『宇治拾遺物語』より「小野篁、広才のこと」について解説していきます。
成立:鎌倉時代初期
作者:不詳
ジャンル:説話集
内容:読みやすく面白さもある。魅力的で多彩な話で構成されている。(全197話)
民間説話(登場人物は、帝王・貴族・武士・庶民と様々。昔話や笑い話、貴族的な文化に関する話、怪談のようなものまで)
仏教説話(僧が体験した不思議な話、信仰に関する話など。布教の意図は乏しい。)
今回のお話は、「小野篁という人が広才だ」という内容です。
広才とは、才能の幅が広くて大きいことを指す言葉です。
小野篁は、平安時代に活躍した官僚でした。
遣隋使として有名な、小野妹子の子孫です。
外交官の家系に生まれ育ち、武芸にも優れていて「文武両道」の人物でした。
どのような点が広才なのか、読み取っていきましょう。


この記事では
・品詞分解と語句解説
・現代語訳
・本文の解説
以上の内容を、順番にお話していきます。
宇治拾遺物語「小野篁、広才のこと」品詞分解・現代語訳・解説
本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
今は昔、小野篁といふ人おはしけり。
語句 | 意味 |
今 | 名詞 |
は | 係助詞 |
昔、 | 名詞 |
小野篁 | 名詞(人名) |
と | 格助詞 |
いふ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連体形 |
人 | 名詞 |
おはし | サ行四段活用動詞「おはす」連用形 【尊敬】作者→篁への敬意 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】今となっては昔のことだが、小野篁という人がいらっしゃった。
嵯峨の帝の御時に、内裏に札を立てたりけるに、「無悪善」と書きたりけり。
語句 | 意味 |
嵯峨の帝 | 名詞(嵯峨天皇のこと) |
の | 格助詞 |
御時 | 名詞(御在位の時。その天皇が治めていた時代を指す) |
に、 | 格助詞 |
内裏 | 名詞(宮中) |
に | 格助詞 |
札 | 名詞(政治などへの風刺や批判を書いた、立て札を指す) |
を | 格助詞 |
立て | タ行下二段活用動詞「立つ」連体形 |
たり | 完了の助動詞「たり」連用形 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
に、 | 接続助詞 |
「無悪善」 | ※立て札に書かれてあったこと(「悪無くて善からん」と訓読する) |
と | 格助詞 |
書き | カ行四段活用動詞「書く」連用形 |
たり | 存続の助動詞「たり」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】嵯峨天皇が御在位の時、宮中に立て札を立てて、(そこには)「無悪善」と書いてあった。
帝、篁に、「読め。」と仰せられたりければ、
語句 | 意味 |
帝、 | 名詞(嵯峨天皇を指す) |
篁 | 名詞(小野篁のこと) |
に、 | 格助詞 |
「読め。」 | マ行四段活用動詞「読む」命令形 |
と | 格助詞 |
仰せ | サ行下二段活用動詞「仰す」(おっしゃる)未然形 【尊敬】作者→帝への敬意 |
られ | 尊敬の助動詞「らる」已然形 【尊敬】作者→帝への敬意 |
たり | 完了の助動詞「たり」連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】帝は、篁に「(この立て札に書かれていることを)読め」とおっしゃられたので、

嵯峨天皇に対して「仰せられ」と、二重敬語が使われていることをおさえましょう。
「読みは読み候ひなむ。されど、恐れにて候へば、え申し候はじ。」と奏しければ、
語句 | 意味 |
「読み | マ行四段活用動詞「読む」連用形 |
は | 係助詞 |
読み | マ行四段活用動詞「読む」連用形 |
候ひ | ハ行四段活用補助動詞「候ふ」(~ます、ございます)【丁寧】篁→帝への敬意 |
な | 強意の助動詞「ぬ」未然形 |
む。 | 意志の助動詞「む」終止形 |
されど、 | 接続詞(しかし) |
恐れ | 名詞(恐れ多いこと) |
に | 断定の助動詞「なり」連用形 |
て | 接続助詞 |
候へ | ハ行四段活用動詞「候ふ」已然形 【丁寧】篁→帝への敬意 |
ば、 | 接続助詞 |
え | 副詞 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」(申し上げる)連用形 【謙譲】篁→帝への敬意 |
候は | ハ行四段活用動詞「候ふ」未然形 【丁寧】篁→帝への敬意 |
じ。」 | 打消意志の助動詞「じ」終止形 |
※え~じ | とても~できない |
と | 格助詞 |
奏し | サ行四段活用動詞「奏す」(天皇や上皇に申し上げる)連用形 【謙譲】作者→帝への敬意 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】(篁は)「読むことは読みましょう。しかし、恐れ多いことでございますので、決して申し上げるつもりはありません」と申し上げたところ、

「奏す」と「申す」の違いって何ですか?

