今回は清少納言の枕草子の第七十二段「ありがたきもの」の原文、現代語訳からその内容を解説していきます。
枕草子の半分以上の章段が「ものづくし」と言われる「ものシリーズ」となっています。
以前それらの「ものづくし」のうちの1つ、「うつくしきもの」について現代語訳と解説をしています。
こちらでは枕草子や作者の清少納言についても触れていますので、ご覧ください。
枕草子「ありがたきもの」の現代語訳と解説。「ありがたきもの」の意味とは?
では早速本文とその現代語訳を丁寧に行い、解説をしていきます。
ただ現代語訳を読むよりも、内容が理解しやすいと思います。
「ありがたきもの」の意味について注目して読んでいきましょう。
本文と現代語訳(解説つき)
※青…単語、文法
まず最初に押さえるのは「ありがたきもの」の意味です。
感謝や「嬉しい」と言う意味の「ありがたい」ではありません。
「ありがたき」=「有り難き」と書き、「滅多にないもの」という意味なります。
滅多にないけど探せばあるのでしょうか?
滅多にないもの、舅に褒められる婿。また、姑に(かわいいと)思われるお嫁さん。
※褒めらるる/思はるる…受身の助動詞「らる」の連体形
※君…身分の高い人を敬う/親愛の意味を表す
「嫁の君」ってどう解釈すればいいんですか?
「〇〇の君」(例:源氏の君)という表現は男女問わず、身分の高い人に対して敬称としてつけます。
敬う意味や親愛の意味が込められています。
ここではお姑さんが親愛の意味が込めて、「うちの可愛いお嫁ちゃん」と言った感じですね。
当時、毛抜きと言ったら鉄製でした。
硬くて毛が抜きやすいのですが、見栄えがイマイチ…
銀ならばキレイで見栄えはいいけど、柔らかくて毛が抜きにくいというものでした。
全体的に人間関係に着目しているようですが、ここだけ突然「毛抜き」ってどういうことなんでしょうか?
確かに「おやっ?」と思いますね。
ここが作者の素晴らしいところです。
人間関係の話ばかりを続けていくと、愚痴っぽく重たい感じがします。
「銀の毛抜き」というキラキラしたものを読者に想像させることで、人間くささが軽くなります。
それだけでなく「毛がよく抜ける銀の毛抜きなど滅多にない」と言うことで、「外見と中身が伴うことってありえない」という思いも表現しています。
毛抜きの話をしているけど、
「外見と中身が伴わない」というのは人間についても言ってるんですね。
※そしら…ラ行四段動詞「そしる」(悪口を言う)の未然形
※ぬ…打消の助動詞「ず」の連体形
※従者…家来
「上司の文句を言わない部下」と言い換えたらイメージしやすいでしょうか?
先ほどの毛抜きの話を踏まえると「上司だって人間なんだし、文句を言われないような完璧な人もありえないよ」と暗に言っているようです。
同時にそんな主人の文句を言ってしまう家来に対しても「そう思っちゃうよね、仕方ないよ」という気持ちも込められているのではないでしょうか。
少しも欠点がない人。
※つゆ~なき…全く~ない、少しも~ない
※癖…欠点、悪い所
容貌、性格、態度が秀でていて、世の中を渡っている間ずっと、少しの欠点がない(人)。
※かたち…容貌
※心…性格
※ありさま…状態(ここでは「態度」と解釈)
※世に経る(世+に+ハ行下二段動詞「経」連体形)…この世で月日を過ごす=生きる
※いささか~なき…少しも~ない、まったく~ない
※きず…欠点
ここでは、「どんなにお互いに気を遣っていても、うっかりボロがでちゃうものだよね」ということが言いたいのです。
物語や歌集などを書き写すときに、本に墨をつけない。
良い紙などは、たいそう注意して書くが、必ず汚くなってしまうようだ。
※草子…紙
※いみじう…シク活用形容詞「いみじ」(たいそう)連用形のウ音便
こそ~めれの用法
【一人称】自分が主語…意志(~よう)
【二人称】相手が主語…勧誘(~がよい)
【三人称】第三者が主語…推量(~だろう)←ここではこの用法
当時は印刷などできないので、物語などをすべて手で書き写していました。
「汚してはいけない」と気を付ければ気を付けるほど、汚してしまう…というのはわかる気がしますね。
またここで人からものに視点がうつっていますね。
清少納言には離婚歴があり、
「男女の仲なんて言わなくても仲良く続かないのがわかる」という気持ちから、「男女をばいはじ(男女の間については言うまい)」
と言っていると考えられます。
「ありがたきもの」はいくつあった?
ここまで読んでみて、作者の言う「ありがたきもの」はいくつあったかわかりましたか?
ではまとめてみましょう。
- 舅に褒められる婿
- 姑にかわいいと思われる嫁
- 毛がよく抜ける銀の毛抜き
- 主人の悪口を言わない家来
- 少しも嫌な所がない人
- 容貌、性格、態度が素晴らしくて、生きている間に少しも欠点がない人
- 同僚女房などで、少しの隙もなく気を配っていて最後まで欠点が見えない人
- 物語や歌集などを書き写すときに、本に墨をつけないこと
- 男女の仲
- 女たちで、固い約束をして親しくしている人でも、最後までずっと仲良くしている人
先の現代語訳のところでも解説しましたが、3.と8.のところで人→ものへ視点をうつしながら最後まで飽きさせずに自分の考えを伝えています。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
舅と婿、姑と嫁、また友人同士などの人間関係の難しさは現代にも通じるものがあり、「わかる~」となった方もいるのではないでしょうか。
結局のところ「ありがたきもの=滅多にないもの」として挙げているものは
探せばあるものではなく、「そんなのあるわけないじゃん!!」という作者の本音が読み取れます。
それと同時に「完璧な人(もの・こと)なんてないから、厳しいことは言いっこなしよ」という思いも感じられました。
単なる「あるある」で終わらせないのが、作者である清少納言のすばらしさだと思います。
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