伊勢物語より「筒井筒」について解説をしていきます。
伊勢物語とは、平安時代前期に成立した歌物語です。
恋愛物語が中心で、短編小説集のような内容になっています。
今回のお話は、幼なじみの男女の結婚についてです。
この記事では
・本文(読み仮名付き)
・品詞分解と語句解説
・現代語訳
・本文の解説
以上の内容を順番にお話していきます。
伊勢物語「筒井筒」品詞分解・現代語訳・解説
本文・品詞分解(語句解説)・現代語訳
昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でて遊びけるを、
語句 | 意味 |
昔、 | 名詞 |
田舎わたらひ | 名詞(地方暮らし) |
し | サ行変格活用動詞「す」連用形 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
人 | 名詞 |
の | 格助詞 |
子ども、 | 名詞(子どもたち) |
井 | 名詞(井戸) |
の | 格助詞 |
もと | 名詞(付近、そば) |
に | 格助詞 |
出で | ダ行下二段活用動詞「出づ」連用形 |
て | 接続助詞 |
遊び | バ行四段活用動詞「遊ぶ」連用形 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
を、 | 接続助詞 |
【訳】昔、地方暮らしをしていた人の子どもたちが、井戸のまわりに出て遊んでいたが、
昔は集落の中央に井戸があり、子どもたちがそこに集まって遊んでいたようです。
大人になりにければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、
語句 | 意味 |
大人 | 名詞(一人前の大人。ここでは「年ごろ」と訳) |
に | 格助詞 |
なり | ラ行四段活用動詞「なる」連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞(~ので) |
男 | 名詞 |
も | 係助詞 |
女 | 名詞 |
も | 係助詞 |
恥ぢかはし | サ行四段活用動詞「恥ぢかはす」(互いに恥ずかしがる)連用形 |
て | 接続助詞 |
あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ど、 | 接続助詞 |
【訳】年ごろになったので、男も女も互いに恥ずかしがっていたけれども、
幼馴染が、年頃になって意識しちゃって恥ずかしがる感じ、わかります。
男はこの女をこそ得めと思ふ。
語句 | 意味 |
男 | 名詞 |
は | 係助詞 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
女 | 名詞 |
を | 格助詞 |
こそ | 係助詞 結び:め |
得(え) | ア行下二段活用動詞「得(う)」(手に入れる、結婚する)未然形 |
め | 意志の助動詞「む」已然形【係り結び】 |
と | 格助詞 |
思ふ。 | ハ行四段活用動詞「思ふ」終止形 |
【訳】男はこの女とこそ結婚したいと思う。
女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども、聞かでなむありける。
語句 | 意味 |
女 | 名詞 |
は | 係助詞 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
男 | 名詞 |
を | 格助詞 |
と | 格助詞 |
思ひ | ハ行四段活用動詞「思ふ」連用形 |
つつ、 | 接続助詞(~し続けて) |
親 | 名詞 |
の | 格助詞【主格】 |
あはすれ | サ行下二段活用動詞「あはす」(結婚させる)已然形 |
ども、 | 接続助詞 |
聞か | カ行四段活用動詞「聞く」(従う、承知する)未然形 |
で | 接続助詞 |
なむ | 係助詞 結び:ける |
あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
ける。 | 過去の助動詞「けり」連体形【係り結び】 |
【訳】女はこの男とこそ結婚したいと思い続けていて、親が(他の男と)結婚させようとするけれども、従わないでいた。
「この男を…」と中途半端になっていますね。
「こそ得め」が省略されていると考えます。
省略されることによって、文がひきしめられています。
さて、この隣の男のもとより、かくなむ。
語句 | 意味 |
さて、 | 接続詞(そうして) |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
隣 | 名詞 |
の | 格助詞 |
男 | 名詞 |
の | 格助詞 |
もと | 名詞(ところ) |
より、 | 格助詞 |
かく | 副詞(このように) |
なむ。 | 係助詞【係り結び】結び:※ |
【訳】そうして、この隣の男のところから、このように(歌を詠んできた)。
ここにも省略がありますね。
「かくなむ(詠める)」と考えられます。
和歌:筒井筒 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに
語句 | 意味 |
筒井筒 | 名詞(筒のように丸く掘った井戸) |
井筒 | 名詞(井戸の囲い) |
に | 格助詞 |
かけ | カ行下二段活用動詞「かく」(はかり比べる)連用形 |