「奏す」は天皇や上皇に対して使います。
「ただ申せ。」と、たびたび仰せられければ、
語句 | 意味 |
「ただ | 副詞+命令/意志(とにかく) |
申せ。」 | サ行四段活用動詞「申す」命令形 【謙譲】帝→帝への敬意 |
と、 | 格助詞 |
たびたび | 副詞(何度も何度も) |
仰せ | 下二段活用動詞「仰す」未然形 【尊敬】作者→帝への敬意 |
られ | 尊敬の助動詞「らる」連用形 作者→帝への敬意 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】「とにかく申せ。」と、何度も何度もおっしゃられたので、

「申せ」は、帝が自分に対して敬意を払ったことになりますね。

これを自敬表現といいます。
しかし実際には帝が自分に敬語を使ったというより、作者の帝に対する敬意が含まれているのです。

「ここは通常表現するところだけど…。
帝の行動に対して、普通の言葉遣いなどできない!」といった感じでしょうか。
「『さがなくてよからむ』と申して候ふぞ。
語句 | 意味 |
「『さが | 名詞 |
なく | ク活用形容詞「なし」連用形 |
て | 接続助詞 |
よから | ク活用形容詞「よし」未然形 |
む』 | 推量の助動詞「む」終止形 |
と | 格助詞 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形 【謙譲】篁→帝への敬意 |
て | 接続助詞 |
候ふ | ハ行四段活用動詞「候ふ」連体形 【丁寧】篁→帝への敬意 |
ぞ。 | 終助詞 |
【訳】「『さが(帝)がいなければよいだろう』と申しています。

立て札には「悪無くて善からむ」と書いてあります。
そのまま読めば「悪いことが無ければ善いだろう」という意味になります。
しかし、「嵯峨(天皇)がいなければよいだろう」と読めると言うことです。
されば、君を呪ひ参らせて候ふなり。」と申しければ、
語句 | 意味 |
されば、 | 接続詞(それゆえ) |
君 | 名詞(帝) |
を | 格助詞 |
呪ひ | ハ行四段活用動詞「呪ふ」連用形 |
参らせ | サ行四段活用補助動詞「参らす」(お~申し上げる、お~する)連用形 【謙譲】篁→帝への敬意 |
て | 接続助詞 |
候ふ | ハ行四段活用動詞「候ふ」連体形 【丁寧】篁→帝への敬意 |
なり。」 | 断定の助動詞「なり」終止形 |
と | 格助詞 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形 【謙譲】作者→帝への敬意 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】それゆえ、帝をお呪い申し上げているのです。」と申し上げたので、

それが、嵯峨天皇を呪っていることになると篁は伝えています。
「これは、おのれ放ちては、誰か書かむ。」と仰せられければ、
語句 | 意味 |
「これ | 代名詞 |
は、 | 係助詞 |
おのれ | 代名詞(お前) |
放ち | タ行四段活用動詞「放つ」(差し置いて)連用形 |
て | 接続助詞 |
は、 | 係助詞 |
誰 | 代名詞 |
か | 係助詞【反語】 |
書か | カ行四段活用動詞「書く」未然形 |
む。」 | 推量の助動詞「む」連体形 【係り結び】 |
と | 格助詞 |
仰せ | サ行下二段活用動詞「仰す」未然形 【尊敬】作者→帝への敬意 |
られ | 尊敬の助動詞「らる」連用形 作者→帝への敬意 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】「これは、お前を差し置いて、誰が書くだろうか。いやお前しかいない。」とおっしゃられたので、
「さればこそ、申し候はじとは申して候ひつれ。」と申すに、
語句 | 意味 |
「されば | 接続詞(それゆえ、そうであるから) |
こそ、 | 係助詞【強調】 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形 【謙譲】篁→帝への敬意 |
候は | ハ行四段活用動詞「候ふ」未然形 【丁寧】篁→帝への敬意 |
じ | 打消意志の助動詞「じ」終止形 |
と | 格助詞 |
は | 係助詞 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形 【謙譲】篁→帝への敬意 |
て | 接続助詞 |
候ひ | ハ行四段活用動詞「候ふ」連用形 【丁寧】篁→帝への敬意 |
つれ。」 | 完了の助動詞「つ」已然形 【係り結び】 |
と | 格助詞 |
申す | サ行四段活用動詞「申す」連体形 【謙譲】篁→嵯峨天皇への敬意 |
に、 | 接続助詞 |
【訳】「そうであるからこそ、申し上げまいと申し上げたのでございますのに。」と申し上げると、

