とて、打つて行くほどに、また新手の武者五十騎ばかり出で来たり。
語句 | 意味 |
とて、 | 格助詞 |
打つ | タ行四段活用動詞「打つ」(馬にむち打つ)連用形の促音便 |
て | 接続助詞 |
行く | カ行四段活用動詞「行く」(進んで行く)連体形 |
ほど | 名詞(うち) |
に、 | 格助詞 |
また | 副詞 |
新手 | 名詞(まだ戦闘に参加していない軍勢のこと) |
の | 格助詞 |
武者 | 名詞(武士) |
五十騎 | 名詞 |
ばかり | 副助詞(ほど) |
出て来 | カ行変格活用動詞「出で来」(出て来る、現れる)連用形 |
たり。 | 完了の助動詞「たり」終止形 |
【訳】と言って、馬にむち打って進んで行くうちに、また新手の武士が五十騎ほど現れた。
「君はあの松原へ入らせ給へ。兼平はこの敵防き候はん。」
語句 | 意味 |
「君 | 名詞(あなた) |
は | 係助詞 |
あ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
松原 | 名詞 |
へ | 格助詞 |
入ら | ラ行四段活用動詞「入る」未然形 |
せ | 尊敬の助動詞「す」連用形 |
給へ。 | 【尊敬】ハ行四段活用補助動詞「給ふ」命令形 |
兼平 | 名詞 |
は | 係助詞 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
敵 | 名詞 |
防き | カ行四段活用動詞「防く」連用形 |
候は | ハ行四段活用補助動詞「候ふ」未然形【丁寧】兼平→義仲への敬意 |
ん。」 | 意志の助動詞「む(ん)」終止形 |
【訳】殿はあの松原へお入りください。兼平はこの敵を防ぎましょう。」
と申しければ、木曾殿のたまひけるは、
語句 | 意味 |
と | 格助詞 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形【謙譲】作者→義仲への敬意 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
木曽殿 | 名詞 |
のたまひ | ハ行四段活用動詞「のたまふ」連用形【尊敬】作者→義仲への敬意 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
は、 | 係助詞 |
【訳】と申し上げたところ、木曽殿がおっしゃったことには、
「義仲、都にていかにもなるべかりつるが、
語句 | 意味 |
義仲、 | 名詞 |
都 | 名詞 |
にて | 格助詞 |
いかに | 副詞 |
も | 係助詞 |
なる | ラ行四段活用動詞「なる」終止形 |
※いかにもなる | 【連語】亡くなる、死ぬ |
べかり | 意志の助動詞「べし」連用形 |
つる | 完了の助動詞「つ」連体形 |
が、 | 接続助詞 |
【訳】「義仲は、都で死ぬつもりであったが、
これまで逃れ来るは、なんぢと一所で死なんと思ふためなり。
語句 | 意味 |
これ | 代名詞(ここ) |
まで | 副助詞 |
逃れ来る | カ行変格活用動詞「逃れ来」連体形 |
は、 | 係助詞 |
なんぢ | 代名詞(お前) |
と | 格助詞 |
一所 | 名詞(同じ場所) |
で | 格助詞 |
死な | ナ行変格活用動詞「死ぬ」未然形 |
ん | 意志の助動詞「む」終止形 |
と | 格助詞 |
思ふ | ハ行四段活用動詞「思ふ」連体形 |
ため | 名詞 |
なり。 | 断定の助動詞「なり」終止形 |
【訳】ここまで逃げてきたのは、お前と同じ場所で死のうと思ったからである。
所々で討たれんよりも、ひと所でこそ討ち死にをもせめ。」
語句 | 意味 |
所々 | 名詞(別々の場所) |
で | 格助詞 |
討た | タ行四段活用動詞「討つ」(殺す)未然形 |
れ | 受身の助動詞「る」未然形 |
ん | 婉曲の助動詞「む」未然形 |
より | 格助詞 |
も、 | 係助詞 |
ひと所 | 名詞(同じ場所) |
で | 格助詞 |
こそ | 係助詞【強意】 ※結び:め |
討ち死に | 名詞 |
を | 格助詞 |
も | 係助詞 |
せ | サ行変格活用動詞「す」未然形 |
め。」 | 意志の助動詞「む」已然形 ※係り結び |
【訳】別々の場所で殺されるよりも、同じ場所で討ち死にをしよう。」
とて、馬の鼻を並べて駆けんとし給へば、
語句 | 意味 |
とて、 | 格助詞 |
馬 | 名詞 |
の | 格助詞 |
鼻 | 名詞 |
を | 格助詞 |
並べ | バ行下二段活用動詞「並ぶ」連用形 |
て | 接続助詞 |
駆け | カ行下二段活用動詞「駆く」(馬に乗って走る、敵中に攻め入る) |
ん | 意志の助動詞「ん」終止形 |
と | 格助詞 |
し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
