十八史略より「死諸葛走生仲達(死せる諸葛生ける仲達を走らす)」について見ていきます。
この記事では
・書き下し文(読み仮名付き)
・語句の意味/解説
・現代語訳
以上の内容について順番に説明していきます。
「死諸葛走生仲達(死せる諸葛生ける仲達を走らす)」現代語訳・解説
内容(白文・書き下し文・現代語訳・語句解説)
① 蜀丞相亮、悉衆十万、由斜谷口伐魏、進軍渭南。
蜀の丞相の亮、衆十万を悉くして、斜谷口由り魏を伐ち、進みて渭南に軍す。
語句 | 意味/解説 |
蜀 | 国名。 |
丞相 | 役職名。君主を補佐した大臣。 |
亮 | 人名。諸葛亮のこと。 |
衆 | 軍衆 |
悉くして | 総動員する |
斜谷口 | 地名。現在の陝西省宝鶏市の南西にある谷の入口 |
由り | から |
魏 | 国名。 |
渭南 | 地名。渭水の南側のこと。 |
軍す | 陣営を立てる |
【訳】蜀の丞相の諸葛亮は、軍衆10万人を総動員して、斜谷口から魏を攻め、進軍して渭南に陣営を立てた。
② 魏大将軍司馬懿、引兵拒守。
魏の大将軍の司馬懿、兵を引きて拒ぎ守る。
語句 | 意味/解説 |
司馬懿 | 人名。魏の国の軍師。 |
引き | 引きあげて |
拒ぎ | 防ぐ |
【訳】魏の大将軍である司馬懿は、兵を引き上げて防ぎ守った。
③ 亮数挑懿戦、懿不出。
亮数懿に戦ひを挑むも、懿出でず。
語句 | 意味/解説 |
諸葛亮 | 人名。諸葛亮孔明。劉備が軍師として迎え入れた人物。 |
数 | 何度も |
挑む | 戦いをしかける |
出でず | 出る |
【訳】諸葛亮は何度も司馬懿に戦いをしかけたが、司馬懿は出てこなかった。
なぜ司馬懿は、諸葛亮を迎え撃たなかったのでしょうか?
遠方から攻めてきた蜀軍の弱点は、食糧の調達でした。
司馬懿は、蜀軍の食糧が尽きるのを待つという作戦だったのです。
④ 乃遺以巾幗婦人之服。
乃ち遺るに巾幗・婦人の服を以つてす。
語句 | 意味/解説 |
乃ち | そこで |
遺る | 贈る。贈り物をする。 |
巾幗 | 女性用の髪飾り |
婦人 | 女性 |
【訳】そこで(諸葛亮は司馬懿に)女性用の髪飾りと女性ものの服を贈ることにした。
なぜ、女性ものの髪飾りや婦人服を贈ったのですか?
諸葛亮は、司馬懿に対して「戦いに出てこないお前は、女のように臆病者だ!これでもつけとけ!」と挑発し、戦いにひきずり出そうとしているのです。
ひゃー、現代なら炎上必死の行動ですね…
諸葛亮には、持久戦を避け、さっさと決着をつけようという意図がありました。
⑤ 亮使者至懿軍、懿問其寝食及事煩簡、而不及戎事。
亮の使者懿の軍に至るや、懿其の寝食及び事の煩簡を問ひて、戎事に及ばず。
語句 | 意味/解説 |
亮 | 人名。諸葛亮。 |
至る | 到着する、着く |
其の | ここでは諸葛亮のことを指す |
寝食 | 寝ることと食べること |
及び | ならびに |
事 | 仕事 |
煩簡 | 煩わしいこととたやすいこと |
戎事 | 軍事に関すること |
及ばず | 至らない |
【訳】諸葛亮の使者が司馬懿の軍に到着すると、司馬懿は諸葛亮の寝ることと食べることや仕事が忙しいのかそうでないのかを尋ねて、軍事に関することには至らなかった。
挑発するような品物を託されて、司馬懿のもとへ行った諸葛亮の使者は、生きた心地がしなかったでしょうね…
そんな使者に対して、司馬懿は軍事に関する質問は一切せず、諸葛亮の生活について世間話のように聞きました。
「諸葛亮はさ、きちんと寝られてるの?ご飯はしっかり食べてる?仕事も忙しいのかな?」というイメージですね。
⑥ 使者曰、「諸葛公、夙興夜寐、罰二十以上皆親覧。
使者曰はく、「諸葛公は、夙に興き夜に寐ね、罰二十以上は、皆親ら覧る。
語句 | 意味/解説 |
