まれまれ、かの高安に来て見れば、はじめこそ心にくくもつくりけれ、
語句 | 意味 |
まれまれ、 | 副詞(ごくまれに) |
か | 代名詞 |
の | 格助詞 |
※かの | 【連語】あの |
高安 | 名詞 |
に | 格助詞 |
来 | カ行変格活用動詞「来(く)」連用形 |
て | 接続助詞 |
見れ | マ行上一段活用動詞「見」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
はじめ | 名詞(最初、初め) |
こそ | 係助詞 【強調】※結び:けれ |
心にくく | ク活用形容詞「心にくし」(奥ゆかしい)連用形 |
も | 係助詞 |
つくり | ラ行四段活用動詞「つくる」(ふりをする、よそおう)連用形 |
けれ、 | 過去の助動詞「けり」已然形【係り結び】※逆接 |
【訳】ごくまれにあの高安(の女のもと)に来て見ると、(女は)最初は奥ゆかしいふりをしていたが、
もう高安の女の所へは、行かないのでは?
そうなんですけどね…
高安の女のことは物語として必要だったのでしょう。
「何かのついでにたまたま寄った」という感じで読み進めてください。
今はうちとけて、手づから飯匙とりて、けこの器物に盛りけるを見て、
語句 | 意味 |
今 | 名詞 |
は | 係助詞 |
うちとけ | カ行下二段活用動詞「うちとく」(気を許す)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
手づから | 副詞(自ら、自分自身で) |
飯匙 | 名詞(しゃもじ) |
とり | ラ行四段活用動詞「とる」(手に取る)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
けこ | 名詞(家子。家族と使用人を合わせたひとたちを指す) |
の | 格助詞 |
器物 | 名詞(いれもの) |
に | 格助詞 |
盛り | ラ行四段活用動詞「盛る」連用形 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
を | 格助詞 |
見 | マ行上一段活用動詞「見る」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
【訳】今は気を許して、自分でしゃもじを手に取って、家族や使用人のいれものに(飯を)よそったのを見て、
心憂がりて、行かずなりにけり。
語句 | 意味 |
心憂がり | ラ行四段活用動詞「心憂がる」(愛想をつかす、嫌気がさす)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
行か | カ行四段活用動詞「行く」未然形 |
ず | 打消の助動詞「ず」連用形 |
なり | ラ行四段活用動詞「なる」連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】嫌気がさして、行かなくなってしまった。
ご飯を自分でよそうくらいで、女のことが嫌になるってどういうことですか?
当時、貴族の女性は何をするにも使用人にさせることが普通だったのです。
「自分でする=品のない女」だったことに冷めたということですね。
上品でないからとふられるなんて、ひどい時代ですね。
さりければ、かの女、大和の方を見やりて、
語句 | 意味 |
さりければ、 | 接続助詞(そうであったので)※男が高安の女のもとに行かなくなったことを指す |
か | 代名詞 |
の | 格助詞 |
女、 | 名詞 |
大和 | 名詞 |
の | 格助詞 |
方 | 名詞 |
を | 格助詞 |
見やり | ラ行四段活用動詞「見やる」(その方を眺める)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
【訳】そうであったので、その女は、大和の方を眺めて、
和歌:君があたり 見つつを居らむ 生駒山 雲な隠しそ 雨は降るとも
語句 | 意味 |
君 | 名詞 |
が | 格助詞 |
あたり | 名詞(付近、あたり) |
見 | マ行上一段活用動詞「見る」連用形 |
つつ | 接続助詞(~し続ける) |
を | 間投助詞 ※語調を整えるために添えた |
居ら | ラ行変格活用動詞「居り」(いる)連用形 |
む | 意志の助動詞「む」終止形 |
生駒山 | 名詞(地名。今の奈良県生駒市と大阪府東大阪市との境にある山) |
雲 | 名詞 |
な~そ | 【禁止】~するな |
隠し | サ行四段活用動詞「隠す」連用形 |
