已然形 |
ば | 接続助詞 |
烏 | 名詞(カラス) |
に | 格助詞 |
指さす | サ行四段活用動詞「指さす」(指で指し示す)連体形 |
さま、 | 様子 |
口もとより爪先まで、愛嬌こぼれて愛らしく、
口元から爪先まで、愛嬌があふれ出ていてかわいらしく、
語句 | 意味 |
口もと | 名詞 |
より | 格助詞 |
爪先 | 名詞 |
まで、 | 副助詞 |
愛嬌 | 名詞(にこにこしてかわいらしい様子) |
こぼれ | ラ行下二段活用動詞「こぼる」(あふれ出る、こぼれる) |
て | 接続助詞 |
愛らしく、 | シク活用の形容詞「愛らし」(かわいらしい)連用形 |

「もう、全身から可愛さ爆発してるんですわ!」という、一茶パパの思いも爆発していますね。
いはば春の初草に胡蝶の戯るるよりもやさしくなんおぼえ侍る。
言うならば春の初草にチョウが戯れるよりも優美に思われることです。
語句 | 意味 |
いは | ハ行四段活用動詞「いふ」未然形 |
ば | 接続助詞 いはば…言うならば |
春 | 名詞 |
の | 名詞 |
初草 | 名詞(春の若草) |
に | 格助詞 |
胡蝶 | 名詞(チョウ) |
の | 格助詞 |
戯るる | ラ行下二段活用動詞「戯る」(たわむれる)連体形 |
より | 格助詞 |
も | 係助詞 |
やさしく | シク活用の形容詞「やさし」(上品で美しい、優美だ)連用形 |
なん | 係助詞 ※結び:侍る |
おぼえ | ヤ行下二段活用動詞「おぼゆ」(思われる、感じられる) |
侍る。 | ラ行変格活用補助動詞「侍り」(~です)連体形 【係り結び】【丁寧】作者→読者への敬意 |

今度は、「春の初草に胡蝶の戯るるよりもやさしく」と表現していますね。

先ほどは、「名月のきらきらしく清く見ゆれば」でしたね。
一茶にとってさとは、
名月のように曇りのない、清らかな心を持ち、
春の初草と遊ぶチョウのように、上品で美しい
存在だと言っています。
「うちの子すごいでしょ~」「うちの子かわいいでしょ~」という、一茶の溺愛っぷりが伝わる内容でした。
続き:この幼、仏の守りし給ひけん~
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