諸葛公 | 諸葛亮のこと。「公」は敬称としての意味。 |
夙 | 朝早く |
興き | 起きる |
夜 | 夜更け |
寐ね | 寝る |
罰二十以上 | 杖で20回打つ |
親ら | 「自ら」と同じ。自分で |
覧る | 一通り目を通す |
【訳】使者が答えて言うことには、「諸葛亮様は、朝は早く起きてこられ、夜は遅くに寝られ、罰が二十以上にあたる者は、全てご自身で目を通されています。
軽い罪の決済も自分で調書を読んだり、真偽の確認をしていたということです。
膨大な仕事量を抱えていたことが伺えます。
⑦ 所噉食、不至数升。」
噉食する所は、数升に至らず。」と。
語句 | 意味/解説 |
噉食 | 食べる |
数升 | 一升=現在の大盛ご飯1杯程度。数升は2~3杯を指す。 |
至らず | 達しない |
【訳】召し上がる食事の量は、(一日に)数升にも達しないです。」と。
諸葛亮は寝食もままならず、かなり忙しい生活をしていたんですね…
持久戦を狙う司馬懿にとって、諸葛亮の様子がキーポイントだったのです。
それにも気付かず、「ブチ切れした司馬懿に殺されるかも」とビビっていた使者は、拍子抜けしてペラペラと諸葛亮の様子を伝えてしまったんですね。
⑧ 懿告人曰、「食少事煩。
懿人に告げて曰はく、「食少なく事煩はし。
語句 | 意味/解説 |
食 | 食事 |
事 | 仕事 |
煩はし | 煩わしい |
【訳】(この話を聞いて)司馬懿は人に告げて言うことには、「(諸葛亮は)食事(の量)も少なく、仕事は忙しい。
⑨ 其能久乎。」
其れ能く久しからんや。」と。
語句 | 意味/解説 |
其れ | 諸葛亮の命を指す |
能く | 【可能】~できる |
久し | 長く続く |
(乎)や | 【反語】どうして~だろうか、いや~ない |
【訳】(諸葛亮の命は)どうして長く続くことができるだろうか、いやできないだろう。」と。
睡眠も少なく、食事もあまりとらず、激務であれば現代人でも身体を壊しますよね。
使者との会話から司馬懿は、「諸葛亮の命はそう長くはない」と判断したのでした。
それで側にいた者に「諸葛亮はこんな生活して長生きできるだろうか?できないだろう…」と話し、このまま機を待とうとしたのでしょう。
⑩ 亮病篤。
亮病篤し。
語句 | 意味/解説 |
病 | 病気 |
篤し | 病気が重い |
【訳】諸葛亮は病気になり、病気が重くなっていった。
⑪ 有大星、赤而芒。
大星有り、赤くして芒あり。
語句 | 意味/解説 |
大星 | 大きな星 |
芒 | 尾を引いた光 |
【訳】(その後)大きな星が現れ、(光は)赤く尾を引いていた。
⑫ 墜亮営中。
亮の営中に墜つ。
語句 | 意味/解説 |
営中 | 陣営の中 |
墜つ | 落ちる |
【訳】(その星は)諸葛亮の陣営の中に落ちた。
⑬ 未幾亮卒。
未だ幾ならずして亮卒す。
語句 | 意味/解説 |
未だ幾ならず | ほどなくして |
卒す | (身分の高い人物が)亡くなる |
【訳】ほどなくして、諸葛亮は亡くなった。
⑭ 長史楊儀整軍還。
長史楊儀軍を整えて還る。
語句 | 意味/解説 |
長史 | 役職名。高官の補佐をする。 |
楊儀 | 人名。蜀の武将。諸葛亮は楊儀の能力を認めていた。 |
還る | 今いる場所を去る |
【訳】長史の楊儀は、軍容を整えて(蜀の地へ)帰ろうとした。
軍師を失った職軍は、撤退を始めたのですね。
⑮ 百姓奔告懿。
百姓奔りて懿に告ぐ。
語句 | 意味/解説 |
百姓 | 民衆、庶民 |
奔りて | 急いでかけつける |
告ぐ | 知らせる |
【訳】土地の人々が、急いで司馬懿に知らせた。
撤退する姿を見かけたその土地の人々が、司馬懿軍にその事実を急いで伝えます。
なぜ急いで伝えてるのでしょうか?