給へ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」已然形【尊敬】作者→義仲への敬意 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】と言って、馬の鼻を並べて敵中に攻め入ろうとなさるので、
しかし義仲は、「戦に負けた後もお前に会うためにここまできたんだ!死ぬときは一緒がいい!」と言っています。
主人と家来というより、強い友情・絆を感じます。
「馬の鼻を並べる」とは同じ方向に進むことを表します。
義仲は、兼平と一緒にいたかったのですね。
兼平は嬉しかったでしょうね。
今井四郎、馬より飛び降り、主の馬の口に取りついて申しけるは、
語句 | 意味 |
今井四郎、 | 名詞 |
馬 | 名詞 |
より | 格助詞 |
飛び降り、 | ラ行上二段活用動詞「飛び降る」連用形 |
主 | 名詞(主君) |
の | 格助詞 |
馬 | 名詞 |
の | 格助詞 |
口 | 名詞 |
に | 格助詞 |
取りつい | カ行四段活用動詞「取りつく」(しがみつく)連用形「取りつき」のイ音便 |
て | 接続助詞 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形【謙譲】作者→義仲への敬意 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
は、 | 係助詞 |
【訳】今井四郎は馬から飛び降り、主君の馬の口にしがみついて申し上げたことには、
「弓矢取りは、年ごろ日ごろいかなる高名候へども、
語句 | 意味 |
「弓矢取り | 名詞(武士のことを指す) |
は、 | 係助詞 |
年ごろ | 名詞(長年) |
日ごろ | 名詞(普段) |
※年ごろ日ごろ | 【連語】常日頃 |
いかなる | ナリ活用の形容動詞「いかなり」(どのような)連体形 |
高名 | 名詞(手柄を立て、名を挙げること) |
候へ | ハ行四段活用補助動詞「候ふ」已然形【丁寧】兼平→義仲への敬意 |
ども、 | 接続助詞 |
【訳】「武士は常日頃どのような高名がございましても、
最期の時不覚しつれば、長き疵にて候ふなり。
語句 | 意味 |
最期 | 名詞(死に際) |
の | 格助詞 |
時 | 名詞 |
不覚し | サ行変格活用動詞「不覚す」(思わぬ失敗をすること)連用形 |
つれ | 完了の助動詞「つ」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
長き | ク活用の形容詞「長し」(長い、永久である)連体形 |
疵 | 名詞(不名誉) |
に | 断定の助動詞「なり」連用形 |
て | 接続助詞 |
候ふ | ハ行四段活用補助動詞「候ふ」連体形【丁寧】兼平→義仲への敬意 |
なり。 | 断定の助動詞「なり」終止形 |
【訳】死に際の時に思わぬ失敗をしてしまうと、永久に不名誉なことでございます。
ここでの「不覚」とは無名の武士に討ち取られることを指します。
御身は疲れさせ給ひて候ふ。続く勢は候はず。
語句 | 意味 |
御身 | 名詞 |
は | 係助詞 |
疲れ | ラ行下二段活用動詞「疲れる」未然形 |
させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形 兼平→義仲への敬意 |
給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形【尊敬】兼平→義仲への敬意 |
て | 接続助詞 |
候ふ。 | ハ行四段活用補助動詞「候ふ」終止形【丁寧】兼平→義仲への敬意 |
続く | ハ行四段活用動詞「続く」連体形 |
勢 | 名詞(軍勢) |
は | 係助詞 |
候は | ハ行四段活用補助動詞「候ふ」未然形【丁寧】兼平→義仲への敬意 |
ず。 | 打消の助動詞「ず」終止形 |
【訳】お身体はお疲れになっていらっしゃいます。あとに続く軍勢はございません。
先ほどは「あなたは疲れていない」「私を千騎の味方だと思ってくれ」と力強く励ましていたのに、ここでは真逆のことを言っていますね。
主人に対して「あたなは弱っている、もう勝てない」と冷静に状況を伝えています。
敵に押し隔てられ、いふかひなき人の郎等に組み落とされさせ給ひて、
語句 | 意味 |
敵 | 名詞 |
に | 格助詞 |
押し隔て | タ行下二段活用動詞「押し隔つ」(無理に遮る)未然形 |
られ、 | 受身の助動詞「らる」連用形 |
いふかひなき | ク活用の形容詞「いふかひなし」(取るに足りない)連体形 |
人 | 名詞 |
の | 格助詞 |
郎等 | 名詞(家来) |
に | 格助詞 |
組み落とさ | サ行四段活用動詞「組み落とす」(組み合って馬から落とす)未然形 |
れ | 受身の助動詞「る」未然形 |
させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形 兼平→義仲への敬意 |
給ひ | ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」連用形【尊敬】兼平→義仲への敬意 |
て、 | 接続助詞 |
【訳】敵に無理に遮られ、取るに足りない誰かの家来に組み合って馬から落とされなさって、
討たれさせ給ひなば、
語句 | 意味 |
討た | タ行四段活用動詞「討つ」未然形 |
れ | 受身の助動詞「る」未然形 |
させ | 尊敬の助動詞「さす」連用形 兼平→義仲への敬意 |
給ひ | ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」連用形【尊敬】兼平→義仲への敬意 |
な | 完了の助動詞「ぬ」未然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】殺されなさったならば、
『さばかり日本国に聞こえさせ給ひつる木曾殿をば、それがしが郎等の討ち奉つたる。』
語句 | 意味 |
『さばかり | 副詞(あれほど) |
日本国 | 名詞 |
に | 格助詞 |
聞こえ | ヤ行下二段活用動詞「聞こゆ」(評判になる)未然形 |
させ | 助動詞「さす?」連用形 【尊敬】兼平→義仲への敬意 |
給ひ | ハ行四段活用の補助動詞「給ふ」連用形【尊敬】兼平→義仲への敬意 |
つる | 完了の助動詞「つ」連体形 |
木曽殿 | 名詞 |
を | 格助詞 |
ば、 | 係助詞 |
それがし | 代名詞(だれそれ) |
が | 格助詞 |
郎等 | 名詞 |
の | 格助詞 |
討ち | タ行四段活用動詞「討つ」連用形 |
奉つ | タ行四段活用の補助動詞「奉る」の連用形「奉り」の変化した形 |
たる。』 | 完了の助動詞「たり」連体形 |
【訳】『あれほど日本国中に評判になっている木曽殿を、だれそれの家来が討ち取り申し上げた。』
なんど申さんことこそ口惜しう候へ。
語句 | 意味 |
なんど | 副助詞(など) |
申さ | サ行四段活用動詞「申す」未然形【謙譲】兼平→義仲への敬意 |
ん | 仮定の助動詞「む(ん)」連体形 |
こと | 名詞 |
こそ | 係助詞【強意】 ※結び:候へ ※申さんことこそ…申すとしたらそれこそ |
口惜しう | シク活用の形容詞「口惜し」(残念だ、がっかりだ)連用形 |
候へ。 | ハ行四段活用補助動詞「候ふ」已然形【丁寧】兼平→義仲への敬意 ※係り結び |
【訳】などと申すとしたらそれこそ残念でございます。
ただあの松原へ入らせ給へ。」
語句 | 意味 |
ただ | 副詞 (ただもう) |
あ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
松原 | 名詞 |
へ | 格助詞 |
入ら | ラ行四段活用動詞「入る」未然形 |
せ | 尊敬の助動詞「す」連用形兼平→義仲への敬意 |
給へ。」 | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」命令形【尊敬】兼平→義仲への敬意 |
【訳】ただもうあの松原へお入りください。」
と申しければ、木曾、
語句 | 意味 |
と | 格助詞 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形【謙譲】作者→義仲への敬意 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
木曽、 | 名詞(木曽殿、義仲のこと) |
【訳】と申し上げたので、木曽殿は、
「さらば。」とて、粟津の松原へぞ駆け給ふ。
語句 | 意味 |
「さらば。」 | 接続詞(そういうことならば) |
とて、 | 格助詞 |
栗津 | 名詞 |
の | 格助詞 |
松原 | 名詞 |
へ | 格助詞 |
ぞ | 係助詞 ※結び:給ふ |
駆け | カ行下二段活用動詞「駆く」(馬に乗って疾走する、駆ける)連用形 |
給ふ。 | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連体形【尊敬】作者→義仲への敬意 ※係り結び |
【訳】「そういうことならば。」と言って、粟津の松原へ馬に乗って駆けて行かれた。
兼平の強い思いに打たれ、義仲は従うしかなくなったのですね。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は平家物語より「木曽の最期①義仲と兼平の別れ」を解説しました。
兼平が義仲に自害を促す場面でした。
二人が単なる主従の関係ではなく、強い絆で結ばれていることが感じられるお話でした。
兼平と別れた義仲。
このあとどうなるのでしょうか?
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