し | 過去の助動詞「き」連体形 |
まろ | 代名詞(私) |
が | 格助詞 |
たけ | 名詞(身長、背丈) |
過ぎ | ガ行上二段活用動詞「過ぐ」(越える)連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けらしな | 過去推定の助動詞「けらし」(~たようだ)終止形 |
妹 | 名詞(あなた ※恋愛対象の女性に親しみを込めて呼ぶ) |
見 | マ行上一段活用動詞「見る」未然形 |
ざる | 打消の助動詞「ず」連体形 |
ま | 名詞(あいだ、うち) |
に | 格助詞 |
【訳】筒井の井筒ではかり比べた私の背丈も、井筒の高さを越えてしまったようです。あなたをみないうちに。
「自分も大人になったから、結婚しよう」というプロポーズの歌ですね。
女、返し、
語句 | 意味 |
女 | 名詞 |
返し、 | 名詞(返歌) |
【訳】女(が詠んだ)返歌、
和歌:くらべこし 振り分け髪も 肩過ぎぬ 君ならずして 誰か上ぐべき
語句 | 意味 |
くらべ | バ行下二段活用動詞「くらぶ」(比べる)連用形 |
こ | カ行変格活用「来(こ)」未然形 |
し | 過去の助動詞「き」連体形 |
振り分け髪 | 名詞(子どもの髪型を指す) |
も | 係助詞 |
肩 | 名詞 |
過ぎ | ガ行上二段活用動詞「過ぐ」(越える)連用形 |
ぬ | 完了の助動詞「ぬ」終止形 |
君 | 代名詞(あなた ※親愛の意味を表す) |
なら | 断定の助動詞「なり」未然形 |
ず | 打消の助動詞「ず」連用形 |
して | 接続助詞 |
誰 | 代名詞 |
か | 係助詞 |
上ぐ | ガ行下二段活用動詞「上ぐ」(髪を結いあげる)終止形 |
べき | 意志の助動詞「べし」連体形 |
【訳】(長さを)比べてきた振り分け髪も、肩を越えてしまいました。あなたでなくして、誰のために髪上げをしましょうか。(いいえ、しません)
今度は「私も大人の女性になりました、結婚をお受けします」という歌ですね。
など言ひ言ひて、つひに本意のごとくあひにけり。
語句 | 意味 |
など | 副助詞 |
言ひ言ひ | 【連語】ハ行四段活用動詞「言う」連用形+「言う」連用形=繰り返し詠み合って |
て、 | 接続助詞 |
つひに | 副詞(とうとう) |
本意 | 名詞(もとからの望み) |
の | 格助詞 |
ごとく | 比況の助動詞「ごとし」連用形 |
あひ | ハ行四段活用動詞「あふ」(結婚する)連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】などと繰り返し詠み合って、とうとうもとからの望みどおりに結婚したのだった。
さて、年ごろ経るほどに、女、親なく、たよりなくなるままに、
語句 | 意味 |
さて、 | 接続詞(そうして) |
年ごろ | 名詞(数年) |
経る | ハ行下二段活用動詞「経(ふ)」(時がたつ)連体形 |
ほど | 名詞(うち。間) |
に、 | 格助詞 |
女、 | 名詞 |
親 | 名詞 |
なく、 | ク活用形容詞「なし」(亡くなる、死んでいる)連用形 |
たより | 名詞(生活のよりどころ) |
なく | ク活用形容詞「なし」(ない)連用形 |
なる | ラ行四段活用動詞「なる」連体形 |
まま | 名詞(~につれて) |
に、 | 格助詞 |
【訳】そうして数年時がたつうちに、女は、親が亡くなって、生活のよりどころがなくなるにつれて、
➡結婚すると、女性の親が経済的に支援をすることが多かった。
もろともにいふかひなくてあらむやはとて、
語句 | 意味 |
もろともに | 副詞(一緒に) |
いふかひなく | ク活用形容詞「いふかひなし」(どうしようもない)連用形 |
て | 接続助詞 |
あら | ラ行変格活用動詞「あり」未然形 |
む | 意志の助動詞「む」終止形 |
やは | 係助詞【反語】 |
とて、 | 格助詞(~と思って) |
【訳】一緒に貧しくてみじめな暮らしをしていられようか、(いや、していられない。)と思って、
「いふかひなし」は「言っても仕方がない、どうしようもない」という意味ですが、ここでは妻の親が亡くなったことによって、貧しくてみじめな暮らしをすることを指しています。
河内国高安の郡に、行き通ふ所出で来にけり。
語句 | 意味 |
河内国高安の郡 | 名詞(地名。今の大阪府八尾市の辺りを指す) |
に、 | 格助詞 |
行き通ふ | ハ行四段活用動詞「行き通ふ」(通っていく)連体形 |
所 | 名詞 |
出で来 | カ行変格活用動詞「出で来」(できる)連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】河内の国高安の郡に、(新たに)通っていく所ができてしまった。
さりけれど、このもとの女、悪しと思へる気色もなくて、出だしやりければ、
語句 | 意味 |
さりけれど、 | 接続詞(しかしながら) |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
もと | 名詞 |
の | 格助詞 |
女、 | 名詞 |
悪し | シク活用形容詞「悪し」(不快である)終止形 |
と | 格助詞 |
思へ | ハ行四段活用動詞「思ふ」命令形 |
る | 存続の助動詞「り」連体形 |
気色 | 名詞(様子) |