その情報によって司馬懿軍が勝利すれば、褒美がもらえると考えたのでしょう。
⑯ 懿追之。
懿之を追ふ。
語句 | 意味/解説 |
之 | 引き揚げようとしている蜀軍を指す |
追う | 追いかける |
【訳】司馬懿は蜀軍を追いかけた。
これがチャンスとばかりに、司馬懿は蜀軍を追いかけます。
⑰ 姜維令儀反旗鳴鼓若将向懿。
姜維儀をして旗を反し鼓を鳴らし、将に懿に向かはんとするがごとくせしむ。
語句 | 意味/解説 |
姜維 | 人名。蜀の武将。諸葛亮からの信頼が厚かった。 |
儀 | 楊儀のことを指す |
反し | 向きを反対にする |
鼓を鳴らし | 敵陣に攻め込む合図の太鼓を鳴らす |
将に~す | 【再読文字】今にも~しようとする |
(若)ごとし | 【比況】~のようである |
(令)しむ | 【使役】~させる |
【訳】姜維は楊儀に旗の向きを変えさせ、進軍の合図の太鼓を鳴らさせ、いまにも司馬懿の軍に向かおうとするかのようにさせた。
⑱ 懿不敢逼。
懿敢へて逼らず。
語句 | 意味/解説 |
敢えて~ず | 無理には~しようとしない |
逼る | 接近する |
【訳】司馬懿は、無理に(蜀軍に)接近しようとはしなかった。
なぜ司馬懿は蜀軍に近づかなかったのでしょうか?
司馬懿は、諸葛亮を相当恐れています。
「諸葛亮が亡くなったから、撤退する」というのは自分を戦いに出すための策略だったのではないか、と思ったのです。
それによって蜀軍は、無事に逃げることができました。
諸葛亮は自分が亡くなった後についても作戦を立て、残された者たちがしっかりと実行したのですね。
⑲ 百姓為之諺曰、「死諸葛、走仲達。」
百姓之が為に諺して曰はく、「死せる諸葛、生ける仲達を走らす。」と。
語句 | 意味/解説 |
之が為に | このため、これのせいで |
仲達 | 人名。司馬懿仲達のこと。 |
走らす | 逃げさせる→敗走させる |
【訳】これのせいで民衆はことわざとして言うことには、「死んだ諸葛亮が、生きている仲達(司馬懿)を敗走させた。」と。
人々はこのできごとを聞いて、諸葛亮の軍師としてのすばらしさを称えるとともに、ビビりすぎた司馬懿を馬鹿にしてこのようなことを言ったのでした。
⑳ 懿笑曰、「吾能料生、不能料死。」
懿笑ひて曰はく、「吾能く生を料るも、死を料る能はず。」と。
語句 | 意味/解説 |
吾 | 私 |
生 | 生きている者 |
料る | 推し量る |
死 | 死んでいる者 |
能はず | ~できない |
【訳】司馬懿は笑って言うことには、「私は生きている者を推し量ることはできるが、死んだ者を推し量ることはできない。」と。
これは司馬懿の、失態に対する言い訳ともとれるセリフですね。
本音はこんな感じでしょうか…
俺は生きてる人のことなら、推測できるんだよ。
だから使者との会話から、諸葛亮の命が長くないこともわかったわけだしね。
でも死んだ人のやろうとしていることなんて、わからないよ。
だから諸葛亮が亡くなって蜀軍が撤退するって聞いたけど、近づこうとしたら攻める姿勢を見せてきて…
「これも何かの作戦かもしれない」と思って、蜀軍を攻めることができなかったんだ。
諸葛亮って、やっぱすげえやつだわ…俺ホントに臆病者だったのかも。
アハハ…笑うしかないよね。
㉑ 亮嘗推演兵法、作八陣図。
亮嘗て兵法を推演して、八陣の図を作る。
語句 | 意味/解説 |
嘗て | 昔 |
兵法 | 戦のしかた |
推演 | 押し広める |
八陣の図 | 陣立ての図 |
【訳】昔諸葛亮は戦のしかたを押し広めて、八陣の図という陣立ての図を作った。
㉒ 至是懿案行其営塁、歎曰、「天下奇材也。」
是に至りて懿其の営塁を案行し、歎じて曰はく、「天下の奇材なり。」と。
語句 | 意味/解説 |
是に至りて | その後 |
其の営塁 | 諸葛亮の立てた軍営 |
案行 | 見回って調べる |
歎じて | 感心する、感嘆する |
奇才 | 優れた才能の持ち主 |
【訳】その後司馬懿は諸葛亮の立てた軍営を見回って調べ、感心して言うことには、「(諸葛亮は)天下の奇才である」と。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
十八史略から「死諸葛走生仲達(死せる諸葛生ける仲達を走らす)」の解説をしました。
大国である魏の国の優れた軍師(司馬懿)でさえも、諸葛亮の智に富んだ戦略を恐れていました。
そのせいで、諸葛亮が亡くなった後も怯えたせいで蜀軍を逃がしてしまいました。
「臆病者には女ものがお似合いだ」と言う諸葛亮からの挑発が、最終的には当てはまってしまったというお話でした。
今回のお話が「死せる孔明生ける仲達をはしらす」ということわざとなり、優れた人物は生前の功績や影響力によって、死後も生きている人を恐れさせるという意味を持つこともわかりましたね。
諸葛亮のエピソードは三国志にもたくさんありますので、また紹介したいと思います。
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