なほ行き行きて、武蔵国と下総国との中に、いと大きなる川あり。
さらに進んで行って、武蔵の国と下総の国との間に、たいそう広大な川がある。
| 語句 | 意味 |
| なほ | 副詞(さらに) |
| 行き行き | カ行四段活用動詞「行き行く」(どんどん進む)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| 武蔵国 | 名詞(現在の東京・埼玉全域、神奈川の一部を指す) |
| と | 格助詞 |
| 下総国 | 名詞(現在の千葉県北部、茨城県南西部を指す) |
| と | 格助詞 |
| の | 格助詞 |
| 中 | 名詞(真ん中、間) |
| に、 | 格助詞 |
| いと | 副詞 |
| 大きなる | ナリ活用形容動詞「大きなり」(広大な)連体形 |
| 川 | 名詞 |
| あり。 | ラ行変格活用動詞「あり」終止形 |
それをすみだ川といふ。
それを隅田川と言う。
| 語句 | 意味 |
| それ | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| すみだ川 | 名詞(現在の東京東部を流れる川) |
| と | 格助詞 |
| いふ。 | ハ行四段活用動詞「いふ」終止形 |

ついに、京都から東京まで来たんですね。
その川のほとりに群れゐて、思ひやれば限りなく遠くも来にけるかなとわび合へるに、
その川のほとりに集まって座って、(これまでの旅に)思いをはせると、果てしなく遠くに来たものだなと嘆き合っていると、
| 語句 | 意味 |
| そ | 代名詞 |
| の | 格助詞 |
| 川 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| ほとり | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| 群れゐ | ワ行上一段活用動詞「群れゐる」(集まって座る)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| 思ひやれ | ラ行四段活用動詞「思ひやる」(思いをはせる)已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
| 限りなく | ク活用形容詞「限りなし」(果てしない)連用形 |
| 遠く | ク活用形容詞「遠し」(遠い)連用形 |
| も | 係助詞 |
| 来 | カ行変格活用動詞「来」連用形 |
| に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
| ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
| かな | 終助詞【詠嘆】 |
| と | 格助詞 |
| わびあへ | ハ行四段活用動詞「わびあふ」(嘆き合う)已然形 |
| る | 存続の助動詞「り」連体形 |
| に、 | 接続助詞 |
渡し守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」と言ふに、
船頭が、「早く船に乗ってください。日も暮れてしまいます。」と言うので、
| 語句 | 意味 |
| 渡し守、 | 名詞(渡し舟の船頭) |
| 「はや | 副詞(早く、急いで) |
| 舟 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| 乗れ。 | ラ行四段活用動詞「乗る」命令形 |
| 日 | 名詞 |
| も | 係助詞 |
| 暮れ | ラ行下二段活用動詞「暮る」(連用形 |
| ぬ。」 | 強意の助動詞「ぬ」(きっと~てしまう)終止形 |
| と | 格助詞 |
| 言ふ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連体形 |
| に、 | 接続助詞 |

本文に忠実に訳すと「早く船に乗れ」と、強い命令の口調に聞こえます。
ここでは、丁寧な言い回しに訳を変えてみました。
乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
(船に)乗って渡ろうとするが、男たちはもの寂しくて、都に愛する人がないわけでもない。
| 語句 | 意味 |
| 乗り | ラ行四段活用動詞「乗る」連用形 |
| て | 接続助詞 |
| 渡ら | ラ行四段活用動詞「渡る」未然形 |
| む | 意志の助動詞「む」終止形 |
| と | 格助詞 |
| する | サ行変格活用動詞「す」連体形 |
| に、 | 接続助詞【逆接】 |
| みな人 | 名詞(その場にいた人全て) |
| ものわびしく | シク活用形容詞「ものわびし」(もの寂しい)連用形 |
| て、 | 接続助詞 |
| 京 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| 思ふ | ハ行四段活用動詞「思ふ」(愛する)連体形 |
| 人 | 名詞 |
| なき | ク活用形容詞「なし」連体形 |
| に | 断定の助動詞「なり」連用形 |
| しも | 副詞(必ずしも~ない) |
| あら | ラ行変格活用動詞「あり」未然形 |
| ず。 | 打消の助動詞「ず」終止形 |

この遠回しで意味深な「なきにしもあらず」については、和歌のところで合わせて考察していきます。
さる折しも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。
ちょうどその時、白い鳥で、くちばしと脚とが赤く、鴫の大きさである鳥が、水の上で遊びながら魚を食う。
| 語句 | 意味 |
| さる | 連体詞(そのような) |
| 折 | 名詞(その時) |
| しも、 | 副助詞【強意】 |
| ※さる折しも | ちょうどその時 |
| 白き | ク活用形容詞「白し」(白い)連体形 |
| 鳥 | 名詞 |
| の、 | 格助詞 |
| 嘴 | 名詞(くちばし) |
| と | 格助詞 |
| 脚 | 名詞 |
| と | 格助詞 |
| 赤き、 | ク活用形容詞「赤し」(赤い)連体形 |
| 鴫 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 大きさ | 名詞 |
| なる、 | 断定の助動詞「なり」連体形 |
| 水 | 名詞 |
| の | 格助詞 |
| 上 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| 遊び | バ行四段活用動詞「遊ぶ」連用形 |
| つつ | 接続助詞(~しながら) |
| 魚 | 名詞 |
| を | 格助詞 |
| 食ふ。 | ハ行四段活用動詞「食ふ」終止形 |
京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。
都では見かけない鳥なので、人はみな分からない。
| 語句 | 意味 |
| 京 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| は | 係助詞 |
| 見え | ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」(見かける)未然形 |
| ぬ | 打消の助動詞「ず」連体形 |
| 鳥 | 名詞 |
| なれ | 断定の助動詞「なり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
| みな人 | 名詞(その場にいた人全て) |
| 見知ら | ラ行四段活用動詞「見知る」(わかる)未然形 |
| ず。 | 打消の助動詞「ず」終止形 |
渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
船頭に尋ねたところ、「これは都鳥です。」と言うのを聞いて、
| 語句 | 意味 |
| 渡し守 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| 問ひ | ハ行四段活用動詞「問ふ」(尋ねる)連用形 |
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
| 「これ | 名詞 |
| なむ | 係助詞【強意】 ※結びは省略されている |
| 都鳥。」 | 名詞(ユリカモメを指す) |
| と | 格助詞 |
| 言ふ | ハ行四段活用動詞「言ふ」連体形 |
| を | 格助詞 |
| 聞き | カ行四段活用動詞「聞く」連用形 |
| て、 | 接続助詞 |