も | 係助詞 |
なく | ク活用形容詞「なし」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
出だしやり | ラ行四段活用動詞「出だしやる」(送り出す)連用形 |
けれ | 過去の助動詞「けり」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】しかしながら、このもとの女は、不快だと思っている様子もなくて、(男を新しい女のもとに)送り出したので、
男、異心ありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて、
語句 | 意味 |
男、 | 名詞 |
異心 | 名詞(浮気心、ほかの男を思う心) |
あり | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
て | 接続助詞 |
かかる | ラ行変格活用動詞「かかり」(このようだ)連体形 |
に | 断定の助動詞「なり」連用形 |
や | 係助詞【疑問】 結び:む |
あら | ラ行変格活用動詞「あり」連用形 |
む | 推量の助動詞「む」連体形【係り結び】 |
と | 格助詞 |
思ひ疑ひ | ハ行四段活用動詞「思ひ疑ふ」(ひそかに疑う)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
【訳】男は、(もとの女には)ほかの男を思う心があってこのようにしているのだろうかとひそかに疑って、
自分は他の女に行くのに、棚にあげて女の浮気を疑うなんて…
前栽の中に隠れゐて、河内へいぬる顔にて見れば、
語句 | 意味 |
前栽 | 名詞(庭の植え込み) |
の | 格助詞 |
中 | 名詞 |
に | 格助詞 |
隠れゐ | ワ行四段活用動詞「隠れゐる」(隠れて座る、隠れている)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
河内 | 名詞 |
へ | 格助詞 |
いぬる | ナ行変格活用動詞「いぬ」(行ってしまう)連体形 |
顔 | 名詞(面目、建前) |
にて | 格助詞 |
見れ | ラ行上一段活用動詞「見る」已然形 |
ば、 | 接続助詞 |
【訳】庭の植え込みの中に隠れていて、河内へ行ってしまうふりをして見ていると、
この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
語句 | 意味 |
こ | 代名詞 |
の | 格助詞 |
女、 | 名詞 |
いと | 副詞(たいそう) |
よう | ク活用形容詞「よく」(十分に、念入りに)連用形 |
化粧じ | サ行変格活用動詞「化粧ず」(化粧をする)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
うちながめ | マ行下二段活用動詞「うちながむ」(物思いにふけってぼんやり見つめる)連用形 |
て、 | 接続助詞 |
【訳】この女は、たいそう念入りに化粧をして、物思いにふけって(河内の方を)ぼんやりと見て、
和歌:風吹けば 沖つ白波 たつた山 夜半にや君が ひとり越ゆらむ
語句 | 意味 |
風 | 名詞 |
吹け | カ行四段活用動詞「吹く」已然形 |
ば | 接続助詞 |
沖 | 名詞 |
つ | 格助詞(~の、~にある) |
白波 | 名詞 |
たつた山 | 名詞【掛詞】(白波が)「立つ」と「竜田山(今の奈良県生駒郡三郷町辺りの山)」 |
夜半 | 名詞(夜中) |
に | 格助詞 |
や | 係助詞【疑問】 結び:らむ |
君 | 代名詞 |
が | 格助詞 |
ひとり | 名詞 |
越ゆ | ヤ行下二段活用動詞「越ゆ」(越える) |
らむ | 現在推量の助動詞「らむ」(今ごろ~しているだろう)連体形【係り結び】 |
【訳】風が吹くと沖の白波が立つ、その竜田山を、夜中にあなたは今頃一人で越えているのでしょうか。
これは、夫の無事を願っているという歌です。
よその女のもとへ行っているのに、健気ですね…
男のことを深く愛しているのですね。
と詠みけるを聞きて、限りなくかなしと思ひて、
語句 | 意味 |
と | 格助詞 |
詠み | マ行四段活用動詞「詠む」連用形 |
ける | 過去の助動詞「けり」連体形 |
を | 格助詞 |
聞き | カ行四段活用動詞「聞く」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
限りなく | ク活用の形容詞「限りなし」(この上ない)連用形 |
かなし | シク活用の形容詞「かなし」(愛しい)終止形 |
と | 格助詞 |
思ひ | ハ行四段活用動詞「思ふ」連用形 |
て、 | 接続助詞 |
【訳】と詠んだのを聞いて、この上なく愛しいと思って、
河内へも行かずなりにけり。
語句 | 意味 |
河内 | 名詞 |
へ | 格助詞 |
も | 係助詞 |
行か | カ行四段活用動詞「行く」未然形 |
ず | 打消の助動詞「ず」連用形 |
なり | ラ行四段活用動詞「なる」連用形 |
に | 完了の助動詞「ぬ」連用形 |
けり。 | 過去の助動詞「けり」終止形 |
【訳】河内(の女のもと)へも行かなくなってしまった。
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