今回は徒然草の第八十九段「奥山に、猫またといふものありて」の現代語訳と解説をしていきます。
兼好法師の「徒然草」は過去にも取り上げていますね。
今回は「猫また」という妖怪で出るらしいという噂を聞いた法師の、うっかりエピソードとなっています。
そしてそれを「あなたもそういうことあるんじゃない?」と言わんばかりにチクリと指摘するのが、兼好法師のうまいところです。
これから順番に解説していきます。
まずは原文と現代語訳からです。
ざっくりとした内容を確認したい方は「あずき的超現代語訳」から読むことをオススメします。
徒然草「奥山に、猫またといふものありて」品詞分解・現代語訳・解説
本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
「奥山に、猫またといふものありて、人を食らふなる。」と人の言ひけるに、
語句 |
意味 |
奥山 |
名詞(山奥) |
に、 |
格助詞 |
猫また |
名詞(想像上の化け物。犬ほどの大きさの猫。尾が二つに分かれているらしい。) |
と |
格助詞 |
いふ |
ハ行四段活用動詞「いふ」連体形 |
もの |
名詞 |
あり |
ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
て |
接続助詞 |
人 |
名詞 |
を |
格助詞 |
食らふ |
ハ行四段活用動詞「食らふ」(食う)終止形 |
なる。」 |
伝聞の助動詞「なり」連体形 |
と |
格助詞 |
人 |
名詞(ここでは「ある人」) |
の |
格助詞 |
言ひ |
ハ行四段活用動詞「言ふ」連用形 |
ける |
過去の助動詞「けり」連体形 |
に、 |
接続助詞 |
【訳】「山奥に猫またという化け物がいて、人を食うそうだ」とある人が言ったところ、
「山ならねども、これらにも、猫の経上がりて、
語句 |
意味 |
「山 |
名詞 |
なら |
断定の助動詞「なり」未然形 |
ね |
打消の助動詞「ぬ」已然形 |
ども、 |
接続助詞 |
これら |
代名詞(この辺り) |
に |
格助詞 |
も、 |
係助詞 |
猫 |
名詞 |
の |
格助詞 |
経上がり |
ラ行四段活用動詞「経上がる」(年月を経て変化する)連用形 |
て、 |
接続助詞 |
【訳】「山でなくても、この辺りでも、猫が年月を経て変化して
猫またになりて、人とることはあなるものを。」と言ふ者ありけるを、
語句 |
意味 |
猫また |
名詞 |
に |
格助詞 |
なり |
ラ行四段活用動詞「なり」連用形 |
て、 |
接続助詞 |
人 |
名詞 |
とる |
ラ行四段活用動詞「とる」(ここでは「人の命をとる」)連体形 |
こと |
名詞 |
は |
係助詞 |
あ |
ラ行変格活用動詞「あり」連体形※「ある」の撥音便「あんなる」の「ん」を表記しない形 |
なる |
伝聞の助動詞「なり」連体形 |
ものを。」 |
接続助詞 |
と |
格助詞 |
言ふ |
ハ行四段活用動詞「言ふ」連体形 |
者 |
名詞 |
あり |
ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
ける |
過去の助動詞「けり」連体形 |
を、 |
格助詞 |
【訳】猫またになって、人(の命)をとることはあるそうだよ。」と言う者がいたのを、
何阿弥陀仏とかや、連歌しける法師の、行願寺の辺にありけるが聞きて、
語句 |
意味 |
何阿弥陀仏 |
名詞(何とか阿弥陀仏) |
と |
格助詞 |
か |
係助詞 |
や、 |
間投助詞 |
連歌 |
名詞(詩歌の形式の一つ。数人で上の句と下の句をリレー形式で読む形式。) |
し |
サ行変格活用動詞「す」連用形 |
ける |
過去の助動詞「けり」連体形 |
法師 |
名詞(僧。お坊さん。) |
の、 |
格助詞 |
行願寺 |
名詞(今の京都市上京区にあった寺。) |