「だから、言いたくないって言ったじゃないですかぁ~」って感じですね。
篁さん、読めるがゆえに疑われて可哀そう…
帝、「さて、何も、書きたらむものは、読みてむや。」と仰せられければ、
語句 | 意味 |
帝、 | 名詞 |
「さて、 | 接続詞(ところで、さて) |
何 | 名詞 ※「何も」で「何でも、全て」と訳す |
も、 | 係助詞 |
書き | カ行四段活用動詞「書く」連用形 |
たら | 完了の助動詞「たり」連用形 |
む | 婉曲の助動詞「む」連体形 |
もの | 名詞 |
は、 | 係助詞 |
読み | マ行四段活用動詞「読む」連用形 |
て | 強意の助動詞「つ」未然形 |
む | 推量の助動詞「む」終止形 |
や。」 | 係助詞【疑問】 |
と | 格助詞 |
仰せ | サ行下二段活用動詞「仰す」未然形 【尊敬】作者→帝への敬意 |
られ | 尊敬の助動詞「らる」連用形 作者→帝への敬意 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】帝が、「ところで、(お前は)何でも書いているようなものは、きっと読めるだろうか。」とおっしゃられたので、
「何にても、読み候ひなむ。」と申しければ、
語句 | 意味 |
「何 | 代名詞 |
に | 断定の助動詞「なり」連用形 |
て | 接続助詞 |
も、 | 係助詞 |
読み | マ行四段活用動詞「読む」連用形 |
候ひ | ハ行四段活用補助動詞「候ふ」連用形 【丁寧】篁→帝への敬意 |
な | 強意の助動詞「ぬ」未然形 |
む。」 | 意志の助動詞「む」終止形 |
と | 格助詞 |
申し | サ行四段活用動詞「申す」連用形 【謙譲】作者→帝への敬意 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】「何であっても、確かに読みましょう。」と申し上げたところ、
片仮名の「ね」文字を十二書かせ給ひて、「読め。」と仰せられければ、
語句 | 意味 |
片仮名 | 名詞 |
の | 格助詞 |
「ね」文字 | 名詞 |
を | 格助詞 |
十二 | 名詞 |
書か | カ行四段活用動詞「書く」未然形 |
せ | 尊敬の助動詞「す」連用形 作者→帝への敬意 |
給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】作者→帝への敬意 |
て、 | 接続助詞 |
「読め。」 | マ行四段活用動詞「読む」命令形 |
と | 格助詞 |
仰せ | サ行下二段活用動詞「仰す」未然形 【尊敬】作者→嵯峨天皇への敬意 |
られ | 尊敬の助動詞「らる」連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】片仮名の「ね」の文字を12個お書きになって、「読め。」とおっしゃったので、
「ねこの子のこねこ、ししの子のこじし。」と読みたりければ、
語句 | 意味 |
「ねこ | 名詞 |
の | 格助詞 |
子 | 名詞 |
の | 格助詞 |
こねこ、 | 名詞 |
しし | 名詞 |
の | 格助詞 |
子 | 名詞 |
の | 格助詞 |
こじし。」 | 名詞 |
と | 格助詞 |
読み | マ行四段活用動詞「読む」連用形 |
たり | 完了の助動詞「たり」連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子。」と読んだので、

これはどういうことですか?

「片仮名」とありますが、当時の片仮名の「ね」は「子」と書くのが普通でした。
帝は「子子子子子子子子子子子子」と書き、篁に「これを読んでみろ」と言ったのです。
「子」という字は、「し(音読み」「こ(訓読み)」「ね(十二支の読み方)」と読むことができます。

これらを組み合わせて、篁は「ねこ(の)こ(の)こねこ、しし(の)こ(の)こじし」と読んだということですね。
帝ほほ笑ませ給ひて、事なくてやみにけり。
語句 | 意味 |
帝 | 名詞 |
ほほ笑ま | マ行四段活用動詞「ほほ笑む」未然形 |
せ | 尊敬の助動詞「す」連用形 作者→帝への敬意 |
給ひ | ハ行四段活用補助動詞「給ふ」連用形 【尊敬】作者→帝への敬意 |
て、 | 接続助詞 |
事なく | ク活用形容詞「事なし」(無事である、何事もない)連用形 |
て | 接続助詞 |
やみ | マ行四段活用動詞「やむ」(止まる、終わる)連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】帝は微笑みになり、何事もなく終わった。

帝は篁の返答に、微笑んだ後、おとがめなしで終わりました。

なぜ帝は微笑んだのでしょうか?

突然言った難問に、しっかりと答えた篁の知識の豊富さに、帝は満足したのでしょう。

自分の部下が優秀だというのは、嬉しんですね~

そもそも、帝は最初から篁を疑ったわけではありません。
「お前が書いたんだろ~」というのは冗談なのです。
篁ができるヤツと分かった上で、冗談を言って「これ読めるか?」と難問を出しました。

それに篁が見事に答えて、帝は大満足ということですね!
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回は宇治拾遺物語より「小野篁、広才のこと」を解説しました。
帝を批判するような立て札が見つかり、それが読めたせいで逆に篁が「お前が書いたんだろ?」と突っ込まれてしまいました。
一見すると、主人と家臣のピリついた状況のようにも読めます。
しかし実際は、彼の有能さに帝が満足しているという、タイトル通りのお話でした。
コメント