雨 | 名詞 |
は | 係助詞 |
降る | ラ行四段活用動詞「降る」終止形 |
とも | 接続助詞(たとえ~ても) |
【訳】あなたがいるあたりを見続けていましょう。生駒山を、雲よ隠さないでくれ。たとえ雨が降っても。
「な~そ」は禁止ですが、ここでは「~しないでくれ」という悲しみからの願望が込められています。
と言ひて見出だすに、からうして、大和人、「来む。」と言へり。
語句 | 意味 |
と | 格助詞 |
言ひ | ハ行四段活用動詞「言ふ」(詠む)連用形 |
て | 接続助詞 |
見出だす | サ行四段活用動詞「見出だす」(外をながめる)連体形 |
に、 | 接続助詞 |
からうじて、 | 副詞(やっとのことで) |
大和人、 | 名詞(男を指す) |
「来(こ) | カ行変格活用動詞「来」未然形 |
む。」 | 意志の助動詞「む」終止形 |
と | 格助詞 |
言へ | ハ行四段活用動詞「言ふ」已然形 |
り。 | 完了の助動詞「り」終止形 |
【訳】と詠んで外をながめると、やっとのことで、大和人が「来よう。」と言った。
喜びて待つに、たびたび過ぎぬれば、
語句 | 意味 |
喜び | バ行四段活用動詞「喜ぶ」連用形 |
て | 接続助詞 |
待つ | タ行四段活用動詞「待つ」連体形 |
に、 | 接続助詞 |
たびたび | 副詞(何度も) |
過ぎ | ガ行上一段活用動詞「過ぐ」連用形 |
ぬれ | 完了の助動詞「ぬ」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】(女は)喜んで待っていたが、何度も(来ないままに)過ぎてしまったので、
和歌:君来むと 言ひし夜ごとに 過ぎぬれば 頼まぬものの 恋ひつつぞ経る
語句 | 意味 |
君 | 代名詞(あなた) |
来 | カ行変格活用動詞「来」未然形 |
む | 意志の助動詞「む」終止形 |
と | 格助詞 |
言ひ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連用形 |
し | 過去の助動詞「き」連体形 |
夜ごと | 名詞(毎晩、夜が来るたびに) |
に | 格助詞 |
過ぎ | ガ行上一段活用動詞「過ぐ」連用形 |
ぬれ | 完了の助動詞「ぬ」已然形 |
ば | 接続助詞 |
頼ま | マ行四段活用動詞「頼む」(頼りにする、あてにする)未然形 |
ぬ | 打消の助動詞「ぬ」連体形 |
ものの | 接続助詞(~けれども) |
恋ひ | ハ行上一段活用動詞「恋ふ」(恋しく思う)連用形 |
つつ | 接続助詞 |
ぞ | 係助詞 結び:経る |
経る | ハ行下二段活用動詞「経」(過ぎる、過ごす)連体形【係り結び】 |
【訳】あなたが来ようと言った夜が来るたびに、(待っていても)過ぎてしまうので、(今では)頼りにしていませんが、(それでも)恋しく思いながら過ごしています。
と言ひけれど、男、住まずなりにけり。
語句 | 意味 |
と | 格助詞 |
言ひ | ハ行四段活用動詞「言ふ」(詠む)連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ど、 | 接続助詞 |
男、 | 名詞 |
住ま | マ行四段活用動詞「住む」(夫として女のもとに通う)未然形 |
ず | 打消の助動詞「ず」連用形 |
なり | ラ行四段活用動詞「なる」連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】と詠んだけれども、男は通って行かなくなってしまった。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は伊勢物語より「筒井筒」を解説しました。
幼なじみと結婚した男。
自分の妻の親が亡くなり、生活が苦しくなると河内の女のもとへ通い出します。
しかし、河内の女が品のない女だと分かると、その女のもとへ通わなくなります。
和歌で見る二人の女性の違い
●もとの女
・序詞や掛詞が使われた、洒落た歌
・男がほかの女のもとへ通う悲しさなどは歌わない
・男の無事を祈る健気な思いを歌う
●高安(河内)の女
・寂しさや悲しさをストレートに歌う
・男からの返歌を待たずに次の歌を送る
・自己中心的
結局もとの女の方が良い女だった、ということでしょうか。
現代の価値観だと違和感がある内容だったかもしれません。
当時の時代背景を理解して、読み取ることが大切です。
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