の |
格助詞 |
辺 |
名詞(辺り) |
に |
格助詞 |
あり |
ラ行変格活用動詞「あり」(暮らしている)連用形 |
ける |
過去の助動詞「けり」連体形 |
(人) |
名詞「人」を省略している |
が |
格助詞 |
聞き |
カ行四段活用動詞「聞く」連用形 |
て、 |
接続助詞 |
【訳】何とか阿弥陀仏とか言う、連歌をする法師で、行願寺のあたりに暮らしていた(人)が聞いて、
ひとり歩かん身は心すべきことにこそと思ひけるころしも、
語句 |
意味 |
ひとり |
名詞 |
歩か |
カ行四段活用動詞「歩く」(外出する)未然形 |
ん |
婉曲の助動詞「ん」連体形 |
身 |
名詞(わが身) |
は |
係助詞 |
心す |
サ行変格活用動詞「心す」(気を付ける)終止形 |
べき |
当然の助動詞「べし」連体形 |
こと |
名詞 |
に |
断定の助動詞「ぬ」連用形 |
こそ |
係助詞 |
と |
格助詞 |
思ひ |
ハ行四段活用動詞「思ふ」連用形 |
ける |
過去の助動詞「けり」連体形 |
ころ |
名詞 |
しも、 |
強意の副助詞 ※ころしも…ちょうどその頃 |
【訳】一人で外出するようなわが身は気を付けなければならないことだと思っていたちょうどその頃、
ある所にて夜更くるまで連歌して、ただひとり帰りけるに、
語句 |
意味 |
ある |
連体詞 |
所 |
名詞 |
にて |
格助詞 |
夜 |
名詞 |
更くる |
カ行下二段活用動詞「更く」(夜が更ける)連体形 |
まで |
副助詞 |
連歌 |
名詞 |
し |
サ行変格活用動詞「す」連用形 |
て、 |
接続助詞 |
ただ |
副詞(たった) |
ひとり |
名詞 |
帰り |
ラ行四段活用動詞「帰る」連用形 |
ける |
過去の助動詞「けり」連体形 |
に、 |
格助詞 |
【訳】ある所で夜が更けるまで連歌をして、ただ一人で帰って来た時に、
小川の端にて、音に聞きし猫また、あやまたず足もとへふと寄り来て、
語句 |
意味 |
小川 |
名詞 |
の |
格助詞 |
端 |
名詞(そば。ほとり。) |
にて、 |
格助詞 |
音 |
名詞(評判。噂。) |
に |
格助詞 |
聞き |
カ行四段活用動詞「聞く」連用形 |
し |
過去の助動詞「し」連体形 |
猫また、 |
名詞 |
あやまた |
タ行四段活用動詞「あやまつ」未然形 |
ず |
打消の助動詞「ず」連用形 |
足もと |
名詞 |
へ |
格助詞 |
ふと |
副詞(すばやく、すぐに) |
寄り来 |
カ行変格活用動詞「寄り来(く)」連用形 |
て、 |
接続助詞 |
【訳】小川のほとりで、うわさに聞いた猫またが、ねらいたがわず足元へすぐに寄って来て、
やがてかきつくままに、頸のほどを食はんとす。
語句 |
意味 |
やがて |
副詞(すぐに。すぐさま。) |
かきつく |
カ行四段活用動詞「かきつく」(飛びつく)連体形 |
ままに、 |
名詞「まま」+格助詞「に」(するとすぐに。するや否や) |
頸 |
名詞 |
の |
格助詞 |
ほど |
名詞(あたり) |
を |
格助詞 |
食は |
ハ行四段活用動詞「食ふ」(かみつく。食いつく)未然形 |
ん |
意志の助動詞「ん」終止形 |
と |
格助詞 |
す。 |
サ行変格活用動詞「す」終止形 |
【訳】すぐに飛びつくとすぐに首のあたりを噛みつこうとする。
肝心も失せて、防かんとするに力もなく、
語句 |
意味 |
肝心 |
名詞(正気。精神。) |
も |
係助詞 |
失せ |
サ行下二段活用動詞「失す」(なくなる、消える)連用形 |
て、 |
接続助詞 |
防か |
カ行四段活用動詞「防ぐ」(食い止める、身を守る)未然形 |
ん |
意志の助動詞「ん」終助詞 |
と |
格助詞 |
する |
サ行変格活用動詞「す」連体形 |
に |
格助詞 |
力 |
名詞 |
