十八史略より「鼓腹撃壌」を取り上げて、現代語訳と解説をしていきます。
この話は「鼓腹撃壌」という故事成語のもとになったお話です。
「腹を鼓し壌を撃つ」と訓読します。
お腹を太鼓のようにポンポンと叩きながら、足で地面を打ちながら拍子をとるという様子を指します。
このタイトルだけではどんなお話かわかりませんね。
書き下し文を作成し、現代語訳をしながら解説していきます。
簡単に話の流れを知りたい!という方は、是非最後までご覧ください。
「鼓腹撃壌(腹を鼓し壌を撃つ)」現代語訳・解説
それでは「鼓腹撃壌」について見ていきましょう。
この動作をした人は誰なのか?
それはいったいどんな状況を示しているのか?
意識しながら読んでみてください。
白文・書き下し文・現代語訳・解説
白文
書き下し文(漢字のふりがなは現代仮名遣いで表記)
※青…単語、文法
※赤…指示語など解説では解説を読みながら話の流れをおさえていきましょう。
帝堯陶唐氏、伊祁姓。
帝堯陶唐氏は、伊祁姓なり。
帝である堯陶唐氏は、伊祁という姓である。
※堯陶唐氏…伝説上の帝とされていて、実在するのかは定かではない。
或曰、名放勲。
或いは曰はく、名は放勲なりと。
あるいは放勲が名であるとも言う。
帝嚳子也。
帝嚳の子なり。
其仁如天、其知如神、就之如日、望之如雲。
其の仁は天のごとく、其の知は神のごとく、之に就けば日のごとく、之を望めば雲のごとし。
その仁徳は天のようで、その知恵は神のようで、堯に親しみ付き従うと太陽のようであり、堯を仰ぎ見ると、雲のようである。
※如し、如く…助動詞のため、書き下し文にするときはひらがな
※之…堯のことを指す
都平陽。茆茨不剪、土階三等。
平陽に都す。茆茨剪らず、土階三等のみ。
屋根はかやぶきでその先端を切りそろえず、土の階段が三段だけであった。
治天下五十年。
天下を治むること五十年。
(堯が)天下を治めることは50年に及んだ。
不知天下治歟、億兆願戴己歟、不願戴己歟。
天下治まるか、治まらざるか、億兆己を戴くを願ふか、己を戴くを願はざるかを知らず。
問左右不知、問外朝不知、問在野不知。
左右に問ふに知らず、外朝に問ふに知らず、在野に問ふに知らず。
※外朝…朝廷の役人
※在野…民間人
乃微服游於康衢、聞童謡。
乃ち微服して康衢に游び、童謡を聞く。
そこで(堯は人目につかないように)お忍びの服装で繁華街にでかけ、子どもたちの歌を聞いた。
※微服…人目を忍ぶ服装をすること
※康衢…賑やかな街、繁華街
※游…ぶらぶらする
立我烝民 莫匪爾極
不識不知 順帝之則曰はく、
我が烝民を立つるは 爾の極に匪ざる莫し
識らず知らず 帝の則に順ふと
※立…生きる(暮らしが立つ)
※爾…あなた
※極…この上のない徳
※匪ざる莫し…二重否定「~でないものはない」
※則…きまり、掟
有老人、含哺鼓腹撃壌而歌。
老人有り、哺を含み腹を鼓し、壌を撃ちて歌ふ。
ある老人は、食べ物を口の中でもぐもぐさせながら腹つづみを打ち、足で地面を撃ちながら拍子をとって歌っていた。
※含哺…食べ物を口にほおばること
日出而作 日入而息
鑿井而飲 耕田而食
帝力何有於我哉曰はく、
日出でて作し 日入りて息ふ
井を鑿ちて飲み 田を耕して食らふ
帝力何ぞ我に有らんやと。
老人が歌うには、
日が出れば仕事をし、日が沈めば家に帰って休む
井戸を掘って水を飲み、田畑を耕して作物を食べる
帝王の力がどうして私たちに関係があるだろうか。いやない。
※息…息う、休む
※鑿井…井戸を掘る
※田…田畑
堯立七十年、有九年之水。
堯立ちて七十年、九年の水有り。
堯が天子になって70年経った頃、9年間にわたる洪水があった。
※立…天子になる
※水…水害、洪水
使鯀治之。
鯀をして之を治めしむ。
鯀にこれ(洪水)をおさめさせた。
※使…使役(~させる)
※之…水(洪水)のこと
九戴弗績。
九戴績あらず。
堯老倦于勤。
堯老いて勤めに倦む。
※倦…疲れる、嫌になる
四岳挙舜、摂行天下事。
四岳舜を挙げて、天下の事を摂行せしむ。
※挙…とりたてる、推薦する
※摂行…職務を代わって行うこと
堯子丹朱不肖。
堯の子丹朱は不肖なり。
乃薦舜於天。
乃ち天に舜を薦む。
※天…天子
※薦…すすめる、推薦する
堯崩、舜即位。
堯崩じ、舜位に即く。
堯が亡くなり、舜が即位した。
※崩・・・亡くなる
堯はどのように優れた人物なのか?