ここで船頭が、「都鳥」と答えました。
都鳥が「ユリカモメ」だとすると、旅を始めてからどれくらいの時間が経ったのかを推測することができます。
② 駿河国「五月のつごもり」…現在の6月下旬~7月上旬
③ 武蔵国・下総国「都鳥(ユリカモメ)」…現在の10月下旬~11月上旬

史実に基づいているわけではないので、本当にこの期間がかかっているのかはわかりませんが…(「さすがにそんなにかからない」と言っている説もありました)

でも、これらの表現からこの旅が、長く過酷であったことは想像できますね。
和歌:名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと
(都という言葉を)名前として持っているならば、さあ尋ねよう都鳥よ。私の愛する人は無事でいるのかどうか。
| 語句 | 意味 |
| 名 | 名詞 |
| に | 格助詞 |
| し | 副助詞 |
| 負は | ハ行四段活用動詞「負ふ」(名前に持つ)未然形 |
| ば | 接続助詞 |
| いざ | 感動詞(さあ) |
| 言問は | ハ行四段活用動詞「言問ふ」(尋ねる)未然形 |
| む | 意志の助動詞「む」終止形 |
| 都鳥 | 名詞 |
| わ | 代名詞(私) |
| が | 格助詞 |
| 思ふ | ハ行四段活用動詞「思ふ」連体形 |
| 人 | 名詞 |
| は | 係助詞 |
| あり | ラ行変格活用動詞「あり」終止形 |
| や | 係助詞【疑問】 |
| なし | ク活用形容詞「なし」終止形 |
| や | 係助詞【疑問】 |
| と | 格助詞 |

「ありやなしや」は、「あるのかないのか」ということです。
ここでは「生きているのかいないのか」という意味を持っています。
そこで、「無事でいるのかどうか」という訳にしました。
と詠めりければ、舟こぞりて泣きにけり。
と詠んだので、船の中の人はみな泣いてしまった。
| 語句 | 意味 |
| と | 格助詞 |
| 詠め | マ行四段活用動詞「詠む」已然形 |
| り | 完了の助動詞「り」連用形 |
| けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
| ば、 | 接続助詞 |
| 舟 | 名詞 |
| こぞり | ラ行四段活用動詞「こぞる」連用形 |
| て | 接続助詞 |
| ※こぞりて | 誰もがみな |
| 泣き | カ行四段活用動詞「泣く」連用形 |
| に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
| けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
「男」の思い

「男」は妻を都に置いてきたことを、こんなにも悲しんでいるのに、そこまでしてなぜ旅に出たのでしょうか?

本文に「身を要なきものに思ひなして」とありましたね。
「自分はデキる男だと思っていたけど、思うように出世できない」ことから「自分は役に立たない存在だ…」と思い悩み、「自分探しの旅」に出たと考えられます。
・天皇の孫という、すばらしい血統の持ち主
・「顔がよく、和歌は上手いがわがままで学もない」という評価
・貴族社会になじめなかった、と言われている

それが家族を都に残してまで、旅立つ理由になるのでしょうか?

「物語としてドラマチックにするために必要だった」としか言いようがないのかもしれません。

ちなみに、「つま」や「思ふ人」とは、誰のことを指すのでしょうか?
在原業平は、恋多き男らしいですし…

在原業平には、紀有常女と呼ばれる、妻がいました。
しかし、「東下り」の前の「芥川」の話を読むと、藤原高子の存在も大きかったと考えられます。

このことがきっかけで、在原業平は京都にいられなくなり、旅に出たのだとすると、旅の途中で思い出して涙を流した「つま」とは、駆け落ちしてまで一緒になりたかった、藤原高子のことを指しているとは考えられないでしょうか?

高子は天皇の妻となったので、二度と会うことはできませんもんね。

だから「新しい恋をしなきゃな~」と思いつつ(「いやいや、奥さんを大事にしなよ」と突っ込みたくもなるでしょうが)も、未練があるから「思ふ人なきにしもあらず」と言ったと、私は解釈しました。
まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は伊勢物語より「東下り」を解説しました。
京→三河国→駿河国→武蔵国・下総国と、長い旅をしてきた男たち。
その旅は行き当たりばったりで、迷いながら不安の中を進んで行くのでした。
行く先々で詠まれる和歌は、都に残してきた大切な人を想うものばかり。
なぜそんな思いをしてまで旅をしたのか?
「つま」「思ふ人」って誰?
など色々と、突っ込みたくなることが多い作品とも言えます。
実在の人物である在原業平をモデルにしたとは言え、あくまで『伊勢物語』はつくられた「物語」です。
恋多き男性が失意のうちに旅に出て、和歌を詠みながら進んで行くというお話なのです。
どんな思いが隠れているのか、自由に読み取ってみてよいと私は思います。
ぜひ、みなさんなりの味わい方を見つけてみて欲しいです。


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