も |
係助詞 |
なく、 |
ク活用形容詞「なし」連用形 |
【訳】正気もなくなって、身を守ろうとしても力もなく、
足も立たず、小川へ転び入りて、
語句 |
意味 |
足 |
名詞 |
も |
係助詞 |
立た |
タ行四段活用動詞「立つ」未然形 |
ず、 |
打消の助動詞「ず」連用形 |
小川 |
名詞 |
へ |
格助詞 |
転び入り |
ラ行四段活用動詞「転び入る」連用形 |
て、 |
接続助詞 |
【訳】足も立たず、小川に転がって入って、
「助けよや、猫またよや、猫またよや。」と叫べば、
語句 |
意味 |
助けよ |
カ行下二段活用動詞「助く」命令形 |
や、 |
間投助詞 |
猫また |
名詞 |
よ |
間投助詞(おおい、よう) |
や、 |
間投助詞(~よう) |
と |
格助詞 |
叫べ |
バ行四段活用動詞「叫ぶ」已然形 |
ば、 |
接続助詞 |
【訳】「助けてくれ、猫まただよう、猫まただよう」と叫んだので、
家々より、松どもともして走り寄りて見れば、
語句 |
意味 |
家々 |
名詞 |
より、 |
格助詞 |
松ども |
名詞+複数を表す「ども」(たいまつ) |
ともし |
サ行四段活用動詞「ともす」(火をつける。明かりをつける。) |
て |
接続助詞 |
走り寄り |
ラ行四段活用動詞「走り寄る」連用形 |
て |
接続助詞 |
見れ |
マ行上一段活用動詞「見る」已然形 |
ば、 |
接続助詞 |
【訳】家々からたいまつをつけて走り寄って見ると、
このわたりに見知れる僧なり。
語句 |
意味 |
こ |
代名詞 |
の |
格助詞 |
わたり |
名詞(あたり。付近。) |
に |
格助詞 |
見知れ |
ラ行四段活用動詞「見知る」(面識がある、顔見知りである)已然形 |
る |
存続の助動詞「る」連体形 |
僧 |
名詞(僧侶。法師。) |
なり。 |
断定の助動詞「なり」終止形 |
【訳】このあたりで顔を見知っている僧侶である。
「こはいかに。」とて、川の中より抱き起こしたれば、
語句 |
意味 |
「こ |
代名詞 |
は |
係助詞 |
いかに。」 |
副詞(どうして) |
とて、 |
【引用】格助詞(~と言って) |
川 |
名詞 |
の |
格助詞 |
中 |
名詞 |
より |
格助詞 |
抱き起こし |
サ行四段活用動詞「抱き起こす」連用形 |
たれ |
完了の助動詞「たり」已然形 |
ば、 |
接続助詞 |
【訳】「これは一体どうしたことだ」と言って、川の中から抱き起したところ、
連歌の賭物取りて、扇、小箱など、懐に持ちたりけるも、水に入りぬ。
語句 |
意味 |
連歌 |
名詞 |
の |
格助詞 |
賭物 |
名詞(商品) |
取り |
ラ行四段活用動詞「取る」(獲得する)連用形 |
て、 |
接続助詞 |
扇、 |
名詞(扇。扇子。) |
小箱 |
名詞 |
など、 |
副助詞 |
懐 |
名詞(ふところ) |
に |
格助詞 |
持ち |
タ行四段活用動詞「持つ」連用形 |
たり |
存続の助動詞「たり」連用形 |
ける |
過去の助動詞「けり」連体形 |
も、 |
係助詞 |
水 |
名詞 |
に |
格助詞 |
入り |
ラ行四段活用動詞「入る」連用形 |
ぬ。 |
完了の助動詞「ぬ」終止形 |
【訳】連歌の商品を獲得して扇、小箱など懐に持っていたものも、水に入ってしまった。
希有にして助かりたるさまにて、這ふ這ふ家に入りにけり。
語句 |
意味 |
希有に |
ナリ活用形容動詞「希有なり」(やっとのことで)連用形 |
して |
接続助詞 |
助かり |
ラ行四段活用動詞「助かる」連用形 |
たる |
完了の助動詞「たり」連体形 |
さま |
名詞(様子。状態。) |
にて、 |
格助詞 |
這ふ這ふ |
副詞(這うようにして。やっとのことで。) |
家 |
名詞 |
に |
格助詞 |
入り |
ラ行四段活用動詞「入る」連用形 |
