白居易「長恨歌③驪宮高き処 青雲に入り~」現代語訳・解説

今回の内容は、長恨歌で最もドラマチックな場面と言えます。
② 安禄山が攻めてくる
③ 兵士の不満とその結果起きたこと
これらを白居易はどのように表現しているのか、語句の意味を理解しながら読み取っていきましょう。
白文・書き下し文(読み仮名付き)・現代語訳・語句解説
㉗ 驪宮高処入青雲
驪宮高き処 青雲に入り
【訳】華清宮の高い所は青い空に達するほどであり
| 驪宮 |
驪山のふもとにある離宮。華清宮のことを指す
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| 高き処 | 高い所 |
| 青雲 |
「青みがかった色の雲」という意味が一般的だが、ここでは「青い空にある白い雲」とし、華清宮が空に届くほど高いことを表現していると解釈
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| に | 格助詞 |
| 入り |
ラ行四段活用動詞「入る」(達する)連用形
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㉘ 仙楽風飄処処聞
仙楽風に飄へりて 処処に聞こゆ
【訳】この世のものとは思えない美しい音楽が風に翻って、あちこちに聞こえる
| 仙楽 | 仙人が奏でる音楽、この世のものとは思えない美しい音楽 |
| 風に飄へり |
風に翻る、なびく→「仙楽が風に乗って聞こえてくる」というイメージ
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| 処処に | あちこちに |
| 聞こゆ | 聞こえる |
㉙ 緩歌慢舞凝糸竹
緩歌 慢舞 糸竹を凝らし
【訳】ゆったりとした歌、ゆったりとした舞、弦楽器や管楽器の奏でる音が留まっている
| 緩歌慢舞 |
ゆったりとした歌、ゆったりとした舞い
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| 糸竹を | 糸は弦楽器、竹は管楽器を表す。 |
| 凝らし | 集中させる、留める |

これは、天子と楊貴妃がゆったりと穏やかな時間を過ごしている様子が表現されています。「凝らし」は、糸竹の奏でる音色がその場に留まり余韻が漂っている様子であると解釈しました。
㉚ 尽日君王看不足
尽日 君王看れども足らず
【訳】一日中 天子は見るけれども、満足しない
| 尽日 | 一日中 |
| 君王 | 天子(漢皇/玄宗のこと) |
| 看れども | 見るけれども |
| 足らず | 満足しない |

楊貴妃と一日中のんびりした時間を過ごしているけど、それでも足りないって言ってるんですね。

そうですね。
そして、ここでは「看る」にも注目しましょう。「見る」ではなく「看る」が使われています。白居易は他の詩でも、景色を見る際に「看」という表現を使っています。
歌ったり舞ったりしている様子、音楽を演奏している様子を「楊貴妃との時間を彩る景色」として見ているのでしょう。
㉛ 漁陽鼙鼓動地来
漁陽の鼙鼓 地を動して来たり
【訳】漁陽の陣太鼓が鳴り、(安禄山の軍勢が)大地を騒がしてやって来た(=攻めてきた)
| 漁陽 |
地名。現在の天津市のこと。安禄山が反乱を起こした場所。
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| 鼙鼓 | 進軍や攻撃の合図となる太鼓(陣太鼓) |
| 地を動して | 大地を騒がして |
| 来たり | やって来た |

さっきまでの「のんびりラブラブモード」から、打って変わって緊張感が漂う場面になりましたね。
㉜ 驚破霓裳羽衣曲
驚破す霓裳 羽衣の曲
【訳】(その襲撃は)霓裳羽衣の曲(に乗せて舞う楊貴妃とそれを眺めていた天子)を驚かせた。
| 驚破す | 驚かせる |
| 霓裳羽衣の曲 |
玄宗皇帝が作り、楊貴妃が得意としたとされる舞曲。仙女が舞うような美しさと優雅さのある曲であった。「霓裳」は虹のように美しい衣装、「羽衣」も天女が身に着けるものを指す。
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この部分は直訳すると「驚かせた。霓裳羽衣の曲(を)」となります。
先ほどまでにあったように、天子はのんびりした時間を過ごしていましたよね。しかし、その時間・空間が「漁陽の鼙鼓」によってぶち壊されたということを表現しています。

これから、どうなってしまうのでしょうか…
㉝ 九重城闕煙塵生
九重の城闕 煙塵生じ
【訳】天子の居城には煙と塵が上がり
| 九重の城闕 |
天子の居城。九個の門の奥にあったため、このように表現されている。
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| 煙塵 |
煙と塵のこと。ここでは戦場で巻き上がるものを指している。
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| 生じ | 発生する、上がる |

これは安禄山の軍勢が、ついに天子がいるところまで攻め込んできたことを表します。
㉞ 千乗万騎西南行
千乗万騎 西南に行く
【訳】天子の軍勢は西南の方角に(ある蜀の成都を目指して)進む
| 千乗万騎 |
「千乗」は千の兵車、「万騎」は万の騎馬であることから、非常に大きな規模の軍隊を表す。ここでは、天子の軍勢を指している。
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| 西南 |
西南の方角。長安から離れた蜀の都である成都(現在の四川省にある)を指す。
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| 行く |
向かう、進む。※天子は楊貴妃と軍勢を引き連れ、安禄山から逃れるために蜀の成都を目指して逃げた。
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㉟ 翠華揺揺行復止
翠華揺揺として 行きて復た止まる
【訳】かわせみの羽で飾られた天子の旗はゆらゆらと揺れ動いて、進んではまた止まる
| 翠華 |
翡翠の羽で飾った天子の旗のこと
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| 揺揺として | ゆらゆらと揺れ動いて |
| 行きて | 進んでは |
| 復た |
また ※ここでは「進んでは止まる」ということが繰り返されていることを表している。
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| 止まる | 止まる |