堯という帝がすごい人だというのはなんとなくわかりますが…
人柄は?
1. 優れた器の大きな人
・其仁如天、其知如神、就之如日、望之如雲。
言葉を補ってまとめてみると
仁は天のごとく…仁徳は天のようにあらゆるものを覆い、広くすみずみまで行きわたっている
知は神のごとく…知恵は神のようにはかり知れず広い
太陽のごとく…太陽のような暖かみ(人としての温かみ)を感じる
雲のごとく…恵みの雨をもたらす雲のような慈しみを感じる
となります。
ここでの「雲」は太陽を隠すネガティブなイメージではなく、恵みの雨をもたらすありがたい存在となっていますね。
ますます人間を超えた器の大きさを感じます!
2. 民衆のことを思って政治を行おうと強く思う人
・不知天下治歟、億兆願戴己歟、不願戴己歟。
また50年も天下を治めていたにも関わらず、自分がしっかりと天下を治め、民衆に自分が天子(=天命を受けて天下を治める皇帝)として望まれているのかわからなかったと言っています。
自分に自信がなかったというわけではなく、本当に民衆のことを思っていたということですね。
・乃微服游於康衢、聞童謡。
お忍びで直接民衆の意見を知ろうとするなんて、
堯という人はすごい人ですね!
自分も含めて政治を行う人間にはわからないのなら、直接聞けばいいじゃないかという、すばらしい行動力です。
・帝力何有於我哉
この言葉を聞いて、堯は自分の政治はうまくいっていると確信します。
老人は平和に暮らせているのは、帝とは関係ないって言ってますけど、帝のことディスってるのではないのですか?
未熟な帝であれば、自分のおかげだと理解している子どもの歌に満足し、老人の歌に「本当は私のおかげなんだぞ!」と怒ったかもしれませんね。
でも堯はこの老人の歌を聞いたことで、世の中が平和に治まっていると分かったんです。
民衆は知らず知らずのうちに平和な暮らしができているんですね。
帝の力によって支配されているからではなく、自然なことだと感じることの方が良いということですね。
そうです。
質素な生活をし、権力を振りかざすことのない堯の政治。
それによって民衆も争ったり権力を誇示しようとせずに、平和に暮らすことができているんです。
3. 血統にこだわらず、優秀な人間に国を任せる
帝の座を引き継ぐのはその子どもであるというのが、よくある話です。
しかし堯のすぐれたところは、世襲にこだわらず優秀な人間に国を任せる選択をしたというところにあります。
自分の息子である丹朱ではなく、徳のある人格者の舜にその座を譲りました。
このように血統によらない帝位の継承のことろ「禅譲」と言います。
住まいは?
都で堯が生活する宮殿の様子です。
かやぶき屋根というところから、華美ではないことが分かります。
また宮殿の階段の数は九段が普通でした。
それが堯の宮殿の階段は土でできていて、三段しかありません。
質素な宮殿を建て、民衆の為に過ごしたことがうかがえます。
続いて鯀という人物についても見ていきましょう。
突然出てきましたが、このお話においてどのような役割があるのでしょうか?
鯀とはどういう人物なのか?
鯀という人はこの話の中で、どんな意味があるのでしょうか?
この鯀という人物も伝説上の人物と言われ、四罪という天下に災厄をもたらす人物として語られています。
堯は鯀にはふさわしくないと渋ったのですが家来たちが強く推すので、やむなく鯀に任せることにしたのでした。
鯀は洪水を治められなかったから、ダメな人の例として挙げられているのでしょうか?
ここでは鯀が洪水をおさめられなかったという結果だけでなく、
・実力が伴わないのに自分を優秀な人間に見せかけた
→自分を過信し、実力に見合わない大きな仕事を受けた
・自分の力を過信して9年もの月日が経っても改めない無知なところ
→国のお金と時間を無駄遣いし、国の事業を停滞させた
というところが鯀の悪い点として語られています。
堯は鯀のことを見抜いていたのですね…
それなのになぜ任命したの!?と思ってしまいますが。
家来たちが「試しにやらせてみてダメならやめさせればいい」と半ば強引に進めたようです。
でも9年も待つのはどうなんでしょうね。
まとめ
いかがですか?内容は理解できましたか?
堯は聖人としてあがめられた素晴らしい人物でした。
自分は質素な暮らしをし、長いこと国を治めていたものの「これでいいのか?」と思い、わざわざ人々が暮らすところへお忍びで様子を見に行きます。
その結果老人の歌を聞き、国は平和に治められていると悟るのです。
題名にもなっている「鼓腹撃壌」は老人が歌いながらしていた動作のことを言います。
平和な生活を楽しんでいることを意味しています。
それが良い政治のおかげだと気付かないことが良いというのが、聖人である堯の考え方です。
また鯀の愚かさに触れ、血統にこだわらず有徳者の舜に帝位を継承したことも堯のすばらしさだとしています。
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