に |
完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けり。 |
過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】やっとのことで助かったという状態で、這うようにして家に入ったのだった。
飼ひける犬の、暗けれど主を知りて、飛びつきたりけるとぞ。
語句 |
意味 |
飼ひ |
ハ行四段活用動詞「飼ふ」連用形 |
ける |
過去の助動詞「けり」連体形 |
犬 |
名詞 |
の、 |
格助詞 |
暗けれ |
ク活用形容詞「暗し」已然形 |
ど |
格助詞 |
主 |
名詞(主人) |
を |
格助詞 |
知り |
ラ行四段活用動詞「知る」(認識する)連用形 |
て、 |
接続助詞 |
飛びつき |
カ行四段活用動詞「飛びつく」連用形 |
たり |
完了の助動詞「たり」連用形 |
ける |
過去の助動詞「けり」連体形 |
と |
格助詞 |
ぞ。 |
係助詞 |
(いひける) |
省略されている |
【訳】飼っていた犬が、暗いけれども主人を認識して、飛びついたということだ。
あずき的 超現代語訳
「山奥に猫またっていう人食い妖怪がいるんだって~」
「いやいや、山奥だけじゃなくてこの辺にも出るらしいよ。猫が年とって猫またになって、人の命をとるらしいよ」って。
そんな噂を聞いていたのが、何とか阿弥陀仏とか言うお坊さんだったわけ。
彼は連歌っていう歌詠みを得意としてて、行願寺の辺りに住んでたんだって。
噂を聞いて、「俺は一人で出歩くことが多いから、気を付けないとなぁ」と思ってめっちゃビビッていた時に、ある所でオールでカラオケ…ならぬ夜更けまで連歌して一人で帰ってたの。
そしたらさ小川のとこで出たよ…噂に聞いていた猫またが。
そいつはお坊さんの足元めがけてまっしぐら。
すぐに飛びついて喉元かっ食らおうとしてくる。
ビビッて血の気も失せて、抵抗しようとしたけど力もなくて。
腰が抜けて立てないもんだから、そのまま小川に転がるように入って行って、「助けてよ~猫またが出たぞ~、猫またが出たぞ~」って叫んだ。
夜中に迷惑なお坊さんだね、こりゃ。
でもみんな優しいから、声を聞きつけてあかりを持ってお坊さんを助けに来てくれた。
「あれあんた、あそこのお坊さんじゃないの。どうしたの~?」って川の中から出してくれた。
せっかく連歌でもらった賞品も水浸し。
とりあえず命だけは助かった、と腰が抜けたままハイハイして家に帰って行ったんだって。
実はそのお坊さんの飼っていた犬が、暗い中でも「ご主人様~」って飛び付いただけだったとさ。
…みんなはこの話を読んで、「この坊主はおっちょこちょいだな」と馬鹿にしたでしょ?
でもさ、考えてみて。
「怖い」って思い込むと、なんでもないものまで怖く見えることってない?
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」なんて俳句もあるけどさ、幽霊がいるって思い込んでると、ただのススキがお化けに見えちゃう。
人間ってそんなものだよね。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
ビビりの法師が、猫またに襲われてかわいそう…と思われていたけど、実は猫またの正体は法師の飼い犬だったったと言うオチでした。
それを「テッテレー」と効果音が聞こえてくるかのように、最後の一文で披露する。
これがこの作品の面白さですね。
時代とともに位置づけに変化があるものの、本来法師というのは「人のお手本になるような知識と教養を兼ね備えた存在」でした。
そんな法師の人間味あふれる様子を描き、またそれを笑う読者に問題提起をするという点は、やはりさすがの一言です。
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