「旗」と言っているけど、天子一行を指しているんですよね。

これは私の個人的な解釈ですが、この「揺」には単純に旗が揺れているのではなく、ついてきている軍隊の人たちの心が「揺れて」いることを表しているように感じます。

確かに。女におぼれて仕事をしなかった人を反乱軍から守りながら、長距離を移動するっていうことに、疑問を感じる人はいますよね。
㊱ 西出都門百余里
西のかた都門に出づること 百余里
【訳】西の方角に、都の城門を出発すること百里と少し。(=都の城門を出て西の方角に百里あまり進んだところで)
| 西のかた | 西の方角 |
| 都門に | 都の城門 |
| 出づること | 出発すること |
| 百余里 | 百里と少し。当時の一里は400m。 |

このあとの展開から察するに、ここの場所は馬嵬だと考えられます。馬嵬は、長安から70km(徒歩だと10時間以上かかる)ほどのところにあります。
㊲ 六軍不発無奈何
六軍発せず奈何ともする無し
【訳】天子が率いる軍隊は出発せず、どうにもならない
| 六軍 | 天子が率いる6つの軍隊のこと |
| 発せず | 出発しない |
| 奈何ともする無し | どうにもならない |

ついに兵士たちの不満が爆発してしまいましたか…
㊳ 宛転蛾眉馬前死
宛転蛾眉 馬前に死す
【訳】美しく弧を描いた眉の女性(=楊貴妃)は、天子の馬の前で死んだ
| 宛転蛾眉 |
美しく弧を描いた眉→美しい女性=楊貴妃のこと
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| 馬前に |
馬の前で ※ここでは主君など高貴な人物の前を指している
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| 死す | 死ぬ→死んだ |

「こんなことになったのは、宰相である楊国忠(楊貴妃のまたいとこ)と楊貴妃のせいだ!」となり、楊国忠が兵士たちに殺されてしまいます。それでも怒りがおさまらず、兵士たちは楊貴妃の処刑を望みました。玄宗皇帝は、やむなく自分の信頼する側近に楊貴妃を殺させるしかなかったのです。
㊴ 花鈿委地無人収
花鈿 地に委てられて 人の収むる無し
【訳】(楊貴妃が身に付けていた)花形のかんざしは地面に捨てられて、誰も拾う人がいない
| 花鈿 |
花形のかんざし(眉間に描かれた花などの化粧を表すこともある) ※楊貴妃が身につけられていたもの
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| 地に | 地面に |
| 委てられて | 捨てられて |
| 人の収むる無し | 誰も拾う人がいない |

楊貴妃の亡き骸が無残に放置されていたであろう様子を、「花鈿」という身に付けていたもので表現されているところに、白居易の詩人らしさがうかがえます。

確かにそうですね。戦が始まったときや、城に攻め込まれたことも直接的に「こうなりました」と言うのではなく、「城の中に煙と塵が上がった」と推測できるような言い回しになっていましたね。

「歴史物語」ではなく「漢詩」だということが、これらの表現からも感じ取れるのではないでしょうか。
㊵ 翠翹金雀玉搔頭
翠翹 金雀 玉搔頭
【訳】かわせみの羽で作ったかんざしも、金でできた雀が施されたかんざしも、宝玉で作られたかんざしも…(誰も拾う人がいない)
| 翠翹 | かわせみの羽で作ったかんざし |
| 金雀 | 金でできた雀が施されたかんざし |
| 玉搔頭 | 翡翠などの宝玉で作られたかんざし |
㊶ 君王掩面救不得
君王面を掩ひて 救ひ得ず
【訳】天子は顔を手で覆い隠し、救うことができない
| 君王 | 天子(漢皇/玄宗のこと) |
| 面を | 顔を |
| 掩ひて | 手で覆い隠す |
| 救ひ | 救う |
| 得ず | ~できない |

本当は楊貴妃の亡き骸にすがりつきたい、地面に捨てられたままになっている楊貴妃の装飾品を拾い集めたいけれど、兵士たちの手前できずにいるのか…
㊷ 迴看血涙相和流
迴り看て 血涙 相 和して流る
【訳】(天子が楊貴妃を)振り返って見て、(その悲しみから)血と涙が混じり合って流れる
| 迴り看て | 振り返って見て |
| 血涙 |
血と涙。悲しみのあまり出る涙のことを「血涙」と言う
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| 相和して | 互いに混じり合う |
| 流る | 流れる |

玄宗皇帝にとっては自分が蒔いた種ですが、あれだけ溺愛していた妃を失った悲しみを思うと何とも言えない気持ちになります。

楊貴妃も、玄宗皇帝に見初められたばかりに、激動の人生を送ることになりました。
このあと、楊貴妃を失った玄宗皇帝がどのようになっていくのか、続きを読んでいきましょう。
続き:黄埃散漫風蕭索~


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