今回は世説新語より「魏武捉刀(魏武刀を捉る)」について、現代語訳と解説をしていきます。
魏の国の武帝は、匈奴の国からの使者に会う際に、部下の崔季珪に身代わりを頼みます。
その後、使者に自分が身代わりを立てたことを見破られてしまいます。
その使者を魏武を追いかけて殺してしまうというお話です。
下記の事に注目して読んでいきます。
1. 魏武はどんな人?身代わりを立てたのはなぜ?
2. 匈奴の国の使者はなぜ殺されたのか?
順番にお伝えしていきます。
最初に本文を書き下し文と現代語訳をし、そのあとで疑問が解消できる解説をしていきます。
魏武捉刀(魏武刀を捉る)現代語訳・解説
内容(白文・書き下し文・現代語訳・解説)
それでは早速、本文の書き下し文・現代語訳・単語の意味などを解説していきます。
人物や国の様子についても触れながら、内容を理解していきましょう。
現代語訳
※青…単語、文法
※赤…指示語など
魏武将見匈奴使。
魏武将に匈奴の使ひを見んとす。
魏の武帝が匈奴の使者を引き入れて対面しようとした。
※魏武…人名(あとで解説)
※将に~す…【再読文字】今にも~しようとする
※匈奴…国名(中国北方の騎馬民族を指す。中国にとっては驚異的な存在だった。)
※使ひ…使者
※見…地位の高い者が目下の者を部屋に引き入れて対面すること
自以形陋不足雄遠国。
自ら以へらく形陋にして遠国に雄たるに足らずと。
(武帝が)自分で思うことには、見た目がぱっとしないので、遠い国を威圧するのに十分ではないと思った。
※自ら以へらく…自分で思うことには
※形…姿
※陋…ぱっとしない
※雄たる…威圧する
※足らず…十分でない
※遠国…遠い国(ここでは匈奴の国を指している)
使崔季珪代、帝自捉刀立牀頭。
崔季珪をして代はらしめ、帝は自ら刀を捉りて牀頭に立つ。
崔季珪に身代わりをさせて、武帝は自分で刀をとって王座のそばに立った。
※をして~しむ…【使役】~させる
※崔季珪…人名(武帝の部下。あとで解説。)
※捉る…とる、つかむ
※牀頭…ベッド、寝床、枕元
牀頭は装飾が施され、日中は長椅子として使用されていました。
謁見の場としても使われていました。
なのでベッドで寝たまま匈奴の使者と対面したわけではありません。
ここでは「王座のそば」と訳しました。
既畢、令間諜問曰、「魏王何如」。
既に畢はり、間諜をして問はしめて曰はく、「魏王何如。」と。
対面が終わってから、スパイに尋ねさせて言うことには、「魏王はどうであったか」と。
※既に…~してから
※畢…終わる
※間諜…スパイ
※何如…【事実の疑問】どうであったか。
※令…「使」と同様【使役】~させる
匈奴使答曰、「魏王雅望非常。
匈奴の使ひ答えて曰はく、「魏王は雅望常に非ず。
匈奴の使者が答えて言うことには、「魏王は優れた人格で並々ではない。
※雅望…優れた人格
※常に非ず…普通ではない→並々ではない
然牀頭捉刀人、此乃英雄也。」
然れども牀頭に刀を捉る人、此れ乃ち英雄なり。」と。
しかし王座のそばで刀をとっていた人、彼こそが英雄です。」と。
※然…【逆接】しかし
※乃ち…【強調】~こそ
※此れ…牀頭に刀を捉る人=魏武
魏武聞之、追殺此使。
魏武之を聞き、此の使ひを追ひて殺さしむ。
魏の武帝はこの話を聞いて、この使いを追いかけて殺させた。
※之…「魏王雅望非常。然牀頭捉刀人、此乃英雄也。」という匈奴の使いの言葉を指す
※此の使ひ…匈奴の使い
本文の内容は以上になります。
それでは続いて疑問を解消できるように、解説していきます。
魏武はどんな人?身代わりを立てたのはなぜ?
まずはこのお話の主役である、魏武についてみていきましょう。
魏武…魏の曹操。死後に子の曹丕から武帝と諡された。
※諡…死後に送られる名前で、生前の実績による
魏武は英雄と呼ばれるにふさわしい、優れた人物で、詩も上手でした。
しかし「残虐・冷酷・独裁者」という悪役として描かれることも多いです。
そんな完璧とも思われる魏武がなぜ、外国からの使者と対面するのに部下に身代わりをたのんだのでしょうか?
身長コンプレックス
魏武には身長についてコンプレックスがあったようです。
三国志に出てくる武将たちは、180~190cmの人がたくさんいました。
そんな中、魏武は155cm程度だったと言われています。
また…
「自ら以へらく形陋にして遠国に雄たるに足らずと。」
脅威となっていた匈奴の国の使者を威圧するには、自分の見た目では十分ではないと思ったとも言っています。
たくさんの部下を従え、国をまとめる知力も行動力もあった人なのに、自分の外見を気にするという一面もあったのですね。
意外です。
そうですね、それだけ身長など外見が重視されていたとも考えられます。
そこで魏武は部下の崔季珪に身代わりを頼んだのです。
崔季珪…魏武の部下。容姿端麗で、4尺(120cmほど)の豊かなあごひげもあった。
魏武は身代わりを頼んだのに、どうして王座のそばに立つことにしたのでしょうか?
1. 部下を監視する
用心深く、人を簡単に信用しない魏武。
自分の部下が、使者とどのようなやり取りをするのかを監視する意味がありました。
2. 自分がどう見られるのか確かめたい
容姿にコンプレックスがあったようですが、それでも身分を隠した状態でどのように見えるのか試してみたいという気持ちもあったのかもしれません。
「自分がどうみられるのか確かめたい」については、「王として座っていた人物よりもすごい人だ」と思われたという点で嬉しかったのではないでしょうか。
そうかもしれませんね。
そんな自分を評価した使者を、魏武は殺させます。
続いてはその理由について解説していきます。
匈奴の国の使者はなぜ殺されたのか?
対面した魏武が身代わりであり、そのそばに立っていた男こそが魏武であることを見抜いた「匈奴の国の使者」ですが、魏武は部下を送り込んで殺させます。
なぜでしょうか?
優秀な人間は脅威的な存在だから
自分が本物であると見破った使者は、「人を見る目がある優秀な人間」ということになります。
そんな存在を放っておいたら、後に自国にとって脅威になると考えたのです。
見破られて恥ずかしかったから
ここに登場する使者は名前も紹介されない、取るに足らない存在です。
魏武は「どうせバレないだろう」と匈奴の使者を軽く見て、あなどっていたと考えられます。
言わば「名もなき使者」に、渾身の策略があっさりと見破られてしまったというわけです。
「使者を生かしていたら、この出来事を言いふらされるかもしれない!」という気持ちもあったのではないでしょうか。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
今回は世説新語から「「魏武捉刀(魏武刀を捉る)」についてみてきました。
漢文特有の「ここから何かを学ぶ」というお話ではありませんが、三国志でもおなじみの魏武(曹操)に関するエピソードでした。
英雄と呼ばれる魏武にも、外見のコンプレックスがあることもわかりましたね。
部下で容姿端麗の崔季珪に身代わりを頼むも、あっさりと見破られてしまいます。
その存在を脅威に感じ、即処分してしまいます。
魏武の素早い決断力・行動力、そして冷酷さがよく表れていると感じました。
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